■第9夜 最後の秘宝■
石田空 |
【7851】【栗花落・飛頼】【大学生】 |
午後11時30分。
「あっ……!!」
オディールが手を伸ばした時、それは光になって、どこかに飛んで行ってしまった。
オディールは伸ばした手を彷徨わせて、溜息をつく。
明日は聖祭。
1月以上もかけて皆が準備してきた、それ以上かけて練習してきた、大事な祭りである。
その中に、「秘宝」は消えてしまったのだ。
「探さないと……」
オディールの小さな呟きは、風にかき消された。
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第9夜 最後の秘宝
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午後8時32分。
既に来賓客のほとんどは帰路に着き、今学園内に残っているのは学園の生徒達だけのはずである。
中庭に所狭しと並んでいた屋台はすっかり片付けられ、替わりに灯りが点っていた。
電球の人工的な灯りではなく、火と蝋燭により点されたランタンの灯りは、電球ほどはっきりとした光ではなく頼りない明るさだったが、昼間に程よく体力を消耗した生徒達の疲れを癒すには充分な灯りであった。
流れるのは陽気な民族歌であり、それを音楽科の生徒達が奏でていた。
クラシックのような落ち着いた雰囲気ではなく、ややアップテンポな曲が、疲れた身体に響き、少しだけ高ぶった感情に呼びかけ、気付けば1人、また1人と曲に合わせて踊っていた。
後夜祭は毎年毎年、生徒会の管理も、学園の意向も一切働かない、不思議な空間を保っていた。ただ銘々好きな曲を奏で、好きなように踊るだけと言う、本当にそれだけの事だった。
「ふう……」
栗花落飛頼は、塔の壁にもたれて揺れる灯りを眺めながら、そっと溜息を吐いた。
元気に踊っている異国ムードの漂う中庭を眺めながら、昼間の事に思いを馳せていた。
長時間のバレエ鑑賞は、前みたいに急に倒れたりするような事こそなかったものの、長時間座り続けてすっかりとくたびれてしまった。こりこりと首を回すと音がする。うーん、凝っちゃったんだなあ……。
「白鳥の湖」は、オデットを踊っていた少女が代打と言うのもあって、あまり見られるものではないと思っていたが、オディールになった途端にガラリと変わったのには驚いた。オデットとオディールは同一人物が踊るのが慣例となってはいるものの、彼女の技術でどちらも踊るとは思っていなかったのである。
オディールになった途端に、挑発的に踊るようになったのに、自分含めて観客達は唖然と見ていた。
でも……。
自分が見た事のある怪盗オディールは、動きは優雅であり、オディールのような挑発的な動きは一切しない。むしろオデットのような優雅な仕草をしていたような気がする。
でも……。
楠木えりかと言う少女は、もしかすると怪盗なのかもしれない。
でも彼女は一体……?
考えてもよく分からなかった。
舞台が終わった後、すぐに「眠れる森の美女」に移ったが、それは中等部のまだまだ拙い踊りから一転、最後まで全く目を離せないような美しい舞台であった。
何よりも。
主役ではなくとも、ずっと舞台の上で踊る守宮桜華の踊りが美しかった。
丁寧に丁寧に踊る様は、ずっと彼女が練習していたのを知っている飛頼には、妙に感慨深いものがあった。
リラの精は華麗に、舞台を終盤まで導き、幕を引いた。
多分守宮さん自身は、本当に楠木さんの事知らないんだろうなあ。多分バレエ科の先輩後輩で面倒見ていた程度で。
それにしても。
後夜祭の端で、今晩立入禁止とされている所をじっと見る。
立入禁止とされているのは、特別塔。普段なら移動授業に使用される化学室や生物室など、器具を使う実験室が連なった塔であり、その1番上に生徒会室も存在する。そこへ行くための廊下と言う廊下は全て立入禁止とされていた。
多分特別塔のどこかに、怪盗の予告状が来たから自警団はそっちを固めているんだろうけど。でも一体何を盗む気なんだろう……。
別に彼女が怪盗かどうかは言うつもりはないけれど、そこまでして彼女が盗もうとしているのかは知りたいかな。でもどうやって特別塔にまで行ったものか。
「うーん……」
まあ仕方ない。せめて自警団と話が出来たらいいんだけれど。
そう思って、飛頼はもたれていた腰を上げると、自警団の姿を探し始めた。
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午後9時。
真っ暗な塔の下を歩き回ると、何となく森の中を彷徨っているような不思議な気分になる。塔の下からだと影が落ちている上に、月明かりの頼りない明かりは地面を照らすには光が足りないのだ。少し歩き回ってみたら、灯りが揺れているのが見える。
自警団服を着ている生徒達が、灯りを持って歩いているのが見えた。
「こんばんはー」
「今日はこの辺りは立入禁止ですが」
「ああ、すみません。ただ今晩怪盗が来るって言うのは、聞いてなかったなあと」
飛頼の人当たりはいい。不思議と初対面の人間でも敵は作らないのだ。
自警団は少しだけ虚を突かれたような顔をしたが、やがてゴホンと咳払いをする。
「まあ、情報規制はしていますから」
「はあ……そうなんですか」
「ですから、今晩の所はお引き取り願えないでしょうか?」
うーん。少なくともこの反応を見た感じ、予告状は来ていたみたいだなあ。
何を盗むか、って言うのは怪盗はいつも書いていないけれど、その場所にあるものを盗むからなあ。でもどこに来たんだろう。生徒会室か、特別塔なのかが分かればなあ……。
「あー、せめて1件だけ。それだけ訊いたら帰りますから」
「何でしょう?」
「予告状ってどこで見つかったんですか?」
「……副会長の服に挟まっていたんですよ。前に怪盗騒動があった時に」
「あー……ありがとうございます」
それだけ訊くと、飛頼は頭を下げた。
……どういう事だろう? それって、前に怪盗を捕まえるって騒ぎがあった時の事? その時の事は守宮さんと理事長と一緒にいたから知らないんだよなあ。でも……。
その時だったら、それ以降ずっと警戒しててもおかしくないよなあ。それはなかったみたいだから。となったら。
「情報規制していただけで、怪盗騒動1つ挟んでるのかなあ?」
それはありえそうだな。新聞部も聖祭の取材で忙しかっただろうし、上から圧力かけられたら流石に表立って記事は書けないだろうし。
となったら、目的の物は……。
確か副会長って言うと、茜三波さんだったっけ? 会長ほど表には出てこないからあまりよく知らないけれど。その人の何かが盗まれるって言う事なのかな?
多分特別塔のどこか……生徒会室じゃないにしてもどこかにいるんだろうけど……。参ったなあ、今日は特別塔は立入禁止だし。どうやって入ろうか。
渡り廊下……からだったら目立っちゃうか。
そう言えば。
1つだけ道があるのに気が付いた。
特別塔は地上7階、地下2階の建物である。地下の部屋も基本的に閉鎖はされているが、自警団の管轄外だから手出しができない場所がある。
職員塔との連絡路である。それぞれ特別塔に教室を持っている教師達は、連絡路を通って職員塔から特別塔に行っているのだ。じゃあ、職員塔からだったら行けるかもしれない。
「用事探さないとなあ」
そう思いながら、飛頼は足早に職員塔へと走って行った。
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午後9時22分
連絡路を伝ってどうにか特別塔に渡ったが、生徒会室には自警団の見回りがあってなかなか辿り着けない。
困ったなあ。せめて茜さんを見つけられたらいいんだけれど……。
飛頼はそう思いながら階段に身を潜めながら様子を伺う。
と、おかしな足音がある事に気が付いた。
制靴であったらカツンカツンと響く足音が、ひどく軽い音で響いている。
飛頼は耳を澄ませて、足音を忍ばせて階段を昇ると、そっとその足音の方角をそっと見やる。
黒い衣装に、黒いトゥーシューズ。
足音が軽いのは、靴自体が爪先以外は布だからだ。
怪盗は、特別塔内に灯りが点いていない事をいい事にそのまま走っていたのだ。
誰かを探しているらしい。
「……あのっ」
「…………!」
怪盗はそろっと、こちらの方を見た。
「……あなたは。以前にお会いした方……ですよね?」
「こんばんは、えっと。探しもの……ですか?」
「…………」
彼女はコクリ、と頷いた。
「何を探しているんですか?」
「……探さないと、飲まれちゃうからです」
「飲まれる?」
「はい、感情に。だから探さないといけないんですけど……」
何かまでは分からないようだった。
「形は分からないんですか?」
「それが……今回のは形が変わってしまうみたいで……声は聴こえているんですけれど」
「声は……?」
「はい」
声の方角を探しているみたいだった。
と、バタバタと足音が響いてきた。自警団らしい。
「……っ」
「…………」
少なくとも。
彼女は目立ちたいとか言う意味で盗みを繰り返しているみたいではないみたいだし、彼女は本当に探しているみたいだ。
「行っていいよ?」
「ですけど……」
「大丈夫。あんまり悪い事にはならないだろうから」
「……ありがとうございます」
彼女は丁寧な礼をした後、そのまま立ち去って行った。
まあ、多分そこまでひどい事にはならないだろうから。
そう思って飛頼はのんびりと、こちらに向かって走ってくる自警団が近付いてくるのを待つ事にした。
<第9夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7851/栗花落飛頼/男/19歳/大学生】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】
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■ ライター通信 ■
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栗花落飛頼様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第9夜に参加して下さり、ありがとうございます。
怪盗と絡む方向でもうちょっと行けたらよかったのですが、コネクションが緩かったのでなかなか上手くはいかなかったようです。残念。
第10夜は1月公開予定です。
一応物語終了条件は揃っているのですが、エンディングシナリオが出るか、継続として第11夜が出るかはまだ分かりません。
よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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