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■LOST・EDEN 聞け、盛大なカンパネラの音を■

ともやいずみ
【8438】【五木・リョウ】【飲食店従業員】
「うつみ……」
 2月……。東京で探すことになって2回目だ。
 まだ寒い季節の中、空を見上げる。
 探しビトは、まだ…………見つからない。
LOST・EDEN 聞け、盛大なカンパネラの音を



 あれから一ヶ月。そう、一ヶ月だ。
 扇都古なる、自称「退魔士」と名乗った少女と出会って一ヶ月だ。
 縁があればまた会える。
 縁があれば……。
 だが縁がなければ?



(ウツミ……か)
 頭の中で反芻してみるが、やっぱりよくわからない。
 たまに違う道を通れば、
(都古さんが探している人はこのへんにいるのかな?)
 と考えたり。
 店で働いている最中も、
(うちの店にくるかも?)
 と考えてしまったりする。
 そんな偶然、起こるのは本当に稀だろうが。
 だとしても……心の隅にとどめておいてもいいだろう。
 覚えておいても困らないし、何かあった時に都古の助けになる。自分にマイナスはない。
 店内のテーブルの上を拭いている手が、ふいに止まった。
(そういえば……)
 都古は退魔士。つまり、ヨウマ、とかいう……わけのわからない化物を退治するのを生業としている。
 彼女と会うってことは……退魔というものが必要な、得体の知れない存在が一緒に出てくるということでは……?
 その可能性に五木リョウは青ざめた。
 止めていた手を動かす。綺麗になっていくテーブルの上。まだ店は開店前なので、店内には従業員しかいない。
(もしそのヨウマってのが出てきたら……彼女に助けてもらうしかない)
 自分ではどうにもならないことだからだ。
 殴ったり蹴ったりで退散できるようなシロモノとは思えないし、ただの喧嘩でぶちのめせるわけもないだろう。
(退魔士か。どうにもフィクションの世界のように感じるが)
 都古のあははと笑う姿を思い返す。
 一ヶ月前だというのに、彼女の姿を鮮明に思い出せるのは……彼女はかなりの美少女だったからだろうか?
 それとも、あまりの変わった性格ぶりゆえか……。
(退魔士はみんな、あんな爽やかな笑顔で仕事をするものなのか?)
 妖魔を退治していた時は凍るほどの冷徹さを見せてはいたが、都古の性格は明るい。殺戮を楽しむタイプではないし、忠実に仕事をこなしているだけとも思えた。
(人形のようなスタイル……あ、でも出てるところは出てたっけ、しっかりと。……で、綺麗な子だった)
 人知を超えた存在だからあんなに綺麗な子だったのだろうか? 機会があれば、もう一度会って話してみたい。
 次のテーブルを拭いていると、ふいに思った。
(記憶、消されなくて良かった)



 人探しに進展があったかどうか、連絡してみるべきだろうか?
 だが相手は一ヶ月に一日しか動き回れないと言っていたはずだ。忙しいので、手短に済ませよう。それがいい。
 名刺を取り出しながら、仕事の帰り道に、書かれた電話番号に携帯電話からかけてみる。
 すぐに留守番電話サービスに繋がったので、リョウは嘆息混じりにすぐにピッと電話を切った。
(そうだよな。そう都合よく……)
 裏道を通り抜けていると、上から何かが降ってきた。
「わわわっ、そこどけて!」
「は……!?」
 驚愕に目を見開くリョウの真上から降ってきた人物は、どうやらビルとビルの間をジャンプして失敗したのか、そのまま落下してくる。
 受け止めるべきかと荷物を地面に投げ捨て、リョウは両手を広げた。
「ていうか、どいてー!」
 悲鳴じみた声をあげる少女は空中でくるんと回転し、すぐ横の壁を力任せに蹴りつけ、リョウから少しだけ距離をとって地面に見事、着地した。
 ……人間業ではない、と思う。
「…………」
 呆然と両手を広げたままの姿勢だったリョウは、気恥ずかしくなって荷物を拾い、肩にかける。
「はぁー、びっくりした。あらら。これはまた、やっぱり縁があるんだね」
 笑顔と、爽やかな口調。
 どきりとするリョウは、薄暗い裏路地に現れた美しい少女にびっくりしてしまう。登場も相当なものだったが。
「都古さん……すごい登場だな」
「え? あー、いや、ちょっと戦闘になっちゃってふッ飛ばされちゃった」
「…………」
 深く聞かないほうがいいだろう。
「いやぁね、夜になると東京って本当に物騒だね。ああいうのがあちこちにいるなんて、前代未聞だよ。
 まだ田舎の山や沼とかのほうが、温厚だと思うけど」
 ぶつぶつと言う都古は立ち上がり、姿勢を正した。
 やはり美人だ。無闇やたらと異性を惹きつけはしないし、色気もないが、彼女は爽やかで好感の持てる女性だった。
 ……ただ、退魔士という変な職業だが。
(いや、待てよ。退魔士だからこそ、ってのもあるのかもな)
 いかにも男の気配がない都古は、独特の職業のせいでこうなのかもしれない。
「あれから人探しは? ウツミはどうなったんだ、都古さん」
「…………」
 すぐさまそこから跳躍して去ろうとしている都古は、リョウの言葉に動きを止めた。
 リョウは焦る。まさかじっとこちらを見てくるとは思わなかったのだ。
「いや、忙しいだろうし、手短でいいから」
「まだ見つかってないよ。続行中」
 にこっと笑う都古は、振り上げていた手をおろした。もう少し、リョウと会話をしてくれる気になったようだ。
「心配して、気にかけてくれたんだ。優しいね、五木サン。いい人だ、うん」
 うんうんと何度も頷くので、リョウは気恥ずかしくなってくる。
 10歳以上も年下の少女に手放しで褒められると、こんなに恥ずかしいものなのか……。
 店での接点はやはり男性客が多いので、都古のような若い娘と接触するのは物凄く久しぶりだったこともある。
「忙しいんだろ。早く行ったほうがいい」
「そうだね。気遣ってくれてありがとう」
 満面の笑みを向けられ、リョウは年下の少女にどきどきしてしまう。
 あまりににこにこと笑顔を向けられるので、思わず視線を逸らす。
(無防備……ってわけじゃないと思うが)
 警戒心がないわけではないのだろうが……なんだか危うい印象を受ける。
「都古さんて……みんなにそういう感じなのかい?」
 気になって尋ねると、都古はきょとんとした。
「そういう感じ? ああ、こういう性格のこと?」
「まあ、そうだな」
「人懐っこいとは言われるよ。あ、でも、ちゃんとある程度距離は保ってるから安心してくださいな」
 すべての人に等しく優しいわけではない、ということだろう。
 都古は「じゃあ」と言って、今度こそ跳躍しようとして腕を上下に振る。まさかと思うが……ここから上のビルの屋上までジャンプするつもりなのだろうか?
「見つかるといいな、ウツミってやつ」
「うん。ほんと、ありがとう。
 ああそうだ」
 ふいにまた都古がぴたりと動きを止めた。
「記憶、どうするか決めた?」
「消さない方向で」
「そっかぁ」
 にこにこと笑顔になって、都古は頷く。
「勇気あるなぁ、五木サンて。度胸もあるね」
「そういうものかな」
「普通の人はさ、信じたくないからさっさと記憶を消してって言ってくるもんだけど、そうじゃない人のほうが珍しいものだよ」
 すごいね、と都古は手放しで褒めてくる。褒められるようなことではないと思うのだが……。
 都古は軽く鼻をひくつかせ、リョウを凝視した。
「五木サンて、中華な匂いがするね」
「中華料理店で働いてるからな。すぐそこの」
 指差す方向を都古が見て、にっこり笑う。
「そっか。安い?」
「安いのもあるが……」
「じゃあ時間があって、おなかが空いてたら寄るかもね」
 そう言うなり、彼女はぶんっ、と思いっきり腕を振って、身体を屈めて真上へと跳躍した。
 見事なジャンプだ。
「おぉ」と、思わずリョウが声を洩らす。
 だが足りない。それはそうだろう。一体どれくらいの高さだと思っているのか。
 すると都古は近くの壁を蹴って、その反動を使って屋上まであがっていってしまった。
 遠くで、「コウシキ、ショウライ!」という都古の掛け声が聞こえた。
「………………」
 しーん…………。
 再びあたりが静まり返り、リョウは軽く頬を抓る。
 あっという間に出来事だった。そして……また夢ではなかろうかと思ってしまったのだ。
「……空から降ってくるとは……」
 出会い方がいつもおかしい気がするのは……気のせいではないだろう。
 リョウは歩き出す。今夜はもう、都古に会うことはないだろう。



 部屋に戻ってから、寝るしたくを始める。
 もらった名刺を再びしげしげと眺めた。
(……うーん)
 今日の都古の登場にもびっくりしてしまったが……なにより、心配したこちらの態度に彼女は嬉しそうだった。
「気遣ってくれてありがとう」
 ……とまでも、言っていた。素直で優しい子なのだろう。
 あのあと都古はどうなったのだろう?
 そもそもビルの屋上を跳躍しているというのも……かなりの問題だ。
(……タイマシってのはああいうこともするのか……?)
 中国雑技団? それともスタントマンか何かなのか?
 眉間の皺をおさえていると、リョウはふいにテレビをつけた。怪奇特集がされていて、すぐにチャンネルを変えようとするが、手を止めた。
「………………」
 おもに幽霊や恐怖体験が特集されていたが、都古が退治していたものとは何か違う気がする。
(確かにこういうのも怖いんだが……。都古さんは、もっとこう)
 一ヶ月前に彼女に退治されていたものは実体があって、もっとおどろおどろしていたというか……。
 テレビ画面をじっと凝視していたが、あまり怖くない。テレビの製作側がわざとそう作っているというせいもあるが、実際に体験したものとしては、なんとなく違和感がある。
 今までの自分の人生にこんなものとは縁がなかった。それが突然。
 リョウはテレビの電源を消し、ごろりと布団の上に横になる。天井がみえた。
(都古さんは、何かと戦ってたのか……?)
 それとも何かを追いかけていた?
 どちらにせよ、彼女の探している『ウツミ』ではないのだろう。
(うつみ……か)
 まったく見当のつかない名前だ。名前かどうかも怪しいが。
 ただの一般人の五木リョウには、今後どこかで会える確率は高いとはいえない。むしろ低いだろう。
 けれどもこの縁を、まだ切るつもりはリョウにはなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8438/五木・リョウ(いつき・りょう)/男/28/飲食店従業員】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、五木様。ライターのともやいずみです。
 都古が少しずつ心を開き始めました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。