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■xeno−承−■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「お前、あの時の態度はなんなんだよっ!!」


 いきなり友人(家族)にそう声を荒げられたのが今回の始まり。


 ああああああああああああ。
 ドッペルゲンガーが出た。
 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


「迷い子、また逢ったね」


 ―― ああ、日常が侵されていく。

+ xeno−承− +



「お前、あの時の態度はなんなんだよっ!!」


 お昼休み、飯を食っていた俺に対していきなり友人にそう声を荒げられたのが今回の始まり。


「え? 何?」


 間抜けにも俺は箸を銜え、声を掛けてきた相手に対して顔を合わせながら疑問符を浮かべる。しかしその態度が気に食わなかったのか、余計に怒りを買ってしまったらしい。ずかずかと友人は足を踏み鳴らして近付いてくると、激怒の表情を浮かべたまま俺が今弁当を広げている机の上に両手をバンッ!! と勢い良く叩き付けた。


「ついさっき俺が次の授業に提出する課題に関して声を掛けた時、『はっ、馬鹿じゃね? んなの自分で考えろよ』とか言ったのはお前だろ!」
「はあああ? 俺昼休みの最初っからここにいたし」
「嘘付くんじゃねえ! あれは間違いなくお前だった!」


 友人が断言し、今度は俺の方が眉根を寄せながらこめかみに青筋を立てる。
 一体何を言っているのだ、コイツは。俺は間違いなくこの場所から動いていないというのに。
 しかしそう説明しても友人は間違いなく『俺』だったと言う。相手の主張通りの行動をする性悪な自分を想像してげんなりする。俺はそこまで口は悪くない……はずだ。その間も切々と語る友人をどうしようかと考えていれば、今度は勢い良く教室の扉が開かれた。
 バンッ! と壁に叩き付けられる戸。
 それを開いたのはクラスメイトの一人で、ソイツはぎろりと俺の方へと眼球を気味悪く動かしながら睨みつけてくる。しかもゆらゆらと何か怒りのオーラが見えます。見たくないそんなものが見えます。っーかそんなもんを背負っているように見える相手が俺の方へと早足で近付いてきてくれやがっています。
 ――ああ、これはもう嫌な予感しかしない。


「工藤っ! お前『お、いいもん持ってんじゃん。ちょいと借りてくな』とか言いながらいともあっさりと俺の大事なエロ本持っていくんじゃねええええ!!」
「え、それ俺じゃねえし!! つーか、んな事大声で言うな! 先生に叱られてぇのかよ!!」
「返せよっ! 無修正なんだぞ、あれ!」
「なにそれ、俺も見てぇ!」
「ほらお前じゃねーか」
「違うわ、ぼけぇええ!!」


 そう、「無修正」という言葉に反応してしまうのはやはり現役高校生という若さゆえの発言だ。
 しかも話を聞くにソイツもどうやら相手が持ってきていたというエロ本を『俺』が勝手に奪って笑いながら走り去ったのだと言う。「返せよぉ!」と漫画で言うなら滝のような涙を零しながら訴えてくるクラスメイトに対して俺はげっそりと表情を暗めた。
 一体何がどうなっているのやら。俺は二人の訳の分からない主張を無視するため、弁当を手にしながらその場を立ち、それから隙をついて逃げ出す事にする。


「あ、工藤! 逃げんな!」
「お前ぇ、マジであれ汚したら殴るからなっ!」
「だからお前はいろんな意味で言葉を控えろぉおお!!」


 後ろから聞こえる声はやがて届かなくなる。
 弁当を抱えて廊下を走る俺はさぞかし滑稽だろう。周囲の視線が痛い。俺としては超ひっそりと暮らしていたいだけなのに、なんなんだ。今日は厄日か。


「あ、工藤君見ぃつけた」


 ずさっと俺の行く手を塞ぐ女子が一人。
 その笑顔は――はい、予想通り目が笑っておりません。
 しかもその右手を勢い良く振り上げられ――。


「女子のスカートを捲り上げるなんて、マジ最低男っ!!」
「ち、ちがう! 誤解だ!」
「問答無用! アレは確かに工藤君だったんだからッ!」


 バチーンッ! ととてもイイ音が廊下に響き渡る。
 同時に俺の左頬を襲うひりひりとした痛み。平手打ちを受けたのだと理解するまで一瞬間があく。行く手を遮っていたクラスメイトの女子は「これに懲りたら悪戯は止めなさいよね!」などとこれまた俺にとって意味不明な言葉を吐きながら立ち去っていく。俺はくぅぅうと唸り声を上げながらその場にしゃがみ込んだ。


「っぅ、マジで一体何なんだよ。俺は何もしてないっつーのに!!」


 しかし、これだけ冤罪を受けながらも弁当を落とさぬよう頑張ったことは正直褒めて欲しい。左頬を襲う痛みにぶっちゃけ涙目になるが、それは瞬間的なものですぐに引っ込んだ。
 自分の知らない場所で一体何が起こっているのか、俺は考え始める。
 だがその思考を遮断させられる出来事が次の瞬間起こった。


「きゃあああああああっ!!」
「うわぁあっ!?」
「な、何だこれっ!!」


 パリン!
 パリンッ!
 パリンッッ!!


 視線の先――つまり、廊下の奥の方から窓が一枚一枚割れ、俺の方へと向かってくる。


「っ、危ない!!」


 破片が生徒達に降りかかる光景を見て、咄嗟的に俺は『力(サイコキネシス)』を発動させた。
 それはさりげなくガラスの破片の軌道を変える小さなものだったけれど、『さり気なさ』を装う為には繊細な精神力を必要とし、どちらかと言うと大胆な攻撃が得意な自分にとっては苦手な分野とも言える。しかし現状そうは言っていられない。
 一枚。
 また一枚。
 割れて。
 散って。
 ―― その向こう側に見えた人物に俺は目を見開く。


 惨劇を可笑しそうに見ているその姿は――『俺』、だった。


「あんの、野郎ッ!!」


 怒号をあげると同時に俺は一旦階段の方へと身を寄せる。そして視線だけは『アイツ』にあわせたままテレポートした。


―― ったく、やめてくれよ…! 力の事バレたくねぇんだよ!


 このままだと同じ姿をした『俺』は俺になってしまう。
 ただ同じ姿をしている――それだけで被害が自分に向く事は今までの生徒達の態度で身に染みた事。疑いもしない彼らを騙せるほどの人物の心当たりはある。しかしそれは自分でも信じがたい事であったからこそ、僅かに戸惑った。


―― つーか、なんで『アイツ』が現実世界に?
―― アレは夢の中だけじゃないのか?
―― ああ、くそっ。なんにしても『アイツ』を止めないと!


 ああ、誰がアイツの存在を信じるものか。心霊現象マニアでも無けりゃ喜びやしないこの状況に俺は舌打ちし、テレポートで飛んだ先に見つけた『俺』の肩を掴む。


「さあ、来て貰うぜ」


 それは誰も見ていない二人だけの顔合わせ。
 その時間が一秒もあったかどうかすら分からないのは、俺が再びテレポート能力を使い、誰もいないであろう屋上へと飛んだからだ。
 この学校の屋上は冬である事も有り、基本的に人がいない。
 俺と『俺』はその場所へと降り立つと、二人向かい合う。――俺が驚くほど良く似たその顔、体格、そして表情。友人達が勘違いしてしまうのも無理は無かった。


「これで役者は揃いましたね」
「これで役者は揃ったな」


 ふと、聞こえる二人分の声。


「スガタ、カガミ!?」


 ふわり、と空中から薄い姿を現し、足先を冷たい石タイルの上に降ろす時には彼らは実体を持ってその場に在った。今まで夢の世界でしか出逢った事の無い住人達が今現実世界へとやってきて、俺の目の前へと存在している。
 それとも俺の方が夢の中に迷い込んで、「学校に行っている夢」を見ているのか。
 混乱。
 困惑。
 焦燥。
 交じり合う感情を否定したのは、やっぱり彼らだった。


「ここは貴方の住む現実世界」
「ここはお前の住む現実世界」
「今まで生きてきた人生の場所」
「これから生きるべき人生の場所」

「「さあ、選択した迷い子(まよいご)。捕縛を始めよう」」


 タンッと地を蹴る音が聞こえたかと思えば俺の隣を風が通り抜ける。それが二人が走り抜けた空気の流れなのだと気付くのにやや時間が掛かった。二人の少年は『俺』へと攻撃を仕掛ける。しかし『俺』はにやりと不敵な笑みを浮かべ、見えない膜を張るような形で彼らを『弾』いた。


「っ――! サイコキネシスは面倒だな」
「攻撃にも防御壁にも使用出来るからね」


 くるりと身体を反転させ、彼らは大したダメージも受けぬまま屋上へと舞い戻る。丁度俺のやや手前でありながら両脇で挟むように降り立ってきた彼らに視線を向ければ、スガタが少しだけ振り返った。


「事を荒げたくないなら、昼休みの間に終わらせましょう」
「ああ、当然だ!」
「僕達が、『アレ』が夢の存在であるかどうかなど今の貴方には関係ないはず。ここに存在している――それだけが貴方に必要な情報です」
「違いねえな」


 柔らかめな口調を持つ少年もといスガタの言葉に俺は気を引き締める。
 その間中カガミの方は『アイツ』が不穏な動きを見せたら対処出来るようにとずっと前を向いたままだった。
 俺はすっと右手を持ち上げる。
 そして指一本、人差し指を向け突きつけた。


「お前、俺を殺すんじゃないのかよ! こんなコソコソと悪質な事すんなよな! 正々堂々と戦え!」


 それはまさに宣戦布告。
 濡れ衣を大量に着せられた怒りも相まって、俺は叫ぶ。


「つーかテメェはなんなんだよ! 俺の日常を壊すなら徹底交戦だ!」


 だがきょとんとした目を向けてきたのは『俺』、だった。
 それは純粋に意味が分からないと目で問うように。
 軽く首を傾げて疑問符を浮かべるその様子は自分にも覚えがある。先程友人達が俺に怒涛の勢いで詰め寄ってきた時に浮かべていたであろう表情に近しいものだという事くらい、分かっていた。
 『俺』が両手を持ち上げ、そしてこきっと首を右へと傾ける。
 それはどこか人形染みていて、瞳には正気と言う言葉は映っていなかった。


「俺は『お前』、だよ」


 瞬間、歪んだのは何だ。
 表情か、空間か、存在それ自体か。


「カガミっ! 捕まえて」
「ッ、くそ速ぇっ!!」


 そして『アイツ』は消える。
 カガミは捕獲の為に手を伸ばす。スガタは俺を護るかのように傍に身体を置き対応するが――『俺』は誰よりも速かった。
 テレポートを使用して正面に現れた顔は同じ高さのまま怒り狂う寸前の俺の顔をその瞳に映し込み、そして俺の身体に密着するかのように。


「迷い子、逃げろっ!!」
「逃げて下さいっ!!」


 ぞっとした寒気が全身を駆け抜けていく。
 ――それは『通り抜けられた』感覚。いや、違う。違う。これは――。


 同化、だ。


「くそ、逃げられた!」
「大丈夫ですか、気分は? 体調は?」


 既に『アイツ』はここに居ない。ならどこに行ったのか。消えたのか。それともまだ俺の知らない場所で悪戯を起こす為に居るのか。夢の世界に行ったのか。それとも、それとも――?


「ぁ……」


 どくんっと脈打つ心臓。
 スガタとカガミが必死に俺に呼びかけてくる声。ぎゅう、ぎゅうと締め付けられる臓器。がたがたと震える身体は寒い。
 それは何故か。
 わからない。
 わからない。
 何も。
 なにも、かも。


「っ、人が来る。カガミ一旦引こう」
「仕方ないな。おい、迷い子忘れるな」
「カガミ!」
「『ソレ』は――お前だ」


 ―― ああ、日常が侵されていく。


 彼らが消えると同時に白む意識。
 そして駆け寄ってきた複数人が俺を呼ぶ。それは間違いなく俺を探していたあのクラスメイト達の呼び声で。
 断続的な 「工藤、どうして」 声が 「保健室へ」 俺の 「真っ青だ」 耳を通って 「救急車を呼んだ方が」 脳に響いて 「連絡を」 侵食していく。


     ―― 俺は『お前』、だよ ――


 はっきりとした音色だけが俺を追い詰めて。


 ああああああああ。


 びっしょりとかいた汗は保健室のベッドのシーツに染みを作る。
 次に目を覚ました時、俺は真っ先に鏡に映る俺が本当に『俺』なのか確認したのは言うまでもない。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「xeno−承−」に参加有難うございました。
 現実世界に現れた『何者か』。それによって引き起こされた事件の数々と、奇妙な発言達。
 そして今回のラスト。

 宜しければ最後までお付き合い頂けましたら嬉しく思います。