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■第4夜 双樹の王子■

石田空
【7038】【夜神・潤】【禁忌の存在】
「秋也、いた」

 守宮桜華が海棠秋也を見つけたのは、校舎から離れた噴水の近くだった。
 以前には学園のシンボルだったオデット像が存在した場所だったのだが、それが無くなり、この場所に華がなくなった。
 そのせいかこの周りには人が寄らなくなり、自然と海棠がこの場所を憩いの場とするようになったのである。人目がつかない場所は、この広い学園でも限られていたのだ。
 ベンチに転がり、何をする訳でもなく、空を見ていた。
 空は自由だ。雲が真っ青な空を流れる様が優雅である。
 桜華は困ったような顔をして、海棠が寝そべるベンチの隣に座った。

「また、さぼっているの?」
「俺の勝手だ」
「それはそうだけど……」
「お前は? 今授業中」
「今日は自習だから」
「そう」

 会話が続かない。
 しかし二人の間ではそれはいつもの事だった。
 別に気まずい空気が流れる訳でもなく、二人は空を見ていた。

「そう言えば」
「ん?」
「新聞部で貴方の記事を募集するとか、言ってたけど?」
「何それ」
「何それって……貴方が許可出したとかって……やっぱり貴方は許可出してないの?」
「………」

 海棠は何も答えない。黙ったら全く口を訊かないのは、桜華もよく分かっていた。
 桜華は少し肩をすくめると、この困った幼馴染の隣で空を眺めていた。
 雲が空をなぞるように流れていた。

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『募集中

 今度新聞部号外で、学園の双樹の王子、海棠秋也特集をします!
 海棠秋也さん(高等部音楽科2年生)は成績優秀、ピアノでもコンクール大賞を数多く受賞している、まさしく双樹の王子にふさわしい方です。
 今回は、特別許可を得て、彼の特集を組むに当たって、彼の新しい一面、意外な一面を募集しております。
 彼に関する情報でしたら何でもOKです(しかし、捏造は却下します)。何か情報がありましたら、最寄の新聞部にお持ち下さい。
 たくさんの情報、お待ちしております。

 新聞部一同


 追伸:謝礼として、怪盗オディールの新しい情報を提供します』
 
第4夜 双樹の王子

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 午後4時10分。
 夜神潤が聖学園の道を歩いていると、女子生徒達とすれ違った。すれ違い際に、女子生徒達の弾んだ声が、耳に入ってきた。

「海棠先輩の事新聞部で記事にするためネタを募集してるんだって」
「新聞部が許可出したんだから、生徒会とかに怒られる事もないよね?」

 ふむ。
 潤は少しだけ首を傾げながら、そのまま歩く。今は強い魔法は感知できないし、あの時舞踏会で会ったのは一体誰だったのかは、分からず終いだった。
 何故か海棠秋也と同じ顔の人物がもう1人いる。その場にいた人間全員が「海棠秋也」と認識していたが、当の海棠本人だけが「行っていない」と答えた。先に彼に話を聞きに行ったが、あの性格だったら、確かに人目に嫌でも付く舞踏会に行く事はないだろうし、例え行ったとしてもダンスフロアに出て踊るなんて目立った行動を取るとは考えにくい。だとしたら、誰かが海棠の名前を語っていたと考えるのが妥当だろうが、だとしたらそれは一体誰なんだ……?
 あの時の事を思い出そうと、潤は少しだけ目を伏せて、自分の中の記憶を探る。
 ……確か、あの時強い芳香を感じた。その匂いが何だったのかさえ分かれば、その匂いの主を探し出せるような気がするが。
 足の向くままに歩いてみれば、気付けば古びた噴水の前に着いていた。
 この場にあるのは新聞部が部室として使用している古びた旧校舎位で、レンガ造りの綺麗な学科塔とは明らかに雰囲気が違った。
 この辺りは新聞部部員が他の学科塔に行く時近道に使う位で人気がなく、古びた噴水も、周りの石がすっかり古びて剥がれかけていた。噴水の水も濁って緑色になり、ただ蓮の花だけがプカプカと我関せずと言う顔で浮かぶばかりだ。

「いくら人気がないとは言えども、流石にこんな場所にいる訳はないか」

 オデット像跡の噴水は全体的に白っぽい雰囲気で、人気はない替わりに日当たりはよく、昼寝するにはもってこいの場所だったが、この辺りは人気がなさすぎるせいで全体的に古ぼけていて、誰も座らないせいでベンチにも蔦が伸び放題のまま放置されている。流石に海棠も、海棠に似ている誰かも、こんな所に来るとは考えにくかった。
 仕方がなく、そのまままだ人気のある場所に帰ろうとした。
 が。

「ん……?」

 ヒクリ、と鼻を動かす。
 何故かここから、きつい匂いがするのだ。何だ……?
 この匂いは、舞踏会でわずかに嗅いだ芳香だ。その匂いがあまりにも強く、もうそれは匂いの暴力としか言いようがない。
 そこで気が付いた。
 誰かがそこにいるのだ。

「誰……?」

 甲高い声は、まだ少女と言うべき声だろう。
 潤は鼻を抑えて彼女を見やる。

「……それはこっちのセリフだが?」
「まあ! 嬉しい、私の事が見えるの」
「見えるも何も……」

 そこにいるじゃないかと続けようとして、その少女の足元がおかしい事に気が付いた。
 いくら人気がなく、日当たりもそんなによくないとは言っても影はある。でもその少女には影が落ちていなかったのだ。

「……幽霊、か?」
「失礼ね、幽霊って言葉は好きじゃないわ。そうね。んー……」

 少女は唇に指を当てながら首を傾げる。
 しかしこの娘……どこかで見た事があるような気がする。
 潤は目の前の少女をじろじろと見た。
 全身真っ白な衣装を纏い、頭には白いバラの造花をあしらっている。その姿はまるで……。

「ウィリーじゃないかしら?」
「…………」

 そうだ。ウィリー。
 確か西洋だと死んだ女性の幽霊をウィリーと呼ぶ事があるんだった。彼女の格好は、そう呼べばしっくりくるような気がした。

「……とりあえずお前がウィリーなのは分かったが、こんな所で何をしている?」
「何もしてないわ。強いて言うなら退屈している。1人だと踊る事もできないし、日の当たる場所になんか出れないし」
「……なら何でこんな場所にいる?」
「人気がない所じゃないと困るじゃない。誰かに見られたら消されちゃうかもしれないし、私外には出られないんだもの」
「……外に出られない?」

 確かに、この学園全域は、聖栞の張った結界が存在するが。
 ……まさかとは思うが、彼女をこの学園から出ないようにするためじゃないだろうな? 彼女自身がそこまで悪いとも思えないが……。
 潤の思惑を分かっているのかいないのか、少女は好き勝手にしゃべる。

「あなたは見た所大学部の人?」
「そうだが」
「そう。名前は?」
「……遠慮しておく」
「えー」

 潤が質問をかわすと、少女はぷくっと頬を膨らませた。彼女に悪意があるのかどうかはともかく、名前を教えて本人の意思関係なく悪用されるのは困る。

「ところで、さっきからするこの匂いは何だ?」
「匂い? ……ああ。ローズマリーじゃないかしら」
「ローズマリー?」
「そう。オリヤが使ってたからねえ」
「……!」

 この匂いのした人間を、彼女は知っているのか?
 潤の言葉に、少女は首を傾げた。

「もうそろそろ夜になりそうだから、帰った方がいいんじゃないの?」
「……寂しくはないのか?」
「退屈だけどね。彼がいるから今は。私には今は彼しかいないから。
 たまにだったら話相手になってくれてもいいのよ?」
「……考えておく」

 そのまま、古びた噴水を後にした。

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 午後11時55分。
 潤は闇に紛れて、少女のいた噴水に向かった。
 海棠と同じ顔の「オリヤ」を探しにだった。
 あんな場所に彼女がいるのも、海棠と同じ顔の彼が関係しているのだろうか。
 新聞部の部室前は既に灯りはない。怪盗の騒ぎもないのだ。流石にこの時間だったら新聞部員達も帰っているんだろう。そう思いつつ、新聞部の屋根へと跳ぶ。
 そこから、そっと噴水を覗いた。
 半月だと月明かりも弱々しいが、それでも真っ白な何かがくるくる回っているのが見えた。

「ん……?」

 潤はそれに目を凝らす。
 彼女は誰かと踊っているのだ。あれが「オリヤ」か?
「オリヤ」らしい青年は、闇に溶け込む真っ黒な衣装で踊っていた。
 この踊りは確か……。

「「ジゼル」か……?」

 確か聖学園では、「ジゼル」は上演禁止のはずだ。でも2人はそんな事関係なしに踊っている。
 それに少女の踊りは、いくら既に死んでいるとは言っても、中等部の生徒にしてはやけに達者としか言いようのない踊りだった。あれだけ踊れる生徒は、聖学園の中等部生徒でも早々いないだろう。
 潤は闇に紛れてそのまま立ち去る事にした。
 流石に学園では「ジゼル」の事は調べられないが、他でだったら調べる事もできるだろう。
 あの少女、やっぱりどこかで見た事あるし。
 そのまま潤の姿は、すっかり溶け切って見えなくなった。

<第4夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7038/夜神潤/男/200歳/禁忌の存在】

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■         ライター通信          ■
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夜神潤様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第4夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は3つの駒を用意いたしました。

・白い少女と結界の関係性を探る。
・「ジゼル」が何故聖学園で上演禁止になったか探る。
・海棠と「オリヤ」の関係を探る。

次回参加時に選択して下さればそれらの続きを追いかける事ができますので、よろしければどうぞ。
第5夜も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。