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■古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい■

小倉 澄知
【7061】【藤田・あやこ】【エルフの公爵】
 古書店店主、仁科・雪久は本を引き出しその隙間を見やり、小さく唸っていた。
 さらに何事だろうと思わずに居られない勢いで吐かれたため息に、貴方もついつい隙間を覗き込む。
 そんな貴方へと雪久が小さく問いかけてきた。
「……見えるかな?」
 本棚と本棚の隙間には何やら黒く澱んだモノがある。その中に浮かんだ単眼が、こちらをじっと見つめていたのだ。
「なんだかよく解らないのだけれど、ここ数日ここにいてね。一般人のお客さんが怖がるといけないから、出来れば出て行って欲しいんだけれど……」
 一度雪久が触れようとしてみたものの、指先に残ったのは空を切る感覚のみ。彼には触ることは出来なかったらしい。
 因みに、本棚でもこの部分のみ。他の本を引き出した隙間には何もなく、ごくごく普通に奥の景色――更なる本棚が見えるのみだ。
 更に言うならば、本棚の裏側に何かがいて、それがこちらを見ている……というわけでも無いらしい。そうであれば、本棚の裏へと回ればソイツの姿が見えるはずだが、特に何か居るわけでもない。向こう側から覗き込んでも、黒い澱みと単眼が見えるのみ。
「……というわけで、申し訳無いのだけれど、コイツを何とかしてもらえないかな」
 何とか話をつけて退去してもらうのでも、退治するのでも良い。手段は問わないから本棚から出て行って欲しいと雪久は語る。
「それにしても……なんだろうね? これ」
 不気味な単眼は何をするというわけでもなく、こちらをじっと見つめ続けていた――。
古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい
 書棚の奥には黒く澱んだものが存在していた。
「不気味だなんて可哀想に……これは紋様ですよ。星的鯛をご存じですか」
 藤田・あやこ(ふじた・あやこ)は書棚の奥を覗き込み告げたが、古書店店主、仁科・雪久から返ってきたのはたった一言の「知らないな」という言葉だった。
 不思議そうな顔の店主にむけてあやこは満面の笑顔で語る。
「円らな可愛い瞳が正面にあるんです」
「へぇ……それでどんな生き物なのかな」
 胸を張り、あやこは語る。
「餌は情報です。情報は記述や読み出しに労力を消費します。つまりエネルギーと同じなんです」
 まあ、大凡わからんでもない。実際書くのも読むのもなんのかんので大変なのだ。ついでに言うなら管理するのも。それだけではない。1冊作り出されるまでにかかる労力を考えればかなりのモノとなるだろう。
 それは雪久にも大体理解出来たらしい。ふぅん、と頷いて少ししてから彼は胸中に湧いた疑問を彼女にぶつけた。
「まさかとは思うけれど、本そのものを食べられたりは?」
「本そのものは食べませんが、情報は食べます」
「つまり……本文が消える可能性がある?」
 問われたあやこは笑顔で頷き答える。「本屋はこの子にとって格好の餌場ですよ」と。
「住み着いてしまったのねぇ、どうしようね」
 彼女は書棚の奥のソレへと語りかける。手を差し伸べても近寄ろうとしないあたりあまり人に懐いてないのかもしれない。
 そしてあやこの頭上にぴこん、と架空の豆電球が点灯した。何か思いついたらしい。
 彼女は立ち上がると書棚に背を向け古書店店主の方へと向き直り、宣言した。
「この子は書架ごと引き取ります。御代は所定の通貨、カード、貴金属で幾らでも。経費で落ちますのオホホ」
 無駄に高笑いがついてるあたりどうかと思いつつ、彼女は次の瞬間言ってはならない事を零してしまった。
「本屋でも開業しようかしらね。うちへおいで! かわいい看板娘」
 雪久には速攻で不快に思われたらしい。
 それに気づかずあやこは「この子ひらひらが大好きなんです」などと語り続けている。
 仮にも古書店店主の前で「本屋でも開業しようかしら」等と口走れば不快に思われるのも仕方あるまい。雪久も無神経さに腹が立ったのだろう。
 あまりに腹が立った為か次に出すべき言葉を選んでいるのか、雪久は黙して彼女を睨み付ける。
 それにも気づかずあやこは語り続ける。
「ちょっと一緒に表へ出てくれますか。蝶を飛ばしてみます。ハタキでも何でも良いんですけどね。じゃれて遊んで、本の隙間等に潜って埃を食べる習性があるんですよ」
 やってみますか? 等とニコニコしながら話すのを遮り、雪久は厳しめの口調で言った。
「悪いけれどうちみたいな零細古本屋はカードなんて使えなくてね。いつも現金払い限定での取引なのさ。書架ごと引き取るという話もお断りだ」
「なんで? 悪い話じゃないでしょ?」
 余程星的鯛が欲しいのかあやこは食い下がる。しかし雪久はひややかな視線を投げるのみだ。
「君は書棚を手にしてどうする? 中の本を読む? 読まないだろう? その、星的鯛の餌にするのかな?」
 静かな怒りが籠もった言葉だった。
「本を売る? それも悪くは無いだろうね。でも君に価値が解るかな? 本にも市場価値というものが存在するんだよ。うちの本はこれでも珍しい一点物が多くてね。つまりそれだけ高価なのさ」
 雪久にしては珍しく滔々と語る。その流れを遮ろうとあやこが声を張り上げた。
「だから、カードでも貴金属でもいくらでも払うって言ってるでしょ! それで満足じゃないの?」
「それが解っていないって言ってるんだ!」
 ぴしゃり、と雪久は言いきった。
「何でもただ高額にすれば良いってもんじゃない。本にも正しい価値がある。本に必要な価値を見いだしている人間ならば、どれだけ高い価値を付けても問題はない。だが、君は本に価値を見いだしていない。ただ金を積めば何でも買えると思っている『だけ』の人間だ」
 古書店内に重い沈黙が満ちる。
 流石に声を荒げすぎたと思ったか、雪久は口調を少しだけ穏やかなものへと戻す。
「というわけで、ブルジョワジー様にはあまりうちの店は関係ないと思うし、出て行ってくれないかな?」
「でも、星的鯛が……」
「コイツはあげるからさっさと出て行ってくれ」
 不快げな顔で雪久は適当な瓶を掴み、星的鯛を捕まえようと書棚の奥へと腕を伸ばす。
 しかし険悪な雰囲気に気づいたか、星的鯛は書棚からにょろりと躍り出て雪久の腕をすり抜けそのまま古書店の外へと泳ぎ出した。
「ああっ!?」
 あやこが手を伸ばすものの、星的鯛は空へ。

 見事に星的鯛にもふられたあやこ。
 店から追い出された彼女は携帯電話を取りだし誰かへとコール。
「もしもし……娘? 駄目だって!」
 どうやら養女への電話らしい。電話の向こうで泣きだす声に彼女は困ったように答えた。
「泣くなよ〜別の子買ってあげる」
 なんでも買い与えれば良いというものでもないし、時には我慢させる事も必要だ。
 そんな事も踏まえて考えると、あんまり教育上良くない気がするのは私だけでは無いだろう。多分。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7061 / 藤田・あやこ (ふじた・あやこ) / 女性 / 24歳 / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家

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■         ライター通信          ■
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 お世話になっております。小倉澄知です。
 一応何とかして謎の生き物(今回は星的鯛)を追い出す、という目的自体は達成できました。
 ……が、今後古書店に上がり込むのは厳しいかも知れませんね。
 発注ありがとうございました。