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■第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗■

石田空
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
 聖学園生徒会室。
 学園の中で聖地とも墓地とも呼ばれ、生徒達からある事ない事様々な噂が漂う場所である。
 その奥にある生徒会長席。
 机の上には埃一つなく、書類も整理整頓され、全てファイルの中に片付けられていた。
 現在の生徒会長の性格と言う物がよく分かる光景である。

「何だこれは、ふざけるのも大概にしろ」
 普段は品行方正、真面目一徹、堅物眼鏡、などなどと呼ばれる青桐幹人生徒会長は、眉間に皺を寄せて唸り声を上げていた。
「会長、口が悪いですよ……」
 隣の副生徒会長席に座って書類を呼んでいる茜三波は困ったような顔をして彼を見た。
「……済まない、茜君」
「いえ」

 青桐が読んでいたのは、学園新聞であった。

『怪盗オディール予告状!! 今度のターゲットは時計塔か!?』

 ゴシック体ででかでかと書かれたトピックが、今日の学園新聞の1面記事であった。

「学園のゴシップがこんなに大々的に取り上げられるとは、学園の品性にも関わる由々しき問題だ」
「理事長には進言したんですか? 新聞部に自重するようにと……」
「学園長は「好きにさせなさい」の一言だ。理事長のお墨付きだと、新聞部は怪盗オディールの英雄気取り記事を止める気はないらしい。困ったものだ……」
「学園の外部への連絡は?」
「それはできない。学園に怪盗が出たなんて言ってみろ。マスコミや警察、探偵や魔術師、何でもかんでも土足で踏み込んでくるぞ。ただでさえ生徒が浮き足立っているのに、ますます生徒がお祭り騒ぎで授業や芸術活動に勤しむ事ができなくなる。学園内の騒動は学園内で解決するのが筋だろう」
「ますます困りましたね……」
「全くだ……」

 茜は青桐に紅茶を持ってくる。今日はストレートでも甘い味のするダージリンだ。
 茜の淹れた紅茶で喉を湿らせ、青桐は眉に皺を寄せた。

「……仕方がない。あまり典雅な方法ではないが」
「どうされるおつもりですか?」
「生徒会役員全員召集する。その上で自警団を編制し、怪盗を待ち伏せる」
「……そうですか」

 茜は心底悲しそうな顔をした。
 聖学園の生徒会役員は、クラスからの選挙制ではなく、学園の理事会から選ばれた面々である。
 品行方正、文武両道、その上で自警団を編制したら、きっと怪盗も無事では済まないだろう。
 茜は目を伏せた。いかに怪盗であり、学園の秩序を乱すと言われても、争い事は嫌いであった。

「そう悲しい顔をするな茜君。私も別に彼女を殺したりはしない。ただ速やかに理事会に引き渡すだけだ」
「……はい」

 茜の悲しそうな顔から目を逸らし、青桐は歩き出した。
 これから生徒会役員の編制作業があるのである。
第1夜 時計塔にて舞い降りる怪盗

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 午後10時54分。

「いたか!?」
「いや、まだ……」
「全く、新聞部の奴らは……」

 夜。
本来なら生徒達はとっくの昔に下校し、早い生徒なら既に家や寮で就寝しているであろう時刻。
 しかし、自警団は厳しくパトロールをし、学園内にいる生徒達を取り締まっていた。
 そして今も、自警団の面々は1人の少年を追いかけている所だった。

「はぁはぁはぁはぁ……」

 時計塔の近く、音楽科塔の影にたたずむ影。
 少年は息切れをしていた。
 そんなの聞いてないよ……。
 遥か先に見える時計塔を睨みつつ、胸を押さえる。
 さっきから自警団から逃げ回って、息が苦しい。

「転校初日から、ハードだあ……」

 少年……工藤勇太は、息を切らしながら、小さい先輩の事を恨めしく思った。

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 午前7時30分。
 聖学園は総合芸術学園を称しており、学科だけでも6つ存在する。
 初等部からそこまで学科が分かれている事は珍しく、全国からこの学園の門をくぐりに来る生徒は多い。
 そして。

「…………。駄目だ。ここがどこか、もう分からない」

 ……この学園の門をくぐった瞬間、迷子が続出するのである。
 勇太もそんな生徒の1人である。

「参ったな、職員室に行きたいだけなのに……」

 学園の案内パンフレットを持って、あっちへふらふら。こっちへふらふら。
 職員室は一体どこなのか。パンフレットの地図部分は手汗でよれよれになっていた。
 早めに来たせいで、生徒達もほとんどいない。
 早めに来たら早めに職員室が見つかって、転校手続きもスムーズに終わるなあ……。そう思っただけだったのに失敗したかなあ。
 勇太は人気のないだだっ広い道を、途方に暮れて見回していた時だった。

「ちょっ! どいて! どいてどいてどいて!!」
「へっ?」

 あ、人の声だ。
 その人に訊いてみよう。
 そう思って振り返った瞬間。
 星と紙束が散らばった。
 勇太とぶつかった誰かは一緒にひっくり返った。

「っ痛〜……て、君! 大丈夫!?」
「ててててて……すいません、原稿届けに行く所だったんですけど……」
「えっ、原稿?」
「あー!! 散らばった……終わった……今日の号外……」

 ぶつかってきてへこんでいるのは、キャスケットを被った少年だった。
 勇太は飛び散った紙の一部を拾うと、それは確かに活字で書かれ、写真の配置された新聞の原稿のようだった。

「ごめん……これ全部集めればいいの?」
「はい……あ、すいません、急いでください。印刷まであと10分」
「げっ!!」

 かくして、道に散らばった原稿を拾い集める事となった。

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 午前8時10分。

「号外―! 号外―!! 怪盗の記事だよー!!」

 無事原稿の印刷は終わり、刷ったばかりの学園新聞を配る新聞部。
 キャスケットの少年は小山連太と言う、新聞部に所属する中等部の生徒だった。

「すみません、手伝ってもらって」
「いや、俺のせいで新聞出なかったら困るんだろ?」
「はい……」
「でもさあ。この新聞の怪盗って何?」
「あれ? もしかして先輩知りません?」
「知りませんも何も、俺今日初めてここに登校したばかりだし……」
「あぁー、なるほど」

 連太は号外を広げて見せる。
 そこにはバレリーナの影が塔と塔の間を跳ぶ姿が映っていた。

「これが、怪盗オディールです。最近学園を騒がしているんですよ」
「ふうん……何盗んだとかあるの?」
「騒ぎの元凶はそうですね……学園パンフレットの写真」
「あっ、これ?」

 ちょうど学園パンフレットの表紙には、卒業生が作ったとされるオデット像が映っている。勇太も地図として使用していた物だ。

「それ。その怪盗オディールに盗まれちゃったんですよ」
「えー、これを……」
「おかげで生徒会長はカンカンでして、それで学園内で捕まえるとか何とか言っていますね。今じゃ怪盗オディールは何の目的で物を盗むのかって、推理ゲームが展開されてるって次第です」
「なるほどねえ……」

 勇太はその写真を見る。
 うさんくさいなあ……。それが第一印象だった。
 こんな写真ならパソコンでいくらでも合成できるし。でも生徒会が騒いでるって言うのはただ事じゃないのかな、どうなのかなと、そう思ってしまう。
 勇太は新聞を畳みつつ連太を見る。

「それって、俺も参加できるの?」
「まあ別に申請するものでもないですし、先輩が参加したいならお好きにどうぞ」
「ふうん」
「で、物は相談ですけど」
「何?」
「怪盗の写真。できれば近距離で欲しいなぁ……とか思うんですけど。どうでしょう?」
「え?」
「先輩、転校生なら職員室に行かないと駄目ですよね? 自分案内しますよ? 新聞部に入ってくれるなら……ね?」

 あれ? 俺何気に選択肢ないぞ?
 連太がにこっと笑うのに、思わず勇太は苦笑いで返した。

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 午後9時45分。
 勇太と連太は待ち合わせをして時計塔に向かっていた。

「いいっすか? 怪盗の写真を撮って下さい。できるだけ近くだと嬉しいです」
「で、それって時計塔に出るんだよね? でも13時って一体……」
「9時に出る時もあれば、12時に出る時もあります。13時って言うのは、まあ「一体いつ出るんだ」って悩ませるためのでしょ」
「まどろっこしいなあ……」

 連太が首から大きめのカメラをぶら下げているのに対し、勇太は普通のデジカメである。
 まあいざとなったらテレポートで写真撮って帰ればいいし。でも見つかるのは困るなあと考える勇太。そもそも時期外れで転校したのも、超能力者だとばれて騒がれ過ぎ、前の学校にいられなくなってしまったからである。

「で、小山君はどこで撮るの?」
「ちょっと1人じゃないと撮れない場所です」
「って、俺はどうすれば?」
「んー……」

 ちらっと連太は後ろを振り返る。
 そう言えば向こうから足音が聴こえてくる。

「時計塔は、この筋を真っ直ぐ行けばすぐ着きますが、そこには自警団が張っていますから、気を付けて下さいね」
「えっ、でも俺まだここ土地勘働かな……」
「じゃあ頑張っていきましょう!!」

 そのままどんっと勇太は連太に背中を叩かれた。
 何でそんな殴るの……と思っている先にさっさと連太は行方をくらませてしまった。
 そして。何で連太が逃げ出したのかを悟った。

「ここで何をしている!?」
「ひっ!!」

 軍服のような同じ服を着た生徒達がこちらを睨んでいる。
 さっき小山君も自警団がどうのとか、生徒会がこうのとか言っていたけど、まさかそれ?
 こんな所でテレポートする訳にもいかないし、だからと言って転校初日で問題起こす訳にも……。
 となったら、答えは1つしかない。
 確かここ真っ直ぐ行ったら、時計塔だよな。
 そう覚悟を決めると。

「すいません、新聞部です! ちょっと取材です! それじゃあ!!」
「って、何だ! 新聞部! ちゃんと許可を出せとあれほど……!!」
「すいません知りませんでしたさようならああぁぁぁ!!!!」
「待て!!」

 オトリとして使うなぁぁぁぁ!!
 連太を恨めしく思いながら、勇太は走る事にした。

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 午後10時59分。
 こうして、自警団に散々追いかけ回され、ようやく人目の付かない場所に飛び込む事ができた訳である。
 1時間とちょっとも追いかけ回すなんて、自警団って体力馬鹿しかいないのか……。
勇太はへばっていた。
 目的の時計塔はあれだけど……。
 あそこに現れるって、どこに現れるんだろう?
 ここからだと時計塔の文字盤しか見えず、針はそろそろ11時を刻もうとしているばかりに見える……。

「ん……?」

 目をごしごしとこすった。そしてもう1度見る。
 見間違いじゃない。針は、高速回転をしていた。
グルグルグルグルグルグル。5分。10分。15分。
 やがて時計の針は、12時を過ぎ、さらに、5分。10分。15分……。
 そこで勇太は気がついた。
 長針が1周した瞬間、12のあったはずの数字が、変わっていたのだ。
 1から12までの数字が少しずつずれ、13の数字が出現したのだ。12のあるはずの位置に、13が。
 やがて、針は止まった。
 長針も短針も、ぴったり空の上を見て。

 カーンカーンカーンカーンカーン

 雲隠れした空は、急に晴れ渡り、月の光が眩しく感じた。
 その月明かりの下、時計の針の上に、何かが降りてきたのが見えた。

「あれが、怪盗オディール……? 本当に、いたよ……」

 パンフレットに載っていたオデット像。
 あの格好をちょうど真っ黒に色付けし、鼻から上をすっぽり隠す仮面を被った少女。
 勇太は困った末、一応デジカメの照準を合わせて撮った。
 口元には、笑みを刻んでいた。

<第1夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第1夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は小山連太とのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

第2夜は現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。