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■第9夜 最後の秘宝■

石田空
【4788】【皇・茉夕良】【ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
 午後11時30分。

「あっ……!!」

 オディールが手を伸ばした時、それは光になって、どこかに飛んで行ってしまった。
 オディールは伸ばした手を彷徨わせて、溜息をつく。
 明日は聖祭。
 1月以上もかけて皆が準備してきた、それ以上かけて練習してきた、大事な祭りである。
 その中に、「秘宝」は消えてしまったのだ。

「探さないと……」

 オディールの小さな呟きは、風にかき消された。
第9夜 最後の秘宝

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 午後9時15分。
 昼間のピリピリした雰囲気から一転。
 夜は解放された華やかなものだった。
 音楽科はどこかの民族風の曲を奏で、焚かれた炎の前で、思い思いの踊りを踊っていた。

「ふう」

 その和やかな雰囲気の中庭をちらりと見つつも、皇茉夕良は人を探していた。
「眠れる森の美女」を一緒に見ていた海棠は、ふらりとどこかに行ってしまったが、いつもの事なので、その事は今は気にしないでおく。
 今日の聖祭は、いつにも増して立入禁止区域が多かった。と言う事は、その辺りは自警団が警備していると言う事なんだけれど。
 ふらりと歩きついた先は、中庭を通り過ぎた先、普通科塔付近だった。

「今日はこの辺り一帯は立入禁止区域に指定しているはずだが?」
「あっ、申し訳ありません。あ……こんばんは」
「……君か」

 声をかけてきたのは、青桐幹人生徒会長だった。
 暗くてよく分からないが、今の声色からして、いつものように眉間に皺を寄せているのだろう。そう思いながら茉夕良が頭を下げつつ、口を開く。

「……今晩も怪盗が?」
「情報規制中だ」
「今日のパンフレットを見た時から、何となく捕り物があるんだろうなとは予想していました」
「…………」

 青桐は不機嫌そうに首を傾けるが、すぐにこちらに向き直った。

「現在怪盗の捜索中だ。引き返した方がいい」
「……小耳に挟んだ情報なんですが」
「何だ?」
「……最近、副会長の具合が悪いと伺ったんですが、その後副会長の様子はどうでしょうか?」
「…………」

 青桐は茉夕良が何とか聴き取れる程に、小さな舌打ちをした。
 どうも相当にイラついているらしい。

「茜君の具合が悪くないと言えば嘘になる。だが部外者の君には教えられない」
「私はその。最後に盗まれたものが、あまりいいものではないとも聞いたので。副会長が心配なんです。その……副会長の具合が悪くなったのは、それのせいかもしれないと言うので」
「…………?」

 青桐は怪訝そうに首を傾げた。
 まあ、普通の反応よね。いくら怪盗が学園の中で物を盗んだりしていると言っても、まさか盗んでいるもの盗んでいるものが全部問題があるものだなんて、なかなか思いもしないでしょうから。

「……話がよく見えないが、それだと何故怪盗は今晩現れたと君は思う?」
「それはあくまでも私が「多分」と思う事ですけれど……。怪盗はただ、よくないものがあったら困るだろうから盗んでいただけなんじゃないですか? 本当はこっそり盗むはずだったのに、話がどんどん大事になってしまった……」
「…………」

 内心茉夕良は、「多分話をわざと大きくしてしまったのは理事長なんでしょうけど」とは思ったが、今は蛇足なため語らなかった。
 しばらく青桐は黙っていたが、やがて口を開く。

「それは怪盗だと分かるものなのか?」
「……分かりませんけど、恐らく」
「そうか……」
「あの、失礼ですけれど、もしかして今回会長も、怪盗が何を盗むのかの予測は立っていないんですか?」
「……正直、今回ばかりはこちらも分かっていない。いつもは場所が予告状に書かれるから予測は立つが……」
「…………」

 茉夕良は理事長から以前聞いた事を思い返す。
 最後のものは形を変える。「嫉妬」の感情で、副会長はそれに当てられている。今の所嫉妬で騒ぎが起こるって言う事もないけれど、明らかに機嫌が悪いって言われているのは副会長だけ……。
 ……副会長が持っているものに、最後のものが成り代わってしまっている……?

「あの、失礼ですが、副会長は今どちらに?」
「茜君か……?」

 うっすらと出てきた月明かりが、今まで見えなかった青桐の表情を照らす。
 メガネで目だけはよく分からなかったが、困惑しているように見えた。
 でも。
 ……少なくとも、会長は誤解されやすいだけで、話せば分かる人だから。ただ普段があまりに厳しすぎるだけで。茉夕良は真剣に青桐を見つめると、やがて青桐から溜息が出た。そして、ベルトに提げていたトランシーバーを取り出す。

「もしもし、こちら青桐。忘れ物をした生徒を連れて、これから塔内に入る。彼女は怪盗とは関係ないから、くれぐれも手荒な真似はしないように」
「……! ありがとうございます」
「茜君は今は特別塔にいる」
「はい」

 そのまま2人は歩みを早め、特別塔へと向かっていった。

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 午後9時22分。
 特別塔は移動授業用の教室の多い塔である。化学室、生物室などの理科系教室から、茶道室、華道室など礼儀作法専門の教室まで。それぞれの教室の間に、それぞれの担当教師専門の職員室が存在する。特別塔の1番上には、生徒会室が存在する。
 特別塔はあちこちに自警団が見張りをしていた。
 もし青桐が連絡を回してくれなかったら、すぐに捕まっていただろう(流石に祭りの日に反省室に入れられると言うのも寂しいものである)。

「怪盗は?」
「それが……先程発見したと連絡が入ったのですが、すぐに見失ったと……」
「そうか……。茜君は?」
「副会長ですか? 副会長は今も生徒会室に待機しております」
「彼女の様子は?」
「怪盗はまだかと言っておりますが……」
「分かった。ありがとう」

 その声を聴きながら、茉夕良はそっとポケットに入っているルーペを覗いた。
 ルーペはくるくると回っている所から見ると、やはり特別塔にそれはあるみたいだ。多分怪盗もそれを盗りに来たのだろうけど……。
 青桐はそのまま職員用エレベーターに向かった。

「あの、それは使って大丈夫なんですか?」
「既に許可はもらっている」
「ですか」
「しかし今までの場所だったら怪盗は上からやってくるのに、何で今日は普通に遭遇しているのか……。上から来るだろうと予測していたから、茜君を生徒会室に待機させていたのに」
「…………」

 そう言えば。
 時計塔に怪盗が現れた時は、屋根を伝って現れて去って行った。舞踏会の時は人に紛れていたけれど。でも織也さんが宝剣を盗みに来た時も、多分織也さんと同じ天窓からでしょうし。
 何で今日に限って下からだったのかしら……?
 ……考えられるのは。
 前に考えた通り、怪盗が嫉妬の思念に振り回されない子供だったら。だとしてもおかしい。初等部も中等部も昼の間に演目は終わっているはずなのに、どうして上から行けなかったのかしら? パターンの回避と言ってしまえばそれまでだけれど……。

「ごめん、今日は「椿姫」観に行くから」
「えー……」
「先輩にはもう謝っているから」

 ……ん?
 頭の中でふいに浮かんだのは、昼間に「眠れる森の美女」の上演を待っている時に耳に入った会話だった。
 確か夜まで演目をしていたのは、「椿姫」と「眠れる森の美女」の2つだけ……。
 どちらかを観に行っていた……?
 でも「眠れる森の美女」を観に行っていた生徒は、私の見落としがなければ、終了後一旦は後夜祭の方に行ったはずなのに……。怪盗は、「椿姫」を観に行っていた……?

「あの……失礼ですが」
「何だ?」

 手回しエレベーターのレバーを回している青桐を見る。
 もうそろそろ最上階の生徒会室に到着するだろう。

「失礼ですが、副会長は今回舞台とかに参加されていたんですか?」
「茜君か? 茜君は声楽科だから昼間は舞台で歌っていたが」
「……!」

 昼間に聞いた不自然な会話が頭に浮かぶ。
 まさか、あの時ちらりと見た子。理事長は「怪盗は思念の声が聴こえる」と言っていたけれど。あの子、副会長の持ち物のどれが最後のものか、確認しに行っていた……? 確認していて遅れたのだったら、どうして下から来たのかが分かりそうだけれど……。
 茉夕良があれこれ考えている内に、エレベーターの扉が開き、目の前に広いフロアが顔を出した。いつか顔を出した生徒会室である。

「あなたさえ、あなたさえいなければ……!!」

 フロアから聴こえる女性の怒号に、思わず茉夕良の肩がはねる。
 青桐は苦虫を踏み潰したような顔をする。

「茜君、最近ずっと不安定だったのに、怪盗と鉢合わせたのか……!」
「あの、会長」
「何だ」

 そのまま生徒会室に飛び込みそうになった青桐の袖を、茉夕良は思わず掴んだ。

「本当はこんな事私が言うのもおかしいのかもしれませんが、今回は。今回だけは。怪盗にそれを盗んでもらった方がよくないですか?」
「しかし……」
「前にいた、ロットバルトは人を傷つけたりする事もあったかと思います。でも、オディールが人を傷つけたと言う例は聞いた事ありません。だから、大丈夫です。それに」

 青桐の裾を掴んだまま、茉夕良は生徒会室を見る。
 生徒会室からは大きな音が聴こえるが、それは机や椅子がぶつかる音なんだろうか。嫉妬の感情は時としては凶器となる。

「多分、会長が今行ったら、きっと副会長が悲しみます。きっと副会長は見られたくないと思いますよ」
「…………」

 青桐からようやく力が抜けた。
 窓から何かが落ちる音が聴こえた。もう、生徒会室からは、音が聴こえない。

<第9夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4788/皇茉夕良/女/16歳/ヴィルトゥオーサ・ヴァイオリニスト】
【NPC/青桐幹人/男/17歳/聖学園生徒会長】

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■         ライター通信          ■
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皇茉夕良様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第9夜に参加して下さり、ありがとうございます。
怪盗の正体も、消去法でそろそろ分かりそうですね。

第10夜も現在公開中です。
よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。