■第8夜 祭りの一幕■
石田空 |
【4788】【皇・茉夕良】【ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】 |
午後11時30分。
「あっ……!!」
オディールが手を伸ばした時、それは光になって、どこかに飛んで行ってしまった。
オディールは伸ばした手を彷徨わせて、溜息をつく。
明日は聖祭。
1月以上もかけて皆が準備してきた、それ以上かけて練習してきた、大事な祭りである。
その中に、「秘宝」は消えてしまったのだ。
「探さないと……」
オディールの小さな呟きは、風にかき消された。
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第8夜 祭りの一幕
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午後3時15分。
既に自分の演目を終了させた皇茉夕良は、急いで着替えを済ませると、そのまま空いている席に何とか滑り込んだ。
音楽科の演目は、演劇科の演目と被るために普段なら若干観客も減るのだが、今日に限っては席がほぼ埋まっており、茉夕良が何とか取れた席も1番後ろの左端と、これが観劇だったらお世辞にもいい席とは言えなかった。
「秋也さんの影響かしらね……」
茉夕良は口の中でそう呟く。
実際前の方の席を埋めているのは、ほぼ中等部の女生徒である。恐らく彼のファンだろう。そして中央部に座っているのは、音楽雑誌で見た事のある楽団の人々である。彼を留学に誘いに来たんだろうか。
と、次の演奏が始まる。
茉夕良は思わず背筋を正して、それを見つめた。
拍手が鳴り響く中登場したのは、真っ黒なタキシードで身を包んだ海棠秋也と、彼と一緒に協演する生徒達である。拍手が鳴り響く中、海棠達はそれぞれ席に着く。
拍手の音が引いたと同時に、演奏が始まった。
ピアノが響き、それにヴァイオリンとチェロの音が絡み合う。
チャイコフスキーの「ピアノ三重奏」。
ピアノは伴奏として弾かれる事は多いが、単独以外で主役になる事は意外と少ない。ピアノが際立つよう、互いの音が引き立つよう、調整しなければどんなに美しいピアノの音色も死んでしまうのだ。
この音が聴けるのも、これが最後……。
茉夕良は目を閉じてその音色に耳を傾けながら、そう思う。
彼の決意は固い。まだ正式に発表はされていないが、既に転科届けは出されたとどこかで聞いていた。つまり、もう彼の本気のピアノの曲を聴く事ができるのは、今日だけなのだ。
旋律が大きく盛り上がり、盛り上がった所で、曲は終了した。
会場に鳴り響く拍手は、登場の時とは比べる事のできない、大きなものだった。
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午後3時45分。
芸術ホールの控え室の前で待っていたら、秋也は制服姿に着替えて出てきた。
「お疲れ様です」
「……ああ」
秋也は気のせいか、憑き物が落ちたかのようにさっぱりした顔をしていた。
「桜華の舞台を観に来たのか?」
「はい。……正直、間に合ってよかったと思います」
「俺もそう思う」
桜華は主役ではないが、全編で踊る役なので、彼女が一時的に休学した時には大騒ぎになっていたが、それがこの数日間なかったかのように過ぎていた。
茉夕良は目を細めて会場に入ると、長い舞台なので急いで他を回りに行っているらしく、席が埋まるのもまだ緩やかだ。
「えー、アンタ桜華先輩にお世話になったのに、舞台見に行かないの!?」
と、出入り口の方で中等部らしい甲高い声が聴こえる。
何、揉め事?
茉夕良が見やると、さっきまで舞台で踊っていたらしく、舞台化粧をまだ取っていない女の子が、友達に謝っている所が見えた。
「ごめん、今日は「椿姫」観に行くから」
「えー……」
「先輩にはもう謝っているから」
そのまま舞台化粧を施した女の子は、友達に謝って多目的ホールの方へと走って行った。
あの子……。出入り口からちらりと見えた女の子の姿を見ながら、茉夕良は首を傾げる。あの衣装は「白鳥の湖」のオデットだった。もっとも上はカーディガンを羽織っていたし、髪飾りは取り払っていたから、その他大勢の白鳥役なのかも分からないが。
でも「白鳥の湖」の衣装と言う事は、あの子は中等部。高等部は中等部に演技の世話をしているのは小耳に挟んでいたが、そんな恩のある人の演技を観に行かなくていいんだろうか。
……まあ、付き合いも大変ねえ。
茉夕良はそれだけを気に留めておく事にした。
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午後6時25分。
「眠れる森の美女」は、観覧する方も、演技する方も体力の必要な演目である。
実際、プロの劇団でもその中でのパ・ド・ドゥを踊る事や一部をカットして上演する事はあっても、全幕する事は滅多にない。
第2幕まで終了し、休憩に入った途端に散り散りになって客は食事や買い物へと出かけて行った。
「ふう……」
茉夕良も昔はバレエを嗜んだ身だ。
「眠れる森の美女」がこう言う演目だと知ってはいたけれど、これほどとは思ってもいなかった。後ろの方が休憩でガラガラになったのをいい事に、背筋をうーんと伸ばした。
「舞台、よかったな」
隣で観ていた海棠は、自分もさっきまでピアノを全力で弾いていたはずなのに、あまり疲れを見せず、正しい姿勢のまま顎をしゃくりながら幕の降りた舞台の方を見ていた。
「そうですね」
「ただ主役のオーロラの動きが少し食われていた気がする」
「リラの精にですか?」
「いや、王子役に」
思い返してみれば、リラの精は全幕に出るとは言えども、桜華は他に遠慮して、自分のソロパート以外では目立った動きはしていなかった。
一方デジレ王子役のダンサーとオーロラ姫役のダンサーは、どちらも上手いが、互いが目立つ事に集中して、パ・ド・ドゥの時も動きが若干噛み合っていなかったような気がする。
「リハーサルの時はそうでもなかったが、劇団のスカウトが来ていたから、欲が出たんだろうな」
「前の方に座っていた人達ですか?」
「ああ。前に桜華をスカウトに来てフラれていた」
「なるほど……」
「でも多分もうそろそろ桜華もスカウトを受けそうな気がするけど」
「……受けるんですか?」
「多分」
秋也は相変わらずの無表情だが、今日は珍しく饒舌である。
もしかして、自分も早く踊りたいって思ったのかしらね……。あの人の住む世界は、本来ならこちらだったのだから。
それにしても。
出入り口の方を見やるが、今は自警団も観客がいるせいか、そもそも他の会場警備に動いているせいか、特に目立った動きがないのが、返って気になった。
理事長の言っていた形を変えてしまう最後の秘宝の事も、結局はまだ分からず終いだったし。
と、そろそろ休憩も終わりらしい。
照明が落ち、舞台にのみ光源が集中する。
今は、舞台を素直に楽しもう。
夜の方が、私も動きやすいから。
茉夕良はそれだけを思いつつ、今は舞台に集中した。
<第8夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【4788/皇茉夕良/女/16歳/ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
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■ ライター通信 ■
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皇茉夕良様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第8夜に参加して下さり、ありがとうございます。
副会長の茜三波ですが、実はバレエ科の舞台を観に行ったら、彼女の情報は得られないのでした。今の所彼女の情報が少ないため、彼女がどこの学科なのかがあまり表に出ていないのが敗因でした。
続けて第9夜参加ありがとうございます。
しばらくしましたら公開しますので、しばしお待ち下さいませ。
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