■第6夜 優雅なお茶会■
石田空 |
【7348】【石神・アリス】【学生(裏社会の商人)】 |
聖祭。
学園では何かとイベントが多いが、この祭りは学園の中で一番重きをおかれるイベントである。
芸術祭は年に2回、夏と冬に行われ、その間に、この聖祭は行われる。
芸術総合学園である聖学園では、何かとイベントを増やしては、生徒達の日頃の努力の成果を見せる場面を1つでも多くしようとするのである。
生徒会
「今回の普通科、美術科、芸術評論科のクラス展示物の予定は無事集まりました。現在は音楽科と演劇科、バレエ科の芸術ホールでの演目の調整をしてます」
「後の微調整はお茶会、だな」
「はい」
生徒会は、学園内各所から提出されるプリントで埋まっていた。
提出されたプリントは流れ作業で1次チェック、2次チェック、3次チェックが行われ、最終的には生徒会長が判を押して可否が決まる。
学園内の祭りは、生徒会役員の体力と精神力、睡眠を犠牲にして成立していると言っても過言ではない。
「頑張りましょう。お茶会まで」
「そうだな……」
普段は堅物眼鏡と言われて一般生徒の前ではどんなに暑くとも寒くとも過不足ない格好をしている青桐幹人も、今回ばかりは襟元を少し緩めて、ぐったりした顔をしていた。
隣で茜三波は、下を向き過ぎて少々乱れた髪をどうにか整え、持ち分の作業が終わったら生徒会役員達に紅茶を配った。
ことりと机に置かれた紅茶は、ほんのりとシナモンの匂いがした。
バレエ科練習場
「無理っ、無理無理無理っっ、無理ですっ! できませんっ!」
楠木えりかは涙目で首を振っていた。
隣で座っている雪下椿は目を釣り上がらせ、喜田かすみはいつものようににっこりと笑っていた。
「いいからアンタがやんの!」
「無理っ、絶対、無理っっ!」
「いいじゃない、恥かけば。皆の前で赤っ恥をかくえりかちゃんもきっと可愛いわよ〜♪」
「かすみ、アンタはちょっと黙りなさい」
「えー」
いつものトリオ漫才に苦笑しながら、先生はえりかを見た。
「……とにかく、頑張ってね、楠木さん」
「……あい」
えりかは肩を落とし、既に「はい」とはっきり返事ができないほどに、沈んでいた。
噴水前(オデット像跡)
「またさぼったの?」
「……お前は?」
「今日は今度の聖祭の演目と、配役発表だけだったから」
「……そうか」
守宮桜華は、今日もベンチの上で寝ていた海棠秋也の隣に座った。
「……もうすぐ、ちょうど4年ね」
「………」
「どうせまた行ってきた癖に。分かるんだから」
「………」
何も言わない海棠の制服を桜華は触った。
海棠の制服には、白く細い花びらが1枚付いていた。
中庭(理事長館前)
そこは、白いテーブルと椅子で埋め尽くされていた。
その中を、聖栞は歌いながら歩いていた。
テーブルの上にはスコーンを盛った白い皿に、色とりどりのジャムの小瓶、皿に合わせた白いカップ、ポットが並んでいた。
栞はそれぞれのテーブルのポットにお湯を注いで回っていた。
「今日はお茶会、今日だけは全てを忘れて楽しみましょう〜♪」
栞は優雅な雰囲気で、砂時計を逆さに回した。
砂がコポコポと落ちて行った。
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第6夜 優雅なお茶会
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午後3時ちょうど。
最近は聖祭の準備期間の関係で、昼夕問わずに騒がしかったが、今はすっかり落ち着いている。
「小山君」
石神アリスの声に、小山連太は振り返った。
「あっ、石神さんこんにちはー」
「一緒の席でいい?」
「はい、どうぞー」
連太が愛想よく椅子を引くのに、アリスは小首を下げてから座る。
2人の座ったテーブルの位置は、ちょうどお茶会用に設置されたテーブルの1番端で、目の端でお茶会の全体を把握する事ができた。
給仕として席にお茶を運ぶ理事長に、理事長と一緒のテーブルに座っているのは生徒会役員達らしい。1つ騒がしいテーブルがあるのは、バレエ科や音楽科など、華のあるグループだろうか。
「最近の調子はどう?」
ざっと会場を把握してから、アリスは連太に話しかける。
「そうですね。最近は聖祭の準備風景の取材が多いですかねえ」
「あら、今年の見どころは何かしら?」
「見どころですか……今年はバレエ科の高等部が大作をするんで、それが楽しみですね」
「大作? 3大バレエかしら?」
「はい、「眠りの森の美女」を全編するそうです」
「全編か……随分長いのね」
「技量が問われますからね」
「そう……ねえ。1つお願いがあるんだけど」
「はい?」
連太が首を傾げるとアリスは口元に笑みを浮かべる。
「ちょっと理事長とお話してくるから、その後2人でお話したいんだけどいいかしら?」
「話ですか? ……いいですけど」
「ありがとう。ちょっと待っててね」
アリスはカップのお茶を飲み干すと、とことこと理事長の元へと向かった。
浮かべて笑みは既に消えていた。
「理事長」
「あら、石神さん?」
お茶を会場に一通り配り終えた聖栞は、席に戻ってお茶を飲んでいた。
「少しお話があるんですが、よろしいでしょうか?」
「……ええ。いいわよ」
「ありがとうございます」
アリスはそのまま理事長を連れて、中庭を後にした。
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午後3時33分。
中庭から離れたそこは、裏門の近く。
壁に血の色をした蔦バラだけが這う、人気のないひっそりとした場所だった。
「前からお伺いしたい事があるんですが」
「何かしら?」
「青桐幹人生徒会長の事です」
「あら、青桐君?」
栞は小首を傾げた。
本当に胡散臭いわね、この女は。
試しに魔眼を使ってみようかとも思ったが、ここはまだ栞の魔法の範囲に入っているらしい。ったく、この女の守備範囲はどこまで広いのよ。わざわざ魔法無効化魔法の施してある理事長館から、1番離れた場所を選んだのに。
仕方なくアリスはすっと息を吸うと、話を続けた。
「何で生徒会長に肩入れするんでしょうか?」
「肩入れ? した覚えはないんだけど」
「……あの生徒会長のメガネの事です。無効化魔法を施してあるメガネなんて、わざわざ渡す必要なんて、ないかと思いますが」
「ああ。その事ね。私は単に、彼に大量の義務を与えているから、それと同等の権利を彼に与えている。それだけよ?」
訳が分からない。
魔法無効化の何が一体権利なのかしら?
アリスは胡散臭そうにちらりと栞を見るが、栞はアリスの顔を見つつも、壁を眺めるばかりだ。
「……無効化魔法を与える意味は何ですか?」
「そうねえ……」
栞は首を傾げつつ微笑んだ。
「これから起こるかもしれないし起こらないかもしれない事の、保険、かしら? 私は起こらない事を祈るけど、人の気持ちなんて魔法だけじゃどうにもならない事だから」
「意味が分かりません」
「そうねえ……まあ1つだけ言えるとしたら」
アリスは訝しげに栞を見るが、栞は相変わらず微笑むばかりだ。
「チェス盤って、上から見ないと分からないわよね?」
「……あなたはゲームを上から見てるだけですか?」
「いいえ。私は駒の一部だと思ってる。いつかは取られるかもしれないし、そのままゲームを続けられるかもしれない。それだけよ」
アリスはじっと栞を見た。
そして、もう1度バラを見た。
一体、意味って何なのかしら……。胡散臭い栞は、「それじゃあお茶会に戻りましょうか」と言いながらゆっくりと歩き始めていた。
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午後3時50分。
栞と入れ替わるように、連太とアリスは2人で裏門に来ていた。
「で、話とは?」
「……少しお願いがあるの。いえ、お願いとは言えないかもしれないわね」
アリスは、無表情で連太を見た。
連太は訝しげにアリスを見る。さっき理事長を見た自分もこんな顔をしていたかもしれないと、他人事のようにアリスは思った。
「わたくしはね、怪盗を追っているの」
「……そうですか」
「でもね、追いかけている内に、どうも理事長が何か隠しているような気がしてきたの。悪いんだけど、理事長と青桐生徒会長の事を、見張ってくれないかしら?」
「……これ、もしかして自分には拒否権がないんじゃないですか?」
「ええ、ないわね。だってわたくし」
アリスはくすくすと笑った。
しかし、目はちっとも笑っておらず、傍から見たら魔女が少女の姿に化けて笑っているようにも見えたかもしれない。
「あなたの記憶操作なんて簡単ですもの。小山君だって夢があるのでしょう? 立派な新聞記者になるって。その記憶も、わたくしの魔眼でぽおんと、消してしまう事も可能よ?」
「…………」
連太は眉を潜めて考え始めた。
でもアリスには分かっていた。既に連太の答えが決まっていると言う事を。
「……さすがに記憶操作されたら自分も困りますね。分かりました。やりましょう」
「ありがとう。小山君。察しのいい人って好きだわ」
「そりゃどうも」
「さてと……」
アリスは壁を見た。
血の色をしたバラは相変わらず咲き誇っていた。
チェス盤を上から見る。面白いじゃない。何があるのかなんて知らないけど、何も知らないまま踊らされるなんて、面白くないものね。
「絶対に出し抜いてやる」
黒い像が自分のものになるのを夢見て、アリスは笑った。
魔女のような笑みを浮かべて。
<第6夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7348/石神アリス/女/15歳/学生(裏社会の商人)】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/聖栞/女/36歳/聖学園理事長】
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■ ライター通信 ■
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石神アリス様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第6夜に参加して下さり、ありがとうございます。
理事長の言っていたチェス盤の上の話は今後の鍵にもなっております。じっくり上から見てみるのもいいかもしれませんね。
第7夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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