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■召霊鍵の記憶 黒の頁■ |
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紺藤 碧 |
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【2872】【キング＝オセロット】【コマンドー】 |
アクラはあおぞら荘のホールで、豪華な辞典並に分厚い装丁が施された本をゆっくりと閉じた。
様々な物語が記されたコールの本。
この本に記載された物語は、霧散したコールの心と夢を繋ぎ合わせる力になる。
「色々な感情を吸収して、キミはキミを取り戻すんだ」
一度閉じた本をアクラはまたゆっくりと開く。
そこは、真っ黒に塗りつぶされ、何が書かれているのかさっぱり分からない。けれど、その黒は闇のような深いものではなく、様々な色が重なり合い黒へと変化したもの。
そう、この黒は思いの集合だ。
アクラはゆっくりと黒に手を伸ばすと、徐々に本の中へと入り込んでいった。
（そう危険はないと思うんだけど）
トンっと上下のない空間に靴音を響かせ降り立つ。その音に気が着いたのか、銀髪の少年が振り返った。
「きみはだあれ？」
「翠なの…？」
「ぼくをみどりとよぶきみはだあれ？」
アクラは大事そうに鞄を抱えた12歳ほどの少年に近づき、膝を折る。
「ボクはアクラ。お兄さんのお友達」
アクラが自分の名前を告げ、少年に微笑みかければ、少年は嬉しそうにぱぁっと顔を輝かせ、何かを期待するような瞳でアクラを見つめる。
「おともだち、あそんでよ」
少年は抱えていた鞄を開く。
「…っ！？」
アクラの身に圧し掛かった脱力感。これは、翠の力じゃない！
少年はそんなアクラを見やり、詰らなさそうに眉根を寄せて踵を返し、たったと走り去っていく。
「待っ！！」
立ち上がろうにも足に力が入らず、アクラはその場に転がる。
「騙された……っ！」
小さくなっていく背を見つめ、悔しそうに口元を釣り上げ舌打ちする。
翠の姿をしているが、あれは幼い頃の――コールだ。
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召霊鍵の記憶 30P
【ピラカンサの剣】
隣国のバ……（もうバカでいいか）王子がアフェランドラに来てから数か月がたとうとしている。表向きは留学。実際は恋煩い。いや、真実は片思いの暴走が正しい。
キング＝オセロットは、隣国の宰相であるコールから届いた手紙をたたんで封筒に戻すと、窓辺に近づく。
2階の窓から眼下に見える光景に、微笑とも溜息ともつかない息を口から零して、今日も失敗したパンに頭を抱える彼女を見つめる。
もちろん（？）最近ではその傍らには王子がまとわりついており、そのうちほだされてしまうのではないかとちょっとヒヤヒヤした。
が、例え隣国の王子と言えど、実はその事実を知っているのは、自分と彼女と議会でも口が堅そうな幹部のみ。だから、周りの人たちは、王子をただのちょっと頭に花が咲いて、彼女にお熱な青年と見ている。
コンコンと、小さく響くノックの音。
「誰だ？」
誰と聞かなくても、実はこの遠慮がちに鳴らす人物はオセロットの周りでは一人しかいない。
「まぁいい。入れピカランサ」
「失礼します」
束の書類を抱えて部屋に入ってきたのは、ちょっとひょろっとしたいかにも文官といういでたちの青年。実際、彼――ピカランサは、騎士団の事務を一人で担っている腰が低い青年だった。
「今月の収支報告書と、決算書類、それから使途不明領収書一覧表と、入団希望願になります」
ピカランサはオセロットの執務用の机に1つずつ書類の内容を説明しながら積み上げていく。
「なんだその使途不明領収書というのは」
「何に使うために購入したのかが不明だったものと、購入物は有用でも詰所に現物が見当たらなかったものの領収書です」
公費で私物を買わすことがあってはいけない。それに、何でもかんでも団のためだからと前置きをして、領収書を出せばいいという状況になっても困る。
「君が有能で助かるよ」
「い、いえ……」
仕事の報告ならばすらすらと言えるのに、自分のこととなるとこうも口ごもってしまう彼に、オセロットはふっと笑う。
なんというか、いくつか年下の彼を見ていると、新しく弟ができたような気がしてくるのだ。
今まで事務仕事が得意ではない団員ばかりだったため、最初のころは大変だったろうと思う。なにせ自分も団長と言いながらそっち方面はからっきしだ。
「今度入団させる団員は、あなたの部下にしようか」
「え！？」
流石にここ最近書類仕事が増えてきていると感じている。一人で処理するために、どれだけ睡眠時間を削っていることだろう。
「いい…です。大丈夫です。団長のそのお心遣いだけで充分です」
遠慮しなくとも…と、思うが、遠慮がちはいつものこと。オセロットはしょうがないとばかり微笑むに留めた。
ここ最近頭を抱えていることの1つに、森の街道に現れる盗賊団があった。
元々稼いでいた国から逃げてきたのか、比較的温厚な国交を築いているこの一帯ならば、必要がないため軍力もそう高くないとでも踏んだのか、一目に付きにくい森に根をおろしたらしい。
国から出て行く行商隊ならば、護衛も付けられるのだが、騎士団員も無限に居るわけではない。
近々一掃してしまいたいと考えていた。
しかし、一掃すると宣言して行動するとまた逃げかねない。だから、森に向かう別の理由をとってつけることにした。
「今回の入団試験は森で行う」
何も知らされていない騎士団員が集められ、オセロットの口から作戦――予定が告げられる。
入団希望者を１人、作戦を知っている上官を1人入れた小隊を幾つか作り、森を一周して帰ってくるというテストにすると告げる。
「今日はその下見に行きたいと思う」
騎士団員にざわめきが起こる。森の盗賊団の噂は隠せるものではない。勿論、聡い団員は気が付いただろうし、同じように森の盗賊団もこの話を聞きつけないはずがない。目障りな騎士団を排除する方向に走るか、下見が終わるまで静かに息を潜める道を選ぶか。
あくまで下見という名目の為、文官であるピカランサも同行する。下見というには人数が多い気がするが、誰も彼もが何時もより軽装。数人で小隊を作り、オセロットもピカランサを加えた小隊の1つとして森を進んで行った。
街道が見えないほどに入り込んだ森の、木々の隙間が不自然に光る。そして、音を殺した何かが飛んできた。
無理な体勢で身体をひねり駆けぬける矢を避けたものの、完全には避けきれず、オセロットの利き腕を掠める。
「っふ…！ 逃げ切ったのは運だけではなかったということか」
鼻から抜けるような微笑を零し、オセロットは小さく呟く。死角から放たれたその鏃は直撃しないことも見越し、何かしら薬でも塗ってあったのだろう、その場に膝を着いてしまう。
「団長！」
ピカランサは、オセロットに駆け寄りその傷を見遣ると、手持ちの鞄から毒消しを取り出して傷に塗りこむ。
ピカランサと団員を1人残して、同行していた騎士団員は、襲撃してきた盗賊団を追いかける。
団員が1人残ったことは、負傷したオセロットと、文官であるピカランサを鑑みてのことだろう。
ピラカンサは連絡笛を鳴らし、警戒に目を鋭くする団員に声をかける。
「行ってください」
オセロットに一矢を与えた相手。向かった騎士団員が弱いわけではないが、全力を尽くして欲しい。
「僕だって、兄たちと違い腕力には恵まれませんでしたが、一通りのことはやってきました。大丈夫です」
「ああ、私も大丈夫だ。向かってくれ」
流石に傷ついた利き腕で剣を振るうことはできないかもしれないが、そのときの為に、逆の腕でナイフが扱えるようにしてきた。集団で来られたら流石にやばいが、連絡笛によって騎士団員が動き出した今、現れたとしても集団と言うことはないだろう。
ピカランサはオセロットを支えながら一旦森の外へと向かう。
「負傷の団長と、事務か」
逃げる途中なのか、逃げるのをやめたのか、盗賊が1人、2人の前に躍り出る。
「下がれ、ピカランサ」
「いえ、大丈夫です」
ピカランサは、帯刀していたレイピアを構える。
事務であれど、団員であるという名目で持っているとばかり思っていた。
「一通りのことはやってきたんですよ」
先ほどそう言っていたことを思い出すも、オセロットは一度たりともピカランサが剣を抜いた姿を見たことが無い。
「あんたらをどうにかすれば、仕事はやりやすくなるわな」
盗賊は何処から盗って来たか分からない剣を抜き、ピカランサに向ける。
「事務の僕になら、勝てるという心算ですか」
細身のレイピアを振るう彼の真剣な眼差しは、書類に向かっている時とは違い、騎士然としていた。
腕力がない部分をテクニックで補うような剣技に、オセロットは驚きに瞳を大きくする。
まさか、ピカランサがここまで強いとは思わなかった。
オセロットだってそう思うのだから、相手の盗賊だってそう思っているに違いない。
だが、事務方であるがために、体力も他の騎士団と比べ高くないピカランサは、長期戦に持ち込まれると不利ではあった。
「っち！」
小さな舌打ち。
盗賊はピカランサに背を向け、オセロットに走る。ナイフを利き手と逆の手で構え、迎え撃つ体勢に入る。
「オセロット！」
走り込んだピカランサは呼吸を荒くしながらも、盗賊の剣を弾き飛ばし、その喉下にレイピアの切っ先を突きつけた。
病院の一室。
幸い、ピカランサの応急処置が早かったこともあり、大事には至らなかったものの、万が一ということも考え、1日入院をして様子を見ることになった。
「まさか、あの場面であなたの口から名前を呼ばれるとは思わなかったよ」
いつだって団長呼びばかりで、部下として考えたら当たり前なのかもしれないが、それでも他の団員のように“オセロット団長”ではなく、ただの“団長”としか呼ばなかった彼の変化にただ驚いた。
「……貴女の名前を一度でも呼んでしまったら、気持ちに歯止めが効かなくなると分かっていましたから」
ピカランサが何の話をしているのか分からず、オセロットは一瞬止まる。
「僕は貴女を愛しています」
仕事の時とはまた違う、はっきりとした物言いと、真剣な眼差し。
「ありがとう。そう言ってくれた団員はあなたの他にもいたが、皆憧れのようなものだった。あなたもそうだよ」
何時もならば、相手の憧れが恋愛へと踏み込む前に気付き、憧れで終わるよう対処してきた。それなのに――
今まで椅子に座っていたピカランサは一度立ち上がり、床に片膝をついて自らが愛用している専用の剣を差し出す。
そうだ、彼も騎士の家系の出だった。
「My Lady」
今まで隠し通してきたものが一気に溢れ出すと、本当に歯止めが効かなくなるなと、客観的に思いながら、思考がまるで分離したかのようにまとまらない。
「僕の剣を貴女に捧げます」
それは明らかにプ―――――
こんな時、どんな表情をするべきかと、オセロットはアーチ上に組んだ手に額を当てて考える。
この状態ならば、周りの人に表情が見えることはない。
それに、これは物語の話であって、現実の自分自身の話ではない。
分かっている。分かっているのだが！
赤面というよりは、難題に直面し対応に困っているかのような表情だったのだが、それでもオセロットはそのまま顔を上げれずにいた。
☆―――登場人物（この物語に登場した人物の一覧）―――☆
【2872】
キング＝オセロット（23歳・女性）
コマンドー
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
召霊鍵の記憶にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
いきなり恋の噂はたたないだろうし、まずは思いを寄せる人が登場すべきかなということで出してみましたが。隠し事がすごく上手な草食系男子な上ちょっと唐突かなとも思いましたが、ここに来るまでに積み重ねた時間も想像していただけると嬉しいです。
それではまた、オセロット様に出会えることを祈って……
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