コミュニティトップへ



■古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい■

小倉 澄知
【7134】【三島・玲奈】【FC:ファイティングキャリアー/航空戦艦】
 古書店店主、仁科・雪久は本を引き出しその隙間を見やり、小さく唸っていた。
 さらに何事だろうと思わずに居られない勢いで吐かれたため息に、貴方もついつい隙間を覗き込む。
 そんな貴方へと雪久が小さく問いかけてきた。
「……見えるかな?」
 本棚と本棚の隙間には何やら黒く澱んだモノがある。その中に浮かんだ単眼が、こちらをじっと見つめていたのだ。
「なんだかよく解らないのだけれど、ここ数日ここにいてね。一般人のお客さんが怖がるといけないから、出来れば出て行って欲しいんだけれど……」
 一度雪久が触れようとしてみたものの、指先に残ったのは空を切る感覚のみ。彼には触ることは出来なかったらしい。
 因みに、本棚でもこの部分のみ。他の本を引き出した隙間には何もなく、ごくごく普通に奥の景色――更なる本棚が見えるのみだ。
 更に言うならば、本棚の裏側に何かがいて、それがこちらを見ている……というわけでも無いらしい。そうであれば、本棚の裏へと回ればソイツの姿が見えるはずだが、特に何か居るわけでもない。向こう側から覗き込んでも、黒い澱みと単眼が見えるのみ。
「……というわけで、申し訳無いのだけれど、コイツを何とかしてもらえないかな」
 何とか話をつけて退去してもらうのでも、退治するのでも良い。手段は問わないから本棚から出て行って欲しいと雪久は語る。
「それにしても……なんだろうね? これ」
 不気味な単眼は何をするというわけでもなく、こちらをじっと見つめ続けていた――。
古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい
「何これかわいい!」
 と、本棚覗いた三島・玲奈(みしま・れいな)の嬉しそうな声に古書肆淡雪店長、仁科・雪久は「ええっ」という顔をした。
「どっちかというと不気味なイキモノのような気がするんだけれど……」
「そんな事ないですよ〜」
 何やら上機嫌な玲奈は更に本棚の奥をガン見。
「……わぁっ! 星マトウダイの赤ちゃんじゃないの。かわい〜っ」
 どうやって本棚の奥から出てきてもらおうかな、とかいいつつ何やら全身からハートマークを飛ばす勢いで、玲奈は本棚に齧り付く。
 そこに雪久が根本的な問いを投げかけた。
「星マトウダイ……って何かな?」
「ホシマトウダイ。魚類木星的鯛目の宇宙鯛、エウロパ原産。性格温厚。観賞用」
 さらっと答える玲奈。
「それにしてもよく肥えてる。大事にして貰ってるのね」
 多分迷子ね、と彼女。
「迷子……という事は、どこからから流れ着いた……?」
「ええ、多分近所に飼い主さんがいると思います」
「……で、どうしようか?」
 雪久が問いかける合間にも玲奈はホシマトウダイをガン見中。寧ろデレデレの予感。
 恐らく逃げだしたままどこに行ったら良いかわからないままに本が沢山ある古書肆淡雪に迷い込んだ……という所なのだろう。その為ここから出るのも怖い、という感じなのかも知れない。
「すっかり脅えちゃって……」
 玲奈が普通に手を伸ばすと更に奥に引っ込むあたり、余程怖い目にでもあったのだろう。
 ……というか雪久が困り顔でガン見したのもいけなかったのかも知れない。
 こういう時はどうしたらいいんだっけ、とアレコレ記憶をたぐり玲奈の頭上にピコン、と比喩的豆電球が付いた。ぽふ、と手をうち彼女は雪久の方へとふり返る。
「栞有りませんか?」
「これで良いかな」
 即座に差し出されたのは古書肆淡雪で本を買った方に付けているらしいごくごく普通の紙の栞。強いて余所と違う点を上げるならば、特殊紙使用かつ、店名が入っている事だろうか。
 そして玲奈は栞を手に本棚の隙間に手をいれ、ちょいちょい、と仰いでみせる。
 黒い澱みはちょっとだけひょい、と浮いた。しかしまだ浮力が足りないらしい。
「一緒に煽いでみてくれませんか? この子の底のあたり」
「底……このあたりかな」
 二人で本棚の隙間を仰ぐ姿は傍目に見ると妙かも知れない、が、効果はあった。
 ふわ、と黒いソレ――玲奈曰くホシマトウダイが、浮く。
「ほ〜ら怖くない。おいで!」
 伸ばされた手に、ひよひよとホシマトウダイが近づいた。
「ホシマトウダイは本が大好きなんです。文庫本あります? ドミノ倒ししてみましょう」
「本はそういう事に使うものでは無いと思うのだけれど……」
 つーっと一緒に漂ってくれると思います、と玲奈は元気に笑顔を浮かべる。一方雪久は少々苦笑いをしつつも店頭の100円均一籠からまとめて掴みだしテーブルの上へ並べた。
 玲奈は掌で包んだホシマトウダイを本の上へと滑らせる。
 えい、と軽く1冊目の本を押すと続けてぱたぱたと文庫本が倒れ、その上をホシマトウダイはするりと流れるように泳いでいく。
「今更といえば今更だけれど、魚だけれど空中を泳ぐ生き物なんだね」
「勿論、宇宙鯛ですから!」
 満面の笑顔状態の玲奈。そんな彼女の掌におそるおそる、と言った様子ながら乗る。
「かわいー。この子手乗りだよ!」
 ホシマトウダイの一挙一動に湧く玲奈。しかしそんな彼女の視線が少しだけ優しくなる。近いモノを上げるなら、年少者を見守る年上の視線というか。
「迷子になって心細かったんだと思いますよ」
 手乗り状態のホシマトウダイを、もう片方の手で軽く撫でる玲奈。
「じゃあ、早く飼い主を捜してあげないといけないね」
 優しげな様子の彼女に雪久も少しだけ微笑んで見せる。
「まず、安心させてみようと思います。鯛さん、私戦艦・玲奈ちゃん。同類だよ〜」
(「……戦艦?」)
 何か急にカオスな発言が飛び出した気がする、と雪久は仄かに思った、らしい。
「ホシマトウダイ、今ブームですからね」
 飼い主を捜しましょう! と改めて玲奈は元気に笑う。
「飼い主……うーん。このあたりだとこういうのを飼ってそうな家は無い気がするんだけれど……」
 何せビル街だしね、と雪久。周囲も主に店が多い為一般家庭は少ないのだ。
 どうしたものかと悩む雪久に玲奈がポンと手を打った。
「じゃあ、この子に芸させて客引きします。目立てば誰か来るかも……」
 駄目? と首を傾げる玲奈。もはやホシマトウダイは彼女の掌に居座ったままである。
「駄目。目立つと飼い主さんが見つかる前に、うちの店のお客さんが不気味がって逃げちゃいます」
 むー、と玲奈は唸って更に続けた。
「じゃあじゃあ、この本、棚ごと買います」
「高価いよ? 大丈夫?」
「重たいから置いといて時々読みに来ていいですか」
「…………成る程、そういう事か……」
 雪久はちょっと困ったように笑った。
「まあ、本と、本棚そのものと、あと維持管理費を含めるとこんな金額になるけれど……」
 雪久のはじき出した金額は、いくらなんでも払うには厳しいモノだった。ちょっと珍しい本が集まってたりすると結構な値段になってしまうものらしい。
「ど、どうしよう〜……」
 ホシマトウダイに途方に暮れた顔をする彼女に雪久はにっこり笑う。
「まあ、暫くの間レンタルって事なら、多少はお安くするよ?」
 更に出された金額は思ったよりはかなり良心的。その手のお店で旧作CDをレンタルしたりするより安い……と言えばどれだけ安いか解るというもの。
「……どうする?」
 珍しく雪久は悪戯っぽい顔でウィンクをする。彼の意図は玲奈にも勿論伝わった。
(「つまり、少しでも早めに飼い主を見つけて……って事よね!」)
 掌の上にはふよふよと頼りなさげに漂うホシマトウダイの赤ちゃん。
 仮の棲まいにしても良いと許可が出ただけでも良いというモノ。
「じゃあ、それでお願いします!」
 そんなわけで。
 玲奈のホシマトウダイの飼い主捜しが始まるわけなのだが――。

「今日くらいはゆっくりしてもいいですよね。本も興味ありますし」
 出された緑茶をすすりつつそう告げる玲奈。彼女の傍では大分慣れてきたのかホシマトウダイがひよひよと興味深そうに泳いでいる。時折湯飲みをちょいちょいつついているあたり、実は好奇心旺盛な部分もあるのかもしれない。
「まあ私としては構わないけれど……レンタル料金は一応かさむから注意は頼むよ」
 あと食べこぼしとかには気をつけて、と笑いつつ雪久は茶菓子を引っ張り出してくるのであった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7134 / 三島・玲奈 (みしま・れいな) / 女性 / 16歳 / メイドサーバント:戦闘純文学者

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 お世話になっております。小倉澄知です。
 というわけで謎の何かはホシマトウダイと呼ばれる生き物? の赤ちゃんになりました。
 ……生き物、ですよね? いや、戦艦で同類、と言ってるのを考えるともしかして無機物なのかなぁと思ったりもしないでもありませんが。
 というわけで、発注ありがとうございました。