■合わせ鏡の迷宮楼■
蒼木裕 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
『こんにちは、初めまして。さて、君はどうして此処にいるのかな?』
『こんにちは、初めましてだな。で、お前はどうして此処にいるんだ?』
それが彼らからの最初の一言だった。
夢の中で貴方は何を思うのか。
目を閉じて暗闇の中に身を投じて、息を吐き、瞼を開くでしょう。
心の中で何かが生じた時、貴方はこの世界でまた生まれる。
漂っているばかりの人、歩くだけの人、夢の中でも惰眠を貪る人。
そして、迷ってしまった貴方がこの世界で出逢うのは……。
―――― さあ、今日も貴方は夢を見る。
この空間の住人は面立ちそっくりの少年二人。彼らを分けているのは口調と髪の分け目、そしてまるで合わせ鏡のような黒と蒼のヘテロクロミア。
彼らは兄弟でしょうか。
それとも双子でしょうか?
いいえ、そうではない。彼らの関係を決めるのは貴方のお心次第。彼らが映し出されるのは貴方の心の鏡、そのものだと言っても良いのです。
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+ 合わせ鏡の迷宮楼 +
不安も望みも此処では隠すことなど出来ない。
隠したい欲望。
葛藤する理性。
おいで。
おいで。
夢の世界でなら、『貴方』は『自我(エゴ)』を解放出来るから。
「こんにちは、初めまして。さて、君はどうして此処にいるのかな?」
「こんにちは、初めましてだな。で、お前はどうして此処にいるんだ?」
それが彼らからの最初の一言だった。
最初の印象は黒。
それから自分の身体を見てその空間が全くの黒色ではないことを知った。何故なら見下げればきちんと持ち上げた手が見えるし、服も確認出来る。ただ前を向いても何も見えない。表現するなら自身しか確認出来ない……そう言った方が正しく、同時に何もなく誰も居ない世界。
目の前の少年達の姿を確認すれば年の頃は十二、三歳だろうか。彼らは互いに同じような姿見を持って私を見つめている。同じ、と断言出来ないのは彼らの両目の色からだ。二人は互いに黒と蒼の瞳を持っているが、その埋め込み方が全く逆なのだ。顔立ちは良く似ているので一卵性双生児だろうか。
……だが、一卵性でも瞳の色が反転するなど有り得るのだろうか。
どこの子供達だろう。
そして此処は一体どこなんだろう。
彼らは迷子だろうか。もしそうなら助けてあげなきゃ。
周りを見渡し自分がそう考えあぐねていた頃、彼らは口元を緩ませる。
それは年齢には不相応に見える不敵な笑みで、一瞬背筋に何かが走った気がした。
「<超能力>がキーワード、なんですね」
「<超能力>が鍵、か」
一人は右手を、もう一人は左手を。
外側を開くように彼らは手を差し出してくる。俺はその意味が分からなくて躊躇した。戸惑っている俺に対して彼らはまっすぐその不思議な四つの瞳を向けてくる。その瞳の中に映っている俺はさぞかし滑稽だろう。
「貴方には幼少の頃から実験と称して研究者の玩具にされていた過去がある」
「お前はそいつらから逃げて、逃げて、魔の手から逃走して隠れ暮らしてる今と過去がある」
「けれど、貴方はどうしてもその力を使ってしまうんですね」
「お前は困っている奴が居るとどうしても見捨て置けない。それゆえに一般人の力以上を必要とする事柄にはその力を行使してしまうんだな」
「けれどどれだけ隠していても時には知られてしまって」
「恐れられてしまって」
「忌み嫌われてしまって」
「得たと思った瞬間には居場所を奪われ続けて」
「「そして、独り思う。『この<力>は一体何のためにある』のかと」」
連ねられた言葉にひゅっと呼吸が引くのが分かった。
自分は一言も能力に関して口にしていない。いや、それ以前に挨拶すら彼らと交わしていないのに、二人は自分が持っている能力についてあっさりと見抜いてしまった。更に自分が抱えている悩みについて露見している。
驚愕の表情が浮かび上がり、それから瞬きを何度も繰り返す。
そんな自分を見て彼らは一歩前へと踏み出ると、俺の両手を片手ずつ掴んだ。
「これはあなたの夢」
「ここはお前の夢」
「あなたの中に存在する記憶、願望、何もかもが隠せない世界」
「お前の中に存在する喜怒哀楽、今までの過去、それら全て通じてしまう世界」
「夢には『特別』など何も存在しない」
「夢には『普通』なども存在しやしない」
「「ここは<工藤 勇太(くどう ゆうた)>というヒトが基準の世界だから」」
その言葉にはっと気付く。
ここが自分の夢であるのならば「何も無い空間」であることも、彼らが自分の抱えている悩みなどを知っていた事も頷ける。
そして彼らが自分が産み出したただの虚像であることも……。
「知りたいんだ」
俺はこの世界に来て初めて唇を開く。
その音は起きている時とまったく変わらない音質で辺りを響かす。両の手を彼らに更に握り込まれ、交互にその相手を見下ろした。
「俺のこの力が何のためにあるのか――今後俺がどうすればいいのか知りたいんだ」
それが今一番自分が抱えている問い。
自問自答と分かっていても口に出さずにはいられない。目の前の子供達が自分が作り出した夢の住人でも、それが答えを出してくれるならばそれに問いかけるべきだと本能が告げている。
そして彼らは答えた。
「見せてあげましょう、貴方の願い」
「見せてやるよ、お前の願い」
「「その結果、どうするかを選ぶのは自分自身だとしてもそれは必ず力になるから」」
優しげに微笑む二人の言葉を聞いた瞬間、俺はぐらりと自分の身体が宙に浮くような感覚に囚われた。
■■■■
『っ、なんだよ。お前ホントに気味が悪いな!』
言葉が耳に入り、身体の内部に入って心に突き刺さる。
ヒトの言葉はどうしてこんなに的確に胸を痛めるのだろう。
俺は見ていた。
『幼い頃の俺』を見ていた。
見えているのはその小さな背中。正面に立っている人には見覚えがある。確か昔近所に住んでいた年上のお兄さんだ。――ああ、覚えてる。自我が芽生えて間もない頃、そう……力が他人のためになると信じきっていた時期だ。
この力は神様から与えられた特別な力。
この力さえあれば誰かが危険な目にあっても助けてあげられる。まるで漫画の中の主人公になったかのような錯覚すら覚えていた頃だ。
だけど現実は非情だ。
力――世間一般的に言われている『超能力』を純粋に「誰かを助けるためだけの力」だと思い込んでいたのは幼かった自分だけ。強すぎる力は人に畏怖の感情を抱かせる。自分の力を目の当たりにしたあのお兄さんは最初こそは「凄い」と褒めてくれていたが、徐々にそれが自分に向けられるのではないかと恐怖におびえていた。
『もうここにはいられないの』
幼い自分にそう言ったのはいつだって母だった。
いや、時には父だったかもしれない。悲しげなその声が告げる文章は幼心でも『失敗』という文字を浮かばせる。そう、またしても自分は失敗したのだ。
誰かのために使っているはずの力なのに、その力が強大すぎて周囲の親しい人達を無自覚に傷付けている。それを察するのに時間はそう掛からなかった。
『 俺は一体どうすればいいんだ? 』
そう自分に問いかけ始めたのはいつだっただろう。
ベッドの上に寝転がり、夢に入る直前に思いに耽る事が多々あった。人前ではお気楽人間を装っている分、その反動で思い悩む時はとことん悩んでしまうのは自分の欠点かもしれない。
力を抑える?
だけど窮地に立たされればそれも「無理」だと自我が告げる。どう足掻いてもこの力は一生俺に付きまとうだろう。それこそ何かのきっかけで力自体を失わない限りは。
……俺は『俺』を見ている。
悩み続けている自分を見ている。けれど結局は戻ってくるのだ。この力を誰かのために使いたい、この力で誰かを救えるならば躊躇無く使うのだと。
『――ありがとう』
ふ、と背後から落ちてきた音。
それは感謝の言葉だった。
俺は慌てて振り返り、その声の持ち主を探す。
そこに居たのは五歳児程度の自分。そして目の前には救急車へと運ばれていく一人の男性の姿があった。救急隊員によって彼はすぐさま搬送されるけれど、『俺』は救急車が見えなくなるまでずっと視線を固定したまま立ち尽くしている。
警察の人間が『俺』に何があったのか聞こうとしているけれど、反応の無い『俺』への対応を諦め保護者への連絡を取ると、工事現場へと戻っていった。
人が集い、口々に言うには工事現場にて事故が在ったらしい。
クレーンで吊り上げていた鉄板が運悪く風で煽られ、そのあまりの強風にクレーン全体が揺さぶられ鉄板のバランスが崩れワイヤーが切れてしまったらしい。
その結果、作業員が行き交う道へとその鉄板が落ちてきた、と。
しかし運よく作業員がその下には居なかった……というのが警察の見解だ。
だが目撃者である作業員は「一人鉄板に押しつぶされそうになったが、そいつが何かの力によって吹き飛ばされたように見えた」と証言している。それが一人ではなく複数人であるから警察は非常に困った顔をしていた。
警察としては『鉄板に押しつぶされそうになった瞬間、本人が無意識に避けたがその先にあった壁に強く頭や身体を打ちつけたのではないか』という方が筋が通るというもの。
だからこそ他に目撃者がいないか探した結果、丁度傍を通りかかった『俺』を見つけた――らしい。
だけど本当のことなんて言えない。
乱暴ではあったけれど、サイコキネシスで人間を突き飛ばすという形で男性を救った事なんて。そしてその結果、男性に少し怪我を負わせてしまった事を『俺』は悔やんでいた。
きっとあの「ありがとう」は他の人間には意味が分からなかったに違いない。
しかし『俺』にはちゃんと伝わっていた。
相手が押しつぶされそうになった瞬間、通じた目と目。
弾かれた身体。子供がびっくりしてあげた声。
彼が本当に俺の能力を察してあの言葉を口にしてくれたかは分からないけれど、すとんっと胸に落ちてくる。
それは今の俺でも同じだった。
ぽつり……、と伝う何か。それが涙だと気付くのに若干時間が掛かった。頬に触れ、指先が濡れた事で気付いたもの。今目にしている光景が本当に過去遭った出来事だったのかなんて覚えていない。なんせ五歳児程度の記憶なんて大したものじゃないのだから。
それでも胸を打つこれは一体なんなのか。
「う……っ、ぅぁ、あ、あ……!」
忌み嫌う人もいる。
自分を異端視する人もいる。
だけど、だけど――。
「ぅああああ! ふ、ふぇ、ああぁ、ぅ、うぅう……ッ!」
涙が止まらない。
マイナスを補うたった一言のプラスが胸を満たす。
本当は自分だって救われたかった。
本当は自分だってこの力によって救われたかった。
だけど自分の力は自分を癒しなどしない。この力が与えてくれたのは癒しではないものばかり。
だけどどうしてだろうか。感謝してくれた人達の言葉が俺の心を癒し続ける。
圧迫されていた何かが涙という形で溢れ出る。
両手で顔を包み込み、俺は心の底から泣いた。
此処が「夢」で良かったと本気で思う。夢の中でなら俺は素直になれる。心の底から弱音を吐いても良いのだと――俺は『救われて』いた。
ただ、『普通』が欲しい。
この力を持っていても怯える事無く接してくれる人がいる……それだけが俺の救いで癒し。
「「なら、きっと大丈夫」」
自分の中で気持ちが定まった頃合を見計らったかのように二人分の声が聞こえ、俺の身体はサイコキネスを使ったかのように強く『引っ張られ』る。
ぐらり、と意識がぶれる。
目の前の光景がノイズ掛かって見えて――……俺は……。
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目覚まし時計の音。
カーテンの隙間から差し込む光。
額に手を当てた後に目頭へと下ろせばほんのり湿っている目元。
やはりアレは『夢』だったのだ。
二人の少年、彼らが導いた夢の世界。そしてみせられた過去。あれは記憶の再生だったのか、それとも俺の望みを具現化したものだったのか。
俺は両腕を一度頭の上に上げ、それから勢いをつけて振り下ろす。それと同時に上半身を勢い良く起こした。
「っしゃ! 今日も元気にやりますっか!」
すっとした気分で起床した自分。
その表情に曇りは一切無い。むしろ爽快過ぎて自分でもビックリするほどだ。抱えていた疑問の靄が消えて解けた、そんな感じ。
やっぱり俺はこの力を付き合って生きていくのだろう。
これからも、誰かのために――。
「だって俺はこの力あってこそ、今の俺なんだもんな!」
その言葉は誰も聞いてはいなかったけれど、強く自分の胸に刻み込むことのした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、はじめましてv
今回はゲーノベへ発注有難う御座いました!
工藤様視点で悩みを色々描写させて頂きましたがどうでしょうか? どちらかというと行動より心情描写多めとなっております。
工藤様がまた元気に生きていけますよう、心から応援させていただきますね^^
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