■第6夜 優雅なお茶会■
石田空 |
【4788】【皇・茉夕良】【ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】 |
聖祭。
学園では何かとイベントが多いが、この祭りは学園の中で一番重きをおかれるイベントである。
芸術祭は年に2回、夏と冬に行われ、その間に、この聖祭は行われる。
芸術総合学園である聖学園では、何かとイベントを増やしては、生徒達の日頃の努力の成果を見せる場面を1つでも多くしようとするのである。
生徒会
「今回の普通科、美術科、芸術評論科のクラス展示物の予定は無事集まりました。現在は音楽科と演劇科、バレエ科の芸術ホールでの演目の調整をしてます」
「後の微調整はお茶会、だな」
「はい」
生徒会は、学園内各所から提出されるプリントで埋まっていた。
提出されたプリントは流れ作業で1次チェック、2次チェック、3次チェックが行われ、最終的には生徒会長が判を押して可否が決まる。
学園内の祭りは、生徒会役員の体力と精神力、睡眠を犠牲にして成立していると言っても過言ではない。
「頑張りましょう。お茶会まで」
「そうだな……」
普段は堅物眼鏡と言われて一般生徒の前ではどんなに暑くとも寒くとも過不足ない格好をしている青桐幹人も、今回ばかりは襟元を少し緩めて、ぐったりした顔をしていた。
隣で茜三波は、下を向き過ぎて少々乱れた髪をどうにか整え、持ち分の作業が終わったら生徒会役員達に紅茶を配った。
ことりと机に置かれた紅茶は、ほんのりとシナモンの匂いがした。
バレエ科練習場
「無理っ、無理無理無理っっ、無理ですっ! できませんっ!」
楠木えりかは涙目で首を振っていた。
隣で座っている雪下椿は目を釣り上がらせ、喜田かすみはいつものようににっこりと笑っていた。
「いいからアンタがやんの!」
「無理っ、絶対、無理っっ!」
「いいじゃない、恥かけば。皆の前で赤っ恥をかくえりかちゃんもきっと可愛いわよ〜♪」
「かすみ、アンタはちょっと黙りなさい」
「えー」
いつものトリオ漫才に苦笑しながら、先生はえりかを見た。
「……とにかく、頑張ってね、楠木さん」
「……あい」
えりかは肩を落とし、既に「はい」とはっきり返事ができないほどに、沈んでいた。
噴水前(オデット像跡)
「またさぼったの?」
「……お前は?」
「今日は今度の聖祭の演目と、配役発表だけだったから」
「……そうか」
守宮桜華は、今日もベンチの上で寝ていた海棠秋也の隣に座った。
「……もうすぐ、ちょうど4年ね」
「………」
「どうせまた行ってきた癖に。分かるんだから」
「………」
何も言わない海棠の制服を桜華は触った。
海棠の制服には、白く細い花びらが1枚付いていた。
中庭(理事長館前)
そこは、白いテーブルと椅子で埋め尽くされていた。
その中を、聖栞は歌いながら歩いていた。
テーブルの上にはスコーンを盛った白い皿に、色とりどりのジャムの小瓶、皿に合わせた白いカップ、ポットが並んでいた。
栞はそれぞれのテーブルのポットにお湯を注いで回っていた。
「今日はお茶会、今日だけは全てを忘れて楽しみましょう〜♪」
栞は優雅な雰囲気で、砂時計を逆さに回した。
砂がコポコポと落ちて行った。
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第6夜 優雅なお茶会
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午後3時ちょうど。
日差しも和らぎ、さっきまであれだけ慌ただしかった中庭も、今ではすっかり落ち着いた雰囲気になっている。
「皆お疲れ様。今はゆっくり休んで下さい」
理事長、聖栞はにっこりと笑った。
「すみません、少し遅れましたか!?」
と、芝生をサクサクと踏む音が聴こえた。
手にはヴァイオリンケースを持った、皇茉夕良だった。
さっきまで音楽科で課題曲の練習をしていたのだ。
「皇さん。練習お疲れ様です。空いている席に座ってね? そうね……ここの席が空いているけど大丈夫かしら?」
「はい、ありがとう……あ」
理事長とテーブルを囲んでいたのは、生徒会メンバーだった。
この前に見た青桐幹人は、疲れを知らないのかきっちりとした恰好で慌てず騒がず席に着いている。
「すみません、席ご一緒して構いませんでしょうか?」
青桐におずおず聞くと、青桐はメガネの弦を押した。
「問題ない。他の席は埋まっているようだからな」
「ありがとうございます」
そうペコリと頭を下げて席に着いた。
「あんまりかしこまらないでね。最近聖祭の準備でバタバタしていたから、小休止って意味でお茶会をしているだけだから。青桐君もあんまり怖がらせないでね?」
「……私は責任を果たしているだけですが」
栞がにこにこしながらお茶を淹れる間、青桐は少しだけ目を細めた後、茉夕良を見た。
「音楽科か。練習ははかどっているか?」
「はい。あの、リハーサルは今回どれだけ時間をいただけるのでしょうか?」
「通しでなら、前日に1日かけて行う。本番前の音合わせは、朝の7時30分から音楽科の合計は2時間までだから、あまり余裕はない。だからそれまでに各自練習してくれると嬉しい」
「ありがとうございます」
「……今年の演目は?」
「えっと」
青桐をちらりと見る。
多分この人既に知ってるんじゃないかしら? 前に1人で書類を仕分けしていた所から見て、もう学科ごとの演目リストは目を通していてもおかしくはないし……。
気を使ってくれているのかしら?
栞があちこちにお茶を配って回っていて、ようやくこちらにもカップにお茶を注いでくれた。茉夕良は軽く会釈をした後、青桐に告げた。
「私は、今年はモーツァルトを弾くんです。ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲」
「ほう……」
「今音を合わせている所ですね」
「楽しみにしている」
「ありがとうございます」
出されたお茶に、ようやく青桐が手を伸ばしたのを見て、茉夕良もそれに倣う。
今日のお茶は出されているお菓子に合うようにか、ミルクティーとしても飲めるアッサムだった。ミルクポットも並んでいたので、それを取ってミルクティーにしてから飲んだ。
そう言えば……。
ちらり、と茉夕良は栞を見た。栞は他の生徒達と談笑をしていた。
聞きたい事があるのだけれど、大丈夫なのかしら。
お茶を口につけながら考える。テーブルに並ぶスコーンとジャムに手を伸ばし、それをフォークでつっついた。
考えるのは、ローズマリーの事だった。
推測だけで、織也が人を生き返らせようとしているとは思いたくないけど、状況証拠ばかりが続くので、突破口が欲しかった。
止められるかどうかは、ともかく……。
スコーンをフォークで切って口に運ぶ。もっとパサパサしているものと思っていたのに、思った以上に食べやすかった。
スコーンとお茶を口にしながら待っている間に、栞は話が終わったらしい。
気付けば、青桐達生徒会も、他に話をしに行っているから、今このテーブルには人がいない。
今なら。
茉夕良はそそくさと栞の元に赴いた。
「あのう、理事長」
「あら、なあに?」
「1つ……1つだけ相談があるのですが……」
「そうねえ……ここだとあれだから、少し風に当たった方がいいかもしれないわねえ」
「えっ?」
風と言っても、ここは中庭だから、風が吹けば普通に当たるが。
そう言う意味ではないらしい事は茉夕良にも分かった。
「はい。分かりました」
「ええ。じゃあ行きましょうか」
そのまま、栞に導かれるままに、ついていった。
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今お茶会をしている中庭以外の場所は静かだ。
しばらく歩けば、元オデット像のあった噴水が見えてきた。
確かにここなら人気がない。
「それで、話って?」
「……はい。調べたい事があるんですが、私の情報だと限度がありまして」
「……禁書を読みたいと?」
「……はい」
言ってしまって大丈夫だったんだろうか。
栞が何かを考えるように指を唇に当てているのを見てそう思う。
あの人が、織也さんを学園から追放してしまったのも、彼が使ってはいけない魔法を使ってしまったためだし……。
栞が考えている間、少しだけピリピリとした空気がして、それが肌を刺すような気がしたが、やがて栞が口を開いた。
「……そうねえ。いいんだけど」
「え?」
少しだけ意外だった。
栞は何かを手で弄びながら続ける。
「ただ、約束は守ってね。あそこに入っている本は持ち出しては駄目。内容のコピーもメモも厳禁よ。それと、これを持って行ってね」
「え……? これは一体何ですか?」
栞は弄んでいたものを茉夕良の手に渡した。
これは……ルーペ?
「これは、あそこにあちこち仕掛けられている魔法罠を無効化するものだから。でも、これは1日1時間しか使えないから、禁書庫にはそれ以上はいないようにしてね。あそこは……」
栞が少し言葉を止めると同時に、どこかで鳥がバサリと音を立てて飛んだ。
羽が、ヒラヒラと舞い落ちた。
「魔法罠があちこち待ち構えているから。魔力を少しでも持っている人間が入ったら作動するの。もしこれを持って入らなかったら、一生あそこに閉じ込められても仕方がないから」
「…………」
少しだけ、茉夕良は絶句した。
一体、そこまでして隠しているものって、何なのかしら……。
栞がにこにこしながら禁書庫の場所を告げるのを聞きながら、考え込んだ。
<第6夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4788/皇茉夕良/女/16歳/ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
【NPC/青桐幹人/男/17歳/聖学園生徒会長】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】
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■ ライター通信 ■
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皇茉夕良様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第6夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回はアイテムを入手しましたので、アイテム欄の確認をお願いします。
禁書庫に赴く際にはくれぐれも注意を忘れぬようお願いします。
第7夜は7月中旬公開予定です。よろしければ参加お待ちしております。
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