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■舞え、ワルツの奏での中で■

ともやいずみ
【2895】【神木・九郎】【高校生兼何でも屋】
 悲鳴があがった。
 無残にも殺されて倒れている子供のそばには、奇妙な人物が立っている。
 腰にホルスターをつけた、両手にナイフを持った人物だ。犯人は、その人物とのことだ。
LOST・EDEN 舞え、ワルツの奏での中で



 悲鳴があがった。
 行き交う人の流れの中で、小学生くらいの少年が倒れて、そして血を流している。
 みるみる血の範囲が広がっていき、赤黒い染みが人の恐怖を駆り立てた。
 両手にナイフを持っていた娘は、不可思議な髪と瞳の色をしていて、誰もがその美貌に目を奪われていた。
 ――ただ、彼女のナイフが血を帯びてさえいなければ。
 彼女は息子の身体を揺する母親を冷徹に見下ろし、そして目を細めた。
 そして、あっという間に人込みに混じって消えてしまう。その素早さに、誰も彼女を引き止めることはできなかった。

 どういう理由か、その事件はテレビや新聞には取り上げられず、目撃した人々も不思議がっていた。
 だが…………このインターネットが当たり前のようになっている時代で……その「事件」がひそかに広がっていた。
 ネットの中ではその話題で持ちきりになっているところもあるほどだ。
 謎の美少女、小学生の少年を殺す……と。
 少女の名前が「扇都古」だと……一体どこから出たのかわからない情報まであった。



 依頼として受けた以上は全力を尽くす主義の神木九郎は、新聞やネットのチェックを欠かすこともなく、また裏通りでの聞き込みも続けていた。
 成果がまったく上がらない仕事だったが、その中に素通りさせてはならない情報が一つあった。
 ネット世界に「噂」として広まっているものだ、それは。
 犯人が都古である証拠などどこにもないうえ、憶測が飛び交っていて正確な情報が伝わってこない。
 持っているパソコンのネット検索画面を眺め、九郎は頬杖をつく。
(……子供になにか憑いて、そうする以外に救う手がなかったってところか?)
 もしも都古なら、退魔士の彼女ならそれは充分にありうることだ。
 だが……退魔士たちは表舞台に出ることをことさら嫌う。なぜ彼女がこうも大胆にことを起こしたのかわからない。
(しかし、噂になるのが早い……。依頼人になにかあって、報酬がなくなったら困る)
 会って確認をするべきだろう。
 一ヶ月に一度しか東京に来ない都古の携帯番号の留守番電話サービスに、次に来る日を教えて欲しいことと、場所を指定した。

(……まぁ、わかってたけどさ)
 こめかみに青筋が少し浮かび、ぴくぴくと痙攣する。
 都古から連絡は一応あった。予定日だけど、という前置きをして彼女は言ってきたが、九郎の指定した場所に着くのはいつかはわからないとの返答だった。
(しかも……しかもだ。言うなり、勝手に「じゃあね」でブツンって……どうよ?)
 おかげで朝から彼女を、外の通りが見える窓際の、ファーストフード店で待つことになった。
 居心地が悪いし、けれども何か注文をしていないとまずいので、一番安価なもので手を打つ。
 昼を回り、15時になりかけた頃、諦めて帰ろうとした九郎はぶんぶんと首を振った。ここまで待った自分の努力を水の泡にするのか!?
「神木クン」
 唐突に横から声がして、ぎょっと九郎はそちらを見遣った。
 頬杖をついて、こちらを覗き込むようにしている都古が、隣の席に座っていた。
 店員はいるが、他に客がいないことを確認すると九郎はなにげない態度で声をかける。
「久しぶり。元気してた?」
「してたよ」
 笑い出しそうな彼女の表情に怪訝そうにする。
「……な、なんだ?」
「んーん。待っててくれたんだと思って、ちょっとビックリ。で、めちゃくちゃうれしいなあと思って」
 率直にそう言ってくる都古はふふっと微笑み、姿勢を正した。
「いつ来るかもわからない私を待っててくれて、律儀だね」
 ありがと。と付け加えられる。
 九郎はどう返したものかと逡巡するが、黙っていた。どうも都古の態度は柔らかいが……誤解してしまいそうな言動が多いような気がする。
(……男なら、こんな美人に素直に喜ばれたら嬉しいものだが……)
 いやいや、今はそうじゃないだろう。
「なんだか、結構噂になってるぞ扇さん。動き難くなってないか?」
「うわさ?」
 なにが、とばかりに都古はまた覗き込んでくる。その動きをやめて欲しい。
 九郎は真顔で見つめてくる都古に赤面しそうになる。
(近いんだよ、クソッ)
 わざと自分から距離をとって、九郎は「例の」と切り出した。
「例の? なに?」
「小学生の男の子を」
 言い難い。それに、こちらから言っていいものかと九郎は悩む。
 彼女が話せば聞こうと思っていたのだが……話してくれるだろうか?
(どんな理由があったにせよ、子供を殺したくて殺したなんてことは……ないだろう)
 落ち込んでいる気配があったら「元気を出せ」と言ってやろうと思っていたのに、都古はけろりとしている。
 この一件が、「ウツミ」に自分を見つけさせるためにあえて噂になる遣り方、のような気もするが……そんなことをいちいち指摘されたくはないだろうし。
 九郎の顔を、瞬きを数度して見つめてから、都古は妖艶に笑う。
「ああ、あれか」
「…………」
「私が殺したって噂になってるんでしょ。まぁいいんだ、ホントのことだし」
 頬杖をつく都古は、笑みを消す。
「いんたぁねっと、だっけ? 文明の利器にはほんと敵わないなぁ……。ほとんどその情報、表に出ないようにしたのに」
「……そうか」
「理由を訊かないんだね、神木クン」
「それ相応の理由があるんだろ。べつに」
「硬派だねぇ、神木クンは」
「こっ……!?」
 都古が笑みを浮かべた。
「まあそこがいいところなのかな。
 色々と推測してると思うけど、まぁね、簡単に言うとさ」
 都古はふいに九郎が飲んでいたカップを見遣り、空になっていることに目ざとく気づいた。視線をカップに定めたまま、言う。
「ウツミと戦闘になっちゃって」
「……え?」
「で、殺しちゃった」
 簡潔すぎてついていけない。困惑する九郎は、都古の視線がこちらに戻り、笑みを消したことに少しおののく。
「う、ウツミを見つけて、殺したのか?」
「逃がしちゃった」
 苦笑いをする都古は、窓の外を見る。
「私の反応が遅いせいだってことは認める」
「じゃあその男の子は巻き込まれたってことか」
 だがウツミの姿を見た者はいない。そんなことは噂になっていなかった。
 都古はしばらく黙ってこちらに視線を遣っていたが、ふいに姿勢を崩してから首を傾げる。
「そうじゃないよ」
「は?」
「殺した子がウツミだったんだよ」
「はあ!?」
 思わず声が大きくなってしまったので、慌てて口を手で覆う。
「そ、それ本当なのか?」
「嘘を言ってどうするの? 変なこと訊くね、神木クンは」
 くすりと笑う都古は、うーんとぼやく。
「降式」
 そしてぽつりと洩らされた途端、彼女の髪と瞳の色が変わった。妖艶さが一気に増す。
 頬杖をまたつく彼女は、フフッと笑う。
「うちの一族はこうやって式神を降ろして戦うんだけど」
「いきなり戦闘モードになるなよ」
 冷静に突っ込みを入れると、都古はアハハと笑う。髪や瞳の色が違うだけで印象がかなり変わるな、と九郎は考えていた。
「まあその一種かな。あの男の子にウツミが憑依したわけ」
「え?」
 ウツミっていうのは人間じゃないのか?
 仰天している九郎に、都古は平然と続ける。
「だから殺したんだけど、間に合わなくて逃がしちゃった」
 あまりにも迷いのない彼女の言葉になんだか恐ろしくなってくる。
 彼女は子供を殺したのだ。なのに、なぜ……そんなに平然としている?
 ふと意識が途絶えたと思ったら、真後ろに都古が立っていた。髪と瞳の色はもとに戻っている。
「じゃあそろそろ行かなくちゃ。じゃあね、神木クン」
 そして彼女は、消えるようにいなくなった。



 高層ビルの屋上で、眼下を眺める。
 本来なら、もう戻っていなくてはならない時間だ。
 あの時のことを思い出すと、都古ははらわたが煮えくり返るような気分になる。
 普段あまり怒ることのない彼女がこういう感情を発露するほうが珍しい。
 そう、あの時――――。

 都古はいつものように街中を歩き回っていたのだ。
 ウツミの気配がないか、どこかに知っている人がいないか。
 途方もない作業だとはわかってはいるし……そろそろ相手が都古に気づく頃合なのもわかっていた。
 わかっていたのに……油断した。
 通り過ぎざま、子供がこちらを見上げたのだ。
 人に注目されるのは慣れているので別段、不思議に思わなかった。
 それがいけない。
 頭の中で、彼女の式神が怒鳴った。
【避けろ、愚図!】
 反射的に周囲の人間を巻き込んで倒れるような仕草になる。
 都古はすぐに起き上がり、叫んだ。
「降式、招来!」
 彼女の瞳と髪の色が瞬時に変わった時には、ナイフを振り上げた時にはすべてが遅かったのだ。
 怪我人は出なかった。
 死人が出ただけだ。
 そう、都古の判断ミスと油断によって生まれた結果だ。
 人間を殺すことを、都古は悪いとは思っていない。ただ、ウツミに選ばれたのが子供だったことは苦い気持ちになる。
 都古を攻撃してきたのは幼い子供だった。だが、だからどうした?
【まぁだ考えてんのかよ?】
「……ツクヨ」
【ああ?】
「……なんでもないよ」
【おまえは間違ってねぇ。あの場面で、あの子供を殺さねぇと、憑依者が増えておまえが殺されてただろ】
「そうだね」
【それに、他の連中も巻き込まれてた】
「うん」
【なにをそんなに悩むんだ?】
「人の法では、人を殺すことは悪いことになってるよ」
【そうだな】
 都古は苦笑いを浮かべる。
「理由があっても、やったことはそういうことだからね。まぁ、いいんじゃない?」
 なにが、とはツクヨは言わなかった。
【……おまえって阿呆だけど、損な性格してるよな。でもま、忘れっぽいからいいけど】
「ははっ。戦うのに支障をきたすわけないじゃん」
 自分は扇という一族の者なのだ。退魔士なのだ。正義感で戦うわけではない。
【……まあいいさ。泣くなら今だけだろ】
「…………そっか」
 泣いていたのか、自分は。
 都古はぼんやりとそう思う。思考のどこかが自分はおかしいのだろう。人間として、自分は偏っている。
 だが……コレが『扇都古』という人間なのだ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2895/神木・九郎(かみき・くろう)/男/17/高校生兼何でも屋】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神木様。ライターのともやいずみです。
 都古との距離は少し縮まったかどうか、というところです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。