■某月某日 明日は晴れると良い■
ピコかめ |
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】 |
興信所の片隅の机に置かれてある簡素なノート。
それは近くの文房具屋で小太郎が買ってきた、興信所の行動記録ノート……だったはずなのだが、今では彼の日記帳になっている。
ある日の事、机の上に置かれていたそのノートは、あるページが開かれていた。
某月某日。その日の出来事は何でもない普通の日常のようで、飛び切り大きな依頼でも舞い込んだかのような、てんてこまいな日の様でもあった。
締めの言葉『明日は晴れると良い』と言う文句に少し興味を持ったので、その日の日記を読んで見る事にした。
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某月某日 明日は晴れるといい
押忍! 影中道場 番外
確かにそこはいつも通り。
冥月の作り出した影の中の道場。その中にいるのは冥月と小太郎。
いつも通りの風景だ。
だが何故だろう?
「なぁ、小僧。修行をするのは久々だったか?」
「あ? なんだよ、いきなり?」
何だか妙な感覚だったのだ。
しばらく修行をしていなかったような気がしたのだ。
「一昨日も道場で組み手しただろ? もう忘れたのか?」
「……そうだな、確かにそうだ」
冥月の記憶にも確かに残っている。
一昨日、道場でコテンパンに伸してやった。
なのに何故だろう、三年ほど小僧をいじってないような気がしたのだ。
「……ふむ、まぁ気のせいだろう」
「いきなり何言い出すかと思ったぜ。ボケるのは早いぞ」
「ほぅ、言うようになったな、小僧」
小太郎は瞬時に失言を悔いたが、もう遅かった。
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瞬時に踏み込み、小太郎に防御行動を取らせる前に鳩尾に一撃。
掌底をぶち込むと、小太郎の身体が少し浮き、そのまま道場の床を転がった。
「……やはりまだ反応出来ないか。夢の中のお前ぐらいに育つには、どれぐらいかかるんだろうな?」
「ゲホッゲホッ! 何わけのわからん事を! ってか、不意打ちは卑怯じゃねぇの!?」
「不意を突かれる方が悪い」
「このっ……」
とは言いつつ一応、冥月としても小太郎が気絶しない程度に手加減したのだ。
あまり強く打ち込みすぎて気絶でもされたら修行が中断してしまう。
にしても、もう少し咳き込むかと思ったが……少し手加減しすぎただろうか。
少し前ならさっきの一撃で昏倒していたかもしれない小太郎。
そこは冥月の手加減と、日頃の修行の効果で打たれ強くなっているのだろう。
「少しは修行も効果を見られるようになったな」
「大分前から修行の効果出てるだろ!? 前に比べりゃ、俺だって強くなっただろうが!?」
「まぁ確かにな。だが、長い事修行に付き合っているのに、効果が薄い気がするんだが」
「そんな事ねーし!」
冥月と小太郎が出会ってから、もう大分長く経つ。
その間、何かにつけて修行に付き合ったのが冥月なのだが、小太郎の伸び白はというと……。
確かに身体能力は飛躍的に向上しただろう。
だが、内面的なものがまだまだ未熟だ。
すぐにフェイントに引っかかるし、動揺するし、顔真っ赤にするし。
それでも成長はしたのだが、時間と成長率が比例していないような気がするのだ。
「もう少し、メンタル面の成長が見られないものかな」
「成長してるし! これでも高校生だぞ、俺は!」
「身長の所為か、そうは見えんな」
「人が気にしている事に、直球で突っ込むんじゃねぇ!」
こう言った感じで、ちょっとした挑発ですぐにムキになる。
そうなると行動も攻撃も単調になり、すぐに見切られて、
「ブガッ!」
カウンターを顔面に入れられて黙るのだ。
「高校生になっても、あんまり成長しないな?」
「くそぅ……」
この春から高校生の小太郎は、まだまだ冥月の足元にも及ばないのだった。
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小太郎からの攻撃を完全に封殺しつつ、適度にカウンターを決めている時の事。
ふっと思いつく。
「そう言えば、ユリとはどうなったんだ?」
「いきなりなんだよ、藪から棒に」
「いや、ふと気になってな」
冥月の掌底が小太郎の顎にヒットし、一旦流れが止む。
倒れこんだ小太郎は、しかし、意識はちゃんとあるようだった。
覗きこむと、不貞腐れたように天井を睨んでいる。
「で、どうなんだ? 少しは進展あったのか?」
「ねぇよ、これっぽちも」
ちょっと前まで仲の良かった小太郎とユリ。
それがとある事件を経て、異常なまでに疎遠となってしまったのだが、その後も二人の関係は変わっていないらしい。
まぁ、その事件と言うのも少し前の話だ。
それほど早急に仲が元通りになるのならば、周りが気を回す必要もないだろう。
「記憶が戻るような気配もないのか?」
「ないね、これっぽちも」
この手の質問になると、何故だか最近、小太郎はつっけんどんな答えしかしなくなる。
その態度にムカついたので、とりあえず拳骨を一発降らせておいたが。
「もしかしてお前、ユリの事を嫌いになったとか抜かすんじゃなかろうな?」
「そんなわけねーだろ。でもこういうのはホラ……当人の問題と言うか……気にしてくれるのは嬉しいけど、あんまりとやかく言われるのはアレかなって」
「だからと言って、お前一人でどうにかできるのか?」
「今、色々試してる途中だっての。だから、それが全部試してもダメだったら、そん時ゃ師匠たちにも助言を賜るよ」
なるほど、小太郎自身も色々考えてはいるらしい。
だが、あんまり頭のよろしくない小太郎の事だ。彼の考えた策の効果がいかほどの物か、推して知るべし。
結局のところ、いつかは泣きついてくる事になるだろう。
「それはそれで、どうなんだろうな?」
「なんか、失礼な事考えてないか?」
「すぐに泣きついてくるお前の姿が幻視出来ただけだよ」
「勝手に人の未来を決め付けてんじゃねぇよ」
「反論があるなら受け付けるが?」
「ぐぬぬ……」
どうやら、小太郎自身も結果はある程度予想しているようだ。
「そんな悠長に事を構えていたら、ユリを麻生に取られたりするんじゃないか?」
「そればっかりは、あの人には悪いけど、大丈夫と断言せざるを得ない」
冥月も大して本気ではないが、小太郎の言葉には全力で頷いた。
「じゃあ、逆に、お前が叶に取られるという可能性はないか?」
「それもねぇな。叶の事は普通に好きだけど、それは別の好きって言うか……」
いつぞやのバレンタインに告白をしてきた叶だが、小太郎はどうやら脈なしらしい。
だったら『友達からで』なんて返答を返さなければいいのに、この小僧もバカな男だ。
だが、そこまで突っ込んだ話をするのも面倒なので、今は言及しないでおく。
「よし、じゃあそろそろ立て。休憩は十分だろ」
「おぅ! 今度こそ、当ててやるからな!」
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だが、結局小太郎は冥月の掌しか触れる事は出来ず、その日の組み手も終える事となった。
「あ、ありがとうございました……」
「ああ、風呂はちゃんと貸してやるから、汗を流して帰れよ」
「サンキュ。ふぅ……なんか、この建物も何だか愛着沸いたな」
長い事、親しんできた影の中の建物。
道場を使用しての修行もそうだが、色々な事に使ってきた。
ある時は冥月が小太郎をからかうのに使ったり、またある時はユリを巻き込んでからかうのに使ったり。
修行とからかいが半々な所辺り、立派な建物の価値を半分くらい損しているのではないかと思うが、別に気にしたりしない。
「そうだ、今日は私と一緒に風呂へ入るか?」
「うるせぇよ、その類の手には引っかからないからな」
「……無駄に世間に擦れてしまったな。お前も」
「誰の所為だよ!?」
冥月の所為なのは言うまでもない。
とりあえず、最初はなんとも不思議な感覚に囚われた物だが、今日もいつも通り。
小太郎は冥月とスパーリングしても勝つ事は出来ず、足元にも及ばない。
ユリと小僧の仲も後退はしても進展は一切しない。
そして、いつも通り、彼は草間興信所で居候をしつつ日記をつけている。
全て変わる事無く今日も続いていく。
「ふむ、やはりいつも通りというのはつまらんな。小僧が風呂に入っている途中に乱入するのはどうだろう?」
「鍵かけとくし!」
「私に鍵程度が通用するとでも?」
「絶対やめろよ!? フリとかじゃないからな!?」
そんなこんなで、冥月が小太郎をからかうのもいつも通りだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
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■ ライター通信 ■
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黒・冥月様、ご依頼ありがとうございます! お久しぶりです、ピコかめです。
またチラチラと窓開けしようと思っていますので、よろしければまたどうぞ。
今回は現在の立ち位置確認と言う事で、端的に言いますと全く変わっておりません!
中断した時点から再スタートとなりますので、四年目って事ですかね。
存外長く続いてるな!?
そんなわけで、また気が向きましたらどうぞ〜。
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