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■第8夜 祭りの一幕■

石田空
【7851】【栗花落・飛頼】【大学生】
 午後11時30分。

「あっ……!!」

 オディールが手を伸ばした時、それは光になって、どこかに飛んで行ってしまった。
 オディールは伸ばした手を彷徨わせて、溜息をつく。
 明日は聖祭。
 1月以上もかけて皆が準備してきた、それ以上かけて練習してきた、大事な祭りである。
 その中に、「秘宝」は消えてしまったのだ。

「探さないと……」

 オディールの小さな呟きは、風にかき消された。

第8夜 祭りの一幕

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 午前10時55分。
 普段はランチ持参している生徒達が学科塔下の芝生やベンチ、中庭に散らばっている生徒達が多数いるので、食堂は滅多な事がない限りは混雑しない。
 しかし、今日は芝生地帯のほとんどは屋台や展示品で埋め尽くされている上、来賓者優先となっているので、まだランチを出す時間からは少しだけずれているが、今日は一段と混雑している。

「すみません、特別ランチA2つをお願いします」
「はい、どうぞ。気を付けてね」
「ありがとうございます」

 食券を渡すと、慣れたように食堂の奥さんがランチの2人分入ったお盆を出してくれる。
 栗花落飛頼は「ありがとうございます」ともう1度だけ言った後、急いで受け取り口を後にした。少し並んだだけで、列は長蛇の列となっていたのだ。
 既にほとんどの席が埋まってしまっている中、端のテーブルに守宮桜華は座っていた。
 飛頼はそこにお盆を乗せる。

「ごめん、席取ってもらって」
「いえ、私もランチもらってきて下さってありがとうございます」

 桜華はまだ衣装には着替えてはいないが、既に髪をアップにして、レオタードに練習用のバレエシューズ、その上にカーディガンを羽織っていた。

「身体はもう大丈夫?」
「はい、おかげ様で何とか」

 桜華はたおやかに笑う。
 その顔は彼女がバラの樹になってしまう前と何ら変わりはない。
 もし自分の目の前でそれだけが起こっていなければ、きっとあの時見たものは、ただの夢だったのだろうと思っていたが、不可解な事があまりにも多かったので、あれは本当にあった事なんだろうと、理解できる。
 桜華は「いただきます」と手を合わせてから少しずつランチを食べ始めた。
 Aランチはホットサンドとスープのセットだった。

「僕はあの後の事、詳しくは分からないけれど、その……」
「はい?」

 正午からあちこちで舞台が始まるので、どうしても今の時間が食堂のピークになってしまう。既に食堂は人が圧迫する位に増えていて、おかげで会話も声を大きめにしないと続ける事すらできない。

「のばらさん……彼女はどうなったの?」
「…………」

 桜華が困ったように眉を潜める。
 あれ、訊いちゃいけない事だった……? 飛頼は驚いて桜華を見ているが、やがて桜華は返事を返した。

「それが、私にも分からないんです」
「? 分からないって言うのは?」

 そもそも理事長が彼女に魔法をかけたのは、桜華をのばらの器にされてしまわないようにするための処置だったはずである。彼女が人に戻れたのは、彼女が器にならないと判断したから解いたんだと思っていたのだが、間違ってたんだろうか……?

「小母様……理事長曰く、「少なくとも織也にその気はもうない」と、それだけだったんです。のばら自身がどうなったのかは、私にもまだよく分かりません」
「なるほど……」
「もうそろそろ決着がつくとは言っていましたけど……」
「ふむ……」

 そう言えば。
 今回の聖祭のパンフレットを見た限り、やけに注意事項が多かったような気がするけど……。公表していないだけで、怪盗の予告状が来てたのかな?
 飛頼はそう考えていると、手を合わせて「ご馳走様」と言った。

「そう言えば、先輩は見に行くんですか? 中等部のバレエ」
「えっ? うん。「白鳥の湖」。オディールはこれに出てくる役だって聞いたから、どんなものだろうと」
「そうですか……私も後輩が出ているんで見に行くつもりなんです」
「えっ……でもその次にすぐ、「眠れる森の美女」するんじゃ……しかも第1幕から出る役でしょ?」
「始まるまで結構開いていますから大丈夫です」
「ですか……」
「でも先輩大丈夫なんですか? 前はバレエ見ているだけで倒れていたのに」
「あはははは……大丈夫だと思う」
「ならいいんですけれど」

 パン屑も残らず、気持ちのいいまでに綺麗に食べ終えた桜華は「今からだとまだ早いとは思いますけど、その分いい席取れますから。そろそろ行きましょう」と、お盆を持っていった。
 何と言うか、守宮さん吹っ切れたのかな? 飛頼はさっぱりとした顔で「ご馳走様」と言って受け取り口に食器を返す桜華を見ながら、そう思う。元々変に計算高いのに、それをひた隠しにしている部分があったのが、素の部分が表に出るようになった気がする。
 まあ、全部が全部とは言わないけれど、前よりもちょっとだけ前向きになれたなら、それでいいか。そう思いながら、飛頼は桜華の背中を追いかけた。

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 午後11時58分。

「これから、聖学園高等部バレエ科演目「白鳥の湖」を開幕します。上演中は携帯電話を切って、おしゃべりのないようお願いします。DVDは、入り口で無料で配布しておりますので、お帰りの際係員にお申し付け下さいませ」

 開演を告げるアナウンスが響き、照明はゆっくりと落とされる。
 多目的ホールの席は、満員となっていた。来賓席はバレエ誌や音楽雑誌で見た事あるような人も座っているが、あれは卒業生なのか、招待状送られた人なのか。
 しばらくざわついていたが、完全に照明が落ちた後は静かになり、やがてステージから静かなハープの音が流れる。
 始まったのだ。
 音楽科生徒によるオーケストラで、耳に馴染みのある旋律が流れる。
 ここまでは、まだ大丈夫。
 やがて、幕が上がった。
 踊っているのはまだ身体のできていない少年である。
 確かに身長があるので映えるが、まだバレエダンサー特有のしなやかな筋肉はついていないように見える。
 舞踏会のような場面から一転。
 湖の場面に出る。

「あ……あれ?」

 飛頼はそこでまじまじと舞台で踊っている少女を見た。
 真っ白なチュチュを纏い、白鳥のような動きをして踊っている少女。
 技術はおぼつかなく、バレエに関しては素人目から見てもそこまで上手くない少女だが、飛頼が見ていたのはそこではない。
 その少女は、舞台化粧を施しているので、素顔までは分からない。
 だが彼女の口から下は、見た事があったからである。
 いつだったか……。
 そうだ、思い出した。
 いつか舞踏会で会った怪盗オディールだ……。
 彼女は遠目でしか見た事がない人がほとんどで、写真でもシルエットまでしか確認はできていない。
 でも……。

「本当なら」
「えっ?」

 荘厳に流れる曲に混じるような小さい声で、桜華はつぶやく。
 飛頼は隣にじっと耳を傾けた。

「別の子がやるはずだったんですけれど、その子が足をひねってしまって。だから彼女が代役で踊る事になったんです。バレエはまだまだ下手くそなんですけど、ほら。白鳥のマイムがすごい上手い子でしょう? 踊りは下手でもいいから、せめて白鳥の役に徹しなさいって、私も時々稽古つけてたんです」
「そっか……あの子が守宮さんの後輩?」
「はい。よく理事長館で練習している子なんです」
「……何て言う子?」
「楠木えりかちゃんです」
「へえ……」

 桜華の言葉で、彼女をまじまじと見た。
 踊りは本当にお世辞にも上手いとは言えないが、彼女は確かに白鳥に見えた。そして男子がエスコートすれば、確かにそれなりに見えるのだ。
 まさか……。
 疑惑だけが、ぽつりと残った。

<第8夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7851/栗花落飛頼/男/19歳/大学生】
【NPC/守宮桜華/女/17歳/聖学園高等部バレエ科2年エトワール】

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■         ライター通信          ■
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栗花落飛頼様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第8夜に参加して下さり、ありがとうございます。
少なくとももう桜華は器になる事はないようです。
でものばらの件はまだ放置されたままのようですが、のばらを説得しても意味はありません。じゃあ誰を説得すればいいのか?

第9夜は現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。