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■LOST・EDEN うつろう胸に、レクイエムを■

ともやいずみ
【2895】【神木・九郎】【高校生兼何でも屋】
「はっぴばーすでーとぅーゆー」
 軽快なメロディを口ずさむ幼い少女の周囲には、パーティーグッズ用の帽子をかぶった家族たちが並んで座っていた。
 テーブルの上には豪華な食事と、ケーキ。ケーキにはろうそくが少女の年齢の数だけ立てられ、火がついている。
「はっぴばーすでーでぃあ……」
 手拍子とともに一緒に歌っていた家族の一人が、頬を引きつらせる。それは、彼女の祖父だった。
 途端、少女は祖父を睨む。
「おじいちゃん……いいところなのよ?」
「ひっ」
 老人は息を呑む。横に座る彼の妻が、一瞬で青ざめた。
 ぱちぱちと、小さな掌を少女が叩いて続けた。
「はっぴばーすでー……」
 みんなが一斉に揃って歌いだす。
 本来なら、笑顔と笑い声で包まれている状態のはずだ。だが……。
 少女は声をあげてはしゃいだ。
「きょうはわたしのたんじょうび!」
LOST・EDEN うつろう胸に、レクイエムを



 嫌な夢をみるたびに思うことがある。
 なぜあの時、あの場所で。
 自分は……やつを殺せなかったのかということを――――。

<姉ちゃん!>
 声の主は弟だった。双子の弟だ。
 携帯電話を片手に、都古は安否を尋ねる。
「大丈夫、そっちは?」
<こっちは大丈夫だ。でもどうして? いっつも帰ってくるじゃない?>
「……っ」
 都古は唇を噛み締めた。
「東京から……出られない……」
<え?>
「陣が敷かれてて、私じゃ突破できないんだ……!」
<…………>
 愕然とした様子が、電話越しに伝わってくる。
「一週間で陣を破壊して戻る。けど戻らなかったら……」
<無理しないでそっちに泊まればいい。ばっちゃには俺から言っておくから>
「新多」
<ん?>
「……なんでもない。じゃあ、こっちの知り合いのところに居候する。でも、戻るように努力はする」
 途端、ジジジ、とノイズがして、聞こえてきた。また、だ。
 ゾッとする都古はそのままの体勢で、用心深く耳を澄ます。
 誕生祝の歌が聞こえる。幼い少女の声で。
<いっかげつごはわたしのたんじょうび! ねえ、みやこ?>
「……ウツミ……」
<ふふふ。ねえねえ、おにごっこはもうやめようよ。つまんないんだもん>
「なにを……!」
<もう限界なんでしょー? わかってるんだよ。すなおにしたがっちゃえば?>
「……どこだ。今からおまえを殺しに行ってやる……!」
 脳内で、挑発に乗るなと精霊が訴えるが、都古は頭に血がのぼっていてそれどころではない。
<まだまだ。ゲームは、これからよ?>
 ぷつんと通話が切れて、都古は青ざめたまま震えた。怒りか、それとも……恐怖か。
 ゲームオーバーになればどうなるかわかっている。やつとて不死身ではない。
 風が都古の髪を強く撫で、通り過ぎる。彼女は選択を迫られていた。
 無意識に左腕を掴んだ。表情が歪む。精霊の声が遠い。
 瞼を閉じ、都古は呟く。東京で知り合った……その人物の名を。



 一ヵ月後。

 都古に取り憑いている精霊にあれこれ言われて、神木九郎は非常に不愉快な思いをしていた。
 それ以上に、都古に「友達」としか認識されていないことにショックを受けていた。
 九郎にとっては、都古は……気づけば、いつの間にか考えているほどだというのに。敗北感のようなものをおぼえ、九郎は虚しさに暮れていた。
 都古にまた会えたら、絶対に言おうと決めていた。手伝いを申し出ること。そして、彼女を救いたいこと。
(覚悟しろ!)
 開き直ったら、なんだかすっきりした。
 ぐだぐだ考えていてもしょうがない。
 そんな、ある日のことだった。
「おい」
 学校帰りに、いきなり背後から呼びかけられ、九郎は振り返った。
 気配は感じなかったというのに、そこに都古が立っている。だが彼女ではない。不機嫌そうな表情から、彼女の精霊だとわかった。
「またおまえか……!」
 苛立ちに九郎が目を細めると、都古の精霊のツクヨは歩いてきて、ぴたりと止まった。
「出たな、悪霊」
「……ま、そういうとらえ方もありだな」
 ツクヨは小さく笑う。
「……何をしに来た? また死ねって催促か?」
「いや、都古を止めてくれって言いにきた」
「は?」
「勝率がさがった」
「……どういうこと、だ?」
「ウツミは人質をとっている。都古は死ぬ」
「人質……? ウツミの居場所がわかったのか?」
「…………ご丁寧に、人質を連れて挨拶に来た」
 淡々と言うツクヨの言葉に九郎は青くなる。人質を連れて、都古に会いに来た、だと?
「おう、ぎ……さんは?」
「ん? 見ての通りだ。だけどまぁ……もうもたないだろうなぁ……」
「もたない?」
「都古の精神力が」
 ぽつりと洩らした精霊が、嘆息する。
「無尽蔵じゃねえからな……どんな感情も。あいつを止めろ、九郎」
 囁きとともに、精霊の気配が遠ざかり、刹那、ドン! と胸を叩くような衝撃が襲ってきた。よろめく九郎の前には、都古しかいない。
 彼女は虚ろな瞳で、囁く。
「走り始めた運命は誰にも止められない。坂を転がっていく石のように、絶対に止まりはしない……」
 まるで歌のようだった。九郎はゾッとしながらも、都古の肩を掴んで揺すった。
「扇さん!」
「天秤は傾き始めた。運命はもうすでに決まった」
「扇さん!」
「…………その声、九郎クン?」
 ふいに我に返ったように都古が笑う。だが目の焦点が合っていない。
「扇さん……目をどうした……?」
「え? なにが?」
 ここまできて、彼女は九郎を巻き込まないようにしている。それが歯痒く、もどかしく……!
 両肩を強く掴んで、吐き出すように九郎は言った。
「俺にとって、おまえはもう『ただのひと』じゃない! 美人だけど、頭の緩い妙な娘だと思ってたさ!」
「……ひどい言われよう、だ」
「でも誰にも認められない道を、それでも命懸けで人知れず頑張ってるのを見て、凄いと思った……」
「…………」
「誰も認めないなら、俺が認める。おまえはすごいよ。でも本当は」
 本当は。
「色々葛藤してるんだろ? このまえ泣きそうになってたもんな。あの時のおまえを見て俺は、おまえの力になりたい。おまえを守りたい。そう思ったんだ!」
「…………九郎」
「おまえ……」
 俯いてしまう。なんだか、感情が昂ぶりすぎて、こちらが泣きそうになってしまった。
「おまえ、たぶん自分で思うほど強くねえよ。だから一人で頑張るなんて言うなよ! 俺にできることがあるなら、やらせてくれよ!」
「…………」
 顔をそっとあげると、都古がぼんやりとこちらを見ていた。やはり……彼女の目は見えていないのだ。
「……ひどいな、ぁ」
 弱々しい声で囁く都古は、そっと九郎の頬に手を遣る。
「これ、は、なんの感情だろう……? 好き、なのかな。もしかして。……そっか。私は、九郎のこと、好きなんだ」
「……は?」
「キスしたい」
 そう言って、いきなり九郎の唇に、自身の唇を重ねてくる。ぎょっとして身を竦める九郎から離れると、都古は不思議そうに眉をひそめる。
「んん……? そう思うってことは、やっぱり好きなのか。そっか」
「な、なにをいきなり……!」
 やってから言うな!
 九郎の葛藤などわからないようで、都古は虚ろな瞳で告げる。
「九郎は、私を手伝いたいと言ったね? じゃあ、手伝って」
「! 本当か!?」
「本当」
 にっこり笑う都古は背筋に悪寒が走るほど綺麗だった。なんだ……? なんだかおかしい。
「ウツミはね、今は小さな女の子に取り憑いてるよ」
「え?」
「その子の家族を人質にとられて、目をやられた。あの時と、同じだ……」
 あの時? 彼女はなにか、オカ、シイ。
 都古は自嘲気味に笑う。
「私は…………だよ」
 聞こえ、なかった。大事なことを都古は言ったのに、聞き取れなかった。
 なぜだ? 何かに邪魔されたように、聞こえなかった。
 彼女の表情が歪む。そして、声が発された。
「九郎! 都古を押さえつけろ!」
「えっ!」
 反射的に地面に彼女を組み伏せる。押さえつけられた都古はうめいた。
 苦悶に歪む表情の彼女から、淡々とした声が響く。それはツクヨのものだ。
「よくやった。腕の一本でも、と言いたいところだが……逆効果になるな」
「ど、どういうことだ……?」
「こら。集中して都古を押さえてろ! 俺じゃ、今は声を出すだけしかできないんだからな!」
 ツクヨに言われて九郎は彼女の腕をさらに強く、反対方向へと押し遣る。みしみしと腕の骨が鳴ったが、折るほどではない。
「目が見えないんだろ……どうしてこんなことさせる!?」
「目が見えなくても、動けるからだ」
「!?」
 と、驚いている九郎の下で、都古が抗おうと身を捩る。このままでは腕が折れてしまうというのに。
「よ、よせ……! 頼むから、抵抗するな……!」
 九郎の声は届いていないのだろう。都古はさらに身を捩った。思わず九郎が手を離す。
「あっ、馬鹿!」
 ツクヨの声が聞こえたが、その時には都古は素早く立ち上がり、ぼんやりとした表情で突っ立っている。
「ちくしょう! おまえのせいだ!」
 非難がましく、表情と不釣合いな言葉が投げかけられる。九郎には事態がまったく把握できない。
「だが……あのままでは……」
「都古を止めろ!」
 懇願に近い悲鳴に、九郎はまた反射的に動いた。都古がきびすを返した瞬間、彼女の腕を強く握ったのだ。
 振り払う都古の力は尋常ではなく、逆に九郎が吹っ飛ばされた。
 近くの壁に強かに体を打ちつけた九郎が苦悶の声をあげていると、都古は姿勢を正す。
「早くしろ、九郎!」
「そ、んなこと言われても……」
 起き上がりながら九郎は都古を見る。美人だと再確認するが、彼女は心ここにあらずな様子だ。
「なんでそんな必要が……」
「都古がアホだからに決まってるだろ!」
 無茶苦茶な答えだが、九郎は都古に近づく。彼女は突っ立っているだけだ。どこにも行こうとしない。
 このまま手出ししなければいいのではと九郎が考えていた時、まるで見透かしたかのようにツクヨが言ってきた。
「今は思考中なだけだ。決断したら、また動くぞ」
「思考中?」
「ウツミを倒す方法をだ。おまえが手伝うとか言ったから……ああもう!」
 イライラした声でツクヨは怒鳴り続ける。
「このままウツミに突っ込むのがおおかたの考えだ。止めろ」
「どうやって!」
「一緒に突っ込んでも自滅するだけだ。いいか、今だけでいい。説得しろ。ウツミを倒す方法は俺が考える」
 しん、と急に静まり返った。うかがう九郎のほうを、都古は気配だけで見てくる。
「一人で行こうとか、考えるな」
 精霊に言われたからではないが、都古が急になにかをしようとしたのはわかった。だから止めるしかない。たとえ、先延ばしにしたのだとしても。
「勝手にいなくなるな」
「…………」
「一人じゃないんだから」
 こんなの説得じゃない。そもそも九郎は説得するなど、口がまわるほうではない。言いたいことだけ並べ立てていったあと、都古がくすくすと笑った。
「わかったわかった。じゃ、一人では絶対に行かないよ」
「本当だな」
「うん」
「約束できるな?」
「うん!」
 大きく頷く都古は、歩き出す。
「準備をするよ。一ヵ月後に連絡するから」
 じゃあねと言って彼女は足取りも軽やかに去っていった。だが九郎には不安が渦巻く。
 様子がおかしい都古。そしてツクヨの言動。なにか……見逃してはいないだろうか?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2895/神木・九郎(かみき・くろう)/男/17/高校生兼何でも屋】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神木様。ライターのともやいずみです。
 最終決戦に向けて、です。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。