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■月の朔望■ |
川岸満里亜 |
【3087】【千獣】【異界職】 |
大きな事件も起こらず。
時は緩やかに流れていた。
平凡な毎日の繰り返し。
だけれど心は――平穏とはいえなかった。
誰かを失う恐怖や不安に襲われて。
必死に足掻いているけれど、光が見えなくて。
変わらず、苦しんでいる者達がいた。
そんな中。
広場で診療所を営む、ファムル・ディートは一連の事件に関わったもの達を、診療所に呼んだのだった。
「薬が、出来そうなんだ」
集まった皆に、迷いの見える顔で語りだす。
「ザリス・ディルダの体内から摘出した宝玉で」
ザリスの体内にあった宝玉――それは、フェニックスの力を封じ込めた、いやフェニックスそのものを凝縮させて作り出した宝玉だ。
その宝玉には魔力増幅や、再生の能力が秘められていたと思われる。
「体内の細胞を活性化させて、回復を促す効果のある薬だ。かなり強力な薬でな。まだ発病していない者なら当分の間の発病は防げるはずだ」
カンザエラという街で暮らしており、ザリスによる実験の被害にあってきた人々を蝕む病がある。
その病は発病してしまったら、治す方法はないのだ。
「その薬は、ここにいるメンバーと同じ数、ある」
そして、ファムルの古い知り合いである、魔女が作り出した娘達も、同じ病に苦しんでいる。
「1つを、1人に服用さえれば、その人物を人間の寿命分くらいの間、体が腐る病気からは守ってくれるだろう」
更にファムルは言葉を続けていく。
「多くの人物に少しずつ服用させれば、一生の効果はないが、それぞれ多少の期間、発病を遅らせることが出来るだろう」
沢山の人物に分ければ分けたほど、効果の期間は短くなる。
1人の一生を守るか、少人数の数年か、多くの人々の数ヶ月をとるか。
集まった者達は頭を悩ませる。
「あとは……フェニックスの一部――羽根で十分だ。羽根1枚と、薬1人分を掛け合わせて作れば、既に発病した者をも癒すことが出来るかもしれない」
ファムルは難しい顔をしていた。
「分かっていると思うが、それは死んだ部分を再生させることになるということだ。禁忌と思う者もいるだろう。だが、すべきことがある人物が、生きることを望んでいたのなら……一つの方法として、考えてくれても構わない」
現在、フェニックスの聖殿には、アセシナートの兵士はいないらしい。
聖獣フェニックスの結界が張られた中で、生き残っているフェニックスがまだいるはずだ。
言葉は通じないと思われるが、想いは多分通じる。
羽根を1枚だけであれば、分けてくれるかもしれない。
集まった者達は、それぞれ自分の分の薬をどう使うか考え始めた。
放棄して、他の者に任せても良いだろう。
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『月の朔望―彼女の結論―』
エルザード城の中の、研究室の中で。
ファムル・ディートと、妹のリミナに見守られながら、ルニナはベッドの中で目を閉じていた。
顔色は悪くはないし、安静にしていれば、苦しそうでもない。
たけれど、時々見せる笑みは、何か足りなくて。
明るく笑っていても、何かが足りない。
千獣は、彼女のベッドの傍で、じっと考え込んでいた。
だけれど、やっぱり答えは出せなかった。
理解が出来なくて。
(わからないよ)
口の中で、ごにょりとつぶやいた後。
自分の方に目を向けたリミナに。
「……少し、考えて……くる」
そう言い残して、その部屋を後にした。
「千……」
立ち上がろうとしたリミナの腕を、ルニナが掴んで止めた。
「……帰ってきてくれなかったら、どうしよう」
振り向いたリミナは、とても不安そうだった。
「気持ち、伝えたから」
不安で涙を浮かべていくリミナに、ルニナは淡い笑みを向ける。
「互いがどんな気持ちを抱いているのかは、もうわかってる。ただ、私達は違う『人間』だから。違う思いを抱く、思考のできる人間だから。そして、友達だから。互いの言葉に従うだけの生き方は出来ない」
「……」
ルニナはリミナの手を離して、天井を見ながら大きくため息をついた。
「時間が必要、だと思う。大丈夫、私の時間、延ばしてもらったんだから。千獣が答えを出すまで待てるから」
そしてまた、目を閉じてルニナは眠りに落ちていく。
リミナはルニナの手に手を伸ばして、そっと重ねて見守る。
ファムルはいつの間にか、部屋から姿を消していた。
* * * *
ゆるやかに、ルニナの体調が回復していく。
数週間後には、一通りのことを自分で行うことが出来るようになっていた。
普通の生活ができるようになるには、まだまだ時間がかかるということだったが。
リミナの献身的な看病の甲斐もあり、1人での短時間の歩行くらいであれば、もう問題なく行える。
「村も心配だし、一緒に島に行った人達にも挨拶をしたいし、白山羊亭や黒山羊亭の依頼も気になるんだよなー」
「はいはい。でも、体が完全な状態になるまでは、絶対無理したらだめよ?」
「わかってるって」
リミナにそう答えて、ルニナは水の入ったコップに手を伸ばした。
薬の時間だ。体が完全な状態になるまで、欠かすことなく飲み続けなければならない薬。
「……千獣が傍にいてくれないんなら、薬飲まないー。とか言えば、引き止められたかな?」
「馬鹿なこと、言わないで」
ルニナに、淡くてさびしげな笑顔でリミナはそう言った。
千獣はまだ戻ってはこない。
リミナは街に出るたびに、千獣を探しているけれど……あれ以来、見かけたことは一度もなかった。
「私達からじゃ……会うこと、出来ないのよね。来てくれないと、会えない……」
悲しげなリミナの言葉に、ルニナは軽く苦笑しながら頷いた。
もっと、上手い言葉で千獣を引き止めることは出来なかったかと、ルニナは少しだけ後悔していた。
とはいえ、今でも千獣に、どう感謝を表し、どんな言葉を伝えればよかったのか、わかりはしないのだけれど。
そんな、時。 こん、こん
と、ドアを叩く控えめな音が響いた。
城の中に、こんな風にドアをノックする人物はいない。
だから、リミナもルニナも、ドアの向こうの人物が誰であるのかすぐに分かった。
起き上がったルニナを手で制して、リミナが駆け寄り、ドアを開いた。
「……待ってたよ、千獣」
ドアの向こうにいた人物に、先に声をかけたのはベッドの上で座るルニナだった。
リミナは言葉を出すより早く、手を差し出して、千獣の腕を引っ張り、彼女を部屋の中にいれた。
そして、ルニナの傍に、一緒に歩く。
「ただ、一緒にいられればそれでもいい。でも、何か言いたいことがあるのなら、聞かせて」
ルニナのその言葉に、千獣は少しだけ躊躇して。
俯いて、目を瞬かせて、まだ考え込みながら。
ゆっくり、語りだす。
「……考えて、みた……人の、心……でも……やっぱり、わからない」
千獣が目を伏せる。
「……」
リミナの表情も沈んだ。
ルニナは静かに、千獣を見つめている。
「私は……ルニナ、治ったら……リミナも、大丈夫……村も、大丈夫……それで終わり……そう、思ってた」
それで、自分の役目は終わりだと。
千獣はそう思っていた。
「でも、わかりたかった。傷つくこと、傷つけること、どうしたら、いいか。だから、聞いた」
体が傷つくこと。
心を傷つけること。
体の傷と、心の傷は違う。
体の傷はいずれ直るけれど――まして、千獣自身の怪我ならば、人間より早く治る。
だけれど、心の傷は違う。体の傷のようには、治らない。
その、心を傷つけていると思ったから。傷つけたくないのに、傷つけていたから。
だから、千獣はどうしたらいいのかわからなくて。わかりたくて、リミナに。ルニナに。……尋ねた。
「そしたら……」
俯いて、千獣は深くため息をついた。
「もっと、わからなく、なった」
リミナは悲しみの籠った目で、千獣を見つめる。
ルニナは黙って、じっと千獣を見続けている。
「……でも……わからない……から……わかりたい……」
次の瞬間、千獣は顔を上げた。
そして、リミナとルニナをしっかりと見つめる。
まっすぐに、2人を見る。
「だから……一緒に、いる」
千獣の口から飛び出したその言葉に、リミナの瞳が揺れた。
「一人じゃ、わからない、から……二人と、いて、二人の、心、もっと、知って、考えて……わかるように、なりたい」
「私も……もっと、千獣のこと知りたい。知りたい……」
リミナが声を上げた。
ルニナはまだ何も言わずに、千獣を見ている。
千獣も目をそらさずに、言葉を続ける。
「ダメって、言っても、ダメ……もう、決めた。私は、二人と、一緒に、いる」
空ろな雰囲気はなく。
しっかりとした目で。
決意が込められた瞳で、千獣は言い切り、見つめ続ける。
「来て……」
ルニナが手を伸ばす。
「千獣……」
リミナが、千獣の手をとった。
リミナに引っ張られるより早く、千獣は自分の足で。人間の足で、ルニナに近づいた。
ルニナは近づいた千獣を手をつかむと、ぐっと引き寄せた。
「お帰り、千獣……ううん、ただいま、かな」
くすりと、ルニナは笑った。
でもその笑いには、少し苦しみも感じられた。
ルニナの心が、僅かに千獣に流れ込んでくる。
彼女の感じていた、不安にも似た感情。辛い気持ちが。
「あなたは、私が生きている理由の一つ。生きてもいい理由の一つ。助けてくれて、ありがとう」
ルニナの手が、千獣の髪を撫でた。
リミナもそっと、千獣に後ろから抱きつく。
「千獣の『わからないこと』は私にも答えが出せないけれど、ルニナの時間をあなたがくれたから。3人で一緒に、答えを探していくことだって、できるはず」
だから……。
リミナが言葉を続けていく。
一緒に、生きていこう――と。
リミナの心臓の音が千獣の体に響いた。
「千獣、大好きだよ」
ルニナの声が千獣の耳に流れ込む。
「生きてる……だから、いっしょに、考えて……わかろうとできる」
千獣は自分に回されたリミナとルニナの手をぎゅっと掴んだ。
――私は、決めた。……2人と、一緒に、いる――
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【NPC】
リミナ
ルニナ
ファムル・ディート
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸満里亜です。
後日談のご発注ありがとうございました。沢山お時間いただき、申し訳ありません。
3人にとって、幸せな未来が訪れることを願っております。
沢山笑いあい、一緒に生きていくことが出来ますように。
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