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■LOST・EDEN 満たせ、フィナーレにその喝采を■

ともやいずみ
【2895】【神木・九郎】【高校生兼何でも屋】
「兄ちゃん!」
 悲鳴をあげる都古の目の前で、兄の姿が変貌していく。
 長い黒髪は白く染まり、瞳の色が赤く染まる。
「……タケルノ」
 兄の宿す精霊が表に出た時の姿だが、違う。違うのだ。
 都古は弟を見て叫んだ。
「早く逃げて! ここから!」
「でも姉ちゃん、兄ちゃんが」
「いいからできるだけここから逃げ……っ」
 言葉の途中で何かが頭にぶつかって、吹っ飛ばされたと思った。
「都古姉ちゃん!」
 弟の声が遠くに聞こえる。
 倒れ伏した都古は囁く。
「……こうし、き……しょう、らい」
 ドン! と自身に精霊が宿る。瞬間、髪も瞳の色が変わり、都古に憑いている精霊・ツクヨが表に出てきて無理やり身体を動かした。
「おーおー、いてぇな。血ぃ出てるじゃねえかよ。オレ様のヤドヌシになにすんだ、タケルノ」
 ふらりと立ち上がったツクヨが、タケルノを睨みつける。
 弟の新多が青ざめているのが見える。それはそうだろう。都古の額から血が流れているのだ。
「首が折れたらどうしてくれんだよ。ニンゲンの肉体は脆いんだぜ?」
「……ツクヨ」
 にやぁ、とタケルノがわらった。不気味な笑みだ。
「もう己は、タケルノではない。『ウツミ』だ」
「はあ? 現視はおまえのヤドヌシだろ?」
「いいやもう……この肉体は」
「うるせえよ」
 ツクヨが容赦なく攻撃を開始する。一瞬で都古の意識と切り替わったのだ。

 結果は悲惨だった。
 腕を一本なくした上に、逃がしてしまった。ウツミの肉体は殺したが、精神に逃げられた。
 血を流して倒れている都古に、弟が悲鳴をあげながら駆け寄ってくる。
(逃がした……)
 逃がしてしまった……。
 もはや兄はタケルノに精神を喰われたただのバケモノだ。見つけて退治するのが自分の役目だ。
 決意した都古は薄く笑う。
「いつ、か……」
 いつか自分も兄と同じ道を辿ることになるだろう。だがその時は…………!

 これは物語が始まる、その前の出来事――。
LOST・EDEN 満たせ、フィナーレにその喝采を



「ふざけんなっ! てめえ、肝心なこと黙ってやがって!」
 神木九郎の怒声にも、ツクヨはにやにやと笑みを浮かべているだけだ。
 ふざけた野郎だ! だけど、今は。
(今は!)
「都古!」
 怒鳴るように声を叩きつける。
「ここまで、ここまでしてやらなきゃいけない事だったのかよ!」
「ああ?」
「辛い思いをして、それでも泣くのを堪えてがんばって、結局自分の兄貴にとどめをさす事になって……それで最後はこんななんて、あんまり過ぎるだろ!」
「…………」
 手を伸ばす。
 ツクヨは目を細めてそれを避けた。だが、先手を打つように行き先をふさぐ。
 中身が違うだけで、これほど動きが変わる。都古が相手なら、おそらくこうして…………抱きすくめることもできないだろう。彼女は九郎よりも強いのだから。
 耳元に、唇を近づける。
 悔しくて。辛くて。
「……おい。男に抱きしめられるなんて、冗談じゃねえんだけど」
「知るかよ!」
 知るか! そうだ、知ったことではない!
「辛かったんだよな……。ずっと一人で戦って、殺したくない人も殺す事になって、最後は自分の兄貴と戦って……」
「…………」
「ずっと、ずっと苦しんできたんだろ。世界の誰が許さないって言ったって、俺はお前を許すよ。お前が罪を背負うなら、俺も一緒に背負う」
「おまえ……」
 困惑したようなツクヨの声が聞こえる。
 けれど、九郎はやめなかった。
「俺は、俺は……」
 耐え切れなくて、ぎゅっと抱きしめる。都古の肉体は意外に細身だ。
「いつものお前が良いよ。神出鬼没で、突拍子なくて、どんな時も明るく無邪気に笑うお前が、そんなお前が、俺は……好きになっちまったんだ」
 腕の中の彼女がぎくっとしたように身をかたくしたのがわかる。
 九郎はぎゅ、と眉根を寄せた。
「こんな恥ずかしい事言わせて逃げんなよ。帰って来いよ、都古……」
 自然と、だった。
 九郎の動作はあまりにも自然で、ツクヨにも回避できなかった。
 唇が重なる。大きく目を見開く都古の肉体。
 合わさった唇は冷たい。九郎は押し付けるだけだった唇を離す。
 呆然とした様子の都古がいた。
 ゆっくりと、ゆっくりと彼女は、動く。
 九郎の腕を振り払う。
「おまえ……なんてこと、してくれ、る……」
 ずどん、と音がして何かが落ちた。都古の左腕だった。驚愕する九郎の前で、ああ、とツクヨが唸った。
「なんでだ……。もう、無理だ。無理なんだよ……」
「ツクヨ……?」
「どうしてなんだよ? そんなにこいつがいいのか……?」
 苦痛に顔を歪めるツクヨはしばらく瞼を閉じていたが、しっかりと数秒後に開いた。
「ああ……うん。わかった。わかったから……」
 誰かを落ち着かせるような優しい声音で囁いて、ツクヨは姿勢を正す。まるで都古そのものだった。
「おい」
「俺は『おい』なんて名前じゃねえ」
「…………都古の願いだ。叶えてやる」
「は?」
「こんなに抵抗されてたら……やれること、やろうって思うじゃねえかよ……」
 泣きそうな声のツクヨに、九郎は不思議そうにする。
 なんだろう? なにか、変だ。
 そういえば……ツクヨはいつも都古を案じていた。それは彼女の肉体が目的だからと解釈していたが…………もしや、違っていたのか?
 ツクヨは人差し指をこちらにまっすぐ向ける。
「時間だ」
「時間?」
「対価だ。時間をよこせ」
「なんの対価だ?」
「…………都古を、おまえに…………返す」
「そんなことできるのか!?」
 思わず肩を掴むと、乱暴に振り払われた。
「わかんねえよ! だから、あんまり期待するんじゃねえ」
「……ツクヨ、おまえ……どうして。だって都古の身体を支配するのが、おまえの目的だったんだろ」
「………………」
 むすっとした表情でツクヨが見てくる。
「うるせぇなあ! いいから、待てるか?」
「え?」
「え、じゃなくて。都古が戻ってくるまで待てるかって訊いてんだよ!」
 悔しそうなツクヨの勢いに負けて、九郎は何度も首を縦に振る。
「よし! じゃあ、必ず都古をおまえのところに戻してやる。だから、待ってろ!」
「…………」
「ぽかんとしてんじゃねえよ! じゃあな!」
 ばっ、と身をひるがえすと、腹立たしそうにツクヨが公園を出て行ってしまう。
 残された九郎はむすっとして、ぽつりと呟く。
「待てるか、だと?」
 都古が戻ってくるなら。
 不敵に九郎は笑う。
「待っててやる。いくらでも、な」
 待つことは、辛いだろう。だが決めたのだ。彼女の罪を一緒に背負うと。だから…………待つ。待てる。



 大股で歩きながら、ツクヨは涙を流した。とめどなく流れるそれに、辛そうに眉をひそめる。
「ちくしょう……ちくしょう! そんなにあいつがいいのかよ! オレと同化するのが、嫌なのか!」
「ツクヨ……」
 道の先に立っている少年がいた。都古の弟の新多だ。
 都古とよく似た顔立ちの彼は、ツクヨの様子に驚いているようだった。
「なんで泣いてるんだ?」
「うるせー!」
 怒鳴ってから、涙をぐいっと手の甲でぬぐう。
 ほぼ……八つ当たりに近かった。
「せっかくオレが、悪役に回ったのに……なんだよ!」
「……なにがあったの?」
「それなのに、台無しじゃねえか! まあいいけどさ! どうせオレが悪いんだろ! お邪魔虫なんだろ!」
「ツクヨ?」
「でもさ……」
 でも。
 涙がぼろぼろとこぼれる。
「ちくしょぅ……。都古が泣くから、オレも…………辛い」
「…………」
「あらかた『喰っちまった』ってのに、それでも…………欠片でもいいから残せって、ことかよ」
 新多がツクヨの肩を優しく叩く。
「嫌な役回りばっかりさせて、ごめん……姉ちゃんの代わりに謝るよ」
「ふん! 都古が幸せになるなら、いいさ! おまえは無駄足だったろうがな!」
「無駄?」
「ああそうだ。本来なら、都古を『喰った』オレを殺す役目だったんだろうけどな!」
「…………バレてたか」
 半眼になる新多に、ツクヨは泣きながら笑みを浮かべる。ちぐはぐな表情に、ツクヨの中で何かがぶつかっている印象を新多は受けた。
「都古の考えそうなことだぜ」
「まあね。いずれ精神はツクヨに乗っ取られるってわかってたし」
 ウツミがいい例だ。
 この兄妹たちは、精霊と相性がいい。だから、危険性も高い。
 都古は後始末を弟に任せていたのだ。いずれ自分がツクヨに支配された時、扇の血脈の誰かに自分を殺してもらわなければならなかったからだ。
 扇と契約している精霊は、扇家の人間にしか殺すことができない。
 この契約は絶対で、だからこそウツミ討伐を都古が自ら志願したのだ。
「おまえだって貧乏くじ引いたって感じだな、新多」
「そうでもないかな。姉ちゃんは一人で頑張り過ぎだから、いずれ止めなきゃとは思ってた」
「…………一人、で」
「ツクヨ?」
「あいつにも言われたな。都古は一人で辛い思いをしてきたって……。
 あいつ、嫌いだ! 大嫌いだ!」
「はあ?」
 駄々をこねるように言い放つツクヨは、肩越しに背後を見遣る。もう見えない、公園。
「……都古は、独りだったのか……?」
 問いかけに応える声は、ない。
 前を向き、新多と対峙する。
「今なら、まだ間に合うかもしれねえ」
「どういうこと?」
「…………都古の精神、いや、魂はまだ少しだけ残ってる」
「本当!?」
「ああ。オレと完全に分離させれば……多少、性格に変質は出てくるだろうが助かるかもしれねえ」
「でも方法が……」
 ない、と言い終わる前に、新多は気づいて青ざめた。
「ツクヨ……?」
「都古をこんなに泣かせちまって…………オレはほんと、悪いやつだよな」
「…………」
「行くぞ、新多。時間はかかってもいい。なんとしてでも――――」

***

 一ヵ月後。

 学校からの帰宅の道。
 九郎は空から降ってきたものに仰天した。
「いてっ!」
 こつん、と頭に直撃したものは、小さな筒だった。あまりにも小さくて、なんなのか最初わからなかった。
「…………なんだこれ」
 くるくると手の中で弄んでいて、ふと気づく。筒の中に何か入っている。
 そっと取り出すと、小さく巻かれた紙だった。
「ん? 何か書いてあるぞ……って、なんだこれ! 忍者か!?」
 文句を言いながら紙を広げると、住所が書いてある。
 どこだろう、ここ。

 気になって書かれた住所まで来た。部屋番号まで書いてあることから、そんな予感はしていたが……。
「や、やっぱりか……」
 嫌な予感は的中した。
 ここは総合病院だ。
「………………」
 手にしている小さな手紙を見遣り、嘆息しつつ部屋番号の書いてある場所へと向かう。
 玄関の自動ドアを通り、エレベーターに乗って、目的の階を押す。
 エレベーターの扉が開いたと同時に、九郎は仰天した。
「みっ、みや……?」
 違う!
 だって目の前のこの人物は、都古によく似ているが男だ。
 閉じそうになっていたエレベーターのドアを、少年が素早くボタンを押して再び開き、九郎はそこで降りた。
「ちょうど帰ろうと思っていたところなんだ。そっかぁ」
 じろじろとこちらを見てくる少年に、九郎は不気味な気分を味わう。
 都古が男だったら、こんな感じなのでは? という感覚だった。
(まさか……男になって戻ってきた、なんてひどいオチじゃないだろうな)
 ゾッとしていると、少年は笑う。
「姉ちゃんは、ちゃんと病室に居るよ」
「ねえちゃん?」
「それじゃ、姉ちゃんによろしく」
 少年は軽く手を振って九郎の前を横切り、エレベーターに乗ってしまう。扉が閉じた。
 頭の上に疑問符を浮かべながら、九郎は病室へ向かう。途中、思わず、急ぎ足になってしまった。
 辿り着いた部屋の前で、大きく深呼吸。ノックを三回。
「はい」
 中からの返事に、どきんと胸が高鳴る。
 ドアを開いた先に、彼女が居る。
 震える手で引き戸を開けた。窓際に立つ少女が、夕日を浴びている。あまりにも見慣れた後ろ姿だったので、九郎は瞬きをしてしまう。
 彼女はゆっくりこちらを振り向いた。左腕だけがだらんと垂れている。
 けれども右手を軽く挙げて、彼女はにかっと笑った。
「ちょっと時間かかったけど、ただいま!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2895/神木・九郎(かみき・くろう)/男/17/高校生兼何でも屋】

NPC
【扇・都古(おうぎ・みやこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神木様。ライターのともやいずみです。
 都古との物語はいかがでしたでしょうか?
 最終回までおつきあいくださり、感謝ばかりです。