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■LOST・EDEN それは、カンタービレのように■

ともやいずみ
【8438】【五木・リョウ】【飲食店従業員】
 3月……。東京で探すことになって3回目となる。
 まだ肌寒い季節の中、空を見上げる。
 探しビトは、まだ…………見つからない。
LOST・EDEN それは、カンタービレのように


 一ヶ月前、あの晩。
(……都古さん、軽く吹っ飛ばされたなんて言ってたけど、精神的にも体力的にも厳しい仕事をしてるんだろう)
 加えて。
(人探しもしてるんだから、たいしたもんだ……)
 中華鍋を操りながら、五木リョウはそんなことを思う。
 いつかこの店に彼女が来てくれたら、自分のおごりでおなかいっぱい食べてもらおう。自分なりの彼女へのエールだ。
 そんな小さな野望を胸に抱いていたとき、出入り口のドアが開いた。 
 反射的に声を出す。
「いらっしゃいませー」
 と、ぎょっとしてリョウの動きが止まる。
 出入口に立っているのは、絶世とまではいかないまでも、誰もが認める美少女だ。
 店長はぽかんと口を開けているし、アルバイトはテーブル拭きの手が止まっている。
「……あれ? あの、準備中?」
「都古さん!」
 声をかけてからカウンターから出てくると、彼女はここがリョウの店だと初めて知ったらしく、きょとんとした。
「五木サン、なにしてんのこんなところで」
「なにって……ここが俺の働いてる店なんだが」
 がっくりきてしまう。
 リョウを狙って来店したわけではなさそうだ。
 リョウは都古へ席を用意して、置きっぱなしのメニュー表を渡した。
「仕事帰りかい?」
「んにゃ」
 首をぷるぷると振って、都古はチャーシューメンとギョーザを1皿頼んだ。
「人探しの最中なんだよね。いやー、本当に東京は広いわ」
「おい、リョウのコレかい?」
 店長が小指を立てるのでリョウは慌てて否定した。ぶんぶんと両手を振る。
 都古は相当疲れているらしく、だらんと机に突っ伏していた。
 カウンターに戻ってきたリョウは店長とアルバイト両方に質問攻めだ。
「あんな美人、どこで知り合ったんだ」
「そうですよ! ずるいです、先輩!」
「名前はなんて?」
「扇都古さんですが……」
「ミヤコちゃんかぁ。名前も可愛いねえ」
 ……なんとなくムッとしてしまうリョウであった。



 用意できたラーメンとギョーザをテーブルの上に乗せると、都古が勢いよく「いただきまーす!」と言って食べ始まる。
 昨今の小食の女性の食べ方とは違うが、彼女は自分のペースでつるつると麺をすすり、適度にカリカリのギョーザを口に含んで嬉しそうだった。
「おいしい〜! おじさん、料理の天才だね!」
 掛け値なしの美少女の賞賛と笑顔に、店主も頬を赤らめてへらへらし、「そうかい?」と聞き返している。
 あっという間に水がなくなっているのに気づき、リョウは新しい水を入れたコップを運ぶ。
「相変わらず大変なのかい?」
「大変大変。もー、たいへん。東京の人はつめたい」
 でも、と彼女は続けた。
 うっすらと瞳の色が変わる。
「まあ見つかると思うよ。うん。だいじょうぶ」
「見つける……いや、見つかるあてでもあったのかい?」
「ないけど、たぶん見つかるよ」
 都古は自信たっぷりに言い放った。
 追加でオマケだと出されたミニチャーハンも、都古は綺麗にぺろりとたいらげてしまった。

「あっと、お金お金」
「今回は俺のおご」
 り、まで言うことなく、店主が「いいっていいって」と手を振った。
「ミヤコちゃん美人だし、また来てくれたらおじさん嬉しいねえ」
「…………」
 都古は好意を受けるか悩んでいたが、にっこりと微笑した。
「どうもです」
 ぺこっと頭をさげて彼女はドアから出て行く。
「すいません、ちょっと!」
 リョウはそう言って、都古を追いかけた。



 もしも。
 彼女にこれ以上関わるのならば。
 覚悟を、しなければならない。
 ヨウマ、なんてものをもう「知らない」では済ませられない。
 安全な世界から踏み出した事実を、わからなくてはならない。
 それでも。
(それでも、俺は都古さんに会いたいんだ……)
 彼女にしてみれば迷惑なだけだろうが、それでもリョウは都古に会いたい。
 彼女の笑顔を思い浮かべると気持ちが明るくなって、元気が出てくるのだ。……けれど、そんなことを口にはしない。
 いい年齢だとも思うし、彼女とはかなり年齢が離れているのもネックだ。だが……言えば、脆くも崩れ去りそうな関係だとリョウは本能で理解していた。
 小柄な後ろ姿を追いかける。
 彼女は細い路地に入っていく。慌ててついて言うと、数歩先で彼女が待ち構えていた。
「ラーメンごちそうさま! 五木サンのお店、覚えたよ! 安くて美味しくていいお店だね!」
 笑顔満面の都古はそれでもなんだか不服そうだった。
「次回の時はちゃんと払わせてよね。なんか、借りを作ってるみたいでいやなんだー。性分でさ」
 都古はどうやらおごられるのがあまり好きではないようだ。
「都古さんはおごられるの苦手なんだ」
「苦手っていうか……なんてーのかなー」
 彼女は困ったように頬を掻く。
「頼んでもないことされるのって、なんかやだ」
「は?」
「例えばだよ! 五木サンがね、好意でやってくれたとしても、私が転んだのを助けてくれたとする」
「ああ」
「でもそれ、私が本当に立ち上がれないってわかってるならいいんだよ。立ち上がれるのに誰かの力を借りるのは嫌だ」
 都古はどうやら妙なこだわりがあるようだ。
「お金ない時に五木サンに『おごって〜』って言うのはアリだと思う」
「ははっ、そうか」
 笑うと、都古も楽しそうに笑顔を浮かべた。
「これからまた行くんだろ」
「んーん。今日はもう終わり」
 静かに、なんだか奇妙な空気をまとって都古は言う。
 薄闇の路地の中で彼女だけがぼんやりと光って見えるような錯覚が……ある。
「今日は朝から行けるところは全部行ったし、もういいやってことで、オシマイ」
「…………」
「で、ここらで五木サンと会ったな〜くらい思ってて、おなか空いたからさっきのお店入ったの」
 なるほど。合点がいった。
 リョウを狙ってきたわけではないとは思っていたが、あまりにも理由が適当すぎて逆に面白い。
「じゃあ今から家に帰るわけか」
 腕時計は外している。時間はいつだ。
 都古は空をパッと見上げて、「8時40分」と告げた。
 それにしてはあまりにも早いではないだろうか、切り上げるのが。
 都古は小さく笑う。
「あれれ? なんか変な顔してるね」
「いや、切り上げるのが早いなって思ったんだ」
 それだけだ、と小さく言うと、都古はけらけらと笑う。
「たまには早い日もあるよ。東京にもそこそこ慣れたしね。うーん。それにもう、三ヶ月だしね」
「…………三ヶ月」
「その三回とも五木サンには会ってる。これって、かなり縁が深い」
 都古は右手の指を三本立てた。
「すごいね。でも、いい縁だといいけど、悪い縁だったらどうする?」
「悪い縁?」
 そんなことはないと思う。顔にそう出ていたのだろう。
 都古はちょっと驚き、それから笑った。
「ありがとね。五木サンは優しいね」
「そんなことはないけどな」
「優しいよ」
 はっきりと言われ、しかも、真っ直ぐに美少女に告げられると照れる。
「さあ、早く仕事戻らないと。今日はここでバイバイ」
「あ、ああ」
「縁があればまた会えるよ」
 ささやかな都古の声は、聞こえるか聞こえないかわからないくらいの音量で、彼女はあっという間に跳躍してビルを駆け上ってしまった。
 残されたリョウは呆然と彼女が消えた方向を見て、ほのかに頬を赤くする。
「縁があれば、か」
 都古から言ってもらえるとは、思わなかった。
 あ、と気づいて彼はきびすを返す。きっと今頃店長はカンカンに怒っていることだろう。



 闇夜を疾駆する。
 薄手のシャツを腰元に巻きつけ、ホルスターをつけた奇妙な、ぼろぼろのジーンズをはいた少女が。

【これ以上巻き込むのはよくないんじゃねぇの】
 内なる声に都古は顔をしかめる。
「そうは言っても、会っちゃうんだから、しょうがないじゃない」
【そらまあそうか】
「でも五木サンは一般人だからね」
【守ってやる自信はあるんだろ】
「あるよ」
 都古は跳躍を繰り返しながらそう応える。
「この私が、守れない? バカにしてるね」
【へいへい。失言でした】
 けらけらと笑う声に都古は真剣な顔をした。
「……いい人だよ、彼は」
【お。恋愛対象に入るか】
「そういうの経験したことないからわかんないな」
 はっきりとそう言いながら、ターン、と軽やかにコンクリートの屋上を蹴りつける。
「なんかさ」
【ん?】
「巻き込んじゃいけない人っているのに、巻き込んじゃうじゃない?」
【ウツミの犠牲になるとでも?】
「そうは、させないけどね」
 冷ややかな声で応じて、けれども都古の表情は曇ったままだ。
「いい人すぎて、私はちょっと怖い」
【そりゃあれだ。受け入れてもらえるか怖いからだろ】
 この超常現象を。
 闇の世界を。
 そして。
 扇の一族を。
「一度知れば、もう引き返せない。五木サンには、今まで通りでいて欲しいんだよ」
【ならば】
 ならば。
【おまえがウツミとの件を片付けたら記憶を消せばいい】
「…………」
【問答無用でな】
 都古は小さく笑う。それは苦笑に近かった。
「それしかないのかもね」
 だが彼女の表情が少しかげる。
「でもあんまりそれ、賛成できない」
【なんでだ】
「……なんでだろ」
 わからない。
 わからないけど……。なんだか嫌なのだ。
 都古の心中に、妙なしこりだけが残る。
【確かにあの男はいいやつだよな】
「だよね?」
【おまえのこと、好きだと思うぜ?】
「えっ」
 都古の足が止まる。
「? ……わかんないのに、そういうこといきなり言うのやめようよ」
【ガキにはわかんねぇかな】
「ガキとかそういうのじゃなくて、なんていうかな」
 よく、わからない。
 ただ。
「あんまり、私の悪影響を受けたら可哀想な気はする」
【手遅れな気はすっけどなぁ……】
 呆れたような声に、都古は怪訝そうにするしかない。
【おまえはな、見た目以上に吸引力があるんだよ】
「? 時々わけわかなんないこと言うよね」
【……理解できないおまえはアホだ】
「…………」
 ムッとしながらも、都古は止めていた足を動き出す。前へ、前へ。
 闇夜の中、彼女は家に帰るために駆けた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8438/五木・リョウ(いつき・りょう)/男/28/飲食店従業員】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、五木様。ライターのともやいずみです。
 都古との関係も変化が少しずつ……? いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。