■貴方のお伴に■
伊吹護 |
【1252】【海原・みなも】【女学生】 |
人と人とは、触れ合うもの。
語り合い、分かり合い、時にはぶつかって、支え、支えられて生きていくもの。
けれど、だからこそ。
誰にも打ち明けられないことがある。
癒したいのに、見せることすらできない傷がある。
交わることに、疲れてしまう時がある。
そんなとき、貴方の元に。
人ではないけれど、人の形をしたものを。
それらは語る言葉を持たないけれど、貴方の話を聞くことができます。
貴方の痛みを、少しだけ和らげてあげることができるかもしれません。
どんな人形が欲しい、と具体的に決まっていなくとも構いません。
貴方の悩みを、これまでの色々な出来事を、思いを教えていただけますでしょうか。
ここには――たくさんの、本当にさまざまな人形をご用意しております。
男の私に話しにくいことがあれば、代わってアンティークドールショップ『パンドラ』店主のレティシア・リュプリケがお聞きいたします。
きっと、貴方に良い出会いを提供することができると、そう思っております。
人形博物館窓口でも、『パンドラ』の店主にでも。
いつでも、声をおかけください。
すぐに、お伺いいたします。
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貴方のお伴に 〜混迷の雛祭り〜
明日は、3月3日。
ひな祭りだ。
また、一年が過ぎたんだ。そう実感する。
あっという間だったような、長かったような。何とも言えない気持ちが込み上げてくる。
握りしめた右手を開く。真っ黒で小さな、硝子玉が、手のひらの上で軽やかに転がる。
それは、私の――海原みなもの中に溶けこんだ雛人形の、在りし日の、その瞳だ。
最初は、偶然の出来事だった。不運にもそれに巻き込まれて、呪われたて、人形になってしまった。一旦は元にもどったけれど、彼女の、雛人形の魂は私の中に溶けこんでしまった。
それから、今現在にいたるまで、色々なことがあった。途中、心が折れそうになったこともあったけど、久々津館の皆や、マリーのおかげもあって、なんとか、自分の中の彼女を制御にできるようになったのだった。
明日は、お父さんに頼んだ十二単も届くらしい。
今年は純粋に、楽しめるひな祭りになりそうだった。
ベッドに潜り込む。明日のために、早めに寝なくては。
でも――なかなか、寝付けそうになかった。
目が覚める。
いつの間にか、寝てしまっていたらしい。
真っ暗だ。
眠りが浅かったんだろうか。今、何時だろう。
そう思って、起き上がろうとする。
……。
嫌な予感がした。
視界は、真っ暗なまま。
腕が宙を切る――というよりは、腕が、いや、身体がぴくりとも動かない。
まるで金縛り。
いや、違う。これは、もっと、覚えのある感覚だった。
人形化。
しかも、制御の効かない、自分ではどうしようもない状態のそれ。
では、これは――真っ暗なのは、夜ではなく、布団で視界が塞がれているだけなのだろう。
まあ、冷静に分析したところで、それでなんとかなるわけじゃないんだけれど。
とりあえず、何とかしないと。そう考える。
(マリー、いる?)
部屋の中にいるはずの親友に、呼びかける。もちろん声は出ていないが、
――何してんのさ。ベッドの中に潜り込んで。
すぐに、ぶっきらぼうな声が響いた。一緒に住む、心を持つ球体関節人形、マリーの声だ。分かってる限りの事情を話す。全て推測ではあるけれど。
――ふーん。で、私にどうしろって言うの? 分かってるだろうけど、動けないからね、私も。
そうだった。
マリーは人形だ。意識を持っていて、念話のようなもので会話はできるが、動くことはほとんどできない。世話はいつもみなもがしているのだ。
沈黙が、部屋を支配する。
(どうしよう!?)
叫ぼうとしてみても、それももちろん声にならない。ただ、マリーにうるさいと言われるだけだ。
――無理だろうけど、久々津館に向かって呼びかけてみようか。あそこの奴らなら、ひょっとしたら気付くかもしれないし。
しばらく喚いた後。五月蝿さに耐えかねたのか、心配になってくれたのか、マリーがそう提案してくれた。今のところ、良いアイデアなんてない。藁にもすがる思いで、お願いする。
そして、一時間ほど経ったころ。
インターホンが鳴らされて、ほどなく。
「お呼びでしたかね?」
黒尽くめの男――久々津館の住人、鴉がその姿を表したのだった。ちょうど近くにいて良かったと、いつもの淡々とした調子で話す。
何事も、やってみるもの――だった。
すぐに事情を話し、一旦、久々津館に回収してもらうことにする。
鴉が布団をめくってくれると、見慣れた部屋の天井がようやく姿を現した。
助かった。一安心。きっと久々津館の住人たちならなんとかしてくれるはずだ。これまでと同じように。
「これは、これは」
鴉が、小さくつぶやいた。
それはなぜか、感嘆とも、苦笑とも取れるような微妙な響きを含んでいた。
――悪い予感がした。
鴉に運ばれながらそう感じたのは、間違いではなかった。
久々津館に数ある部屋の一つ。
そこで、みなもは大きな姿鏡の前にいた。
言葉が、出なかった。
映っていたのは、何とも――表現しにくいものだった。
みなもとしては、また、雛人形になってしまったものだと思っていたの、だけれども。
確かに顔は、覚えがある。自分と一体化したあの雛人形のものだ。ただ、その姿を他の誰が見ても、雛人形だとは言わないだろう。
まず、服が十二単ではない。なぜか――牛柄の着包みパジャマだ。頭からは、明らかに人間のものではない、長い、ウサギの耳が出ている。血濡れた包丁らしきものを手に持ち、背中にはなぜか片方だけのコウモリの翼が。着包みの隙間からは怪しい触手が垂れ下がり、着包みのパジャマに絡み付いている。
怖い、とは違う。ただ、ひたすらに違和感を覚えるだけの姿。意味もなく不安に駆られてくる。
――ひどい、わね。
一緒に連れて来られたマリーが、同情を含んだ声音でつぶやく。さすがにからかう気にもならなかったのだろう。
「あらあら、まあまあ」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、レティシアだった。
どこか楽しげなその話し方に、少しだけ苛立つ。
(なんとか、なりませんか?)
期待を込めて、聞いてみる。
「……前にも同じようなことを言ったと思うけれど」
そう前置きして、レティシアは告げた。
その状態から制御を取り戻すのは、自分の力でしかできないことなのだと。
「今の貴女のその見た目は、全部、貴女の魂に溶け込んでいたものよ。私はその全ては知らないけれど、貴女には、覚えがあるでしょう? ――にしても、どれだけの体験をしてきたらそうなるのか、ちょっと信じられないけれど」
言われてみれば、覚えがある。牛柄の着包みパジャマ。あの時も大変だった。記憶を辿ってみれば、確かに身体のどのパーツも、覚えのあることばかりだった。
ということは。
雛人形の姿をコントロールするまでにかかった苦労を、思い出す。
鏡の中の自分の姿を、見直す。
いったい、どれだけかかるのか。
「まあ、前のコツを覚えているから、そこまではかからないと思うけどね」
その言葉だけが救いだった。
なんとか、するしかない。少しでも前向きに。
(……雛人形にまで戻れたら、一緒にひな祭り、してくれます?)
そう思っての問いに、レティシアはいつもの優しい笑みを浮かべて、豪華なひな壇を用意しておくわ、と言ってくれた。
それから。
実際にひな壇に座って写真を撮ってもらえたのは、もう日が変わった後だったけれど。
写真も撮ってもらって、その後皆でパーティをして。
記憶に残るひな祭りになったのは、間違いなかった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/女学生】
【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
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■ ライター通信 ■
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伊吹護です。度々のご依頼、ありがとうございます。
こんなお話にしてみました。いかがでしょうか。
またのご依頼、お待ちしております。
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