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■鳥籠茶房へようこそ■

蒼樹 里緒
【7969】【常葉・わたる】【中学生・気脈読み】
 気が付くと、自分は山の中にいた。
 どうしてこんな山に。さっきまでは別の場所にいたはずなのに。
 あてもなく歩いていると、どこからか甘い匂いが漂ってきて――。
「いらっしゃいませ!」
 目の前には、翡翠色の着物を纏った可憐な少女と、茅葺き屋根の茶屋が在った。
 彼女に勧められるまま、紅い野点傘の下の縁台に腰を下ろす。
 少女は黄金色の長い髪をさらさらと靡かせ、少々お待ちください、と笑顔で言い残して店内に入っていった。入れ替わるようにして、青い髪の青年が現れた。少女と同じ翡翠色の着物ということは、彼も店員なのだろう。
 いらっしゃいませ、と彼も物腰やわらかに一礼した。
「ようこそ、鳥籠茶房へ。店長代理のアトリと申します。先程ご案内しましたのは、店員のカナリアです。どうぞお見知りおきを」
 自分も会釈して挨拶を返す。爽やかに微笑むアトリは、続けて説明をしてくれた。
「当店にいらっしゃるお客様には、『条件』があるのですよ。あなたも、何かお悩み事がおありなのでしょう?」
 どうしてわかるのだろう。
 瞬きを繰り返す。アトリはやはり微笑して告げた。
「お客様のお悩みを解消するのも、当店の売りのひとつなのです。よろしければ、ご相談ください」
 もしかしたら、自分はこの店に『招かれた』のだろうか。
 不思議に思いつつも、自然と口を開いていた。
鳥籠茶房へようこそ

 常葉・わたるは、見慣れない景色の中で、半ば夢心地で縁台に座っていた。蒼い空、風にそよぐ木々の葉、鳥や獣の鳴き声、土や花の香り――豊かな自然に満ちている。
 ――ここには、いい気脈がありそうだな。
 ぼんやりと考えていると、アトリの気遣うような声が掛かった。
「あの、お客様? どうかされましたか?」
「え、あ……。どうも、こんにちは。俺は、常葉・わたるといいます」
「こんにちは、常葉様。お茶菓子はいかがなさいますか?」
 子ども相手でも敬語と笑顔を崩さないアトリの人柄に安堵し、わたるは少し考えてから口を開いた。
「んと、おすすめのをください。なんかこう、いいのを揃えてる、そんなお店って気がするから」
「ありがとうございます。では、当店一押しの『鳥籠饅頭』はいかがでしょうか」
「じゃあ、それでお願いします」
「かしこまりました。――カナ、鳥籠饅頭ひとつ頼むね」
「はーい!」
 アトリの指示を受け、カナリアが店の奥へと駆けていく。わたるは密かにため息をこぼしたけれど、アトリには聞こえていたようだった。
「常葉様。先程も申しましたが、当店ではお客様のお悩みの解消に努めております。よろしければ、お話しください」
「はあ、悩みですか……」
 何から話せばいいだろう。わかってもらえるだろうか。
 地面に映る野点傘の影を見つめ、頭の中で順序を組み立てながら、わたるは口を開いた。
「俺は将来、気脈を読むという仕事に就きたいんです」
「気脈と仰いますと、モノに流れる『気』の筋のようなものですよね。なるほど、常葉様には気脈を読めるお力があると」
「はい。でも、自分がまっすぐに仕事をきわめていけるか、自信が持てなくて……才能ないかも、なんて……」
 喋るうちに声の調子が沈んでいき、膝の上に置いた拳を更に固く握りしめる。脳裏に祖父の顔が浮かんだ。
「おや、何故です? 頑張っていらっしゃるのでしょう?」
 アトリの声はどこまでも優しく、清流を連想させる。言葉に詰まるうちに、カナリアが饅頭を運んできた。
「鳥籠饅頭おひとつ、お待たせしました!」
「ありがと、カナ。さあ、常葉様、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 受け取った漆塗りの小皿には、てのひら大の焼饅頭が鎮座していた。焼き目の模様が確かに鳥籠風だ。小鳥が羽ばたいている様子も、その中心に描かれている。いただきます、と一口頬張ると、こしあんの程よい甘さが口腔に広がった。思わず目を瞠る。
「おいしい!」
「ありがとうございます。お口に合って幸いです」
「はい、すごくおいしいです!」
「たくさんありますから、遠慮なさらず召し上がってくださいねー」
 カナリアも饅頭に負けず劣らずの甘い笑顔を見せる。最初の一口を充分に味わって飲み込んでから、わたるは話を続けた。
「俺のじいちゃんも、気脈を読む仕事をしてるんです。いつもいろんな地方を回ってて。夏休みとかになると、俺も一緒に手伝うんですけど……俺、今、ほっとんど仕事できないし」
「なるほど、お爺様のお仕事を継がれるおつもりなのですね。ご立派なお心がけです」
「ありがとうございます。でも、気脈を読むことが全ての物事の解決につながるワケじゃないし、人間関係もあって難しい仕事で……。少しずつ勉強するしかないってわかってるけど、本当に技が身についてるのかどうかも、よくわかんないし……」
 祖父に近づきたい、祖父のように仕事をしたいと願ってはいても、現実はなかなか難しい。技術も祖父に教わっているけれど、自分の未熟さがたまに嫌になる。
 黙々と饅頭を食べていると、アトリがやわらかく切り出した。
「最初から物事を上手くできる人なんていませんよ。どんなに未熟でも、少しずつ努力を積み重ねれば、必ず実るものです」
 ほら、とアトリの視線が前方の森に投げられて、わたるも目でそれを追う。高く伸びた木の枝には、見たこともない不思議な色や形をした果実が、いくつもぶら下がっていた。
「この山は、それ自体がひとつの世界のようなものなのです。たまに様々な異界への入口が開きまして、妖怪や魔物等が迷い込むこともあります。もちろん、人間も」
「じゃあ、俺も迷い込んだひとりってことですか」
「ええ、そうなります。あの木も、いつの間にかそこで根を張っていたのです。長い年月をかけて、ああして実を結んだのですよ。ですから、常葉様も焦る必要はないのです。考えすぎると疲れてしまいますしね。お爺様もきっと、あなたのご成長ぶりをゆっくり見守っておられるはずですから」
「……」
 そうかもしれない。できないことが多くて凹むけれど、失敗も決して無駄ではないのだ。
 ――焦ってたんだな、俺。
 山の澄んだ空気を肺に取り入れる。深呼吸すると、なんだかスッキリした。わたるは立ち上がってアトリに一礼する。
「ありがとうございます、アトリさん。俺、ぐだぐだ悩みすぎてたかもしれません。ちょっと力抜いて、また頑張ってみます」
「こちらこそ、お力になれたようで幸いです」
「これで一件落着、ですね!」
 アトリとカナリアに笑い返して、わたるは饅頭の最後の一口を噛みしめた。

 ▼

 お会計はこちらです、と会計所に案内される。小銭入れを取り出そうとすると、スッと差し出されたアトリの手にやわらかく制された。
「お代は頂きません。常葉様のお悩みを拝聴しましたから」
「いいんですか?」
「ええ。当店は、お客様のお悩みを随時大募集中ですので。また何かお困りでしたら」
 木製の棚をごそごそと探ったアトリは、小さな紐綴じの手帳を取り出し、わたるに手渡す。
「来店されたお客様にお渡しする粗品です。それをお持ちでしたら、いつでも当店にまっすぐお越しになれます」
「へぇー。ありがとうございます。お饅頭もおいしかったし、また来たいです」
「ええ、是非。大歓迎ですよ」
 手帳を開くと、最初に五十個ほどの升目が描かれた頁があった。アトリがその升目のひとつに、朱肉を付けた判子を押す。楕円の中に『鳥籠』と字の入った判子だ。
「ご来店一回につき、判子をひとつ押させて頂きます。何点か貯めますと景品等ございますので、よろしければご利用ください」
 アトリから手帳を受け取った瞬間、茶房の景色が霧のようなものに包まれていく。
 あ、とわたるが声をかけようとした時には、暮らしている親戚の家付近の道路に佇んでいた。
 ――帰ってきたんだ。
 ずっと抱えていた雨雲じみた重い気持ちは、もうすっかり晴れていた。
 これからも地道に頑張ってみようと決心しながら、わたるは家へ入っていった。

 ▼

「今時感心な子だったねぇ。素晴らしい孝行だ」
「ほんと、しっかりしてたよね」
 会計所の来店者名簿に、常葉・わたるの名を筆で記しながら呟くアトリ。食器の片付けをするカナリアも、しみじみと頷いた。
「おじいちゃんの仕事を手伝って後を継ぐなんて偉い!」
「将来有望だね」
「あの子、また来るかなぁ」
「来るよ。悩みがなくても、きっとね」
 ――この山に龍脈があるって気付いたかな、あの子は。
 静かに名簿を閉じ、アトリは密かに笑んだ。
 彼と再会できる日を待ち望みながら。


 了


■登場人物■
7969/常葉・わたる/男性/13歳/中学生・気脈読み
NPC/アトリ/男性/23歳/鳥籠茶房店長代理
NPC/カナリア/女性/20歳/鳥籠茶房店員

■鳥籠通信■
ご来店、誠にありがとうございました。
アトリからお渡ししたアイテムは、次回以降のシナリオ参加の際に必要となります。
なくさずに大切にお持ちくださいませ。
常葉様のまたのお越しをお待ちしております。