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■とある日常風景■

三咲 都李
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景

1.
 2月14日(火)
 立春も過ぎたというのに東京都下は未だに春の気配は見えず、冬将軍が猛威を振るっている。
 今日も昼過ぎから雪が舞い落ち、うっすらと街は雪化粧だった。
 そんな雪の街を見下ろしながら、草間興信所で電話をする男がいた。
「…あぁ、だから今日は他の仕事が入って無理なんだ。悪いな」
 ちんっと電話を置いた草間武彦(くさま・たけひこ)の傍らで黒冥月(ヘイ・ミンユェ)はふふっと笑った。
「仕事って私のこと?」
 少し意地悪くそう聞くと、草間は冥月を抱き寄せた。
「義務じゃないからな? 俺が一緒に居たいだけだ」
 耳元で甘く囁かれて、冥月は顔を赤くした。
 武彦はどれだけ私をドキドキさせたら気が済むのだろう?
「れ、零は? 今日はいないの?」
「ん? 零は今日調査に行ってもらった。日帰りで出来る仕事じゃないからな。今日は帰ってこないぞ?」
 なんと草間の妹、草間零(くさま・れい)は草間の陰謀により遠くに追いやられていた!
「…お前、鬼か?」
「失礼だな、愛の鞭といってくれ」
 冥月は苦笑しながらも、今日1日を草間と過ごせることが嬉しくてしょうがなかった。
 …いろんな意味で。

 下着もばっちりだし、持参した料理の材料には密かに精力増強といわれるものも仕込んできた。
 準備に抜かりはない。
 …ないけど…あ、あんまりあからさまには出来ない…。

「どうした?」
 小首を傾げた草間に、冥月は「なんでもない」と慌てて笑顔を作った。


2.
「台所借りるわね」
 来て早々に冥月はエプロンを取り出して着用すると、軽く髪を後ろで縛った。
 台所に向かう冥月に、草間は「何をするんだ?」と不思議そうにあとをついてくる。
 冥月は楽しそうに振り向いた。
「まずは今日持ってきた材料を冷蔵庫に。手伝ってくれる? 寒いから夜はお鍋とかどう?」
「鍋か、いいな。ん? まずは??」
「今日は何の日だっけ?」
「今日…? もしかして、今からチョコ作るのか?」
「そ。リクエスト聞いてからのほうがいいかなと思って。ね、何がいい?」
 冷蔵庫に鍋の材料を入れながら、草間はうーんとうなり始めた。
 そんな草間を横目で見ながら、冥月はお湯を沸かしチョコレートを手早く刻み始めた。
「洋酒が効いてるヤツがいいな。甘ったるいヤツはハードボイルドには似合わない」
「ハードボイルド? …誰が??」
「俺だ、俺!」
 必死の形相でそう主張する草間は、どことなく子供じみていて冥月は思わず微笑んだ。
 そんな冥月に、草間はそろ〜っとすり寄ってきた。
「なぁ」
「なに?」
 リズムも軽くチョコを刻む冥月の体に、草間は腕を絡ませた。
「エプロンも似合うな」
 草間の手が冥月の体のラインに沿って動く。ぞくぞくっと背中に走る衝動に冥月は思わず「ん…」と声を漏らした。
「このまま、おまえ食べたいな」
 草間の唇がそういいながら、冥月の耳たぶを甘噛みした。
 冥月は流されそうになる気持ちを抑えながら、包丁を草間の目の前に突き出した。
「料理中はダメ。危ないでしょ?」
 草間の手が自然に冥月から離れ、知らずと両の手のひらを冥月に見せる。
 降伏の証だ。
「わ、わかったから…とりあえずソレを下ろせ。な?」
「それに…愛情込めて作るんだから美味しいの食べて貰いたいの。わかるでしょ?」
 頬を染めて包丁を草間に向ける冥月は、草間の目から見ていつかの悪夢を思い出させただろう。
 顔の赤い冥月に対して、草間の顔はすこぶる青くなっている。
「後でゆっくり、ね? 待ってて」
 そう言って冥月は包丁を下ろすと、草間に軽くキスをした。


3.
 さて、洋酒の効いたチョコ…。
 と、いって思い出すのはまずチョコレートボンボン。
 チョコレートで出来た器の中に洋酒そのものが入っている。
 あれは難しい。…出来ないとはいってない。ただ、今から作るのでは時間がかかる。
 かといって、チョコレートケーキに洋酒をしみこませた程度ではおそらく納得しないだろう。
 ふむ…と考え抜いた末に、冥月は冷凍庫からあるものを取り出した。
 デザートのつもりで買ってきた夏みかんのシャーベットだった。
「何するんだ?」
 草間が不思議そうに冥月の動きを見ている。次の行動が予測できないのだろう。
 冥月は「まぁ、見てて」と微笑んで、シャーベットに洋酒を振りかけて混ぜ合わせ始めた。
 シャーベットが溶けきらないうちに手早く混ぜて、再び冷凍庫へ。
「今のがポイント」
「ポイント? …どこが??」
 さっぱりわからないという顔。草間の頭にはてなが浮かんでいるのが見えるようだ。

 冷凍庫で冷やし固める間に少し草間とおしゃべりをする。
「武彦は甘いもの好き?」
「男がおおっぴらにそんな発言できるか。…でもやっぱり綺麗に作られたケーキとか見ると食べてみたくなるよな。買えないけどな」
 まぁ、「俺は甘いものが好きだ」なんて公言する草間は嫌かもしれない。
「なら今度気になるケーキがあったら作ってあげる。ちゃんと教えてね?」
「わかった。今度見かけたらメモしておく」
 何もそこまでして…と思ったが、草間の顔がほころんでいるのを見て冥月は目を細めた。
 草間は嬉しかったのかもしれない。らしくない部分をさらけ出す相手が出来て…。

 そうこうしている間に、冷凍庫のシャーベットが再度カチンカチンに固まったことを確認して冥月は次の作業に取り掛かった。
 チョコレートを湯銭にかけ溶かし始める。
 熱くなく、冷たすぎず。ぎりぎりの温度を保つ。
 次にシャーベットを一口大の大きさに手早く丸めとる。
 その上からチョコレートをかけて丸める。シャーベットが溶けない内に、冷蔵庫に入れる。
「さ、次は鍋の下ごしらえよ」
 草間が不満げにため息をついた。
「…おまえ、ここにきてからずっと料理ばっかだな」
「武彦に美味しいもの食べてもらいたいの」
 冥月はそう言って笑ったが、草間はまだ不満そうな顔だった。


4.
「でーきた! モツ鍋完成♪」
 汁を入れた鍋の中に、下処理した牛の腸を入れて味がつく程度に煮込んだ後に定番のキャベツやニラを入れたあと、さらにゴボウのササガキを入れた冥月特製のモツ鍋だ。
 今回は醤油をベースにニンニクと唐辛子で大人の辛さにしてある。
「うお! うまそ〜」
 ぐ〜とお腹を鳴らした草間は興信所のソファでそれをぺろりと平らげた。
「…そんなにお腹空いてた?」
「俺は美味い物は残さない主義なんだよ」
 草間はそういって「ごちそうさま」と手を合わせた。
「あ、待って。ご馳走様にはまだ早いわ」
「え?」
 冥月は立ち上がると、冷凍庫からチョコを取り出してきた。
「チョコレート。食べるでしょ?」
 一口大に丸くなっているチョコを見て、草間は感心した。
「おぉ。出来てる。すごいな」
「はい、あーん」
 ひとつ摘まんで、草間の口の中に放り込む。
 草間はそれを噛むと「おぉ!」と驚嘆した。
「チョコレートボンボンか」
 チョコレートの中から夏みかんのシャーベットと洋酒が混ざったものが口の中に広がる。
「美味しい? ふふ、よかった」
「…冥月も食べろよ。ほれ」
 あーんとしろとばかりに草間がチョコを一粒、冥月に差し出した。
 冥月は少し戸惑ったあと、パクっと草間の手からチョコを食べた。
 とたん!
「痛っ!!」
 と、草間が手を押さえてうずくまった。
「え? か、噛んじゃった!?」
 手を噛んでしまったかもしれないとオロオロする冥月に対し、草間は痛みをこらえる。
「大丈夫? ねぇ、どこが痛いの? 見せて!」
「…として…食わせろ」
「え?」
 聞き取れなかった草間の言葉は、再び草間の口から冥月へと届けられる。

「罰として、俺にチョコをおまえの口で食べさせろ」

 その瞬間、冥月は草間がニヤリと笑ったのを見た。
 騙された…!?
 だが、冥月はすぐにチョコを一粒取ると自らの口に含んで、草間に口付けた。
 今日はバレンタインデー。
 女から男へ、愛という名の挑戦状を叩きつける日。
 体中に広がる甘いアルコールに酔いながら、2人で溶け合ってしまえばいい…。


5.
「ただいまー! お兄さん!!」
 ばたんっと大きな音がして、興信所の扉が開かれた。
 冷たい外気と共に、元気にはいってきたのは雪まみれの草間零だ。
「すごいです! 今日1日で終わるわけないと思ってたのに、終わっ…ちゃった…ので…」
 次第に語尾が小さくなっていく零。
 それもそのはず。
 零の視線の先には、草間を押し倒す冥月の姿が…!
「け、喧嘩ですか!? 喧嘩なのですか!?」
 あわあわと慌てふためく零に、冥月はガバッと起き上がって草間から離れた。
「…予定は未定…だな」
 起き上がった草間が苦笑いして、ポンと冥月の頭を撫でた。
 まぁ、でも帰ってきたものは仕方がない。ここは零の家でもあるのだから。
 とりあえず誤解は解いておきたい…と冥月は零に歩み寄った。
「違う違う。零、落ち着いて! 今のは喧嘩じゃないから安心して」
「じゃあ、なんですか? 何をしていたのですか?」
「そ、それは…」
 純真な心でまっすぐな質問をする零に、口ごもる冥月。
「零」
 草間が零を呼んだ。
「はい、なんで…!?」
 ぽいっと零の口に何かを投げ入れた。
 零はそれをモグモグッと2〜3回咀嚼し…ドタッとぶっ倒れた。

「ちょ!?」
「えぇ!?」

 思わぬ事態に2人は慌てた。
「なに食べさせたの!?」
「おまえのチョコだよ! こいつ…アルコール、ダメだったのか…」
 顔を赤くしてバタンキューした零に、もはやバレンタインもどこかへ飛んでいったようだった…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
 

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度は『とある日常の風景』へのご参加ありがとうございました。
 バレンタインデーの惨事…いかがでしたでしょうか?
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。