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■第5夜 2人の怪盗■

石田空
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「そう……とうとう現れたのね……。えっ、知っているのかって? さあ、どうかしらね。あら不満そうね。眉間の皺は駄目よ。残っちゃうんだから。青桐君見なさい。注意しているのにすっかり残っちゃってね。

 話を逸らすなって? そうねえ……。ごめんなさい。今はまだ話せないのよ。何で私に前に出ないか……出ないんじゃないわね。今はまだ出れないの。いつ出れるかも、正直分からないわ。貴方が頑張ってくれたら、また分からないんだけどね。

 でもね、魔法は根本の解決にはならないと思うのよ。催眠をかけても、記憶を書き替えても、魂に刻まれたものはずっと残るのよ。毒は、じわじわじわじわ身体を蝕んでいくものだから、毒を抜かない事には、何の解決にもならないわ。

 あらまあ、また困った顔しちゃって。大丈夫よ。貴方が貴方らしく振舞えばいいだけの話なんだから。
 さあ、もう下校時刻よ。気を付けてお帰りなさい。
 ご機嫌よう。また明日」

 聖栞が玄関まで出て見送った後、栞は手の2通の封を見た。

「13時の鐘が鳴ったら、フェンシング部にやってきます」

 それ以外何も書いていない予告状は、怪盗オディールのものであろう。
 もう1つの方には、もっと細かく書いてある。

「13時の鐘が鳴ったら、フェンシング部の宝剣をいただく。
 邪魔をしたら夢の中を彷徨う事になるだろう。

 怪盗ロットバルト」

 タイプライトで清書された予告状を、栞は浮かない顔で見ていた。
 この予告状からは死臭がした。
 胸がざわめく。
 しかし、今自分が動けば悟られる事も分かっていた。
 どうか、誰も傷つく事がありませんように。
 今はただ祈る事しかできない。
第5夜 2人の怪盗

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 午前8時15分。
 今日も新聞部は記事を書くのに精を出していた。
 朝の刷りたての新聞のインクの匂いが充満した部屋で、工藤勇太はできたばかりの新聞を読んで少し目を見開く。

「予告状、来ていたんだ?」
「はい、来てましたがまあ……正直今回はどうやって取材したもんかなって思ってますよ」

 勇太はいつも怪盗の記事を精力的に書いている小山連太が珍しい事を言うので、思わず目をぱちくりとさせた。

「そんなに盗まれたらやばい物なの?」
「いや、どちらかと言うと、新しく出てきた怪盗の方です」
「ああロットバルトだっけ?」
「はい」

 連太はいつも持ち歩いている分厚い手帳を開いて、ペラペラとめくると、1つのページを見せた。

「怪盗オディールは学園限定でしか盗難を起こしていないみたいですけれど、怪盗ロットバルトは違います。この街周辺の美術館でも起こしていますが、その……」
「何?」

 何となく嫌な予感がするなと、勇太は少しだけヒヤリとする。
 連太はまたペラペラとページをめくる。

「警備に当たっていた人の中では、倒れて起きない人が出ているって事なので」
「ああ、どんぱちとかするのに躊躇しない人なんだね……でもさ、その人も外で盗みをすればいいのに、どうしてこの学園で盗みを働こうなんて思ったんだろうね? 価値とかだったら、美術館の物の方がよくない?」
「まあ学園内で怪盗が盗んだものの半分はかなり価値ありますけど、もう半分は全く価値のないものなんですよね……確かに妙ですよね」
「えっ、何て?」
「だから半分は価値ない……」
「いや、その前」
「……? まあ半分は価値あるものなんですよ」
「いや、それ初耳なんだけど」
「ああそっか。先輩は最近学園に来たばかりだから……」

 連太はいつか盗まれているのを見たイースターエッグの写真と、オデット像の写真を手帳から取り出した。

「イースターエッグもオデット像も、それぞれ別の学園の卒業生が作ったものなんですよ」
「へえ……寄贈品だったんだ」
「で、どちらもものすごい芸術家として大成しまして、もし盗まれずにそのままコレクターに売却していたら……」

 そう言いながら手帳の空きスペースに数字を書き出す。
 勇太は連太の書き連ねるゼロの数に唖然となった。

「……そんなに?」
「はい。理事長が全部断っていましたけど」
「ふうん……」

 勇太はまじまじと新聞を読み返した。
 今晩、フェンシング部に来るらしいと言う事は、心に留めておいた。

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 午後12時30分。
 昼休みに、いつか海棠に出会った噴水に来てみたが、いないようだった。
 この辺りも程よく人が捌けているから、てっきり人付き合いの好きじゃないらしい彼はここにいるのかなって思ったけど。
 そう思いながら、ベンチに座って買って来たパンとお茶で昼ご飯を食べ始めた。
 海棠君と言ったら、前彼が演奏していた曲は「白鳥」だったっけ。
 空を見上げるとのんびりと雲が横切っていくのが見え、それを見上げながら物思いにふける。
 海棠君ってどこかで見た事あったなと思ったら、前に理事長の思考を覗いた時にいた顔なんだよなあ。でもあの時は2人映ってたんだよね……。
 って事は、あの2人って双子なのかもしれないなあ。そう考えたら、何で双樹の王子なんて通称が通っているのかの説明もできるし。でも……。それならもう1人はどこに行ったんだろう。少なくとも理事長の思考を見た限り、2人が揃って映ったって事はどこかにいるんだろうけど。
 それにしても海棠君は……。
 勇太はパンを咀嚼し、ごくりと飲み込む。
 何と言うか自分と似てるんだよなあ。関わるなって、自分に対して警戒心露にしている所とかが。
 でも悪い人ではない気はするんだけれど……。
 まあそれより今晩来る怪盗なんだけれど。
 勇太は海棠の弾いてきた「白鳥」の事を考えた。確かこれはバレエでも踊られる曲らしいけれど……。確かオディールは「白鳥の湖」の登場人物のオディールの格好を扮しているからそう呼ばれているんだっけ? 彼女自身は特に名乗っていないみたいだし。じゃあロットバルトも「白鳥の湖」の登場人物からって事でいいのかな?
 うーん……。
 勇太は小さくなったパンのかけらを口の中に放り込んで、一気に飲み込んだ。
 すごく曲解かもしれないけれど、その怪盗ロットバルトは、何と言うかもう1人の海棠君。双子の片方な気がするんだよなあ。でも見てみない事には何とも言えないけれど。

「まあ、考えるだけじゃあ駄目かな」

 とりあえず今晩行ってみよう。
 予告状が来ているのは、フェンシング部で展示されている宝剣だっけ?
 フェンシング部に行けばいいのかな?
 場所は昼間の内に調べておけば、行けるかなあ……。
 勇太はパン屑を手で叩いて掃うと、体育館の方へ、場所の確認に出かけた。

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 午後9時43分。
 既に学園内は一部を残して人はいない。今晩は自警団からの通達により、生徒達は強制的に早く下校させられていた。
 そんな勇太はのんびりと時計塔にいた。
 本来ならすぐにフェンシング部部室に行く所なのだが、今晩は自警団がピリピリしているようなので、怪盗が襲撃してくる瞬間に行った方がよさそうだ。

「でも知らなかったなあ……」

 自警団の感情が高ぶっているせいか、心の声が筒抜けだった。

『盗まれたら会長も気を悪くするだろうから』
 『フェンシング部部員としては、無くなったら先代に申し訳が』
『何でよりによって怪盗が2人も』
  『今晩は副会長の機嫌も悪いし……会長が怒り狂った場合、誰が止めるんだか……』

 どうも心の声をまとめた限り、生徒会長はフェンシング部の部長らしい。
 なるほど、だから今晩はこんなに警備が厳重なんだ。
 しかし妙にピリピリした空気があるのは、どうも自警団だけが原因じゃない気がするなあ……。
 勇太は心を読んだりするのは苦手だが、ここまで肌を刺す程のプレッシャーを、生徒会長の圧力だけとは思えなかった。
 もしかすると、怪盗ロットバルトが原因なのかな……。
 それとも……。

「宝剣のせいなのかな……」

 宝剣から漏れ出た思念がプレッシャーとなっているのかもなあ。
 そう思い、そろそろ宝剣の方へと行こうとしたが……。

「ん……?」

 勇太は思わず自分の耳を触った。
 いきなり今まで漏れ出ていた心の声が、急激に減っていく事に気が付いたのだ。
 何だろう……。
 思念がいきなり消えるって事は、皆気絶するなり死んだなりしている……?
 そう言えば連太が言っていた気がする。「警備に当たっていた人の中では、倒れて起きない人が出ているって事なので」と。

「もしかして、これの事……?」

 だとしたら助けに行った方がいいのかもしれないけれど、2次災害になりそうな気もする。
 仕方ない。体育館近くだったらまだ大丈夫かもしれない。
 勇太はそのままテレポートで体育館付近へと跳んだ。

「うっ……」

 勇太は思わず鼻を抑えた。
 そこは、森の奥の露に濡れた草を大量に敷き詰めたような、謎の匂いで充満していたのだ。この匂いを嗅いだらしい人達が皆気絶している。
 勇太はひとまずポケットのハンカチをマスクのようにして鼻から下を覆い、周りで倒れている自警団員を抱きかかえた。

「もしもし、おーい……」

 鼻に触れると、少なくとも息はしているし、首元の脈も問題はない。ただ気絶しているだけらしい。
 よかった……。
 少しだけほっとするが、耳元でうるさい位の声が聴こえたので、思わず耳を塞ぐ。

『貴様の道具ではない!』
 『ふざけるな、こちらを何だと思っているのだ!』
『不愉快だ!』
 『帰れ!!』
   『帰れ!!』
  『帰れ!!』

 その声は肉声ではない。思念だ。
 もしかして、宝剣の思念……?
 それは、体育館から大量の光となって、飛び出していったのだ。

「……一体、体育館の中で何が……」

 そこを飛び出していく影を見た。
 1つは、黒いチュチュを纏った少女。
 そしてもう1つは、黒い悪魔の格好をした青年のものだった。
 2人は光を追いかけて、そのまま見えなくなってしまった。
 気付けば、周りの濃い匂いは薄れていた。

<第5夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】

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■         ライター通信          ■
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工藤勇太様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第5夜に参加して下さり、ありがとうございます。

本来なら怪盗ロットバルトの元へと直行するべきでしたが、テレパシーにより状況がある程度分かってしまうのがあだとなってしまったようです。
理事長の思考の中の人とは、またどこかでニアミスするかもしれません。

第6夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。