■LOST・EDEN プレリュード、その舞台の幕開けに■
ともやいずみ |
【8438】【五木・リョウ】【飲食店従業員】 |
炎が……。
あつい……。
熱い……。
炎の中に自分は佇んでいる。
呆然と。
唖然として。
ああ。
――これは夢だ。あの遠い遠い日の、夢なのだ。
*
「降式! 招来!」
召喚した精霊が身に宿る感覚。熱を持って肉体を支配され、力がみなぎる。
瞳が、髪が、呼んだ精霊の色に染まる。
薄く笑い、暗闇の中で敵を前にして腰に手を当てた。二刀の小太刀を持つ手は、興奮にふるえる。
恐るべき跳躍をもってしてあっという間に距離を詰め、小太刀を振り上げる。小太刀の柄には、退魔用の紋様が描かれており、通常の武具ではないことを示していた。
妖魔……そう呼ばれる存在を滅するための道具……。
「っ!」
気合いを乗せて、振り下ろす。
鈍い感触が伝わるが、精霊を宿した肉体は制御が効きにくいため、有り余った力で妖魔を粉砕してしまった。
太刀の意味がない……力ずくの破壊だ。
小太刀をぶんっ、と乱暴にふるい、汚れを落とすような仕草をする。そしておもむろに顔をあげた。
残虐な色が浮かんだ瞳のまま、唇を舌で舐めた。細められた瞳の色は、変化したままだ。
「…………うつみ……どこにいる……?」
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LOST・EDEN プレリュード、その舞台の幕開けに
視線が、合った。
自分と10歳は離れているであろう若い娘がそこにいる。
裏路地で、たまたま……本当に偶然出会ってしまった。
奇妙な長い爪をした黒い影を粉砕した、紫色の髪と、群青色の瞳をした美しい娘――――。
セミロングの髪だが、まるで小動物の尻尾のように後頭部で小さく結っている箇所があるのが、振り返る時に見えた。
(……いやー、綺麗な子だな)
奇妙なことが起こっているが、まぁ感想としてはそういうものだ。
なにせ五木リョウは一般人なのだ。中華料理店で働いている、28歳の若者……が彼のこと。
何かが起きたのは確かだが……うまく認識できなかったというのが正直な感想だった。
好奇心など、起きることもない。なにせもう28歳だ。学生気分は卒業している。
とりあえず自分の命の危険は、今のところないだろう。
たぶん。
そう思うのは、少女が両手に小太刀を持っているせいだ。二つの小太刀は包丁のようにも見えるが、違う。太刀が短い。
こんな一般的な自分に、テレビのやらせ番組のようなものが起こるはずもないと自負しているので……まあ現実だろう。
彼女はリョウの姿を認めて、ふぅ、と息を吐いた。
これは驚いた。
テレビや雑誌のアイドルなんて目じゃないくらいに綺麗な子だ。本当に。
顔かたちが整っているだけじゃない。全体的に身体のバランスがいい。
立ち止まっているリョウは「さてどうするか」と思案する。声をかける必要もないし、関わることもないだろう。
だが。
少女の髪の色が瞬時に変わった。
まるでホルスターのように腰にさげたものに小太刀をひゅんっ、と手早くおさめて。
艶やかな茶色の髪と瞳になった彼女は人懐こい笑顔でこちらを見ている。
「こんにちは!」
大きく手を振って挨拶をしてきた……。
なんだろう……。
何かのやらせ、か?
リョウは多少身構えた。
今までの人生で、美少女とこんなにいきなり出会って、砕けた会話をする機会など皆無だったわけなのだから。
「こんばんわ、だな」
「あ。そっかぁ」
彼女は気軽にそう言って近づいてくる。
薄手のシャツを腰で一括りに縛り、ジーンズをはいている。使い込まれたジーンズはぼろぼろで、片足が膝元まで見えていた。眩しいほどの白い脚にリョウは「あらら」と思ってしまう。
しかもシャツの下に彼女は何も下着をつけていないようだった。こんな寒空でそれはいくらなんでもおかしいだろう。
いや、もしやこれは夢かもしれない。都合のいい初夢でも見ているのだろうか? 1月だから?
リョウは徐々に首を傾げてしまうが、彼女は気にしないようだった。
「初めましておじさん! 私、扇都古。よろしくね」
「オウギミヤコさん? 古風な名前だねぇ」
「名乗ったのだから名乗るのが礼儀だよ」
眩しいくらいの笑顔を向けられて、たじろいでしまう。
「五木リョウ。すぐそこの中華料理店で勤務してる。まだ28歳だから、おじさんはやめて欲しいかな」
「じゃあ五木サン」
にこにこと愛想よくする彼女は本当に可憐だ。可憐、という言葉がよく似合う。
たとえ……珍妙な格好でも。……へそ出しはよくないと思う。
「五木サンはトウキョウに詳しい?」
「えーっと、東京と言っても広いんだが」
「私、ある人を探してるんだ〜」
「探し人なら探偵社に行ったほうがいいと思うがね」
素直にそう大人の意見を言うが、彼女は困ったように眉をひそめた。
「自由にできるお金って少ないんだよ。それに、自分で探すって約束して、外出を許してもらったから……」
「………………」
なんだか関わるとまずそうな子だなとちょっと思い始める。
「ウツミって人を探してるんだ〜。知らないよね?」
「……うーん。知らない」
「そっかぁ」
落胆した様子の都古は溜息をついて、後頭部を掻いた。
「そういえば変なところ見せちゃったね。あ、えっとぉ、こういう時は隠蔽したほうがいい?」
「……隠蔽?」
思わず訊き返してしまう。
都古はくりくりとした瞳でこちらを見上げてくる。
「記憶をね、改ざんするんだ〜。ほら、一般の人は妖魔退治とか信じないでしょ?」
「ヨウマ?」
コマの親戚だろうか? 駒? それとも独楽?
眉間に皺を寄せていると、都古が「んー」と唸る。
「あー、そうか。一般人は妖魔とかもわかんないかー。知りたくもないとか聞いたなぁ、そういえば」
うろ覚えを必死に思い出すような仕草の都古は「うんうん」と勝手に頷いていた。
「よーし! じゃあ五木サン、今の変な光景は夢だと思わせてあげよう。記憶をちょっといじってね」
「記憶をいじるだ!?」
いくらなんでもそれはないだろう! いきなりなんだ!
じりじりと後退するリョウは、命の恐れはないとは言い切れない状態に目を白黒させた。
「ちょっと待て! なんだい、その記憶をいじるってのは!?」
「文字通りっていうか、術を使って、夢だって思い込ませるんだ〜。私はあんまり術は得意じゃないから、符に頼ることになるけど」
腰のホルスターから今度は数枚の紙切れを出してくる。一体全体なんの撮影だ?
「素人をどっきり撮影ってのはよくないぞ、お嬢さん」
「どっきり、ってなに?」
きょとんとする都古は理解していないようだ。ということは……これはマジである。
「い、隠蔽って……痛かったりするのか?」
「痛くないよ」
「記憶を改ざんってそんなに簡単にできるのか?」
「というか、『思い込ませる』っていうのが正しいかな。
ほら、五木サンはべつに見たくもない光景、憶えていたくないわけでしょう?」
「ま、まぁ……な」
「だったらべつに悪いことじゃないと思えばいいよ。私も悪人ではないし」
「……なんでそうなる?」
「妖魔ってのは、まぁ、えっとぉ、妖怪? に近くて、鬼とかわかる?」
「鬼くらいなら」
「そういう人外の存在で、人に害を与える存在の総称を『妖魔』って私たちは言ってるわけ。
で、私はそれを退治する人」
「…………どうやって」
あえてそこまで聞いてしまったのは、なぜなのか、後からでもわからなかった。
興味は、ない。多少は、あったかもしれないが。だが……進んで関わりたくは……。
都古は片眉をあげた。美形はどんな表情をしていても綺麗だと感心してしまう。
「うちはそういうのを生業としてる一族なんだよね。まあでも、知らない人のほうが大多数だけど。
専門家だから、ってのじゃ理由にならないかな?」
「そういう専門家は、聞いたことがない」
「そりゃそうだよぉ! 一般の人に知れ渡ってたら、妖魔の存在も五木サン、知ってなきゃおかしいって!」
ずばり核心を言い当ててくるので、この娘は頭は悪くないようだ。どこか打ち所でも悪かったのだろうかとか、頭打ったんじゃないのかとか考えてしまった。
都古はひらひらと紙切れを振って、どうする? とアピールしてくる。
「まあ忘れても忘れなくても悪影響は出ないと思うけど、なんだったらまた次に会った時にでも決めておいてくれたらいいし」
「次に会う?」
「あれ? 言ってなかった?
私、ある人を探して月に一度は東京を徘徊してるんだー。今月からなんだけど。
だから、五木サンともまた会うかもね」
あ、そだ。
「連絡先とか教えてもいーよ。アフターケア? ての? よくわかんないけど、最近の人はそういうの重視するんでしょ?」
そう言いながら、都古はまたもホルスターから何かを取り出す。今度は名刺だった。リョウは今度は受け取ってしまう。
古ぼけた紙に、退魔士・扇都古と記されており、連絡先はコチラと、携帯電話の番号が書いてある。
悪用されないかとちょっと心配になるが、そもそも彼女の存在がかなりの奇天烈なわけで……信用していいのかわからない。
「偶然次に会うこともあると思うしね。ほら、袖すり合うも多少の縁、って言うし」
「古風なの知ってるんだな」
「縁、ってのはあるとうちの一族では考えられてるから、私も信じてるんだ。じゃあそろそろ次に移動するね」
ばいばいと軽く手を振ると、都古は紙切れをホルスターにおさめて、信じられない跳躍を見せて壁を蹴って建物の上へと姿を消した。
…………美少女がよくわからない物体と何かしていたと思ったら、いきなり挨拶をされて……挙句、名刺までもらってしまった。
「タイマシ?」
ヨウマ?
よくわからない単語が飛び交っていた。
格好もおかしかったし……言ってることがさっぱりわからなかった……。
「なんだって……鬼、とか人に害を与えるものの総称がヨウマとかなんとか……」
それを退治してる一族?
何かの映画の撮影ならいいのだがと、周囲をうかがってみるものの、静まり返っていてその気配はない。
リョウは持っていたリュックを肩にかけ直し、まじまじと名刺を見た。
量産はされていないであろうタイプの名刺なのはすぐにわかった。そもそも、一般人には受け入れがたい事柄だ。
「扇都古、か……」
こういう文字を書くのかと改めて思った。音だけで、ミヤコと認識していたのでますます驚く。
「なんだかよくわからないが…………夢だったのかねぇ」
もしも明日目覚めてこの名刺が消えていたら、夢に違いない。
リョウは緩く歩き出した。
*
次の日の朝、目覚めても名刺は消えていなかった。
呆然としつつ、リョウはうーんと首を傾げる。
「ということは……昨晩のことは現実、か」
奇抜な格好をした美少女と出会ったこと。そして彼女は『退魔士』であると名乗ったこと……。
月に一度と言っていたので、もしも会えるとしたら来月の話になる。
リョウはぼんやりと、もらった名刺を眺めて再度呟いた。
「扇、都古、かぁ」
名刺が消えていないのだから、実在はしたのだろうか?
ぼんやりと彼女の姿を思い浮かべるが…………あんな美少女、本当に居たのだろうか?
(どう考えてもテレビのアイドルなんて目じゃなかった)
無表情だったとしたら、人形だと言われても信じてしまうだろう。
それほどまでに彼女は美しく、そして奇妙だったのだ。
髪の色も……途中でいきなり変わった。あれは若者の間に流行しているのかもしれないなとリョウは考えてしまう。
さあ、今日も1日が始まる。なんの変哲もない1日が……。昨日がちょっとおかしかっただけなのだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【8438/五木・リョウ(いつき・りょう)/男/28/飲食店従業員】
NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、五木様。初めまして、ライターのともやいずみです。
都古との初遭遇になります。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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