■【楼蘭】薺・渦恋■
紺藤 碧
【2872】【キング=オセロット】【コマンドー】
 その村にはたいそう可愛らしい娘が居た。
 幼い頃から蝶よ花よと、出会う人出会う人全てが彼女の頭を撫でる。
 妙齢の頃になってからは、村の男達のみならず、村を訪れた若者や、隣の村近くの町、果ては地域を治める官吏の息子までもが彼女に恋焦がれた。
「抜け駆けは――」
「お前こそ!」
 そんな遣り取りが男達の間で交わされていることなど露知らず、彼女は今日も荷物を抱え町の寄宿舎へ。
(周勇様……)
 そう、彼女は、将来官吏になるために科挙の勉強をしている寄宿生の1人に恋焦がれていた。





 近からず遠からずの微妙な三角関係が出来上がりそうになっていた。
「問題は、孫瑛が以外に引っ込み思案で、いまだに彼に声をかけれていないということと、彼と彼女が仲良くなってしまったら、男達が彼をフルボッコにするかもしれないってことなのよ」
 彼女と幼馴染の給仕の少女は、丁度茶屋に来ていた自分に向けて、まるで彼女の親にでもなったかのように、世話話を始めている。
「それで、あなたにお願いがあるんだけど」
 彼と彼女を引き合わせて、いっそのことくっつけちゃって。
 できるなら、当分彼を護ってあげてほしいけれど、無理ならいいの。

 長く薄い溜め息が、口から零れていく。
 目的は、それか。



【楼蘭】薺・渦恋







 その村にはたいそう可愛らしい娘が居た。
 幼い頃から蝶よ花よと、出会う人出会う人全てが彼女の頭を撫でる。
 妙齢の頃になってからは、村の男達のみならず、村を訪れた若者や、隣の村近くの町、果ては地域を治める官吏の息子までもが彼女に恋焦がれた。
「抜け駆けは――」
「お前こそ!」
 そんな遣り取りが男達の間で交わされていることなど露知らず、彼女は今日も荷物を抱え町の寄宿舎へ。
(周勇様……)
 そう、彼女は、将来官吏になるために科挙の勉強をしている寄宿生の1人に恋焦がれていた。



 近からず遠からずの微妙な三角関係が出来上がりそうになっていた。
「問題は、孫瑛が以外に引っ込み思案で、いまだに彼に声をかけれていないということと、彼と彼女が仲良くなってしまったら、男達が彼をフルボッコにするかもしれないってことなのよ」
 彼女と幼馴染の給仕の少女は、丁度茶屋に来ていた自分に向けて、まるで彼女の親にでもなったかのように、世話話を始めている。
「それで、あなたにお願いがあるんだけど」
 彼と彼女を引き合わせて、いっそのことくっつけちゃって。
 できるなら、当分彼を護ってあげてほしいけれど、無理ならいいの。

 長く薄い溜め息が、口から零れていく。
 目的は、それか。










 キング=オセロットは、出されていたお茶の湯のみを口に運び、その下でふっと微笑む。
「国は違えど恋の諍いに違いはなし、か」
 男女という別があり、それが引き合うという道理は、どの国でも――たとえ言葉が通じなくても起こり得る。
「あなたの国でもそうなのね」
 給仕の少女は、お盆を手に持ったまま、ふぅっと頬に手を当てて息を吐く。
「分かった。では、まず孫瑛に水を向けてみよう」
「何か良い案でも?」
 その質問に、オセロットは一度だけ少女を一瞥し、お茶に視線を戻すと、思わせるぶりに微笑み、
「1つ頼みがあるんだが」
 と、計画を話せば、彼女はにっと笑い大きく頷いた。







 話を聞いた茶屋から孫瑛の家まではさほど遠くは無く、ブラブラと歩いてみても10分ほどしか離れていない。
 確か、給仕の少女の話からすれば、そろそろ孫瑛が寄宿舎がある町へと出かける時間。
 孫瑛が寄宿舎へと向かうのはそこに勤めている父親に荷物を届けるため。が、それは口実で、本当は一目で良いから周勇を見たいという思いから。
 今だに話しかけることさえも出来ていないのだから、彼女自身も奥手というか、引っ込み思案なところがあるのだろう。
 さて、問題はどう話しかけるか、だ。
 これはまぁ単純に相談された事を話してしまっても問題ないか。
 それだけ回りに心配されているということなんだし。
 ガタっと人が出入りするために作られた門扉が開くと、お洒落の柄の風呂敷包みを抱えた少女――孫瑛が中から出てきた。
 確かに、噂通りとても可愛らしい。
 一種のアイドル的な存在として(秘密裏にだが)祭り上げられてしまっているのも頷ける。
「孫瑛さんかな?」
 オセロットは、町に向けて小走りに駆け出した孫瑛に声をかけると、
「はい?」
 と、きょとんとしたような表情の孫瑛が振り返った。
「茶屋に勤めている君の友人に頼まれてね――」
 と、洗いざらい事情を話していると、段々と孫瑛の顔が真赤になって俯かれていく。
「ど…どうして…」
 知られてしまっていた事に驚いているのか、孫瑛はしどろもどろに問いかける。
「君の今の様子では、ばれるのは仕方がないと思うんだが」
 本人が目の前に居ないのにここまで真赤になるという事は、彼の姿を見ただけで少し顔を赤らめている可能性は大いにある。
 それを給仕の少女が気が付いたのは、彼女に焦がれる男たちのように恋は盲目になっていなかったからだろう。
「そこで、だ。私からの提案なんだが、異国ではそろそろバレンタインデーと言って、男女の愛の誓いの日とされている日が来る」
「あ…愛!?」
 バレンタインデーって何? という事よりも、愛の誓いという言葉が余りにインパクトだったのか、孫瑛の声が上ずる。
「愛の誓いといっても、深刻に考えず彼と知り合うきっかけと思って彼の元へ行ってみてはどうかな?」
 きっと、話しかけられないのは、2人に何もきっかけがないからだ。この提案によって、声をかけ話す機会を設ける事ができれば――悪い方にも行ってしまうかもしれないが――良いほうにも働く可能性は充分にある。
「で…でも、そんな日があるからと言われても、何を話したらいいのか……」
 孫瑛は暫くもじもじした後、そのまま顔を真っ赤にして俯いてしまう。
 そこから、助言が必要とは……。
「そうだな……まずは挨拶からが基本だろう」
 話しかける事が一度も出来ていないのならば、きっとすれ違っても無言のまま行過ぎるだけだったに違いない。
「彼に“こんにちは”という切欠の日にしてはどうだろうか」
 孫瑛は憑き物が落ちたかのような表情で、オセロットを見遣る。
「はい! がんばってみます」
 ここまで背中を押さなければ行動できないとは、何とも奥手な少女である。だが、その初々しさについつい微笑を浮かべ、その背を軽く手を振って見送った。







 きっと今頃孫瑛も周勇に声をかけ、それを見た嫉妬集団が動き出しているかもしれない。――まぁ、声をかけるだけで行動に移るなど早計過ぎる嫉妬集団となってしまうわけだが。
 オセロットは孫瑛が寄宿舎から出てくるのを待ち、そして、周勇に声をかける機会を伺う。彼女がその気でも、彼は全く彼女に興味を示していないかもしれない。それを確かめる必要もあるし、これから起こり得ることを話しておく必要もあるだろう。
「すまない。周勇という青年を読んで欲しいんだが」
 孫瑛が帰った後、運よく出てきた寄宿生を呼びとめ、周勇を呼びつける。
「私が周勇ですが…」
 怪訝げな顔で出てきたのは、人の良さそうな好青年。役人になるには少し頼りない優しそうな風貌で、お世辞にもかっこいい部類ではないが、悪いわけでもない。これならば、孫瑛が好意を寄せるのも頷ける。
「あなたは孫瑛を知っているのかな?」
「え…!? そ…孫瑛さん、ですか!!?」
 孫瑛の名前を出した瞬間、一瞬にして茹蛸状態になった周勇。これは孫瑛の片思いではなさそうだ。
「きょ、今日……声をかけていただいて…って私は何を!!」
 1人百面相を面白く眺めていたが、それでは話が進まない。
 オセロットは給仕の少女と相談しあった内容を周勇に告げる。
「え!?」
 確かに驚くのも無理はないだろう。
 何せ、近々、周勇が襲われるだろうと告げたのだから。
 自分が襲われると聞いて冷静で居られる者は少ない。周勇も「何故?」「どうして?」と頭を抱えてしまっている。
 孫瑛に声をかけてもらえて、自分も彼女が好きなだけなのに。
「嫉妬は醜いものだが、行き過ぎた好意であることに変わりはない」
 彼女が好きならば、その彼らにどう向き合うか、考えておいてくれ、と付け足し、オセロットは周勇を励ますと、寄宿舎を後にした。







 あの茶屋で給仕の少女が手を振る。
「そっちの首尾は?」
「上々だ」
「こっちも無問題! 周勇が1人になる時間教えてきた」
 後は各々が行動を起こすだけ。
 いざと言うとき孫瑛に危険が及ばないよう、目的の場所には自分が連れて行けば役者は揃う。
 そして、目的の日・時間を見計らい、オセロットはちょうど周勇と嫉妬団が鉢合わせする頃合いに差し掛かるよう、少し送れて連れ出した。
 恋の指南をしたからだろうか、孫瑛は先日の事を報告しながらオセロットについてくる。
 そして、あの場所に近づいていく。
「おい! おまえ、孫瑛ちゃんとどういう関係だ!」
 予定通り聞こえる、嫉妬団と周勇の声。
「あ…えっと……」
 給仕の少女がどういったか知らないが、実際孫瑛と周勇はまだ挨拶を交わした程度の間柄。関係を聞かれて答えられるはずがない。
「オセロットさん、あれは、周勇さん…!?」
 そして、嫉妬団の1人が、周勇の襟首を締め上げる姿を見て、孫瑛の顔に驚愕の色が浮かぶ。そして、オセロットが止めに入るよりも早く、孫瑛が動いた。
「や…止めて!」
 嫉妬団をかきわけ、周勇の前に立ちはだかる孫瑛。
「…孫瑛ちゃん!!?」
 きりっと孫瑛は周りの男たちを睨みつけているのだろうが、その姿も迫力はなく、数人がまるでアイドルを見たかのように悶絶している。だが、そんな中でも、リーダー格っぽい男が叫んだ。
「どうしてそんな男庇うんですか!!」
 知っているさ。本当は知っている。だが、聞かなければいけないこともある。
「そ…それは…」
 好きだからと叫んでしまえたらどれだけ楽だろう。でも、周勇とは先日、短い挨拶を交わしただけ。
 男はギリッと奥歯をかみ締め、孫瑛をどかすと周勇に拳を振り上げた。
「や…止めっ――!」
「その辺にしておけ」
 後から振り上げられた拳を握り締めるオセロット。
 男は激昂に瞳を吊り上げオセロットに振り返る。
「よく、周りを、孫瑛を見ろ」
 震える瞳でゆっくりと視線を動かした男の瞳に移ったのは、怯える瞳で周勇を支える孫瑛の姿。
 男の腕から力が抜けたのを感じ、オセロットは手を離す。
「孫瑛がなぜ止めたか分かるか? 暴力では人の心は変えられないからだ」
 好きだ嫌いだはまだ先の話。この状況ならばまだ一般論でもいいだろう。
「お前達の暴力は孫瑛の心も傷つける。人に振り向いてもらえない辛さはわかるが、それを暴力で訴えようとするな」
 男の脳裏に、そして嫉妬団の瞳に焼きつく、怯えた孫瑛の姿。自分たちが、彼女を悲しませてしまった事実に、がくっと肩を落とす。
 そして、嫉妬団がイロイロと気を削がれて、散り散りに去っていく姿を暫く見つめ、孫瑛は周勇に向き直った。
「大丈夫…ですか?」
「はい。すいません。情けない姿を見せてしまって……」
 ゆっくりと首を振る孫瑛。
 何だか良い雰囲気になってきたことに、オセロットは何も告げずその場から離れる。
「さて、彼女に報告にでも行くかな」
 この後の事は2人の問題。
 とりあえず、給仕の少女からの頼み毎は達したといえるだろう。
 たまにはこういった騒動に巻き込まれてみるのも、いいものだなとオセロットは徐に懐から煙草を出した。









☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆

 【楼蘭】にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 恋の切欠や指南ありがとうございました。これからの2人の幸せを祈っていただけると嬉しいです(笑)
 それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……


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