■第5夜 2人の怪盗■
石田空 |
【7851】【栗花落・飛頼】【大学生】 |
「そう……とうとう現れたのね……。えっ、知っているのかって? さあ、どうかしらね。あら不満そうね。眉間の皺は駄目よ。残っちゃうんだから。青桐君見なさい。注意しているのにすっかり残っちゃってね。
話を逸らすなって? そうねえ……。ごめんなさい。今はまだ話せないのよ。何で私に前に出ないか……出ないんじゃないわね。今はまだ出れないの。いつ出れるかも、正直分からないわ。貴方が頑張ってくれたら、また分からないんだけどね。
でもね、魔法は根本の解決にはならないと思うのよ。催眠をかけても、記憶を書き替えても、魂に刻まれたものはずっと残るのよ。毒は、じわじわじわじわ身体を蝕んでいくものだから、毒を抜かない事には、何の解決にもならないわ。
あらまあ、また困った顔しちゃって。大丈夫よ。貴方が貴方らしく振舞えばいいだけの話なんだから。
さあ、もう下校時刻よ。気を付けてお帰りなさい。
ご機嫌よう。また明日」
聖栞が玄関まで出て見送った後、栞は手の2通の封を見た。
「13時の鐘が鳴ったら、フェンシング部にやってきます」
それ以外何も書いていない予告状は、怪盗オディールのものであろう。
もう1つの方には、もっと細かく書いてある。
「13時の鐘が鳴ったら、フェンシング部の宝剣をいただく。
邪魔をしたら夢の中を彷徨う事になるだろう。
怪盗ロットバルト」
タイプライトで清書された予告状を、栞は浮かない顔で見ていた。
この予告状からは死臭がした。
胸がざわめく。
しかし、今自分が動けば悟られる事も分かっていた。
どうか、誰も傷つく事がありませんように。
今はただ祈る事しかできない。
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第5夜 2人の怪盗
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午後12時23分。
あちこちでいい匂いが立ち込めている。
大学の食堂は、午前中の授業を終えた生徒達、午後からの生徒達がのんびりと食事を取っている。流石にコンクール前になったら大学全体がピリピリとした空気になるが、それ以外の時間は割とのんびりとしている。この辺りが小中高生と大学生の差なのだろうか。
栗花落飛頼もまた、列に並んでようやくもらえたお勧めランチを持って席に座った。
「最近小中高の方って面白いんだって? 怪盗騒ぎとかで」
同じ専攻の友人達は面白そうに言う。
飛頼は少し困った顔をする。
面白いのかなあ、あれって……。
まあ確かに傍目からだと面白いけどさ。そう思いながらランチのグラタンをフォークですくう。
「うん。最近は新しい怪盗が出たとかって。確か……怪盗ロットバルトだっけ?」
「悪魔の娘に悪魔本人の登場か。ますます面白い」
「はあ……そういうもの?」
「バレエの模倣の泥棒なんて聞いた事もないし。殺人事件のモチーフはミステリー物とか、オペラとかだしさ。オディールの話はうちの小中高以外だと聞かないけど、ロットバルトの方は最近よく聞くけどなあ」
「えっ、どこで?」
「飛頼うといなあ。最近新聞とかニュースでもやってるじゃん」
そう言って友人の1人が新聞の1面を広げた。
美術館に入ったと言う怪盗と、予告状。
予告状の内容は、随分と物騒なものだ。書いている事はオディールと変わらないはずなのに、こっちの文面の方が何か怖い……。
美術館か……でも泥棒とかって普通美術館のものを盗むのがセオリーなのに、なんでうちの学園のものを盗もうと思ったんだろう?
飛頼が記事に目を通している間も、友人達は好き勝手に怪盗話に花を咲かせている。
「でもオディールなんかは何を盗むとかは言わないけど、盗むよーと言っている辺りはマシなのかな。ロットバルトは予告状なのか脅迫状なのか分からないしな」
「模倣犯って言うと、ロットバルトはオディールの模倣犯っぽいけどな」
「なるほど……」
飛頼は新聞を畳んで友人に返しつつ、複雑な気分になる。
前に理事長と話をした時、あの人は怪盗に感謝をしないといけないと言っていた。それが何なのかまでは分からなかったけど。
うーん……。
飛頼は少し首を傾げつつ、思考をする。
誰も怪我しないように、せめて手伝いくらいはできないかな? ロットバルトに宝剣を盗まれないようにする。
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午後9時45分。
今日は新月で、星さえも見えない闇が広がっていた。
飛頼はどうしたもんかと思いながら、体育館の近くまで来ていた。
確かフェンシング部はバレエのレッスン場の裏、地下1階だったと思うけど。
辺りは自警団が歩いているので、近付くに近付けない。手伝いに来ましたなんて言っても信じてもらえるかな?
仕方なく飛頼は体育館付近の茂みに隠れている訳だが。
「ん……?」
飛頼はひくひくと匂いを嗅いだ。
ローズマリーの匂い? 飛頼は園芸部の温室で育てていたハーブの匂いを嗅いで、不思議に思う。
何でこんな所でこの匂いがするんだろう?
って、あれ?
匂いを嗅ぎながら、飛頼は冷や汗をかくのを感じた。
この匂い、確か……。
『うふふふふふ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!』
……そうだ、あの日。
星野さんが亡くなった時、この匂いを嗅いだんだ。
でも、何でこの匂いが……。
そこで飛頼は我に返って鼻をハンカチで覆う。
この匂いを嗅いでいると、ひどい眠気が襲ってくるのに気が付いたのだ。
「でも……この匂い一体どこから……?」
辺りはこの匂いをもろに嗅いで倒れている自警団達がいる。
鼻と口にそっと手を振ると、呼吸はしているので、ただ気絶しているだけだと分かり、ほっとする。
飛頼は匂いを嗅ぎ過ぎないように気をつけながら、匂いの元を追った。この匂い……何か嫌な予感がする……。まさか匂いが媒介じゃ、笛の音色で掻き消すとかはできないし……。場所が分からないと消す事もできない。
と、急に辺りがやけに明るくなったのに気が付いた。
今は10時前だ。昼間みたいに明るくなる訳ないのに。
飛頼は思わず見上げると、体育館の天窓が割れ、そこからありえない形で光が流れ出ているのに気が付いた。
「何、あれ……」
黒い影が飛んでいくのが見える。
悪魔の格好をした男だった。あれ……あれがロットバルト?
飛頼が呆然と見ている中、急にローズマリーの匂いが濃い事に気が付いた。眠気がじりじりと飛頼を襲う。
「うっ……」
そこに、白いロマンティックチュチュを着た少女が透けて見えた。
爪先立ちで立ち、石畳にも関わらず、足音を立てずにくるくると踊る少女。
それは、ここにいる訳のない人物だった。
「星野……のばらさん……?」
『………』
のばらは、飛頼の存在に気付いていないようだった。
そのままくるくる回って踊り、やがて消えた……。
そこへ、先程見えた光が飛び込んでくるのが見える。
「さっきの光?」
光が飛び込んだ場所にいたのは、桜華だった。
桜華は、焦点の定まっていない場所で、制服姿でぼんやりと立ち尽くしている。
ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。
何で死んだはずの星野さんが踊っていて、星野さんのいた場所に守宮さんがいるの?
それに、さっきの光って、一体……。
……そうだ。守宮さんは匂いを嗅いで大丈夫なんだっけ?
飛頼は混乱した頭を振って、桜華の肩を揺すった。
「守宮さん、守宮さん。大丈夫? 起きてる?」
「………? 先輩?」
「うん。さっき君の方に変な光が入っていったんだけど、何ともない? 大丈夫?」
「………? 今何時ですか?」
「えっ? えっと、今は10時過ぎ……かな」
「あら?」
焦点の定まってなかった桜華の目は、いつも通りに戻っていた。
「何で私ここにいるんでしょうか?」
「あれ?」
何か言葉が噛み合ってないな……」
飛頼は困った顔をする。
「えっと、最後に何をしてたの?」
「私ですか? 今日はレッスン場の裏に怪盗が来るので練習できないから、寮に帰って自分の部屋で練習してたんですけど……気付けばここに立っていました」
「………。ええっと。前にもこんな事とかってあったの?」
「ないはずですけど……」
夢遊病?
記憶喪失?
でも、変だな……。
飛頼はあまりにも突飛すぎる出来事に、どう反応すればいいのか分からなかった。
さっきまであれほど濃厚にしていたローズマリーの匂いが、今の桜華からは全くしなかったのである。
一体、さっきの光は何だったんだろう?
それに、星野さんも……。
ひとまず飛頼は、桜華を寮まで送っていく事にした。
<第5夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7851/栗花落飛頼/男/19歳/大学生】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】
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■ ライター通信 ■
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栗花落飛頼様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第5夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回はめまぐるしい展開で、訳が分からなかったと思います。伏線は時期に消化しますので、気になる部分は当事者の方に手紙やシチュエーションノベルで絡んでもらえたらと思います。
第6夜公開も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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