■LOST・EDEN うつろう胸に、レクイエムを■
ともやいずみ |
【8438】【五木・リョウ】【飲食店従業員】 |
「はっぴばーすでーとぅーゆー」
軽快なメロディを口ずさむ幼い少女の周囲には、パーティーグッズ用の帽子をかぶった家族たちが並んで座っていた。
テーブルの上には豪華な食事と、ケーキ。ケーキにはろうそくが少女の年齢の数だけ立てられ、火がついている。
「はっぴばーすでーでぃあ……」
手拍子とともに一緒に歌っていた家族の一人が、頬を引きつらせる。それは、彼女の祖父だった。
途端、少女は祖父を睨む。
「おじいちゃん……いいところなのよ?」
「ひっ」
老人は息を呑む。横に座る彼の妻が、一瞬で青ざめた。
ぱちぱちと、小さな掌を少女が叩いて続けた。
「はっぴばーすでー……」
みんなが一斉に揃って歌いだす。
本来なら、笑顔と笑い声で包まれている状態のはずだ。だが……。
少女は声をあげてはしゃいだ。
「きょうはわたしのたんじょうび!」
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LOST・EDEN うつろう胸に、レクイエムを
嫌な夢をみるたびに思うことがある。
なぜあの時、あの場所で。
自分は……やつを殺せなかったのかということを――――。
<姉ちゃん!>
声の主は弟だった。双子の弟だ。
携帯電話を片手に、都古は安否を尋ねる。
「大丈夫、そっちは?」
<こっちは大丈夫だ。でもどうして? いっつも帰ってくるじゃない?>
「……っ」
都古は唇を噛み締めた。
「東京から……出られない……」
<え?>
「陣が敷かれてて、私じゃ突破できないんだ……!」
<…………>
愕然とした様子が、電話越しに伝わってくる。
「一週間で陣を破壊して戻る。けど戻らなかったら……」
<無理しないでそっちに泊まればいい。ばっちゃには俺から言っておくから>
「新多」
<ん?>
「……なんでもない。じゃあ、こっちの知り合いのところに居候する。でも、戻るように努力はする」
途端、ジジジ、とノイズがして、聞こえてきた。また、だ。
ゾッとする都古はそのままの体勢で、用心深く耳を澄ます。
誕生祝の歌が聞こえる。幼い少女の声で。
<いっかげつごはわたしのたんじょうび! ねえ、みやこ?>
「……ウツミ……」
<ふふふ。ねえねえ、おにごっこはもうやめようよ。つまんないんだもん>
「なにを……!」
<もう限界なんでしょー? わかってるんだよ。すなおにしたがっちゃえば?>
「……どこだ。今からおまえを殺しに行ってやる……!」
脳内で、挑発に乗るなと精霊が訴えるが、都古は頭に血がのぼっていてそれどころではない。
<まだまだ。ゲームは、これからよ?>
ぷつんと通話が切れて、都古は青ざめたまま震えた。怒りか、それとも……恐怖か。
ゲームオーバーになればどうなるかわかっている。やつとて不死身ではない。
風が都古の髪を強く撫で、通り過ぎる。彼女は選択を迫られていた。
無意識に左腕を掴んだ。表情が歪む。精霊の声が遠い。
瞼を閉じ、都古は呟く。東京で知り合った……その人物の名を。
*
一ヵ月後。
一ヶ月前、都古に追いつけないのがわかっていたのに、五木リョウは彼女を追いかけて表通りに飛び出していた。
もちろん……彼女の姿は見えなくなっていたし、リョウは呆然と佇むしかなかったのだが……。
(都古との縁……か)
ウツミの性質が変化したかもしれないと、精霊は言っていた。それがひどく、ひっかかる。
(もしかしたら……俺がすでにウツミに憑依されてる可能性は考えられないだろうか?)
そう、考えが行き着いて、リョウはゾッとしながらも部屋で深呼吸をする。
目を閉じて集中し、心の内へと呼びかけてみる。
(ウツミ……悪さをやめて戻れ! 都古をこれ以上苦しめるな!)
たとえ憑依されていないとしても、自分の声は届くような気がしている。……まあそれも、勝手なリョウの願望だが。
こちらからウツミへの接触も可能かもしれない……。きっと、きっと……。
ウツミを捕まえるつもりで、延々と心の中で訴えた。
都古の青ざめた顔を見た瞬間、彼女が苦しむ顔は見たくないとリョウは強く思った。胸が張り裂けそうで苦しかった。
電話の向こうでのことは、リョウにはわからないし……とめられない。
だけどウツミがこのへんにいて、接触が可能なら、立ち向かおうと思う。
(都古、ばーさんとなんの約束をしたんだよ……おまえ、どれだけ無茶してんだ)
そう考えが違う方向へむかった途端、怒りがわく。……筋違いだと、リョウは自分でもわかっていた。
彼女がやり遂げようとしていることをリョウは見届けるつもりだ。だから……。だから!
(上等だ! 来やがれウツミ!)
強く念じる。
だが……数分後には虚しさしかなかった。
やはりただの一般人のリョウの思念に応じるような相手ではない。
(ダメ、か……)
落胆して肩を落とすリョウは姿勢を正す。
(そりゃそうだよな……俺、ただの人間だし)
やはり精霊の言うとおり、命を差し出すくらいしかできないのかもしれない。
「あははは! おまえなにやってんの?」
窓のほうから聞こえた声にリョウはぎょっとする。笑い声自体は都古のものだが、この粗暴の感じられる口調は……。
窓へと目を遣ると、そこに腰掛けている都古がいた。窓は開いている。彼女がなんらかの方法で侵入したのだろう。
「都古……いや、精霊のほうか」
「ぶはっ、いきなり呼び捨てとか……!」
けらけらと笑う精霊は、おなかを抱えている。リョウは恥ずかしくなって赤面した。
「しかもなに? なんかず〜っと動かないでいたけど、寝てたわけじゃねーよな?」
「……あんたに話す義務はないだろ」
「いいよ、話さなくて。わかってるし?」
おどけた様子で肩をすくめる精霊は、リョウをからかうように見た。
「ウツミがおまえなんかの思念に応じるわけねーだろ、ばーか!」
「っ」
「精神戦であいつに勝てるわけねーだろ、二倍バカ」
とそこで、精霊は嘆息した。
「ま、一般人のおまえなら、そういう考えに至るのもわかる気はする。だけどなー、おまえもしもウツミが応じておまえに憑依したらどうなるかわかってんの?」
「わかってる……」
「はいはい。口で言うだけなら簡単だよな。じゃ、試しに経験しろ」
言われた瞬間、意識が暗闇の井戸に突き落とされた感覚がして、足元の床がなくなったような衝撃を受けた。
どこまでも落ちていく。光が一筋もささない。ここはどこだ? 部屋はどこにいった?
まるで何時間も何時間もそれが繰り返されたような感覚。そしてリョウは井戸の底に辿り着いた。
ねばねばした粘液にとらわれて、動くことさえままならない。必死に泥をかけわけるようにして動く。
疲弊するばかりだ。
どれだけやっても前にも進まない。後ろにもさがれない。大声で呼んでも誰も反応しない。
暗いだけだ。目が慣れることはない。
「はい終わり」
パン! という掌を打つ音でリョウはハッと我に返った。
全身から汗が噴出している。荒い息を吐きながら床を見つめた。
「い、まのは……?」
口の中がからからに乾いて、リョウはうまく発音できてないでいる。
精霊は頬杖をついて、それから言った。
「俺が攻撃してみせた。おまえの意識を深遠に叩き落した」
「………………」
「どうだ? おまえはけっこう安直に考えてるみたいだけど、実際はそうでもねえだろ」
その、通りだった。
「……取り憑かれたらどんな感覚になるんだ?」
「まあ色々あるな。意識はあるのに体の自由がきかないってパターンもあるし、今みたいにどうすることもできないようになる場合もある」
「…………」
「おまえのやる気は認めるけど、大人しくしてろ。ウツミは見つけたから」
「え?」
「今は子供に憑いてんだよ。おまえじゃねー。だから、おまえは勝手な妄想で勝手になんかやってたんだ」
そう言われて羞恥に動けなくなる。
しかし精霊はお構いなしに続けた。
「その子供はご丁寧に人質を連れててな。まあ都古は戦ったんだが、負けた」
「負けた……? 都古が?」
「おかげで都古の視覚がやられたからな。まぁそんなもん、たいした障害にならないんだが」
視覚が……やられた? それはつまり、目が見えなくなっているということではないのか?
「勝率が格段に下がった。で、おまえのところに俺が来たってわけ」
「?」
わけがわからないリョウに、精霊は腕組みをしてみせる。
「まあ忠告しに来ただけなんだけど……。ちょっとアホなことやってるから見物してた」
「あ、アホって……」
恥ずかしい……。穴があったら入って隠れたい。
「俺は精霊だから、もちろん肉体は持ってねぇし。ま、いわゆる幽霊みたいなもんで、精神波みたいなものは感じ取れる。
つっても、四六時中そんなことしてたら疲れるし、都古の脳に負担をかけるだけだからやんねーけど」
「…………」
「で、おまえのところ来てみたら、なんかウツミに呼びかけてるし……思念を覗いたら……ぶはっ」
思い出したようで精霊がゲラゲラと笑い出す。
「勝手に覗くな! プライベートなものだ!」
「わりぃわりぃ。なんか真剣な顔してるから、なにやってんのかなーって思ったんだよ。最初は瞑想してんのかと思ったしな」
「…………都古は?」
「あいつがおまえに会うわけねーだろ」
さらりと言われてリョウは傷ついた。そうだ。彼女はリョウに会う気がないのだ。
「なんてな。ウツミとの戦闘で疲れてるから、俺が代理で体を動かしてるだけだ。
ここに来たのも独断だし、都古には聞こえてねえよ」
「そうなのか……」
「そ、れ、に!」
精霊がリョウを指差す。
「もう今後一切、今みたいなことはするな。ウツミは、まぁユーレーみたいなもんで、呼びかけに応えてくれはしねーだろうしな。今の肉体を捨てないだろうし。
だが……今回は運が良かった。本当にウツミが応じてたらおまえは即、お陀仏だ」
「そんなに簡単には……」
「いいや簡単だね。俺がちょっと攻撃しただけでおまえは窒息しそうになってた」
「…………」
「ウツミは俺みたいに優しくしねーぞ。えげつないことするだろうしな」
それは一体どういう方法だろうか……。怖くて聞けない。
リョウは押し黙り、それから精霊を見た。
「都古と話したい」
「はーい、ダメー」
「どうして!」
「おまえは疲れ果てて寝込んでるやつに、ちょっと出てきてくれとか言うのかよ」
鋭い精霊の言葉に、リョウは何も言えなくなる。その通りだ、と思った。
落胆したリョウに苦笑して、精霊は言う。
「まあまあ。一ヵ月後を楽しみにしてろ。いーところ連れてってやるから」
「一ヵ月後?」
「うんうん」
笑顔で頷く精霊の胡散臭さにリョウが警戒して顔をしかめる。
そもそもなぜこの精霊が都古に憑いているのかさっぱりわからない。
「ウツミ退治に連れてってやるよ」
「っ!」
ぎょっとしたリョウの前で、精霊はにやりと笑う。
「……天秤は傾いた。そういうことだ」
「?」
「なんでもねーよ。こっちのこと」
「……?」
「準備をして、一ヵ月後に対決だ」
気軽に言う精霊を、リョウが恐ろしげに見つめる。
都古が一度負けたのに、また戦うと精霊は言う。
「じゃあな。用事は終わった」
そう言うなり、精霊は軽々と窓枠を超えて外に躍り出て、地面に着地し、のんびりと歩き去った。
残されたリョウは、一ヵ月後の不安を覚え、顔が強張っていた――――。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【8438/五木・リョウ(いつき・りょう)/男/28/飲食店従業員】
NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、五木様。ライターのともやいずみです。
いよいよ次回が最終決戦です。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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