■舞え、ワルツの奏での中で■
ともやいずみ |
【8438】【五木・リョウ】【飲食店従業員】 |
悲鳴があがった。
無残にも殺されて倒れている子供のそばには、奇妙な人物が立っている。
腰にホルスターをつけた、両手にナイフを持った人物だ。犯人は、その人物とのことだ。
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LOST・EDEN 舞え、ワルツの奏での中で
悲鳴があがった。
行き交う人の流れの中で、小学生くらいの少年が倒れて、そして血を流している。
みるみる血の範囲が広がっていき、赤黒い染みが人の恐怖を駆り立てた。
両手にナイフを持っていた娘は、不可思議な髪と瞳の色をしていて、誰もがその美貌に目を奪われていた。
――ただ、彼女のナイフが血を帯びてさえいなければ。
彼女は息子の身体を揺する母親を冷徹に見下ろし、そして目を細めた。
そして、あっという間に人込みに混じって消えてしまう。その素早さに、誰も彼女を引き止めることはできなかった。
どういう理由か、その事件はテレビや新聞には取り上げられず、目撃した人々も不思議がっていた。
だが…………このインターネットが当たり前のようになっている時代で……その「事件」がひそかに広がっていた。
ネットの中ではその話題で持ちきりになっているところもあるほどだ。
謎の美少女、小学生の少年を殺す……と。
少女の名前が「扇都古」だと……一体どこから出たのかわからない情報まであった。
*
(都古さんが、俺に助けを求めたなら……)
戸惑いなく、自分は彼女の手を取るだろう。
即答の考えに、我ながら笑いそうになってしまう。
こんな風に考えるなんて、驚くしかない。まるで炎のようで、彼女の凛とした姿を綺麗だと思った。もっと……間近で見つめたい、とも思っている。
(だけど)
五木リョウは厨房で、手を止めた。
ネット世界ではひどい噂が広まっている。
(俺は殺害現場を見たわけじゃないからな)
信じない。
それに……自分の勘だが、退魔士の彼女がネット世界とはいえ存在が噂されるなんて……。
何者かの意図を感じてしまう。
なにかの事情があってのことかもしれないから、都古本人に訊かなければならないが……直接の力になれなくても、話を聞くくらいならできる。
がらり、と店のドアが開く。
そこに都古が立っていた。彼女はリョウの姿を見つめ、にこっと笑う。
「やっほー。ラーメン食べにきたよー」
「……都古さん」
「ん?」
明るく屈託なく笑う彼女は、軽く首を傾げた。……誰かを殺したなんて嘘だ。こんな笑顔なのに、そんなことをするわけがない。
安堵するリョウが、テーブルについた彼女を見てから手元に視線を落とす。
今はバイトがいないし、店長は買出しでいない。店内には完全に二人きりだ。
「都古さん、ネットで噂になってる……」
「ああ。あれ? 本当のことだよ」
さらりと、都古は言ってのける。顔をあげたリョウは、メニュー表を見ている都古を凝視した。
「……ほ、本当だったのか、都古さん」
「本当だよ」
彼女はやっとこちらを見てきた。
怖いくらいいつもと同じだ。
リョウは厨房から見つめていたが、やっと口を開く。なにか、おかしいような気がする?
「都古さん、子供を殺したのか?」
「殺したね」
「理由があったのか」
「理由っていうか……。ウツミが憑依してたんだー」
「ヒョウイ?」
「えーっとね、ちょっと理解しにくいかもしれないけど、なんだろうなぁ……」
都古はちょっと考え込むような仕草をしてからすぐに「ああ」と続けた。
「ほら、映画とかにもあるでしょ。悪霊に憑かれた人とか。ああいうの、わかる?」
「な、なんとなく……」
いきなりの非日常の会話にリョウは動揺しないように必死だった。
「ウツミっていうのは人間じゃないのか?」
「人間だよ?」
でも。
「そうじゃないのかもね」
にやりと笑う都古は少し意地悪な顔つきだ。
彼女は頬杖をつき、リョウをまっすぐに見てくる。リョウは焦ってしまい、顔が熱くなった。
美少女の彼女が真面目な顔つきをすればそれだけで恐ろしい効力を持つ。
(都古さんて……こうして見ると本当に美人なんだよな……)
「じゃあ、見つかったのか」
ウツミは。
そう言うリョウの言葉に都古は表情を曇らせた。
「いや、逃げられた」
「逃げられた?」
「うん」
都古はそれほど多くを語る気はないらしく、「ラーメンラーメン!」と連呼している。
作ったラーメンをすぐに彼女の座るテーブルに持って行くと、彼女は「わーい!」と喜んだ。
「いただきまーす!」
「あ、ああ。どうぞ」
「…………」
「ん、ん?」
じっ、と見つめられる。
「五木サンて……ううん、リョウさんて、優しいよね」
「……!」
名前で呼ばれた!
衝撃で硬直してしまうリョウに構いもせずに、テーブルに用意されてある割り箸をとって、彼女は食事を始めた。
(や、優しい?)
なにが? それは、男として喜ぶべきなのか?
でも、呼び方が変わったのは舞い踊りたくなるほど嬉しかった。
美味しそうにラーメンを食べている都古の真向かいに腰を下ろし、ちらちらと彼女をうかがう。
「ウツミが見つかったなら、これからどうするんだ都古さん」
「さあ……。探すのはやめないけど、向こうは私に気づいたみたいだし」
「…………」
「そんな心配そうな顔しないで。大丈夫大丈夫」
あ、それとも。
「やっぱ人殺しの私とは喋りたくない?」
「そ、そんなことは……!」
「いいんだよ。人殺しは本当のことだから責めても」
「…………」
いつもと変わらない様子に見える都古だったが、いてもたってもいられなくなって、リョウは彼女の手にそっと触れた。
都古は驚いて手を止める。
「どしたの?」
「都古さん……話したいことがあったら、俺は聞く」
「…………」
「聞くだけしかできない……けど」
必死に、そう言う。それだけが精一杯で。
都古は苦笑を浮かべた。いつも爽やかな笑顔の彼女が珍しい。
「本当に優しいなぁ」
「都古さん」
「……優しくて、困っちゃうよ」
少し俯く都古は、リョウの手をそっとはずしてラーメンを食べる。完食して、彼女は「ごちそうさま」と両手を合わせた。
都古は少し黙ってから、それから瞳を伏せる。
「本当のことだから、そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ。べつに、罪悪をすごく感じてるわけでもないしね」
「都古さん……」
「私のこと心配してくれて、ありがとう」
微笑する都古が、こちらをまっすぐに見てくる彼女がひどく綺麗で……。
なんだかすごく悲しくなる。
「ウツミを探して……やることは決まってるんだけどね」
「ああ」
「決まってるけど、私って頭悪いからどうしても後手後手になっちゃって」
よくわからないが、都古は独白のようなものをしている。
それは黙って聞いたほうがいいだろう。
「うーん。リョウさんは優しいから、ほんと甘えそうになって嫌だなぁ」
「あ、甘えてくれたって……」
いいのに。
だが、決め手に欠ける彼女の言葉をどうとればいいのか。
都古は困ったように顔を歪める。
「いやー、だって本当にやばいんだよね。こっちのセカイって。リョウさんを巻き込んだらさすがにマズイなって思うし」
「巻き込まれたっていいんだ、俺は」
「およ?」
きょとんとする都古は、よくわかっていないようで首を傾げている。
「勇気あるなぁ……」
「いや、俺は都古さんだから……」
「私、なにもしてないけど……」
不安そうに眉をひそめる都古は唐突に立ち上がった。
「やばい! もう移動しないと!」
「え、都古さん!?」
「ごめん! ラーメン美味しかった。また来るね! じゃあ!」
慌てて出て行ってしまう都古を追いかける間もなかった。
ぴしゃん、とドアが閉まってからリョウは我に返る。
「都古さん……」
相変わらず風のように去る少女だ。
リョウは嘆息して立ち上がる。
都古は事情があって子供を殺していた。それは事実のようだ。それに関して、彼女は「責めていい」とも言っていた。
だが責める気は、リョウにはまったくわき上がってこなかった。
*
高層ビルの屋上で、眼下を眺める。
本来なら、もう戻っていなくてはならない時間だ。
あの時のことを思い出すと、都古ははらわたが煮えくり返るような気分になる。
普段あまり怒ることのない彼女がこういう感情を発露するほうが珍しい。
そう、あの時――――。
都古はいつものように街中を歩き回っていたのだ。
ウツミの気配がないか、どこかに知っている人がいないか。
途方もない作業だとはわかってはいるし……そろそろ相手が都古に気づく頃合なのもわかっていた。
わかっていたのに……油断した。
通り過ぎざま、子供がこちらを見上げたのだ。
人に注目されるのは慣れているので別段、不思議に思わなかった。
それがいけない。
頭の中で、彼女の式神が怒鳴った。
【避けろ、愚図!】
反射的に周囲の人間を巻き込んで倒れるような仕草になる。
都古はすぐに起き上がり、叫んだ。
「降式、招来!」
彼女の瞳と髪の色が瞬時に変わった時には、ナイフを振り上げた時にはすべてが遅かったのだ。
怪我人は出なかった。
死人が出ただけだ。
そう、都古の判断ミスと油断によって生まれた結果だ。
人間を殺すことを、都古は悪いとは思っていない。ただ、ウツミに選ばれたのが子供だったことは苦い気持ちになる。
都古を攻撃してきたのは幼い子供だった。だが、だからどうした?
【まぁだ考えてんのかよ?】
「……ツクヨ」
【ああ?】
「……なんでもないよ」
【おまえは間違ってねぇ。あの場面で、あの子供を殺さねぇと、憑依者が増えておまえが殺されてただろ】
「そうだね」
【それに、他の連中も巻き込まれてた】
「うん」
【なにをそんなに悩むんだ?】
「人の法では、人を殺すことは悪いことになってるよ」
【そうだな】
都古は苦笑いを浮かべる。
「理由があっても、やったことはそういうことだからね。まぁ、いいんじゃない?」
なにが、とはツクヨは言わなかった。
【……おまえって阿呆だけど、損な性格してるよな。でもま、忘れっぽいからいいけど】
「ははっ。戦うのに支障をきたすわけないじゃん」
自分は扇という一族の者なのだ。退魔士なのだ。正義感で戦うわけではない。
【……まあいいさ。泣くなら今だけだろ】
「…………そっか」
泣いていたのか、自分は。
都古はぼんやりとそう思う。思考のどこかが自分はおかしいのだろう。人間として、自分は偏っている。
だが……コレが『扇都古』という人間なのだ。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【8438/五木・リョウ(いつき・りょう)/男/28/飲食店従業員】
NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、五木様。ライターのともやいずみです。
距離が徐々に縮まって呼び方が変化しました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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