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■古書肆淡雪どたばた記 〜マダムLのチョコレートレシピ■

小倉 澄知
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
 その日、古書肆淡雪からは甘い香りが漂っていた。
 甘さの中に苦みもある、どうもチョコレートの香りのような感じだ。
 だが古書店店主はいつも通り……いや、いつもより心なしか困ったような顔で佇んでいるのみ。別に彼が何か作っているというわけではないらしい。
 古書店内から香っているのは確かなのだが、出所ははっきりしない。
 貴方が店主、仁科・雪久へと香りについてさりげなく問うてみると彼は困ったように1冊の本を取り出してきた。
 途端に甘いチョコレートの香りは先ほどより強く。
「……これは、マダム・リサという人物が書いたものでね。チョコレートレシピの載ってる本なんだ」
 初心者向けのショコラショーをはじめ、トリュフにオランジェット、ガナッシュや生チョコ、チョコムースやガトーショコラ、フォンダンショコラなんてものもある。
 彼曰く「チョコレートマニア垂涎の本」で「マダム・リサの魂が宿っていると噂される本」なのだそうな。
 それがどうしたのか? とばかりに貴方が視線を向けると雪久は更にこう語った。
「どうやらそろそろチョコレートレシピを試してみてほしいらしくてね……そういう時はチョコレートの香りを漂わせるんだよ」
 意志ある本とでもいうべきか。魂が宿っているという噂は嘘では無かったのか。長い事チョコレートレシピを試す者がいないと、レシピの料理をつくってくれとばかりに、こうしてチョコレートの香りを漂わせるのだという。
 モチロン、ただちょっと香りを漂わせるだけなら「良い香り」で済む。
 しかし、放置しておくとこのチョコレート臭はずっと続く。それは流石に厳しい。ご近所からの視線も険しくなるし、古書店の営業上も問題が出るのだ。
「で、まあ、最初のうちは私が時々レシピを見てお菓子を作っていたのだけれど、この本、流石に私ではもう飽きてしまったらしくてね。新しく誰かにお菓子を作って貰いたいみたいなんだけれど――」
 台所は貸すから、作ってみないかい? と雪久は貴方へと訊ねる。
 勿論雪久も多少は手助けをすると言う。
「終わったらちょっとここでお茶会をしていってもいいしね」
 どうだい? と雪久は貴方に本を差し出した――。
古書肆淡雪どたばた記 〜マダムLのチョコレートレシピ
 依頼を受けた藤田・あやこ(ふじた・あやこ)が最初にやった事は、古書店店主仁科・雪久の差し出した本を受け取る事――ではなく、台所に入りこむ事だった。
 さくさく準備を始めたものの、マダムのレシピには触れようともしない。
 彼女は冷蔵庫をごそごそ、使えそうな食材を探す。足りない分は仁科に買ってくるよう指示を出した。
 その時点で雪久は嫌な予感がしていた。が、その予感をスルーしてしまった事を後悔するのはもう少し後の事。
 頼まれものを買い込みレジ袋を渡すなり、雪久本人は台所から追い出された。
 レシピの内容を試して欲しい、と言ったにも関わらず、彼女は1ページたりとも捲っていない。それどころか本自体に触れても居ない。
 だが、もしかしたらどこかで本を読んだ事があるのかも知れない――。
 問い正すのも悪いと雪久は様子を見守ることにしたのだが。
(「……激しく不安だ……」)
 不安に駆られても彼に出来る事はテーブルで手を組みただただあやこの作業を悶々と待ち続けるのみだった。

 さて、その頃台所を占拠したあやこはといえば。
「チョコ寿司を創ります〜。お寿司風お菓子ね」
 独り言に鼻歌も乗せてまずはチョコ巻、と巻き寿司用すだれの上にチョコレートをシート状にしたものを引く。更にチョコシートの上にポップコーンを飴で貼り付け、ご飯っぽい雰囲気を出す。
 具材としてメロンやカステラ、プリンに八つ橋を適度に長細く切り、並べ、まとめてぐるっと巻き込むと、チョコ巻の出来上がり。
 断面を見るとキュウリ、厚焼き玉子、高野豆腐、乾瓢の太巻きっぽく見えない事もない。
 見た目若干の違和感はあるものの、何も知らずに太巻きだと思って囓ると予想外の味覚に悶絶するハメになる事は間違い無いだろう。
 更に彼女はホワイトチョコをしゃりの代わりにし、桃の薄切りを乗せる。サーモン握り風、という事らしい。
 が、流石にちょっと厳しい。いくら何でも桃の薄切りはサーモンには見えにくい。
 このあたりから大分苦しい展開となってくるのだが――。
「アンズでトロ、サクランボ乗せてイクラの軍艦だ〜」と1人盛り上がるあやこ。
 ていうかアンズでトロ、はかなり苦しい。
 もっと言うなら、サクランボでイクラの軍艦は相当無理がある。どう見てもイクラ感ゼロパーセントなのだ。
 それも本人も自覚していたのか。
「チョコっと苦しいかな。テヘ」
 てへぺろ☆ と仕草も作ってみたものの、苦しいとかなんとか言うより心の中におっさんが住んでいるとしか思えない海苔……もといノリである。
 小皿には抹茶ホイップクリームとカラメルが準備され、ちょっと醤油とわさびっぽい。
「丼も作っちゃう。チョコ鰤丼〜」
 どんぶりにポップコーンを敷き詰め、中央部分をへこませる。そして刻んだメロンとオレンジを散らす。本人曰く、お新香と葱のかわり、だそうだ。
 そして先ほどへこませた部分にホイップクリームを乗せ、更に栗を飾る。
「これで卵〜」
 しかし、このままでは肝心の鰤が無いような?
 彼女はチョコの角切りをゴロゴロと乗せていく。多分、コレが鰤。
「いりごまを丸く塗してチョコ鰤丼〜」
 ……完成、らしい。
 完成したそれらをお盆へと並べ、あやこは嬉しそうに鼻歌をうたう。
 そして、先ほど台所から追い出した雪久をちょいちょいと呼び寄せた。
 ずらりと並んだ寿司風の菓子を誇らしげに見せて彼女は胸を張る。
「見た目綺麗でしょ。あやこの和風チョコ細工寿司風お菓子でした〜」
「……ええと、あやこさん、でしたか……」
 雪久は困ったように首を傾げた。というか、全力で困っていた。そりゃあもうというくらい困っていた。
「……私がどう依頼したか、覚えてるかな?」
「チョコつくって欲しい、でしょ?」
 胸を張りすぐ答えたあやこに速攻で「違います」とツッコミが入った。
「マダムのレシピを試して欲しい、と言ったんだけれど」
 これまでは雪久が様々なレシピを試していたが、マダム・リサは雪久が料理を作る事には飽きてしまった。だから、誰かにマダムのレシピを試して欲しい、という依頼だったわけだが――あやこが作ったモノはレシピには載っていない。何故なら、先ほど彼女自身が「あやこの和風チョコ細工寿司風お菓子」と告げた事からも解るように、彼女のオリジナルレシピだったのだ。
「この本に載ってるレシピなら自由に試していいとは言ったけれど、まさかオリジナルのお菓子作るとはね……」
「美味しそうでしょ♪」
「そういう問題じゃあないんだけれど」
 平然と笑顔で告げるあやこに雪久は渋面を作った。
「えーでも折角作ったのにー」
「帰って下さい。材料もタダじゃないんですから。寧ろ材料費高いんですから」
 あやこの言葉に頭痛でも起こったと言わんばかりに雪久は頭を抑える。どうにも会話が噛み合わない。
 折角作ったのにコールを続けるあやこの背中を無理矢理押し、雪久は店から追い出す。
「……やれやれ、また他の方を探さなきゃならないかな……」
 扉を閉め、大きくため息を付く雪久の傍、マダム・リサのチョコレートレシピは、まるで彼の苦悩を表すかのようにほろ苦いチョコレートの香りを漂わせていた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家

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■         ライター通信          ■
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 お世話になっております。小倉澄知です。
 何となく、普段あんまり料理をされない方なのかなぁ、なんて思いつつの執筆でした。
 ……誰がとは言いませんが。
 発注ありがとうございました。