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■第5夜 2人の怪盗■

石田空
【4788】【皇・茉夕良】【ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
「そう……とうとう現れたのね……。えっ、知っているのかって? さあ、どうかしらね。あら不満そうね。眉間の皺は駄目よ。残っちゃうんだから。青桐君見なさい。注意しているのにすっかり残っちゃってね。

 話を逸らすなって? そうねえ……。ごめんなさい。今はまだ話せないのよ。何で私に前に出ないか……出ないんじゃないわね。今はまだ出れないの。いつ出れるかも、正直分からないわ。貴方が頑張ってくれたら、また分からないんだけどね。

 でもね、魔法は根本の解決にはならないと思うのよ。催眠をかけても、記憶を書き替えても、魂に刻まれたものはずっと残るのよ。毒は、じわじわじわじわ身体を蝕んでいくものだから、毒を抜かない事には、何の解決にもならないわ。

 あらまあ、また困った顔しちゃって。大丈夫よ。貴方が貴方らしく振舞えばいいだけの話なんだから。
 さあ、もう下校時刻よ。気を付けてお帰りなさい。
 ご機嫌よう。また明日」

 聖栞が玄関まで出て見送った後、栞は手の2通の封を見た。

「13時の鐘が鳴ったら、フェンシング部にやってきます」

 それ以外何も書いていない予告状は、怪盗オディールのものであろう。
 もう1つの方には、もっと細かく書いてある。

「13時の鐘が鳴ったら、フェンシング部の宝剣をいただく。
 邪魔をしたら夢の中を彷徨う事になるだろう。

 怪盗ロットバルト」

 タイプライトで清書された予告状を、栞は浮かない顔で見ていた。
 この予告状からは死臭がした。
 胸がざわめく。
 しかし、今自分が動けば悟られる事も分かっていた。
 どうか、誰も傷つく事がありませんように。
 今はただ祈る事しかできない。
第5夜 2人の怪盗

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 午後4時35分。
 その日、学園内はピリピリした空気に包まれていた。
 普段は放課後の解放された空気を楽しむ生徒達がたむろしている中庭も、誰かが座っていて空いている場所を探すのが大変なベンチも、今日は人がいない。生徒達が足早に下校していく姿が見える。
 やっぱり、今晩の予告状が原因かしら。
 皇茉夕良は人気のない中庭の芝を踏みしめながらそう思う。
 やがて、よく見慣れた建物――理事長館――が見えてきた。

「いると、いいんだけど……」

茉夕良は祈るような思いで、手を合わせた後、そろっと理事長館の門を潜り、そのまま敷地に入った。
 中庭に回り込もうとして、急に心臓が早鐘を打ち始めたのに気付く。
 やがて、ローズマリーの強い匂いが鼻孔をくすぐり、今日いるのは彼だと、茉夕良は確信した。
 彼は、中庭に出してある白いテーブルに本を積んで、椅子に座ってその中の1冊を読んでいた。
 茉夕良はぎゅっと制服の上から胸のあたりを掴んだ。
 大丈夫。本当に危険だったら、私の第6感が教えてくれる。今までもそうだったんだから、きっと大丈夫。
 そう自分に言い聞かせた後、茉夕良は口を開いた。

「こんにちは」

 彼は、顔を上げた。
 黒曜石のように真っ黒な目が、茉夕良を捉える。
 震えないように、普段海棠さんと話をしている時を思い出して。茉夕良は心の中でそう自分に言い聞かせながら、再び口を開く。

「珍しいんですね、久しぶりに理事長館に戻っているのを見ました」
「……今日は、人がいないから」
「ええ、そうですね。今日来る怪盗――オディールじゃなくって、ロットバルトって言うそうですよ――を、皆怖がってるみたいなんですよ。だから、今晩はあんまり怪盗を見物に行く人はいないかもしれませんね」
「ふうん……」

 彼は興味なさげに相槌を打った。
 抑揚のないぼそぼそとした口調は、本当に秋也そっくりだ。でも……。

『……そろそろ、彼女を解放したいって、そう思ったから』

 秋也は、感情表現が下手だが、少なくとも嘘はつかない。
 対して、彼は嘘ばかりつく。自分の正体すら、秋也のふりをして。
 茉夕良はできるだけ笑いながら、世間話のように話の続きをする。

「もし……もし、ロットバルトと対峙する人がいたとしても……」
「何?」
「誰も危険な目に合わなければいいですね」
「……」

 伝わっただろうか。
 茉夕良は探るような目にならないようにして、彼の表情を見る。
 彼が――織也が――ロットバルトだろうが、そうじゃなかろうが、誰も危険な目に合わなければいい、と言うのは茉夕良の本心である。「誰も」と言うのは、織也も含まれているのだ。

「結局」
「えっ?」

 彼は茉夕良をじっと見た。
 その目線は、秋也のものではない。
 いつかの舞踏会の時に見た、まるで何かを嘲っているような、挑むような、欲しがるような目で、茉夕良を探るようにして見ていたのだ。

「君は俺に一体何の用で来たの?」

 口調が、砕けた。

「……自分でもよく分かりません。海棠織也さんで、よろしいですよね?」
「そうだよ。よく知ってたね、双子だから、兄さんとは区別つかない自信はあったんだけどね。桜華から聞いたの?」
「いえ……」

 実際その通りだったが、桜華の名前を出すべきではないだろうと、名前を咄嗟に伏せる。

「ただ、知りたかっただけです。あなたの事を」
「俺?」
「あなたが何を考えているか、知りたかったんです」
「……」

 織也は値踏みするように更に目を細める。
 茉夕良はちらりと時計塔を確認した。もうそろそろ5時を告げる鐘が鳴る頃だろう。

「では、私はこれで」
「お別れにならないといいね」
「……怖い事言わないで下さい」

 茉夕良は自分の心臓の音に耳を澄ませながら、織也に頭を下げて理事長館を後にした。
 何でかしら。今まであれだけけたたましく鳴っていた心臓の音が、今日は静かだったのだ。

/*/

 午後9時。
 夜間通行許可書をもらって、どうにか体育館まで茉夕良は辿り着いた。
 体育館の地下に存在するフェンシング場。その端に、フェンシング部部室は存在する。茉夕良はそろり……と辺りを伺う。まだ怪盗が出る時間にしては早すぎるせいか、今は自警団は見回りに来ていないらしい。人の気配はなかった。
 茉夕良は少しほっと胸を撫で下ろした後、音を立てないように気を付けながらフェンシング部部室へと入った。
 中はロッカーと会議用の机があり、体育会系の部室にしては汗や埃の匂いのしない、やけにきれいな様相だった。
 確か今晩盗む物は……。
 部室内を見回す。
 確か、フェンシング部に飾っている宝剣……だったはず。
 今はどこにあるのかしら……。
 そう思ってロッカーの1つに手を掛けようとした時……。
 肌が粟立つ感じがした。

「そこの生徒、今何時だと思っている? しかも……フェンシング部ではないな。怪盗か?」
「えっ?」

 ひどく怜悧な声が背後から響く。
 この声、確か……。

「すみませんっ、話が……怪盗と、話がしたかっただけです」

 茉夕良は思わず手を挙げて話す。
 茉夕良がおずおずと後ろに振り返ると、そこに立っていたのは、生徒会長、青桐幹人だった。

「話があるのは勝手だが、夜間に無断で学園内をうろつくのは感心しないな」
「無断じゃありません……許可書は持っています」

 茉夕良はポケットに畳んで入れていた夜間通行許可書を見ると、青桐はあからさまに顔をしかめた。

「最近の生徒会は何をやってるんだ……怪盗騒ぎでたるんでいるみたいだな」
「いえ……こちらこそ、無断で部室に入ってしまい、申し訳ありません」
「……。少なくとも許可書の事を知っている以上、むやみに校則違反をしているようには見えないが。怪盗に用とは?」
「……?」

 思わず茉夕良は青桐の顔を見返した。

「何だ?」
「いえ……あの、気に障ったら申し訳ありません。生徒会長は、てっきり怪盗が嫌いなのだと思っていましたが……」
「別に怪盗だから嫌っている訳じゃない。学園内の風紀を乱すからそれ相応の罰を受けてほしいと思っているだけだ」
「……」

 もしかすると、真面目すぎて怖く見えるだけで、校則を守ってさえいたらそこまで怖い人じゃないのかもしれない。
 でも……。
 茉夕良は言っていいものかどうか迷ったが、もし下手な嘘をついて「そんな事のために夜間通行許可書を発行しているんじゃない」と反省室に連れて行かれてしまうかもしれない。もしそんな事になったら、織也と話をする機会が奪われてしまうし、オディールに危害が加えられるかもしれない。
 茉夕良は考えた後、口を開いた。

「……オディールじゃなくって、ロットバルトと話をしたいんです」
「ロットバルト? ……最近新聞部が騒いでいる学園の外で強盗をしている? あれと話なんて、危ない真似は……」
「……これは私の勘ですが、ロットバルトも、強盗をする理由があると思うんです。ですから、何でそんな事をするのか知りたいんです……」
「……理由か」
「それだけじゃあ、駄目ですか?」
「理由が解消したら、奴らは学園に現れるのを止めるか?」
「そうですね……恐らくは」

 青桐は少し考えた後、剣を鞘から出した。

「……話をする時間は与える。その代わり、危険だと判断したら私はすぐにロットバルトと戦う」
「……! ありがとうございます!」

茉夕良は頭を大きく下げた。
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 午後9時45分。
 青桐は「危なくなったら、すぐに行く。宝剣は私が預かる」と言って宝剣を構えていた。
 体育館はあちこちを自警団が警備に回り、フェンシング場にも彼らは入ってきていた。
 茉夕良は、フェンシング場の天井のガラス窓を見上げた。

 ドクン……と心臓の大きな鼓動が聴こえる。
 それと同時に、ローズマリーのツンとした匂いがした。
 来た……。
 人が倒れる音がする。この匂いのせいかしら……。
 茉夕良は大きく息をした後、天窓を見やった。
 舞い降りてきたのは、真っ黒な悪魔の恰好をし、仮面で顔を完全に隠した男だった。

「ロットバルト……」
「予告状に書いたはずだが、愚かだな。自ら命を差し出すか?」

 その酷く冷えた声で、心臓が痛む。
 この声、やっぱり織也さん……?
 茉夕良は意を決して口を開いた。

「話をしたかったんです。あなたが何故盗むのかを」
「時間稼ぎなら、今すぐこの男を……」
「あなたが盗むのは何故ですか? 死んだ人を想ってですか? それとも……あなたの自己満足ですか?」
「……」

 ロッドバルトは、マントを翻して杖を取り出した。
 杖からは、ローズマリーの芳香が香る。
 さっき人が倒れた時とは比較にならない位、眩暈がするほどに濃厚な。
 茉夕良は唇を噛んで耐えようとしたが、足元がおぼつかなくなってきた。

「どう……して……」
「……君の魂は取らない」

 そのまま、意識がなくなった。

<第5夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4788/皇茉夕良/女/16歳/ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
【NPC/青桐幹人/男/17歳/聖学園生徒会長】
【NPC/怪盗ロットバルト/男/???歳/怪盗】

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■         ライター通信          ■
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皇茉夕良様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第5夜に参加して下さり、ありがとうございます。

今回は青桐幹人、怪盗ロットバルトとコネクションができました。よろしければ手紙やシチュエーションノベルで絡んでみて下さい。
ロットバルトは何か変わったようです。何が変わったかは分かりませんが。
第6夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。