■LOST・EDEN セレナーデ、その調べの先に■
ともやいずみ |
【8438】【五木・リョウ】【飲食店従業員】 |
精霊は考える。
いかに、その「結末」を手繰り寄せるのかを。
いかに、その「未来」を手元に呼び寄せるのかを。
そして考えて。
笑う。
いいやもう。最初から結末は決まっていた。
不確定要素は現れはしたが、おおむね……シナリオ通りにことは進んでいる。
そう、宿主と、精霊が思い描いた……その「先」へ。
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LOST・EDEN セレナーデ、その調べの先に
ぴったり一ヵ月後、五木リョウを迎えにやって来た扇都古は、うかない表情だった。だが、リョウに会ったら笑顔を浮かべた。
「あの……ごめんね、リョウ」
「いいんだ、都古のためっていうか……俺のためでもある」
頷くと、彼女はどこか情けないような笑顔になって「ツクヨに代わる」と呟いた。精霊の名だろう。
「よぉよぉ、元気か!」
いきなり雰囲気が変わるので、リョウとしては慣れない。
「……ツクヨ」
「んお?」
歩き出そうとしたツクヨが振り返ってくる。
「精霊のあんたにとって、都古は共にある相棒。どんな経緯で組んでいるのかわからないが、信頼してついて行くことにするよ」
「…………」
「思惑があるにせよ、疑っていては始まらない。都古を助け、ウツミを倒すという目的は同じだからな。
勝率をあげるための具体的な策があるのなら、俺はそれに乗る」
「ふぅん……」
「子供の姿のウツミを相手にして、正面から力技で勝つことは難しいんだろ? あんたが指示を出すなら従うし、最大限やれることをやるよ。すべては、都古のために」
「……いい心意気だ」
薄く笑うツクヨがリョウに近づき、ぽんぽんとその肩を叩く。
「都古も喜んでるよ。泣き虫になったのかね……あいつは。泣きながら…………よろこんでるよ」
*
着いた場所は広大な公園だった。綺麗に整備されたそこに、遊具らしい遊具はない。
ひと気がないのは、都古かツクヨが何かしたのかもしれない。退魔士という職業なのだし、なんとなく……そういうのもできそうな気がしたのだ。
「ウツミを倒し、都古の眼が光を取り戻すチャンスが訪れますように……」
小さく呟いていると、横に立つツクヨが呆れたように視線を寄越す。
「ほんっとおまえって、都古が好きなんだな。あんなにアホなのに、あいつ」
「……そういえば、この前、俺の思念を覗いて何を知ったんだ?」
「さあね〜?」
「ともかく、都古には内緒にしておいてくれ」
「はあ?」
「……いや、恥ずかしいからじゃなくてだな。自分で直接言わなければ意味が無いんだ。……好きだ、って」
「…………恥ずかしそうに言うなよ。こっちが恥ずかしいだろ」
キモい、とツクヨが都古の姿で言う。都古の姿でそういう風に傷つくことを言って欲しくないが、粗野なこの精霊に何を言っても無駄だろう。
「都古を失うなんて、考えられないんだ俺は。そんなこと、誰にもさせない。またあの笑顔を……見たいから」
「…………」
「精霊のあんたも無茶をするなよ?」
「ハッ。バッカじゃねえの? オレと都古とじゃ、頭の出来が違うんだよ。あのアホと一緒にすんなよ」
「……鼻で笑ってくれるなら、こっちも安心だ」
どこか嘆息混じりにそう言ってみせるが、ツクヨは目を細めて笑う。
「都古が無事、か。そうか……おまえの願い、叶えてやるぜ」
「うん?」
「おまえも無事、だ。まとめて全員助けてやる」
自信満々に言うツクヨは、一歩ずつ前に出て行く。
それと同時に、公園に入って来た人々がいた。家族連れだ。
父、母、祖父に連れられた白いワンピースの幼い女の子。彼女が……ウツミ?
「ツクヨ……!」
切羽詰ったように声をかけると、余裕だと言わんばかりにツクヨはリョウに応じた。
「だいじょーぶ。おまえはそこから動くなよ。でもって、ウツミをじっと見てりゃいい……」
*
都古の髪と瞳の色が瞬時に変わる。彼女が戦闘態勢に入ったのだ。
「久しぶりだなぁ、ウツミ」
口調がツクヨだということに、ウツミは驚く。
「都古の兄貴だからって、オレは容赦しないぜ?」
「へぇ……そういうこと。都古が相手なら手強いと思ってたけど、おまえなら」
「そううまくいくかな?」
薄ら笑いを浮かべるツクヨは腰に片手を当てる。
「今の都古はオレが全面的に動かしてるんだぜ?」
ぎりっ、と音がした。少女の姿をしたウツミが歯軋りをしたのだ。
ウツミが都古の連れを見遣る。
「ではそっちは……」
「ああ? おまえの気を逸らすためだ」
種明かしをするようにツクヨがまた、わらう。
だがウツミも笑った。
「そんなものに惑わされるものか。狙うのは……」
人差し指で、彼女は都古を示す。
「おまえだけ……」
そう。
「扇都古が相手でなければ、戦闘能力は著しく劣る。だろ、」
言葉が続けられなかった。
少女が驚きに目を見開く。
彼女の胸元が、真っ赤に染まっていた。…………己の、血で。
「な、ん……?」
「おまえさー、ニンゲンってのをまぁだ理解してないのかよぉ?」
ツクヨが嘲笑うかのように言ってのけた。
ウツミの胸に、包丁が生えている。背後から、誰かが刺したのだ。
それは……それは、ウツミが人質にとしていた家族の……父親だ。
彼はがたがたと震えながらも、しっかりと包丁を握っている。刺し貫いている。涙を流しながら。
「ど、して……?」
「精神攻撃は、オレも得意だって忘れてたのかよ?」
けらけらと笑うツクヨの言葉にウツミは、ゆっくりと顔を歪める。
「お、おのれ……おのれ!」
悔しげに呻くウツミに、ツクヨはせせら笑う。
「可愛そうになぁ。おまえの宿主は愛されてたんだなぁ……。おまえは、いずれその身体を返すと脅してたんだろうけどな」
「ツクヨぉぉぉっ!」
喉の奥から吐き出すような怒声に、ツクヨがケラケラと笑う。都古の顔で。姿で。
ツクヨは最初から、少女の家族に、ウツミの今の肉体を殺させるつもりだったのだろう。
醜く都古の顔を歪めながら、愉快そうにツクヨは笑う。高笑いをする。
「アハハハぁ! オレは最初っから、都古みてぇな正攻法でいくつもりはなかったんだよ。まんまと引っかかったな?
オレの連れはあくまで囮……。本当は、おまえに気づかれないようにおまえの人質の心に入って揺さぶったんだよ」
「……お、のれ……」
よろめいて膝をつく少女は、息苦しそうに何度も呼吸を繰り返す。だがそれを、彼女の人質である家族は助けない。ぼんやりと涙を流して見つめているだけだ。
ツクヨは目を見開く。
「おっと。そこから逃がさないぜ」
「な、なんだ……?」
ふらり、と都古の肉体がその場に座り込む。そしてウツミは絶叫をあげた。
胸元をがりがりと掻き毟る。
しばらくそういう動きを不気味に繰り返して、ばたりと倒れた。うつ伏せになっているので顔は見えないが……見ないほうがいいのが、ありありとわかる雰囲気だった。
ふいに都古の肉体が動き出した。
「……ふー……。これで終わり、だ」
*
リョウは愕然とするしかなかった。
事の顛末は、あまりにも呆気なく終わってしまったからだ。
ツクヨは、確かに宣言した通り、都古には考えつかない方法ですべてを解決した。
都古も無事だ。ツクヨもリョウも無事だ。だが……だが!
(…………こんな……こんな!)
吐き気がこみ上げてくるリョウは口元を片手で思わず覆う。
正気を取り戻した父親が泣き崩れ、涙を流す母や祖父の姿に目を向けられず、そむけた。
(どうなったんだ)
理解できないであろうリョウに、ツクヨが近づいてくる。ゆっくりと。
「まあ、おまえにはわかんないだろうから説明してやるよ」
「ツクヨ……」
「都古は最後まで渋ってた方法だったんだがな……。おまえにウツミの注意を向けておいて、その間にオレがウツミの人質たちの精神を攻撃した」
「精神を、攻撃」
「揺さぶったんだ。可愛い娘にこれ以上人殺しをさせるのか〜ってな」
愉快そうに笑うツクヨには、罪悪感など欠片も感じられない。
「その結果がこうだ。ウツミが肉体から逃げ出すのはわかってたから、先回りしてオレもあいつの肉体に割り込んで、逃げ場をなくして…………そのまま死んだ」
生きていたツクヨだけが都古の肉体に戻ってきた、ということなのだろう。
理解はしたが、リョウは震える声で尋ねた。
「他に方法は……?」
「あ? まぁあったけど、そんなことしてたらもっと時間はかかるし……どっちにしろ、オレはこの方法を実行したから変わらないと思うぜ?」
「? どういうことだ?」
「まあいいじゃねえかよ」
ツクヨは肩をすくめてみせる。
「都古も無事。おまえも無事。ウツミは倒した。メデタシメデタシだ」
「どこがめでたしなんだ!」
一つの家族を壊して!
非難するリョウを見て、ツクヨは目を細める。
「おまえは都古の無事を願った。だからそれを叶えてやったまでだ。ならなんだ? 都古は死んでもよかったのか?」
「それは……」
「全部が全部助けられると思うなよ。
そもそも、ウツミは都古の兄貴なんだからな。油断できる相手じゃねえんだ」
「な……!」
倒れている少女を思わず見遣る。ウツミが、都古の兄だと?
「都古の、自身の実の弟をも殺そうとした凶暴なやつなんだ。方法なんて選んでる場合じゃねえだろ」
「……都古は? 大丈夫なのか?」
なんだろう。さっきから違和感がある。
問いかけにツクヨは笑う。
「ピンピンしてるだろ。見えないのかよ?」
「そうじゃなくて……都古は? 目は?」
「都古が無事なら、それでいいんじゃねえのか、おまえは」
なあ? とばかりにツクヨが囁く。違和感は大きくなる。不安も同時に。
リョウはツクヨから距離をとった。
「ふふっ。おい、逃げるなよ。おまえの望んだ結果を用意してやったんだぜ?」
「都古はどうしたんだ?」
「さあね。そもそもあいつは、一ヶ月の自由と引き換えに一族をおさめるクソババアに言ったんだ。オレの前でな」
なにを? だが、聞きたくない。聞いてはいけない気がする。
だがツクヨは容赦しない。する気がない。
「オレに乗っ取られても構わない、ってな」
「っ!」
リョウは息を呑む。
ツクヨはハハハと軽く笑った。
「なんだよその顔は。都古は無事だ。こうして、おまえの目の前にいる。それの何が不満なんだよ? 死んでないんだ。いいことだろ?」
「都古の魂は? 意識は?」
「…………」
無言で笑うツクヨの態度から、わかってしまった! 知りたくもなかったことが!
「おかしいと思わなかったのかよ、おまえ。会うたびに、オレが表に出てくる頻度が増えていってたろ? 変だと気づかなかったのか?」
「…………」
「おまえの願いを叶えるために、あいつは消えた」
彼女の肉体は損なわれずに済んだ。だが、やはり……代償はあったのだ…………。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【8438/五木・リョウ(いつき・りょう)/男/28/飲食店従業員】
NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、五木様。ライターのともやいずみです。
とうとう最終回直前です。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
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