■第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗■
石田空 |
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】 |
聖学園生徒会室。
学園の中で聖地とも墓地とも呼ばれ、生徒達からある事ない事様々な噂が漂う場所である。
その奥にある生徒会長席。
机の上には埃一つなく、書類も整理整頓され、全てファイルの中に片付けられていた。
現在の生徒会長の性格と言う物がよく分かる光景である。
「何だこれは、ふざけるのも大概にしろ」
普段は品行方正、真面目一徹、堅物眼鏡、などなどと呼ばれる青桐幹人生徒会長は、眉間に皺を寄せて唸り声を上げていた。
「会長、口が悪いですよ……」
隣の副生徒会長席に座って書類を呼んでいる茜三波は困ったような顔をして彼を見た。
「……済まない、茜君」
「いえ」
青桐が読んでいたのは、学園新聞であった。
『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』
ゴシック体ででかでかと書かれたトピックが、今日の学園新聞の1面記事であった。
「学園のゴシップがこんなに大々的に取り上げられるとは、学園の品性にも関わる由々しき問題だ」
「理事長には進言したんですか? 新聞部に自重するようにと……」
「学園長は「好きにさせなさい」の一言だ。理事長のお墨付きだと、新聞部は怪盗オディールの英雄気取り記事を止める気はないらしい。困ったものだ……」
「学園の外部への連絡は?」
「それはできない。学園に怪盗が出たなんて言ってみろ。マスコミや警察、探偵や魔術師、何でもかんでも土足で踏み込んでくるぞ。ただでさえ生徒が浮き足立っているのに、ますます生徒がお祭り騒ぎで授業や芸術活動に勤しむ事ができなくなる。学園内の騒動は学園内で解決するのが筋だろう」
「ますます困りましたね……」
「全くだ……」
茜は青桐に紅茶を持ってくる。今日はストレートでも甘い味のするダージリンだ。
茜の淹れた紅茶で喉を湿らせ、青桐は眉に皺を寄せた。
「……仕方がない。あまり典雅な方法ではないが」
「どうされるおつもりですか?」
「生徒会役員全員召集する。その上で自警団を編制し、怪盗を待ち伏せる」
「……そうですか」
茜は心底悲しそうな顔をした。
聖学園の生徒会役員は、クラスからの選挙制ではなく、学園の理事会から選ばれた面々である。
品行方正、文武両道、その上で自警団を編制したら、きっと怪盗も無事では済まないだろう。
茜は目を伏せた。いかに怪盗であり、学園の秩序を乱すと言われても、争い事は嫌いであった。
「そう悲しい顔をするな茜君。私も別に彼女を殺したりはしない。ただ速やかに理事会に引き渡すだけだ」
「……はい」
茜の悲しそうな顔から目を逸らし、青桐は歩き出した。
これから生徒会役員の編制作業があるのである。
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第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗
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午後10時59分。
その時刻は本来、闇の住民のものだった。
星も見えぬ、朝まで途切れる事のない闇が、その日の夜を支配するはずだったが。
「……騒がしいな」
闇の住民である夜神潤は、闇に身体を滑らせながら、塔の上からそれを見下ろしていた。
時計塔の正面に位置する音楽科塔。その塔から本日の客人の見物に来たのだが、どうも今晩の客人はそれだけではないらしい。
「いたか!?」
「いえ、見つかりません。残りは……」
「やはり時計塔か……会長は?」
「会長は……」
下から聴こえる声は、自警団の声だろうが、潤が目を細めて見つめる先にて聴こえる声とはまた別物である。
『怠けたい』
『だらけたい』
『疲れた』
『あの頃に戻りたい』
『もっと写真を撮りたい』
時計塔からつらつらと聴こえる声。声。声。
それは怠惰な思念が凝り固まった声である。
「一体何が起きているんだ?」
潤がじっとその声を聴いていた時、事態は動き始めた……。
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午後3時10分。
潤はのんびりと学園を歩いていた。授業も終わったので、これから別敷地の大学部まで脚本の読み込みに戻ろうと思っていた所だった。
しかし騒がしいな。俺が休んでいる間に何かあったのか?
すれ違う生徒すれ違う生徒が、やけに楽しそうに話しながら走っていく様を見ながら不思議に思う。
例えるならば、文化祭前の浮き足立った感覚。日常と非日常が入り混じる感覚だった。
それに……。
久々に学園に足を踏み入れた時から、むずむずする感覚があるのだ。
何だこの感覚は? これも学園が騒がしい理由と関係があるのか?
と、何かが風に舞って飛んできた。
潤は飛んできた何かを掴むと、それは学園新聞だった。
「久々に来たと思ったら、怪盗騒ぎか?」
目を細めて記事を読む。
それは号外で、今晩13時に怪盗が現れると言う予告状について書かれていた。
ふーむ。これだけ派手にやっているのにまだ捕まってないのか。
少しだけ興味を持つ。
わざわざうちの学園で盗みを働くのにも興味があるし、捕まっていないと言う点も興味深い。
まあ、今晩は特に予定も入ってないし、見物位ならいいか。
そう思うと、そのまま学園を後にする。どうせ大学部で脚本の読み込みをするつもりだったんだし、それで時間が潰れるだろうと思ったのだ。
「ん……?」
学園の門を潜って出た途端、ずっと学園内で感じていた違和感が消えたのだ。
魔法……? 何の?
潤は少しだけ首を傾げた。
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午後11時20分。
潤は呆然と声を聴いていた。
怪盗は唐突に時計塔に現れたかと思うと、盗み出した「何か」にずっと話しかけていたのを、隠れて怪盗を追いながら聴いていたのである。
『帰りたい』
『帰りたい』
『あの頃に、帰りたい』
「何か」は寂しげにそんな声を出す。
怪盗は「何か」に優しげに話をしていた。
怪盗は真っ黒なチュチュに全身を纏い、顔を仮面で覆った少女だった。
もっとも、少女に見えているだけかもしれないが。
闇に溶け込む姿で「何か」に話す様は、非常にミスマッチにも見え、逆にしっくり来るようにも見えた。
「大丈夫。ちゃんと貴方は思い出してもらえる。貴方の本心じゃないんでしょう? 怠けたいって言うのは」
彼女の話している言葉は、何の当たり障りもない、ごくごくありふれた言葉だった。
しかし、「何か」にしてみれば初めてこちらの声を拾ってくれた人間なのだろう。
「何か」の声はだんだん小さくなってきた。
いや違う。「何か」は徐々に拡散していったのだ。
驚いたな……。潤は素直に感動した。
既に物は古くなりすぎて思念になるって言う事はよくあるが、それでも思念が起こされない限り物は物のままである。古い物はどんなものも付喪神や悪魔に進化する可能性があるが、思念を起こさない限りは基本無害なのだ。
人に害するようになれば祓わないと駄目だが、彼女がしたのは祓うと言う暴力ではなく、対話だった。対話で彼らを浄化してしまったのである。
潤はそれを見届けた後、そのままこの場を後にする事にした。
少しだけ彼女に興味が湧いたからである。
謎は、解く楽しみのために多い方がいい。
<第1夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7038/夜神潤/男/200歳/禁忌の存在】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】
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■ ライター通信 ■
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夜神潤様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
適度に謎を散りばめましたがいかがでしたでしょうか。
無視して次の話に進んでも、謎を拾うために調べるシチュエーションノベルをしても自由です。
第2夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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