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■水晶猫を捕まえて■

小倉 澄知
【1252】【海原・みなも】【女学生】
「ああっ!?」
 と叫んだ時にはもう遅かった。
 ここは古書肆淡雪。仁科雪久が営む古書店(ただし曰く付きの本アリ)である。
 叫んだ声の主は店主の雪久。
 何が起こったのかというと、雪久は店内のはたきがけをしていたのだ。何せ本屋はすぐ埃が溜まる。その為どうしてもはたきがけは必須……なわけだ。
 そんなはたきがけの最中、1冊の本が書棚から落ち、ぱたりとページを開いた。
 カラフルな色合いで描かれたイラストはその本が絵本だという事を如実につたえていた――のは良いのだが。
 開いたページの中から何かがにゅるりと具現化する。現れたのは透明な猫。透明だが、毛はふかふかしている。
 猫は少しの間周囲を見回して、そしてたーっと駆け出した。それも、店の外にむけて。
 まるではじめて見る場所の冒険を楽しむかのように。

 古書店に訪れたあなたは、雪久と同じくそんな猫の姿を目撃したのだが……。
「今の、見たよね?」
 古書店店主はあなたにそう詰め寄る。
「悪いんだけれど、あの猫を捕まえてきてくれないかな?」
 少し困ったように店主は告げる。彼の言葉によれば、あの猫は放置しておくと消滅してしまうらしい。その為、なるべく早めに本に戻してやらなければならないのだと。
 幸いにしてあの猫――水晶猫、と言うらしい――は縁のある者にしかみえない。その為無闇に人間にいじめられたりという事はなさそうだ。
 それでも消滅の危機がある以上捕まえないわけにも行かない。
 それにしても、一体どうやって探せば良いのだろう?
 悩むあなたに雪久は絵本を開く。本来猫が居るべき場所は何も描かれていない……が。
「本の内容によれば、あの猫は、かくれんぼやおにごっこが大好きらしいね。また、他に猫がいるとじゃれあったりするらしいから、猫の集会があったら見てみるのも良いかも知れない」
 因みに好物は砂糖を溶かしたミルクだという。餌で釣るのもアリだろう。
 人語も解するらしいので、上手く接触できれば説得も出来るかもしれない。しかしながらおにごっこが大好き……という事なので、追いかけっこをしなければならない可能性もあるが――。
「とにかく、どうか捕獲をお願いします」
 私は念のため書店内を探すので、と雪久は告げ頭を下げるのであった。
水晶猫を捕まえて
●子猫を探して
 ――その日深沢・美香(ふかざわ・みか)は何か面白い本はないかな、と偶然古書店を訪れていた。
 色んな本があるなぁ、と手にとって見ていたところ、傍を駆け抜けた透明な猫。
 即座に振られた店主仁科・雪久の頼みにも美香は躊躇い無く快諾した。
「……透明な猫って珍しいですよね」
 美香はそう店主に告げた。
「うん、私もそうは思うのだけれど……」
 全然動揺してないよね? と雪久は問う。
「結構そういう事にも遭遇しているので、平気ですよ」
「あたしもがんばります!」
 いつもお世話になっていますし、と海原・みなも(うなばら・みなも)も気合いを入れる。
 みなもはもはやこの古書店の常連状態。今日もちょっと雪久に相談があって顔を出していたのだが、そこに猫の大脱走。
「……じゃあ、2人にお願いしていいかな?」
 雪久の問いかけに2人は「はい!」と元気に答えた。

「あ、その前に……」
 仁科さん、パソコン貸してください! とみなもが声をあげる。
 店主の「良いよ」という簡素な答えを聞いて電源オン!
 インターネットブラウザを使って近辺の猫情報をサーチしている。ブログやらなにやらを一生懸命読んで読んで読みまくり。なんとなくだけれど周辺の猫分布は理解。結構近くの公園に集会場はあるらしい。
「好物の牛乳と砂糖を準備していけば、この近くにある猫の集会場で会えるかも知れません」
 牛乳は仁科さんのお店にあるかしら、と首を傾げたみなもに美香がコソっと提言した。
「あ、みなもさん。ミルクは猫用のが良いかもしれません」
「猫用……ですか?」
 猫は牛乳だとおなかをこわしちゃう事もあるんですよ、と美香。
「じゃあ、猫用ミルクを用意して、お砂糖溶かして、人肌くらいに温めてもっていきましょうか」
 コソっと持ってきてた魔法瓶! 右手にはねこじゃらし!
 準備万端でトコトコっと店の外に出ようとし、みなもはちょっと足を止め店内へとふり返った。
「仁科さん、ねこさんの名前ってついてます?」
「うーん……それが、絵本の中でも水晶猫、と呼ばれてるだけだねぇ……」
「そうですか……」
 みなもとしても何か思う所があったのかもしれない。

●猫の集会
 近場の公園へと向かう途中。
「……もしかしたら猫、寂しかったのかも知れませんね」
 美香の言葉にみなももこくりと力強く頷く。
「鬼ごっこやかくれんぼが好きっていう事ですし、見つけ出して欲しい、構って欲しいのだと思います。それに、名前も無いって言ってましたし、そういうのも寂しい原因に繋がっているのかも知れません……」
「名前……ですか」
 みなもなりに推論を述べると美香はちょっとだけ首を傾げ何かを考える仕草。だが彼女の足がぴたりと止まった。みなももそんな彼女につられるように足を止めた。
「あ、あそこに居るの……」
 美香の視線の先では猫が集まっているらしい。
 トラ猫が、黒猫が、ぶち猫が、気儘に集まりごろ寝する姿はあまりに平和。
 だがその中に一風変わった猫が居た。遠くから見ると陽光を反射しキラキラ輝く、不思議な猫。よくよくみればその身は透明。
 それでも、ふわあぁ、と大きなあくびをしつつ地べたに寝そべる姿は猫以外の何ものでもない。
「みなもさん、ミルクを……」
「あ、はい!」
 ついつい猫に見とれていたみなもだったが、美香に言われて慌てて魔法瓶をあける。
 注がれたミルクはほんのり甘い香りがした。
「……ご飯だよ。おいで」
 小さな声で猫へと語りかけると……。
「にゃーん? にゃぁーお」
 最初にこちらを向いたのは、例の透明な猫。そして一緒にくつろいでいた普通の猫たちもトコトコと寄ってくる。
 そして彼らはみんなでミルクを舐めはじめたのだった。

●一緒に遊んで!
 公園のベンチにて。
「ねえ、帰ろう?」
 子猫を抱き上げみなもが語りかける。
「にゃぁ……」
 尻尾をへにょっと下げて水晶猫はちょっとしょんぼりした調子で鳴く。
「遊びたい気持ちは判るんだけれど、長い間外に居るとあなたは消えちゃうんだって」
 嫌だよね? と問いかけると「にゃ〜」と水晶猫は鳴いて見せた。やはり言っている事はきちんと解っているらしい。
 みなもは子猫を膝上に乗せるとそっと撫でる。ほんわりとお菓子の、バニラのような甘い香り。どうやら水晶猫の香りらしい。
 透明な外見に似合わず、触れた感触はまだまだ小さい子猫そのもの。柔らかく、温かい。
 頭をなでなで、そのまま背中もなでなですると子猫は気持ち良さそうにみなもの膝上へとごろりと転がる。
 もっと撫でて、とでも言いたそうな様子で。
 お腹のあたりも撫でてあげると目を閉じ幸せそうな顔をする。
 ちいさくて柔らかくてあったかい感触はみなもとしても嬉しい……が、帰ろうとしてくれないのはちょっと困る。
「じゃあ、どうしたら一緒に帰ってくれるのかな」
 みなもは子猫をなでながら優しく問いかける。
「にゃぁ〜ん」
 一声鳴くと子猫はみなもの膝上から起き上がり、地面へとトン、と降り立った。
 逃げられるかと思ったものの、子猫はみなもの方をじっと見つめるのみ。
 なんとなく見ているうちに、みなもは子猫の言いたい事が解った気がした。
「…………遊んで欲しいの?」

 ぱたぱた、と子猫が公園を駆ける。それを追いかけるみなもと美香。とはいえ子猫はまだまだちっちゃいだけあって一生懸命走っても、それほど距離は稼げない。
「猫さん、ほら」
 みなもが持ってきた猫じゃらしをひょいっと振ると、子猫はターンを決めて猫じゃらしに向かって突進してくる。
「みゃーぅ」
 短くひにょっとした腕を伸ばし、懸命に猫じゃらしへとじゃれつくこにゃんこ。
 そこを捕まえようと美香が両腕を伸ばす。
「つかまえ…………たっ!?」
 彼女の腕を登って水晶猫は肩からジャンプ。
「あっ、危ない……っ!」
 とみなもが声をあげたけれど、そこは小さくてもきちんと猫。空中でバランスを取って地面にとたん、と飛び降りた。
 ――結局2人は、水晶猫の気がすむまで遊んでやる事にしたのだ。
 とはいえタイムリミットを考慮した上で、だったが。
 追いかけっこが好き、というのは伊達ではなかったらしい。ちっちゃいながらにぱたぱた走り回る様は元気いっぱい。
 ちっちゃい癖にみなもと美香がへとへとになるくらい動き回る。
 しかし流石に日が若干傾きはじめる頃には子猫も疲れ果てたのか。2人が抱きかかえてもすぅすぅ眠りはじめる。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
 子猫へと小さく美香が語りかけると、子猫はくわわ、とあくびをして小さく「にゃー」と鳴いた。流石にもう十分遊んだ、と言う感じだった。

●また会える日を願って
「やあ、無事連れて帰ってきてくれたみたいだね」
 古書肆淡雪に着いた頃には日はもはや暮れかけていた。
「時間……大丈夫でした?」
「ああ、大丈夫」
 みなもの心配そうな声に雪久はにっこり力強く笑んだ。
「さて、これから本へと戻そうか」
 絵本を広げ、その上へとそっと子猫を乗せる。猫自身も帰る時だと理解しているのだろう。大人しくぺたりと座った。
「あ、あの。仁科さん。その子、名前もなくて寂しいみたいなんです。だから、あたしたちが名前をつけてもいいですか?」
 みなもがおそるおそる告げた言葉に雪久は驚いた様子だったが「良いんじゃないかな」と軽く答えた。
「それで、名前は?」
「クリス……って如何でしょう」
 そう答えたのは美香。クリスタルから取った……という簡単な名前だったが、水晶猫……いや、クリスは気に入ったのか「にゃぁぁぁー」と鳴いた。
「さてと、クリス。そろそろ本に帰ろうか」
 雪久がそう言うと、クリスも「にゃあ」と答える。そしてクリスはみなもと美香の方を向いた。
 本が光を帯びて、クリスの透明な身体が光に溶け込むように消えていく。そして子猫は挨拶をするかのように一声鳴いた。
「にゃぁーお!」
 光が消えた時には、クリスの姿は無くなっていた。しかし、絵本の中には元通り、駆け回る子猫の姿が描かれている。
「ありがとう。無事戻せたみたいだ」
 雪久の言葉をききつつも、みなもと美香は顔を合わせる。
「みなもさん……今さっき、あの子が何て言ったか聞えました?」
 美香は何か信じがたいモノを聞いた、と言った様子でみなもに問う。
「あたしの気のせいじゃなければ…………」
 みなもと美香は顔を見合わせ同時に答えを告げる。
「「またあそんでね」」
 恐らくクリスは2人が気に入ったのだろう。
 いつかまた会いたい。そんな思いを込めた一声が2人の心に響いたのかもしれない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1252 / 海原・みなも (うなばら・みなも)/ 女性 / 13歳 / 女学生
6855 / 深沢・美香 (ふかざわ・みか) / 女性 / 20歳 / ソープ嬢

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■         ライター通信          ■
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 いつもお世話になっております。小倉澄知です。
 モフモフしたい! という事なので、モフモフしてみました。モフモフ……!
 もしまた水晶猫と会いたくなったら古書肆淡雪まで遊びに来て頂けると幸いです。
 この度は発注ありがとうございました。またご縁がございましたら宜しくお願いいたします。