コミュニティトップへ



■とある日常風景■

三咲 都李
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景

1.
「それじゃ、草間さん。よろしくね」
「あぁ、任せてくれ」
 近所の洋品店のおばさんから渡されたダンボールを草間武彦(くさま・たけひこ)はしっかりと受け取った。
 歩き出した街はうっすらと低い雲に覆われ、今にも雪が降ってきそうに寒かった。
 簡単に任せてくれとは言ったものの…草間は先ほど見たダンボールの中を思い出した。
 子猫が3匹、あっち行ったりこっち行ったりとコロコロ転げまわっていた。
 この子猫たちの里親を探してほしい、洋品店のおばさんに依頼された仕事だ。
 はっきり言って薄給である。むしろボランティアに近い。
 しかし、地域の仕事はネットワークの強化として必要だし、なにより生活の苦しいさなかには助けてもらえることもある。
 世の中は持ちつ、持たれつで出来ている。そういうものだ。
「…にしても…」
 唐突にダンボールを道の真ん中において改めて、ダンボールの中を見た。
 にゃーにゃーと可愛い声を上げてまん丸な瞳で子猫たちが遊んでいる。
 草間がちょっと手を差し入れると、真っ白なメスの子猫が寄ってきた。
 愛想のいいヤツだな。
 こいつはきっとすぐに貰い手がつくんじゃないだろうか?
 …にしても、誰かに似ている…。
 脳裏によぎるのは妹の草間零(くさま・れい)の顔。
 似てなくもない。
 こいつが貰われてったら、俺ちょっと寂しいかも…なんて変な考えが浮かぶ。
 ふと目を移すと、黒いメスの子猫がちょっと大きめの黒いオスの子猫と寄り添っている。
 この黒いメスの子猫も、誰かに似てないか?
 そう考えて思い当たったのは黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)の顔だった。
 艶のある黒い髪の毛を思い出させる毛艶のよい子猫。
 そっと撫でようと手を出すが、ツンと澄まして顔を背けた。
 あぁ、最初に会った時はあいつもこんな感じだったな。
 なんだか人生の縮図を見ている気分になってきた。

 あれ? じゃあ、このオスの黒猫は…俺か?


2.
 黒いオスの子猫はきりっとした顔立ちのちょっとがっしりした一回り大きな子猫だった。
 草間が手を出すとちらりと視線を向けた後、メスの黒い子猫に寄り添って草間の手の動きを警戒している。
 …なんかムカつく。
 少なくとも自分には似てない気がする。そう感じた。
 じゃあ誰なんだ? と考えてみる。
 色々な人間の顔が次々と浮かぶが、当てはまりそうな人間がいない。
 …いや、待て。1人いるじゃないか。
 そう、冥月の元恋人。今は静かに墓の下に眠る草間の恋敵だ。
 顔が浮かばないのは当然だ。草間は彼の顔を知らない。
 だが、この子猫の動きは恋人のソレ、そのものじゃないのか?
 というか、黒いの2匹で何か仲良くしてるし…。
 ムカムカッとなんとなく、わけのわからない嫉妬心みたいなものが芽生えてきた。
 ぐいっと冥月似の子猫を抱き上げると、恋敵の子猫はにゃーにゃーと返せといわんばかりに鳴き出した。
 こいつ…生意気な…。
「おじさん、なにやってるの?」
 ふと、声をかけられて顔を上げるとそこには小学生の女の子2人がいた。
「…おじさんじゃない、お兄さんと呼べ」
「おじさん、猫好きなの?」
 草間のお兄さん発言は完全無視に、小学生たちはしゃがみこんでダンボールの中を覗き込んだ。
「この猫たちを飼ってくれる人を探してるんだよ」
「この子可愛いね〜。私が飼ってあげようか? おじさん」
 だからおじさんはやめろと…と言いかけて、ん? と草間は首を傾げた。
「おまえんち、飼えるのか?」
「私んちの親、私のいうことなら何でもきくから全然OKだよ」
 最近のガキはこんな年から『女』なのか…。将来が怖いな。
「よし。じゃあこの子貰ってあげる」
 そういうと小学生は恋敵の子猫を抱き上げた。
「…大切にしてくれよ? 小さくても命だからな?」
「おじさんに言われなくてもわかってるよ! ねー。ニャーちゃん」
「ばいばい、おじさん!」
 さっそくニャーちゃんと呼ばれた恋敵の子猫は、しっかりと小学生の腕の中に抱かれて去っていった。
 草間の腕の中の冥月似の子猫が寂しげに鳴いていた。


3.
 冥月似の子猫をダンボールに戻して、ぶらぶらと歩き出した草間。
 ちょっと気が抜けた。まさかあいつが一番に貰われていくとは…。
 冥月似の子猫がまだ鳴いている。よほど寂しいのか…。
 …あいつもヤツがいなくなった時、泣いたんだろうか?
 雪がちらほらと降ってきた。
 もうちょっと厚着をしてくるんだった。早く事務所に戻って熱いコーヒーを飲みたい。
 事務所に帰ったら、冥月に電話でもしてみるか。
「…っくしょん!!」
 寒い。とにかく今は子猫の里親探しだ。

 その頃、冥月は実は草間興信所に向かって歩いていた。
「武彦、いるかな」
 白い息を弾ませて冥月は草間のことを思いながら、先ほど草間に猫を託したおばさんのいる洋品店前を通り過ぎた。

「おぉ、この子可愛いね。草間さんとこの子?」
「里親探しを頼まれたんだよ。どう? おやっさんとこの子にしてみない?」
 和菓子屋の親父を捕まえて、草間は零に似た白い子猫を抱き上げた。
 人懐っこい可愛い声でにゃーんとひと鳴きすると、子猫はのどをゴロゴロと震わせた。
「食い物屋は清潔が命だからねぇ。あぁ、でもお客さんに猫探してる人がいたなぁ…ちょっと聞いてみるかい?」
 和菓子屋の親父はそう言うと常連客の名簿を取り出して、電話をかけだした。
 その間に和菓子屋の奥から和菓子と熱いお茶を持ってきた奥さんが草間の前にそれを差し出した。
「あ、どうもすいません」
「いいのよ、草間さんにはいつもお世話になっているもの」
 奥さんは愛想よくそう言うとにこりと笑って続けた。
「ところで…最近草間さん、可愛い子と歩いてるそうじゃない? 黒髪の可愛い子だって聞いたわよ?」
 近所の目は光っている。探偵並みに。
 これだからご近所ネットワークは侮れないのだ。
「…お客さん、一度猫を見てみたいってさ。今から来るそうだよ」
「そ、そうか。そりゃありがたいな」
 冷静にそう答えた草間だったが、顔が赤かったのを和菓子屋の夫婦は見逃さなかった。


4.
 和菓子屋のお客は一目見て零似の白い子猫を気に入った。
 ダンボールの中には冥月似の黒い子猫だけになった。
 草間はまたダンボールを抱えて街を歩き出した。
 1匹になってしまった寂しさなのか、子猫は鳴きやまない。
 通り過ぎる人々が何事かと草間を振り返り、視線を容赦なく草間に突き刺していく。
「あぁ! もうしょうがねぇなぁ!」
 近くの公園のベンチで、草間はダンボールを開けて子猫を抱き上げた。
 すると、するりと子猫は草間の腕をすり抜けて駆けだした。
「あ!?」
 がさがさっと茂みに身を隠してしまった子猫を追いかけて、草間は四つんばいになりながら子猫を探した。
「おーい、でてこーい」
 茂みの中は何せ動きにくいし、枝が体中のあちこちに刺さる。痛い。
 放っておく訳にはいかない。依頼でもあるし、なにより冥月に似ている猫をきちんと幸せにする義務が俺にはある。
 にゃーと小さな泣き声が聞こえた。草間はその声の方向を見た。
 冥月に似た子猫が、茶色の少し大きな猫とすりすりと寄り添っているのが見えた。
 どことなく、その茶色の猫が自分に重なって見える。
「…そっか。お前も寂しかったのか」
 そう呟いた草間の前で、茶色の猫がおもむろに冥月似の子猫にのしかかろうとした。
「ま、待て! 俺はそんなにがっついてないぞ!!」
 その声にびっくりしたのか、2匹はどこへともなく消えていった。
「…幸せになれよ」
 草間はそっと呟いた。


5.
「…ですか? 付き合うって何をするのですか? 好きってどうやってわかったんですか!?」
 興信所に戻ると、零の珍しく興奮した声が聞こえた。
「誰か来てるのか?」
 そう思って扉を開けると、零と冥月がなにやら話し込んでいた。
 どうやら話に夢中で草間が帰ったことに気がつかないようだ。
 冥月は真っ赤な顔をしながら、零の質問に答えている。
 そんなに真面目に答えなくてもいいのにな…まぁ、そこがこいつのいいトコなんだが。
 苦笑しながら見ていると、零は唐突にこんな質問をした。
「じゃあ、冥月さんはお兄さんのどこが好きなんですか?」
 
「どこが、なんて分からないわ。武彦が武彦でいてくれる事が…彼の全部が好きなんだもの」

 …本人目の前にしてよく言った。
 草間が目を丸くしていると、不意に冥月と視線が合った。
「うぉほん。…ただいま」
「お、お兄さん、お帰りなさい!」
 シュタっと立ち上がった零が深々と草間に対し頭を下げた。
「い、いつから!? いつからそこにいたの!?」
 慌てふためく冥月の隣に、草間は何事もないように腰を下ろした。
「ん? 『付き合うって何をするのですか?』辺りからか」
「…ほとんど全部聞いてたんじゃないか!!」
 真っ赤になってつっこむ冥月に、おろおろする零。
 …鼻が…むずむずする…。
「くっしょん!」
 草間は小さなくしゃみをひとつした。
「外、寒かったんですね? 今温かい飲み物入れてきます」
 零がそう言ってキッチンへと消えた。
「…盗み聞きなんて性格悪いぞ」
 冥月は小さな声で草間に言った。
「失礼だな、盗み聞きしてたんじゃない。お前らが俺に気付かなかっただけだ」
「一言くらい声かければいいだろう!?」
「あの雰囲気で声かけるタイミングがあるというなら、それは空気読めないヤツだな」
 憮然として黙る冥月。おそらくは納得などしていないだろう。
 草間は冥月の肩を抱き寄せた。

「俺も、お前だから好きなんだぜ? お前の全部が愛おしい」

 耳に口をつけんばかりに近くで囁く。
「…ばか…」
 冥月の小さな声に、草間は冥月の唇に唇を近づけ…ようとした瞬間に「あっ!?」と声がした。

 驚いて声のほうを振り向くと、マグカップを持ったまま真っ赤になって立ち尽くす零の姿…。

「わ、私…お邪魔みたいですので、で、出かけてきます…」
 マグカップを持ったまま外に出ようとする零に、冥月と草間が慌てて引き止めて弁解を開始した。
 すっかり忘れていた妹の存在に、草間は自分が先ほどの茶色の猫とさほど変わりがないことに苦笑した…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
 

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は「とある日常」へのご依頼、ありがとうございました。
 草間氏視点…ということで、怪奇探偵の日常などを織り交ぜつつ書かせていただきました。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。