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■第4夜 双樹の王子■

石田空
【6408】【月代・慎】【退魔師・タレント】
「秋也、いた」

 守宮桜華が海棠秋也を見つけたのは、校舎から離れた噴水の近くだった。
 以前には学園のシンボルだったオデット像が存在した場所だったのだが、それが無くなり、この場所に華がなくなった。
 そのせいかこの周りには人が寄らなくなり、自然と海棠がこの場所を憩いの場とするようになったのである。人目がつかない場所は、この広い学園でも限られていたのだ。
 ベンチに転がり、何をする訳でもなく、空を見ていた。
 空は自由だ。雲が真っ青な空を流れる様が優雅である。
 桜華は困ったような顔をして、海棠が寝そべるベンチの隣に座った。

「また、さぼっているの?」
「俺の勝手だ」
「それはそうだけど……」
「お前は? 今授業中」
「今日は自習だから」
「そう」

 会話が続かない。
 しかし二人の間ではそれはいつもの事だった。
 別に気まずい空気が流れる訳でもなく、二人は空を見ていた。

「そう言えば」
「ん?」
「新聞部で貴方の記事を募集するとか、言ってたけど?」
「何それ」
「何それって……貴方が許可出したとかって……やっぱり貴方は許可出してないの?」
「………」

 海棠は何も答えない。黙ったら全く口を訊かないのは、桜華もよく分かっていた。
 桜華は少し肩をすくめると、この困った幼馴染の隣で空を眺めていた。
 雲が空をなぞるように流れていた。

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『募集中

 今度新聞部号外で、学園の双樹の王子、海棠秋也特集をします!
 海棠秋也さん(高等部音楽科2年生)は成績優秀、ピアノでもコンクール大賞を数多く受賞している、まさしく双樹の王子にふさわしい方です。
 今回は、特別許可を得て、彼の特集を組むに当たって、彼の新しい一面、意外な一面を募集しております。
 彼に関する情報でしたら何でもOKです(しかし、捏造は却下します)。何か情報がありましたら、最寄の新聞部にお持ち下さい。
 たくさんの情報、お待ちしております。

 新聞部一同


 追伸:謝礼として、怪盗オディールの新しい情報を提供します』
 
第4夜 双樹の王子

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 午後3時45分。
 最近の新聞部は忙しい。
 何故なら小山連太が前々から先輩達に説得していた企画が無事通って、その寄せられるネタの整理に大わらわだからである。
 月代慎は寄せられたネタを整理しつつ、ガリガリと記事を書いている連太に声をかけてみる。

「ねえ先輩」
「何?」

 言いだしっぺの法則とはよく言ったもので、この記事に関しては他の先輩は一切手出しはしてない。全て連太任せなのである。故に、資料整理は付き合ってもらえても記事自体は1人でこうして書いている訳である。

「俺もさあ、これのネタ、集めてきて先輩に言ったら怪盗のネタとかくれたりするの?」
「えー?」

 連太はやや嫌そうな顔をする。
 えー、新聞部はやっぱ駄目なのかなあ。
 慎は仕方なく諦めようかと考えた所で、連太は溜息をつきながら続けた。

「まあ、お前が自分でインタビューとかしてきたのならいいよ?」
「えっ? 本当!? マジで俺にもネタくれる?」
「はいはい。その代わり、それ相応のネタとか持って来いよ? これ、各方面に許可取るのすっげえ大変だったんだからな? 特に海棠先輩の説得」
「りょうかーい。でさ、どんなネタだったら、ポイント高いとかある?」
「……ポイント高いって。まあ、本人から情報引き出せるのが1番だけど。やっぱり人から聞いた話よりも、本人のインタビューが1番。まあ噂の裏づけでもいいけど」
「本人のインタビューに、噂の裏づけか……了解。じゃあちょっとインタビュー行って来まーす」
「えっ、誰に?」
「守宮先輩。この間OKもらってきたー」
「えっ、本当に?」

 連太がきょとんとしているのを横目に、慎はふんふんと部室を出て行った。
 守宮桜華にアポイントを取っていたのは本当である。
 ふと、部室を出て扉が閉まったのを確認してから、慎は自分の守護者、常世姫を呼び出した。

「あのさ、海棠先輩探してくれない? ほら、この間会った人」

 常世姫はこくりと頷くように慎の指の周りをくるくる回った後、姿を溶かして消えた。
 金色の燐粉だけがちろちろと慎の指の周りに残っていた。

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 午後4時10分。
 かつてオデット像のあった噴水は、その日も人気がなかった。
 そこに桜華がちょこんと座っていた。

「守宮先輩お待たせしました! 手紙出した月代です!」
「月代君? こんにちは、守宮です」

 桜華は首を傾げてお辞儀をした。
 慎は隣にトン、と座る。

「早速ですが、インタビューよろしいですか?」
「秋也の事で大丈夫でしょうか?」
「はい、もちろんそのつもりで」

 慎はメモ帳とペンを引っ張り出してきて、桜華と向き合う。
 桜華は慎をじぃっと見ていた。

「早速ですけど、先輩は海棠先輩とは幼馴染と伺いましたが、いつからの付き合いで?」
「そうですね……家が近所でしたので、生まれた頃から行き来は普通にしていました。幼稚園も一緒でしたし、初等部からこの学園にいますから、生まれた頃からの付き合いになるんでしょうね」
「なるほど……家族ぐるみでの付き合いって感じですか」
「そうですね。あっ、誤解しないで下さいね? 本当に秋也とはただの幼馴染で、特に恋愛感情などはありませんから」
「はい」

 慎は聞いた事をさらさらと書いてみる。
 ふとペンを止めて桜華を見た。

「そう言えば、海棠先輩と桜華先輩はどうして聖学園に入学を決めたんですか? まあ海棠先輩は理事長先生の甥ごさんらしいですけど、返って親戚の経営している学園には入りにくいんじゃないかなと思いまして」
「………」

 一瞬だけ桜華が唇を引き結ぶのが見えた。
 えっ?
 慎がその一瞬に目を見張るが、すぐに桜華は笑顔に戻った。

「夢があったんですよ」
「夢、ですか?」
「星になる夢ですよ」
「星……」
「私は無理だと思いましたが、秋也にはなれると思っていました。……申し訳ありません、そろそろ練習に戻らないといけませんので」
「ああ、すみません。お邪魔して」
「いえ。いい記事になるといいですね」
「あっ。はい。ありがとうございます」

 桜華はふんわりと笑うとそのまま去っていった。
 星……スター……。

「あっ」

 そこで慎は気がついた。
 星。フランス語ではetoile エトワール。
 確かバレエで1番上手い階級の人はそう呼ばれるし、バレエ科では最優秀生徒へ与えられる称号だったはず。
 海棠先輩……バレエをやってたのかな?
 でも何で桜華先輩、はっきりと教えてくれなかったんだろう。ものすごくぼかして。何か理由があるのかな?
 そう思っていたら、慎の指先の金色の燐粉がくるくると回った。
 どうも海棠は見つかったらしい。
 そう納得しながら、慎は燐粉の導く方角へと歩いていった。

/*/

 午後4時40分。
 そろそろ陽が傾きかけてきた頃。
 慎が導かれてやってきたのは、やや意外な場所だった。
 図書館の脇にある茂み。そこにわずかに存在する林に、海棠はたたずんでいたのだ。
 あれ?
 慎は鼻をひくりとする。
 舞踏会の時に嗅いだ事のある匂いがするのだ。朝露に濡れた森のような、深い匂い。
 これって一体何の匂いだろう。
 慎は首を傾げつつ海棠の元に寄ろうとすると、常世姫が現れて、くるくると慎の周りを舞った。
 気をつけろ? うん。分かった。
 前の舞踏会の時だけじゃないんだ、気をつけろなんて言うのは。それを気にしつつも、慎は海棠に声をかける。

「こんにちはー! 新聞部です」
「ん……何?」
「いえ、このたび、新聞部の企画に許可を下さりありがとうございます。自分は新聞部の月代慎って言いますが、海棠先輩ですよね?」
「ああ」

 海棠は納得したようにこちらを振り返った。

「そう言えば海棠先輩、今回はどうして許可を下さったんでしょうか?」
「ん……」

 海棠はぼんやりと首を傾げた。
 ものすごく眠そうな目だなあ。慎はそう思って眠そうな顔をしている海棠を眺めていたら、ぼそぼそとした口調が、何故かやけにはっきりと聞こえた。

「……宣戦布告?」
「えっ、宣戦布告? 何に対してですか?」
「………何となく」

 さっきのやけにはっきりした口調は嘘だったのではないかと言う位、元のぼそぼそとした口調でそう答えた。
 何なんだろう。この人は。二面性?
 と、指先に感じる燐粉の常世姫の反応が変わった。
 悲鳴のようなものを感じるのだ。

『怖い』
 『こわい』
『コワイ』

 ちょっと、どうしたの? 一体?
 慎が呼びかけても、常世姫は脅えるばかりだ。
 ……仕方ない。なるべく早くインタビューを切り上げる。
 そう心に決め、笑顔を保った。

「あー、なるほど。何となく気に入らない事があるんですね。
 で、先輩は今後の活躍……計画や目標などはあるでしょうか?」
「……そうだな」

 海棠はまたも遠くを見た。

「……一緒に歩ける人と、また一緒に歩きたい」
「あれ? 先輩にパートナーみたいな人が存在するんですか?」
「今はいないけど、いつかは」
「なるほど……その人と目指すのは、やはりエトワールですかね?」
「………」

 海棠はこくり、と頷いた。

「えっと、音楽はどうされるおつもりですか?」
「………」

 少しだけ、海棠は罰の悪い顔を浮かべた。
 そして、そのままごろり、と茂みに寝転がった。

「あのー、先輩?」
「………」

 寝息が聞こえる。
 もしかして、逃げられた?
 寝息が聞こえたと同時に、常世姫が引っ張った。一刻も早くここから離れたいと言う、そんな感じで。
 慎は訳も分からないまま、常世姫に引っ張られた。

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 午後5時30分。
 慎はまとめたメモを連太に見せていた。

「うーん……海棠先輩が転科したらしいって噂はあるんだけど、何故かその時期が分からないんだよなあ」

 連太は眉をひそめて慎のメモを閉じて連太に返す。

「ええ、そうなの?」
「うん。そんな情報はこっちに何個も寄せられたんだけど、何故か情報が揉み消されててさ……。でも本人からその事を聞いたなら、どうもただのデマって訳でもなさそうだし」

 連太はうーんと眉をひそめたあと、慎を見た。

「まあいっか。情報もくれたし、慎にも礼をしないと」
「で、何をくれるの?」

 慎はメモをポケットにしまってから蓮太を見る。

「確定情報じゃないんだけどいいか?」
「えー、新聞部だからって、俺には情報はなしー?」
「最後まで聞けって。怪盗の目的を知るのに有効な手がかりがあるかもしれないんだから」
「怪盗の目的を知れるの?」

 怪盗が何故か学園に「起こされた」ものを祓っているのは、慎も知っている。
 でも起こされたあれらが何なのかは慎にもまだ理解ができなかった。

「うん。ずっと新聞部で一部のバックナンバーが消えてるから何でだろうって調べてたらさ、禁書庫に当たったんだよ。そこに何かあるのかもしれないって」
「禁書庫……」

 確かに確定情報ではないが、情報の塊みたい。
 そう思ったのだ。

<第4夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6408/月代慎/男/11歳/退魔師・タレント】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】

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■         ライター通信          ■
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月代慎様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第4夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は守宮桜華、海棠秋也とコネクションができましたので、よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さいませ。

第5夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。