コミュニティトップへ



■とある日常風景■

三咲 都李
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景

1.
 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)が草間興信所に入ると、そこにはいつもの笑顔で草間零(くさま・れい)が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、冥月さん。えっと今日はどうされましたか?」
 にっこりと笑う零に、冥月はキョロキョロと部屋の中を見回した。
「たけひ…所長は?」
 そう聞くと、零は「あぁ」と納得したような顔をした。
「お兄さんは今ご近所の依頼で子猫の里親探しに出かけました。今日中には戻ってくるとは思いますけど…」
 子猫の里親探し…草間が子猫を大量に抱えてあたふたしている姿が想像できた。
 くすっと思わず笑みがこぼれて、冥月は慌てて口を押さえた。
「一度出直されてもいいかもしれません。夜ごろには帰ると思いますし…」
 申し訳なさそうに笑う零に、冥月はふと零に話しておかねばならぬことがあったことを思い出した。
 とても重要なことだ。
 それに、草間がいないのはむしろ好都合だった。
「零、話しておきたいことがあるんだ」
「…私に…ですか? 大切な話ですか??」
 パチパチと大きな目を瞬かせて、零はジーっと冥月をまっすぐに見つめた。
 その純真無垢な視線が痛い。
「とりあえず座って話そうか」
「あ、じゃあお茶をいれてきますから、ちょっと待っていてください」
 零はそう言うと、キッチンへと消えていった。
 は〜っ…と冥月はソファに腰掛けると、大きくため息をついた。
 告白。そう、これは告白だ。しかも重大な告白だ。
 零の人生をも変えてしまうかもしれない…そんな告白だ。
 話してもいいものか…いや、話さなければならない。
 覚悟を決めよう。大きく深呼吸をして、冥月は心静かに零が戻ってくるのを待つことにした。
「お待たせしました。今日は紅茶を入れてみました」
 ふたつの白いカップをお盆にのせて、零はひとつを冥月の前にもうひとつを反対側において自分もソファに座った。
「零、あの…あのな…」
 話を切り出したはいいが、先ほどまでの心の静けさはどこへやら冥月は顔を赤くして言葉に詰まってしまった。
 すると、零から思いがけない言葉が返ってきた。
「もしかして…お兄さんとのこと…でしょうか?」


2.
 零にはもしかしたら心を見抜くテレパシーとか備わってんじゃないだろうか?
「な、なぜ?! 何でわかった!?」
 思わず身を乗り出して詰め寄った冥月だったが、ハッと我に返りごほんとひとつ咳払いした。
 そして再び深呼吸で気持ち整える。
 話す糸口を零が作ってくれたのだ。これで話しやすくなったと思えばいい。
「そうだ。あのな…ううん、あのね」
 零は武彦の大切な妹だ。
 だから、私にとってもずっと前から妹の様な存在だった。
 そして武彦と恋人になった今、本当の意味で妹だと思っている。
 零にもう男口調で接する必要はない…冥月はそう思った。
「私ね、武彦と付き合うことに…恋人になったの」
 祝福してくれだろうか…?
 祈るような気持ちで冥月は零を見つめるが、肝心の零はなにやら考え込んでいる。
「えっと…付き合う…付き合うというのはこの場合、誰かと行動を共にする…ということでしょうか? 恋人…恋人になる…好きあうもの同士がお互いの気持ちを伝え合い合意した状態にあること…でしょうか?」
「…えっと、零? 零?」
 なにやらぶつぶつと呪文のように唱える零に、冥月は一抹の不安がよぎった。
「つまり、先ほどのお話を総合しますと、『お兄さんと冥月さんはお互いが好きであることを確認、合意した上で行動を共にするようになった』…ということですか?」

 この子わかってませんでした!!

「そう、そのとおりよ。零」
 軽く脱力感を覚えながらも、ようやく自体を飲み込んでくれた零に冥月は頷いた。
「それはとってもよいことですね! おめでとうございます!!」
 零は満面の笑みを冥月に向けた。
「…ていうか、武彦は何も言わなかったの? 聞いてない?」
「う〜ん…お兄さんが『今度改めて会わせたいヤツがいる』といってましたが、それは関係ありますか?」
 あるよ、あるある。
 零の世間知らずっぷりは、冥月の予想をはるかに飛びぬけていた。
 ハァッと短いため息をついて、冥月は微笑んだ。
「零には私からきちんと話しておきたかったの。…武彦とのこと、許してくれる?」
 その言葉を言って、冥月は思わず下を向いた。


3.
 武彦が好きといってくれているならそれだけでいいと思ってた。
 だけど、私、少しずつ欲が出てきてしまった。
 周りから祝福されたい、理解されたい。零は、その最も重要な人物だった。
 もし零に…駄目だといわれたら? 拒絶されたら?
 そう思うと、視線を合わすのは躊躇われた。
「許す? なぜ私が許さないといけないんですか?」
 零の言葉が無情にそう告げた。
 冥月はグッと両の拳に力を入れて握り締めた。
 こうなることだって予想できたじゃないか…。
 しかし、零はさらに言葉を続ける。
「恋人になったり、付き合いをするには誰かの許しが必要なんですか? それは法律か何かで決まっているのでしょうか?」
「…え??」
「あ、もしかして判子とかいりますか? なにか文書を作成したりするんですよね。今持ってきたほうがいいですか??」

 本気でこの子わかってませんでした!!

「零、零。ちょっと落ち着こう」
「え? でも、判子いるんですよね??」
「いや、それはいらないから。…あのね? 零に許して欲しいっていったのは、私と武彦が付き合うことを祝ってくれるかってこと。付き合うだけなら文書作成も法律も関係ないのよ」
 素直すぎる妹は厄介である。
 冥月は説明しながら、ちょっとだけそんなことを思ったりした。
「私が、お兄さんと冥月さんの付き合いを…もちろん祝福します! 私、とっても嬉しいです」
 花が咲くように笑った零は、それは嬉しそうだった。
 それを見てようやく冥月はホッとした。肩の荷が下りた気がした。
「ところで、冥月さんはお兄さんとどうやって付き合うことになったのですか? 付き合うって何をするのですか? 好きってどうやってわかったんですか!?」
 目をキラキラと輝かせて、零は身を乗り出して冥月を見つめた。
 あぁ…この顔に弱い…。
「どうやって…そ、それは武彦から…」
 思い出しながら冥月は恥ずかしげに顔を赤らめた。
「付き合うって何する? …何って…え…そ、そんなこと、言えないわよ…」
 あんなことこんなことを思い出して、顔をぶんぶん振って答えを打ち消す。
「好き…そりゃ、お互いが…こう…そういうタイミングで…」
 実はその時私は裸で武彦と抱き合ってました…なんていえるわけもなく、言葉を濁しまくる。
「へぇ〜」
 にこにこと理解しているんだか理解してないのかわからないが、零は楽しそうに聞き入っていた。
 そして、最後の質問をした。
「じゃあ、冥月さんはお兄さんのどこが好きなんですか?」


4.
 どこが…?
 一瞬頭の中が真っ白になった。
 顔も好きだし、あの細くてしなやかな指も好き。
 ちょっと意地悪いけど、気を使ってくれる優しさも好きだし、どんな小さな事件でも真剣に取り組む姿だって好き。
 でも、どこがって聞かれたら…どこ?
「冥月さん?」
 固まってしまった冥月に、零は不思議そうに冥月の顔を覗き込んだ。
 冥月はぐるぐると回る思考に、ようやく答えを見出した。

「どこが、なんて分からないわ。武彦が武彦でいてくれる事が…彼の全部が好きなんだもの」

 そう言って思わず照れて入口の方向に顔を向けると…そこにはいつの間にか帰宅した草間武彦(くさま・たけひこ)の姿があった。
「うぉほん。…ただいま」
「お、お兄さん、お帰りなさい!」
 シュタっと立ち上がった零は深々と頭を下げた。
「い、いつから!? いつからそこにいたの!?」
 ただアワアワと慌てふためく冥月の隣に、草間は腰を下ろした。
「ん? 『付き合うって何をするのですか?』辺りからか」
「…ほとんど全部聞いてたんじゃないか!!」
 真っ赤になってつっこむ冥月に、おろおろする零。
 と、「くっしょん!」と草間が小さなくしゃみをひとつした。
「外、寒かったんですね? 今温かい飲み物入れてきます」
 零がそう言うと、急いでキッチンへと消えていった。
「…盗み聞きなんて性格悪いぞ」
 冥月は少し冷静になったのか、小さな声で草間に言った。
「失礼だな、盗み聞きしてたんじゃない。お前らが俺に気付かなかっただけだ」
「一言くらい声かければいいだろう!?」
「あの雰囲気で声かけるタイミングがあるというなら、それは空気読めないヤツだな」
 まったく、男いうヤツはへ理屈ばかりを言う。
 …それでも武彦を好きだと断言できるのだから、恋は盲目だ。
 返す言葉もないまま、冥月は黙り込んだ。
 すると、不意に冥月は草間に抱き寄せられた。
「俺も、お前だから好きなんだぜ? お前の全部が愛おしい」
 耳に口をつけられそうなほど近くで囁かれ、冥月は嬉しくも恥ずかしくなった。
「…ばか…」
 小さな声は抵抗にならず、2人の唇は触れ…あおうとした瞬間に「あっ!?」と声がした。

 驚いて声のほうを振り向くと、マグカップを持ったまま真っ赤になって立ち尽くす零の姿が…。

「わ、私…お邪魔みたいですので、で、出かけてきます…」
 マグカップを持ったまま外に出ようとする零に、冥月と草間が慌てて引き止めて弁解を開始したのであった…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
 

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は『とある日常風景』へのご参加ありがとうございました。
 日常です。ほのぼのです。
 草間氏のネコの依頼は解決したのか気になるところですが、多分解決したのだと思います。
 純真な妹に翻弄されるカップル…なかなかよいですね。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。