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■私(俺)に出来ること■

藤森イズノ
【8388】【聖夜・伊歩】【星術師】
 初出勤。
 アルバイトとはいえ、仕事は仕事。何だかんだで緊張する。
 覚えなきゃならないことも多いし、体力も消耗するし、意外と大変なんだな、なんて実感してる。
 別に、軽んじてたわけじゃないんだけど。適当に済ませようだなんて、そんなこと、これっぽっちも ――
「よっ。お疲れさん」
「あっ」
 バックヤードで休憩していたところ、カイトが声を掛けてきた。
 いつもどおり、屈託のない笑顔。見た感じ、どこにでもいる普通の元気な男の子なんだけど。
 これでも、この店のオーナーなんだよね。 …… って "これでも" だなんて言ったら怒るだろうけど。
「どーだ? 調子は」
 よっこらせ、と言いながら隣に腰を下ろしたカイト。
 大きな紙袋を持っている。中身は、食材とか雑貨とか。お店で使うものばかりかな?
 なんてことを考えつつ、質問に答える。率直な気持ちを伝える。
 大変ですね、想像以上に覚えることが多くて …… とか何とか、思ったことをそのまま。
 すると、カイトはケラケラ笑って、
「そっかそっか。ま、最初はみんなそーだよ。そのうち慣れっから、大丈夫」
 そう言いながら、私(俺)の頭をポンポンと撫でた。
 うーん …… まぁ、そうなんだけど。
 従業員になったからには、なるべく早く皆と同じくらい仕事ができるようになりたい気持ちもあるわけで。
 新人だから仕方ないとか、そういうの嫌っていうか。負けず嫌いなだけかもしれないんだけど。
 そんなことを考えつつ、俯きながら、休憩用に自分で淹れた紅茶を口に運ぶ。
 しばしの沈黙の後、カイトは、ゆっくり立ち上がって。
「やる気があるのは、スバラシーことだ」
 そう言いながら、買ってきた食材やら雑貨を棚を収納しつつ、続ける。
「そんじゃあ、お前の役職、決めよっか」
「え?」
「実は、皆それぞれ、ちゃんと役職っつーか、役割があるんだ。基本的な仕事は共通だけどな」
「あ、それは何となく。リノちゃんとか …… デザートのオーダーがきたら、必ずキッチンに入りますよね」
「そーそー。よく気付いたなー」
「あの …… 入ったばかりで、役職なんかもらって良いんですか?」
「早く皆に追いつきたいんだろ?」
「えっ!? ま、まぁ …… 」
「従業員のやる気を無碍には扱えねーよ」
「なるほど …… 」
「ひひっ。んで? お前は、何ができる? 何がしたい?」
 食材や雑貨を棚に収納する作業を続けつつ、嬉しそうに笑うカイト。
 なんにも言ってないのに。早く皆に追いつきたいとか、仕事ができるようになりたいとか、
 そんな風に考えてたことを、ズバリと言い当てられてしまった。正直、ちょっとビックリしてる。
 この人 …… やっぱり、オーナーなんだなぁ。なんて、今さら実感するだなんて失礼かもしれないけど。
 えーと、役職か。何ができるか …… うーん …… いざ、そう訊かれると、困るかも。どうしよう。うーん …… 。
「あ、そーだ」
「はい?」
「それ。敬語。使わなくていーから」
「あ、はい。わかりまし …… あっ」
「わかってねーじゃん。あっはっはっはっ!」
 私に出来ること

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 初出勤。
 アルバイトとはいえ、仕事は仕事。何だかんだで緊張する。
 覚えなきゃならないことも多いし、体力も消耗するし、意外と大変なんだな、なんて実感してる。
 別に、軽んじてたわけじゃないんだけど。適当に済ませようだなんて、そんなこと、これっぽっちも ――
「よっ。お疲れさん」
「あっ」
 バックヤードで休憩していたところ、カイトが声を掛けてきた。
 いつもどおり、屈託のない笑顔。見た感じ、どこにでもいる普通の元気な男の子なんだけど。
 これでも、この店のオーナーなんだよね。 …… って "これでも" だなんて言ったら怒るだろうけど。
「どーだ? 調子は」
 よっこらせ、と言いながら隣に腰を下ろしたカイト。
 大きな紙袋を持っている。中身は、食材とか雑貨とか。お店で使うものばかりかな?
 なんてことを考えつつ、質問に答える。率直な気持ちを伝える。
 大変ですね、想像以上に覚えることが多くて …… とか何とか、思ったことをそのまま。
 すると、カイトはケラケラ笑って、
「そっかそっか。ま、最初はみんなそーだよ。そのうち慣れっから、大丈夫」
 そう言いながら、私の頭をポンポンと撫でた。
 うーん …… まぁ、そうなんだけど。
 従業員になったからには、なるべく早く皆と同じくらい仕事ができるようになりたい気持ちもあるわけで。
 新人だから仕方ないとか、そういうの嫌っていうか。負けず嫌いなだけかもしれないんだけど。
 そんなことを考えつつ、俯きながら、休憩用に自分で淹れた紅茶を口に運ぶ。
 しばしの沈黙の後、カイトは、ゆっくり立ち上がって。
「やる気があるのは、スバラシーことだ」
 そう言いながら、買ってきた食材やら雑貨を棚を収納しつつ、続ける。
「そんじゃあ、お前の役職、決めよっか」
「え?」
「実は、皆それぞれ、ちゃんと役職っつーか、役割があるんだ。基本的な仕事は共通だけどな」
「あ、それは何となく。リノちゃんとか …… デザートのオーダーがきたら、必ずキッチンに入りますよね」
「そーそー。よく気付いたなー」
「あの …… 入ったばかりで、役職なんかもらって良いんですかね?」
「早く皆に追いつきたいんだろ?」
「えっ? まぁ …… 」
「従業員のやる気を無碍には扱えねーよ」
「なるほど …… 」
「ひひっ。んで? お前は、何ができる? 何がしたい?」
 食材や雑貨を棚に収納する作業を続けつつ、嬉しそうに笑うカイト。
 なんにも言ってないのに。早く皆に追いつきたいとか、仕事ができるようになりたいとか、
 そんな風に考えてたことを、ズバリと言い当てられてしまった。正直、ちょっとビックリしてる。
 この人 …… やっぱり、オーナーなんだなぁ。なんて、今さら実感するだなんて失礼かもしれないけど。
 えーと、役職か。何ができるか …… うーん …… いざ、そう訊かれると、困るかも。どうしよう。うーん …… 。
「あ、そーだ」
「はい?」
「それ。敬語。使わなくていーから」
「あ、はい。わかりまし …… あっ」
「わかってねーじゃん。あっはっはっはっ!」

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「 …… 敬語から元の話し方に戻すのは大変なんですよ」
「あっはは! まぁ、わからんでもないけどなー」
 休憩時間、物憂げに呟いた伊歩に対し、いつものカラッとした笑顔を向けるカイト。
 普段、伊歩は、お婆さんのような口調で話す。だが、カフェでの勤務中は、その口調を封印。
 まだ慣れぬゆえ、いつもの口調がときおりポロッと出かけてしまうこともあるが、丁寧語・敬語で話すことを心がけている。
 さすがに、お客さんに対して、いつもの口調で話すのは失礼だろうと考えるからだ。
 確かに、注文をとりにきた店員が 「いらっしゃい、よう来たのぅ」 とか 「今日のオススメはタルトじゃ」 とか、
 そんな口調で話されると、何だか微妙な心境になる。ある意味、面白いかもしれないけれど、
 お店で働いている他の店員の口調との差が激しく、余計に違和感を抱かせてしまいかねない。
 自分は、雇われた身だから。
 お店のスタイルに合わせていくのは当然のこと。働くって、そういうこと。伊歩は、そう考える。
 とはいえ、カイトの言うとおり、休憩中もその口調でいなければならない必要性は皆無だ。
 お客さんが傍にいない、バックルームにいるときくらいは、いつもの口調で、気楽にいれば良い。そのための休憩なのだから。
「 …… 仕事、か」
 カイトに指摘され、ようやく、そこでいつもの口調に戻った伊歩。
 呟く伊歩の手元には、木彫りの人形がある。
 休憩に入ってからすぐ作り始めた木彫りの人形。
 そこらの森で拾ってきた木片を彫刻刀で彫り、手作りの人形を作る。木彫りは、伊歩の趣味であり、また、癖でもある。
 何か考え事をしているときなどは、無意識のうちに手が動き、いつのまにか作品が完成していることもしばしば。
「妾が出来ること …… 胸を張って言えるそれといえば 『占い』 という名を借りた 『星告げ』 とコレくらいじゃな」
 いつもの落ち着いた声・口調で言いながら、木彫り人形にフッと息を吹きかけて "仕上げ" た伊歩。
 木屑が飛び、完成に至った木彫り人形は、山羊座の精霊の姿を模っている。
 考え事をしながら、なおかつ、カイトと話をしながら作業していたにも関わらず、完成したそれは見事な出来栄えだ。
 細かな装飾、髪の毛の表現など、どこをとっても素晴らしく、これを売り物に商売できるんじゃ? とさえ思わせる。
「おー …… 完成か? にしても、すげーな、それ」
 書類を書き留める手をいったん止め、木彫り人形の出来の良さに感心するカイト。
「そうでもなかろう」
「いやいや、すげーよ。それ、売ったりしねーの?」
「ふむ …… 知人らにも、そう勧められたことはあるがのぅ」
「もったいねーじゃん。よし、わかった。そういうのさ、どんどん作ってよ。んで、できたら持ってきて」
「む? まぁ、自宅にもこれまで作った作品がいくつかあるが …… どうするのじゃ?」
「売る」
「? 店でか?」
「うん。何かこう、お土産的な感じで」
「ふむ …… まぁ、構わぬが。このようなものを欲する者などおるじゃろうか?」
「いるいる。オレも欲しいもん。あ、でもさ、あんまりデカいとアレだから、小さめのやつも欲しいな」
「なるほど。確かに、そのほうが手軽といえば手軽に手に取れるかもしれぬのぅ」
 木彫り細工は、手先が器用だという特技と、伊歩本人の趣味を兼ねたもの。
 先程、本人が述べたとおり、これまでも何度か知人らに販売・商売を勧められたことがある。
 だが、あくまでも趣味のひとつだと割り切っていた伊歩は、木彫り細工で金を得ようとは考えなかった。
 カイトいわく、そういうものを売ることで、店の売上が上乗せされ、経営に貢献するとのこと。
 これまでは一度も儲けなんぞ考えなかったが、オーナーであるカイトがそれを求めるならば、断る理由はない。
 自分だって、もはやカフェの一員なのだから。お店のためになるならば、何だってしよう。
 何だか趣味やその腕を認められたような気がして、嬉しい気持ち、というのもなきにしもあらず。
「んでさ、もう一個のほうだけど」
「む?」
 まだ何の細工もされていない、別の木片を手元に置きながら、カイトに視線を向けた伊歩。
 カイトは、デスクに頬杖をついた状態で伊歩を見やり、ニタリとした笑みを浮かべて言う。
「ウチのカフェのさ、ホームページがあるの、知ってる?」
「ほぅ、そうなのか?」
「うん。あとさ、街角とかに置いてあるやつあるじゃん、タダで貰える冊子みたいなやつ」
「あぁ、割引券やら何やらがついている便利な書物じゃな?」
「そそ。そーいうのにも、積極的に掲載してんの。ウチの広告っつーか、宣伝」
「ふむ。なるほど。して …… それが何じゃ?」
「そーいうとこにさ、お前の特技として、それ、載せるよ」
「? 星告げのことか?」
「うん。まぁ、何つーの、こう、そーいうのできる店員がいますよー的な感じで」
「なるほど。構わぬぞ」
「意外と多いんだよなー、占いとか好きな奴。特にオンナ。だから、需要はかなりあると思うぞ」
 星告げは、星の精霊の声を聞き、それを代弁する行為。
 例外こそあるが、精霊は、基本的に全ての生物に平等に宿っている存在だ。
 だが、それを視認できる生物は殆どいない。逆に、伊歩は、殆どの精霊をその目で視認でき、
 なおかつ、精霊たちの声を聞くこともできる。これは、特技というよりかは才能であり、血統だ。
 カフェアルバイトの面接を受けた際、伊歩は、自分に備わるこの能力について、カイトにある程度、話を済ませている。
 今まで、理解されることのなかった能力。嘘つき呼ばわりされ、迫害されることもあった能力。
 だが、カイトは、すんなりと理解してくれた。そうなんだ、すげーな! と感心してくれた。
 カイトの反応を肌で感じた伊歩は、そのとき、決意している。
 隠すことも、遠慮することもなく、惜しみなく、この能力を駆使しよう。
 この能力は、自分に備わった特別なもの。それを認めてくれる人と場所。
 欲しながらも見当たらず、半ば諦めかけていた。だからこそ、だからこそ …… 。
「まぁ、人というものは背中を押してやらんと進まぬ吉報もあるしの」
 苦笑を浮かべながら、木屑を払って立ち上がる伊歩。
 定められた休憩時間は、三十分。もう間もなく、休憩時間は終わりを迎える。
 伊歩は、身だしなみを整え、休憩用に自分で淹れたコーヒーの残りを飲み干すと、
 オーナーであるカイトにペコリと軽く頭を下げて、再びカフェホールへと戻って行く。
 そんな伊歩の背中に、カイトが声を飛ばす。
「あ、伊歩」
「む?」
「勤務は、いつもこのくらい時間になりそー? 夕方から夜まで」
「うむ。日中は寝ていることが多くてな」
「そっか。家って、ここから近いんだっけ?」
「うむ。この店の近所に、天文台があるじゃろう? その隣が妾の自宅じゃ」
「あ、そーなの。んじゃ、自宅から出勤する感じで問題なさそーだな」
「うむ」
「了解。じゃ、頑張って。スマイルでな!」
「ふふ。了解じゃ」
 ニコリと微笑み、カフェホールへと戻っていった伊歩。
 扉が閉まると同時に、カイトは、それまで伊歩が座っていたソファを見やる。
 テーブルの上には、山羊座の木彫り人形のほか、もう一点、獅子座の小さな木彫り人形がある。
 話をしながら、あの短時間で、ここまで見事な木彫り細工を作るとは、おそるべし …… 。
 そんなことを考えながら、カイトは席を立ち、テーブルの上に置かれていた二点の木彫り人形を手に取ると、
「飾っとこ」
 そう言って、伊歩が作った木彫り人形を、自分のデスクの上へと移動させた。

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 The cast of this story
 8388 / 聖夜・伊歩 (せいや・いぶ) / 16歳 / 星術師
 NPC / カイト / 19歳 / クライマーズカフェ・オーナー
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。