■【SOl】語られざるヒーローの一日■
西東慶三 |
【7348】【石神・アリス】【学生(裏社会の商人)】 |
眠らない街・東京。
そこに人々の暮らしがある限り、ヒーローに休息の時はない。
24/7/365。
悪の魔の手が迫るとき、助けを呼ぶ声が響くとき。
ヒーローは、どこからともなく現れるのだ。
……まあ、実際駆けつけてくるのが誰になるかはその時までわからないし、それで事件が丸く収まるかはまた別の問題だが……。
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ライターより
・シチュエーションノベルに近い形となりますので、以下のことにご注意下さい。
*シナリオ傾向はプレイングによって変動します。
*ノベルは基本的にPC別となります。
他のPCとご一緒に参加される場合は必ずその旨を明記して下さい。
*プレイングには結果まで書いて下さっても構いませんし、
結果はこちらに任せていただいても結構です。
*これはあくまでゲームノベルですので、プレイングの内容によっては
プレイングの一部がノベルに反映されない場合がございます。
あらかじめご了承下さい。
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【SOl】石像と黒猫
「……あら?」
美術品のオークションが終わり、自宅に戻る道の途中。
石神・アリス(いしがみ・ありす)は、ふと足を止めた。
彼女の目に映っていたのは、信号待ちをしている自分と同じくらいの歳の少女。
透けるように白い肌と長い黒髪の対比が美しい、まるで人形のような少女だった。
疲れているのか、それともただ単に寝不足なのか。
口元を押さえて可愛らしくあくびをした拍子に、バッグの中からぽとりと何かが落ちる。
「あの、これ落としましたよ?」
それを拾って、アリスは彼女に声をかけた。
「え?」
きょとんとした顔で振り返った彼女と目が合う。
その瞬間を見計らって、アリスは魔眼を発動させた。
最初はあくまでそれとわからないような強さで、目的はあくまで自分を受け入れさせること。
「ありがとう」
にこりと微笑む彼女の隣に並び、友達同士のように並んで歩き出す。
それは傍目には仲のいい友達同士、あるいは年の近い姉妹のように見えたかもしれない。
けれども、実際にアリスの頭の中にあったのは、そんな和やかな絵面とは無縁のどす黒い考えであった。
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「わぁ、本当にこんなところにお店があるんだ?」
驚いたように眼を見開く彼女――黒須宵子に、アリスはこう言った。
「知る人ぞ知るお店です。看板も気づかなかったでしょう?」
ここはアリスの自宅である美術館の近くにある小さな喫茶店。
自己紹介から少し軽い会話を続け、「もし時間があれば」とここに誘い込む。
この場所は、いろいろな意味でアリスにとって都合のいい場所であった。
一つには、ほとんどお客が入っておらず、また店員も二人しかいないため、人の目を気にする必要がほとんどないということ。
往来のど真ん中や混んだお店となると厄介だが、これくらいの人数ならアリスの能力を持ってすればどうにでもなる。
二つ目は、「喫茶店」というお店の種類。
これはアリスが「標的」とするような少女たちを連れ込むには、非常に都合がいいのである。
時間もお金もそこまで必要とせず、だいたい誰でも何かしら好みのものが一つくらいはある。
故に、完全に催眠で操れないような相手の場合でも、多少好意を持ってもらえていれば、かなり高い確率でここに引き込めるのである。
そして三つ目は、この立地条件である。
「作品」の搬入は、アリスにとって最大の課題である。
サイズ的にも目立つし、重量的にもアリスの手には余る。
その点、この場所なら一時的に「人目につかない」状態にしておくことも容易だし、その後「運び込む」のも比較的容易である。
と、これだけのメリットを兼ね備えた場所はそうはなく。
それ故に、アリスはこのお店を「愛用」しているのであった。
「それじゃ、チーズケーキと紅茶をお願いします。アリスちゃんは?」
「あ、それでは私も同じものを」
注文を済ませて、改めて目の前の宵子を観察する。
(呪術師、と言われた時は、少し驚きましたけど……)
宵子は自称「天才美少女呪術師」として、ネットなどでもそこそこ有名である。
その容姿についても、実力についても、「言うだけのことはある」という評価が主なのだが。
(よほど油断していたのでしょうか?)
何一つ疑うことなく会話に応じ、ここまでついてきたところを見ると、アリスの催眠は十分に効果を発揮しているものと思われる。
この分だとそのまま催眠にかけて操ることもできそうな気もするが、アリスがそれをしなかったのは、あくまで「万一」のリスクを嫌ったためであった。
と、そうしている間に、ケーキと紅茶が運ばれてくる。
アリスに言わせればケーキも紅茶も並レベルでしかないが、宵子は相変わらず妙に幸せそうだ。
そして。
「そろそろ、行きましょうか」
宵子が紅茶を飲み終えるのに合わせて、自分も紅茶を飲み終えたアリスが先に席を立つ。
勝負は一瞬。
これを防げる相手なら、当然こちらが何をしようとしたかはわかるだろうし、わかればアリスを敵と見なすだろう。
そうなった時、アリスにできることはもう何もない。
せいぜいが、催眠で操っているここの店員を盾にして逃げることくらいか。
だからこそ、ここは失敗するわけにはいかない。
相手が無警戒なところへ、己の全力を不意をついて叩き込む。
「宵子さん」
彼女が席を立ったのを見計らって、彼女の名を呼ぶ。
「ん?」
微笑みながらこちらを向いた、その瞳を――石化の魔力を極限まで込めた目で見つめ返す。
勝負は一瞬。
結果は、その通りになった。
驚く暇すらなく、微笑みを浮かべたまま石像と化した宵子を見て、アリスは一つ息をついた。
安堵感と、満足感と、達成感。
いい仕事をした後というのは、疲れはするが気持ちがいいものだ。
そして、それによって得られたもの――新たな「コレクション」の出来がよければ、なおのこと。
そんなことを考えながら、石になった宵子の頬に触れようと手を伸ばした時。
不意に、黒い何かが彼女の目の前を横切った。
そちらに目をやると、いつの間にか、一匹の小さな黒猫の姿があった。
「……猫?」
呟くアリスに、黒猫はにやりと笑って、老婆のような声でこう答えた。
「いや、虎」
「あなたが?」
目の前の黒猫は、どこからどう見ても虎には見えないが、虎よりよほど危険な存在であることはほぼ疑いようがない。
アリスは魔眼で牽制しようとしてみたが、黒猫の瞳はこちらを見ているようで、見ていない。
それは、力の「受け流し方」を熟知した、老練な能力者の目だった。
「アタシじゃないさ」
そんな目をしたまま、黒猫は人の、あるいは「猫の悪い」笑みを浮かべてこう続ける。
「虎の尾を踏んだ、って言ってるんだよ。アンタが」
「何を言っているのですか?」
こういう手合いとの交渉では、少しでも弱気なところを見せてはダメだ。
常に強気に出て、相手に主導権を渡さない。
そんなアリスの思惑に気づいているのかいないのか、黒猫はアリスの問いにこう答えた。
「『SOl』のヒーローを狙うなんて、知らなかったにしても無謀が過ぎるよ?」
「SOl」という組織については、アリスも噂で聞いている。
「IO2」由来の組織でありながら、目立つことを全く恐れず……どころか、目立つ形で、自分たちの功績であることをはっきりさせる形で片付けることを好む、自分たちをヒーローと名乗る異端中の異端。
一部の裏稼業の人間が、これまでのIO2への対策が全く通じない相手だとぼやいていたような気もする。
「ヒーローがどうして仲間のピンチに駆けつけられるか、アンタ知ってるかい?」
その言葉に、アリスは一度辺りを見回した。
けれども、誰かがいる様子も、誰かが近づいてきている様子もない。
「誰も来てはいませんけど?」
ハッタリだろう、と踏んで答えたアリスに、黒猫は相変わらずの様子で告げる。
「さすがにまだ、ね。だが、すでに連絡は行ってる。
『SOl』のヒーローが何らかの異常事態に遭遇した場合、自動的に近くのヒーローと本部に連絡が行く仕組みになってるんだ」
と、いうことは。
すでに、こちらの動きは「敵」に把握されている?
「この場所なら、十分としないうちにまず一人」
一人なら。
一人くらいなら、何とかなるかもしれない。
「さらに十分あれば、もう三人は来るね」
ヒーローの能力にも個人差はあるだろうが、三人となると厳しい。
何より、アリス自身の身体能力はあくまで常人とそう変わらず――つまり、物理攻撃系の能力を有するヒーローに遭遇し、一撃でももらえば、おそらくそれで終わりだ。
「合わせて五人動いて解決しない事件なら、重大案件として本部が動く」
いくら「SOl」がヒマな組織とはいえ、たかだか数件の失踪事件にそこまで本腰を入れた調査はしないだろう。
だが、仮に身内が巻き込まれているということになれば、それもあり得ないとは言い切れない。
ヒーローと名乗る人種は、「仲間を助ける」ことに異様なまでの価値を見いだすのだから。
「被害者も美少女、加害者も美少女。
名前を売りたい『SOl』にしちゃ、のどから手が出るほどほしいセンセーショナルな事件だろうねぇ」
ああ、そうか。
言われてみれば、「SOl」はもともと「目立つための」組織である。
超常現象絡みでなければ間違いなくワイドショーの恰好のネタになるような事件なら、なおさら本腰を入れてかかってくるだろう。
どこか他人事のように考え始めたアリスに、黒猫はさらに追い打ちの言葉を続ける。
「そして万一、それでも解決しなければ……『SOl』の上にあるのは何だったっけねぇ?」
それは……まさか?
「……アンタ、IO2と戦争するつもりかい?」
――終わりだ。
そう、もし、この黒猫の言葉が本当であるのなら。
「……あなたの言葉が、ただのハッタリでない証拠はありませんわ」
精一杯強気に、アリスはそう言い放った。
「なら、試してみるがいいさ。アンタがどうなろうとアタシの知ったことじゃない」
それだけ言って、黒猫はアリスに背を向け……一度足を止めて、こう続けた。
「まあ、こんな分の悪いギャンブルが嫌なら、降りる手がなくもないんだけどねえ。
アンタが命懸けの勝負をしたいってことなら、アタシは止めないよ」
分の悪いギャンブル。
この勝負に負ければ、アリスが失うものは――掛け値なしに、全てだ。
では、勝った時に得られるものは?
たかだか、コレクションが一体増えるというだけの事ではないのか?
そう考えれば、メリットとデメリットを天秤にかけても、こんなギャンブルを続ける理由はない。
「降りる手がある、と言いましたよね。
よろしければ聞かせていただけませんか?」
アリスがそう言うと、黒猫は足を止めて振り返った。
「簡単な事さ。
その子にかけた術を解いて、あとはその子が突然気を失ったとか、適当な話を作ればいい」
なるほど、つまりは「全てなかった事にしろ」という事か。
「そんな話を、彼女があっさり信じてくれると?」
「信じるさ。どうせ術の前後は記憶があやふやなんだろうし、その子はアンタを気に入ってるからね」
確かに、宵子はあまり物事を深く考える方には思えないし、彼女の向けてくれていた視線は好意を持つものへのそれであった事に間違いはない。
「それでヒーローが来なくなるのですか?」
「来るには来るさ。けど、当の本人がピンピンしていて何でもないと言えば、それ以上追求しようとするやつはそうそういないよ」
そういうことであれば、確かに話の筋は通る。
……が、そこでふとアリスは気づいた。
はたして、この黒猫がこんな話をする理由は何だろうか?
単純に宵子を助けたいだけなら、アリスが排除された後に奪還されるのを待てばいい。
自分の能力がそれなりに高位のものである自信はあるが、それでもIO2由来の組織の技術力で元に戻せないほどのものではないだろう。
それなのに、「SOl」が手柄を上げる機会を棒に振ってまで、「アリスを」助けようとする黒猫の意図は何か?
そこにもし、筋の通った理由がないのであれば。
この黒猫の話は、ただのハッタリである可能性が飛躍的に高くなる。
「……なぜ、そんな事を教えてくれるんですか?」
アリスの問いに、黒猫は先ほどとは違った笑みを浮かべた。
「なに、この子がアンタを気に入ってるようだったからね。
アタシは、アンタにこの子と『普通に』友達になってもらいたいと思っただけだよ」
それは、先ほどまでの人を食ったような笑みではなく。
手のかかる子供を見守る母親――いや、孫を見守る祖母のような、そんな優しげな笑みだった。
「それだけの理由で?」
「それだけでも十分すぎる理由さ。
別にアタシ自身は『SOl』の所属でもないから、義理立てする理由もないしねえ。
そんなことより、可愛いひ孫がちょっとでも幸せになれる方が、アタシには大事なのさ」
それなら、確かに筋は通る。
ならば、もはやこれ以上躊躇する理由はない。
「交渉がお上手ですね」
「年の功さ。伊達に百年以上もこの世にいないよ」
黒猫は一度楽しげに笑うと、真顔に戻ってこう言った。
「さ、もう時間がないよ。一度でも今の状況を見られたら、もう言い逃れができなくなる」
「わかってます」
宵子の方に向き直り、その石になった瞳を見つめ、術を解く。
力なくしなだれかかってきた宵子を抱きとめ、いかにも心配しているかのように宵子を揺さぶってみる。
「宵子さん? 宵子さん!?」
しかし、宵子は答えず……その代わり、だらりと垂れ下がっていた腕が、いきなり背中に回された。
「えっ!?」
「ふふ……ぎゅ〜」
予想外のリアクションにアリスが困惑していると、先ほどの黒猫が宵子の肩に駆け上がった。
「寝ぼけてるんじゃないよ、全く。
楽な仕事だったとはいえ、仕事帰りにはしゃぎすぎるからこういうことになるんだ」
黒猫に耳を引っ張られ、宵子はようやくアリスから離れると、少しバツが悪そうに言った。
「何だかよくわからないけど、アリスちゃんにぎゅってしてもらえてたから、つい」
そんな宵子に、黒猫は呆れたようにため息をついた。
「全く。いきなり倒れそうになったのを助けてくれたんだから、ちゃんとお礼を言っておきな」
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それから、一週間ほど後。
『そうそう、この前はとっておきのお店を教えてくれてありがとう。
お礼に、今度は私の行きつけのお店に案内したいんだけど、時間空いてる日あるかな?』
携帯に届いたメールを確認して、アリスは一つ小さな息をついた。
よほどヒマなのか、あるいは相当気に入られたのか。
あれ以来、毎日のように宵子からメールが届くようになった。
たわいもない内容の、言うならば友達同士のようなメールが。
自分が何をしようとしていたのか、彼女は未だに知らないし、気づいてもいない。
だから、彼女は本当にアリスを友達だと思っており、一切疑っても、警戒してもいない。
けれども、それが「虎の尾を踏む行為」であることに気づいた今、アリスが彼女を狙うことはない。
故に、彼女とつながりを持ち続けることに、さほどの意味はないのだ。
……が。
「……本当に、変わった人ですね」
そう呟いて、アリスは返信のメールを打ち始めた。
宵子がマメにメールを送ってくるのは、自分がこうして毎回返信しているからかもしれない、と思いながら。
考えてみれば、いくつかの面で、彼女とは話が合わないこともないし。
こうまでストレートに好意を向けられるのも、そう悪い気はしない。
「それに、あの黒猫さんとのお約束もありますし。
万一の時のために、『SOl』の動向を掴めそうな伝はあって損はないですし……」
その言葉は、はたして本音なのか、それとも建前なのか。
それは実のところ、当のアリス自身にもよくわかっていない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7348 / 石神・アリス / 女性 / 15 / 学生(裏社会の商人)
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、西東慶三です。
この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
さて、アリスさんは「小柄」+「背が低い」+「かわいらしい口調」ということで、年齢差は少ないながらも宵子のストライクゾーン(基本的には年下の可愛い子)に入っている、ということにさせていただきました。
それだけに彼女本人は全くの無防備で無警戒、あっさりアリスさんの術にかかるも……まあ、ヒーローってこんなものだよなぁ、と。
多分あの後MINAあたりが来て、特に何も疑うことなく「誤作動ですかね?」とか首を傾げながら帰っていったのではないかと思われます。
最後のアリスさんのセリフがどちらなのかは――それは、お任せいたします、ということで。
それでは、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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