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■xeno−転−■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
―― 殺していいかい?


 けたけたけたけたけたけた。
 それは笑う。嗤う。哂う。
 目を見開いた自分ではない自分が。


 ああああああああああああ。
 ドッペルゲンガーが出た。
 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


 聞こえる声。
 自殺衝動にも似た激情は胸を焦がし、痛みを齎す。


「迷い子、どうか良い選択を」


 暗闇の中、耳を塞いでも頭の中を犯すのは誰の声だ。


+ xeno−転− +



「なあ、殺していいか?」


 けたけたけたけたけたけた。
 それは笑う。嗤う。哂う。
 目を見開いた俺ではない『俺』が。


 ああああああああああああ。
 ドッペルゲンガーが出た。
 同じ姿。
 同じ声。
 鏡合わせの様な自分と相手。


 聞こえる声。
 自殺衝動にも似た激情は胸を焦がし、痛みを齎す。


「――ああ、今度こそ『夢』、か」


 暗闇の空間で俺は寝間着姿で立つ。
 学校で倒れたあの後、調子が戻らなくて俺はベッドの住人と化していた。別段熱があるわけでも無いのだが、身体の動きが鈍く時折吐き気のようなものが身を襲う。病院で見てもらったところインフルエンザでは無かった事だけが救い。
 何かしら精神的なものが胃腸に来ているのだろうというのが医師の診断だった。担任からも「ゆっくり休め」と有り難いお言葉を頂いたのでそれに甘んじて自宅にて眠っていた――そのはずだった。


 だが今、俺は『夢』にて『アイツ』と対峙している。
 学校に現れ、俺のふりをして友人らを混乱させ、挙句学校の窓ガラスをサイコキネシスでぶち破るという所業をしでかしてくれた張本人。あの時、俺の身体へと近付いて密着し、そして入ってきたもの。


「あぁ、もうめんどくせー……好きにすれば?」


 同化しているのだと、思う。
 俺と『コイツ』の存在自体が今分離出来ていない状態なのではないかと。


 俺の発言が気に入ったのか、『俺』は目を細め近付いてくるとそのまま力を指先に込め、尖らせた刃の爪のようなものを作り出すと俺の胸元を一気に斜めに引き裂いた。元々そんなに厚着をしていない寝間着は難なく破られ、その下の肌着も遠慮なく裂かれてしまえば肌が露出する。四本筋の傷が浮かび上がり、そこから伝う血。
 その痛みはまさに現実―リアル―だ。


「――ぃっつう!?」


 そして足払いのような力が掛かり、俺は暗闇の空間に押し倒された。
 またこの展開かよと半ば自嘲しつつも馬乗りになった相手の姿を見やれば、『俺』は指先に付いた血を美味しそうに舐め取っており、愉悦の表情を浮かべている。しかし血を舐め尽くせばまだ足りないとばかりに今度は俺の肌へと舌を寄せ、そして這わせた。
 何故だろう。
 それは幸せそうな表情で、まるで母親の乳を吸う赤子のようなもののようにすら思える。親から子へ与えらえる惜しみないもの。そんなものを俺は与えてはいないが、狂気染みていない『俺』は心から幸せそうに微笑んでいた。


「――」
「何か言っ――んぅ!?」


 不意打ちで『俺』が何かを囁く。
 その声は聞き取れず俺は聞き返そうとしたその瞬間、『俺』が俺に唇を重ねてきた。


―― うげっ。


 ぬるりとした肉の柔らかな感触に背筋が凍る。
 しかし俺はその口付けに対して反抗しない。ただされるがまま、相手のなすがままに身を任せるだけ。一体『コイツ』は何をしたいのか……知りたくて。
 その舌先が唇を這うと鉄の味がした。覚えのあるそれはまさに血の味。そうだった。コイツは俺の胸元を今裂いて、舐めていたんだったなどと今更ぼんやり思う。
 甘えている?
 それともからかってる?
 嫌がらせなのか、それとも意味のある行為として俺に唇を重ねてきているのかなど分からない。けれど、離れない唇はキスという行為を続け続けた。
 だからか。ぼんやりと俺は思う。
 この口付けの中、思考が溶かされていく感覚が――心地よくて。


『死にたい』


 そうさ、俺には自殺願望があった。
 いつか俺が俺を殺しに来る日が来たっておかしくないと妄想するほどに。


『あ、ねえ、どうしてこんな事をするの? ぁ』


 俺が研究所にいた頃、今と同じようになすがまま、言われるがままだったさ。その時の一部の研究員に似たような行為を受けた事も……幼さ過ぎておぼろげだけど覚えている。その意味さえ知らなかった幼い日。ただただ大人達が何故自分にあんな触れ方をするのか、疑問視していただけの毎日。


 まさに希望もなく絶望的な日々。
 そんな俺がそこから救出され、突然一般世間に放り出されたんだ。
 この力を使って面白可笑しく暮らしたって良いくらいの代償を受けて来たはずだ。


 今の『コイツ』を見ているとそんな事を思い、心が廃れていた時期を思い出す。
 ああ、口付けが止まない。これはどういう意味を持つ行為なのか――顔が近すぎて相手の表情すら見えやしない。湿った舌の温もりは自分のものなのか、それとも俺のものなのか。混ざっていく温度。これが恋人関係の相手なら嬉しいところだったけれど。


「殺してもいいよな? もう『俺』は解放されたいんだよ」


 もう何度目だろう。
 その問いを投げつけられるのは。
 戯れにじゃれている合間に問われる音。圧し掛かっている身体は重いが振り払えないほどではない。力を使えば簡単に振り払えるだろう。だけど俺の両頬を包み込むその手は――どうにかなってしまいそうな程温かくて。


「違う」


 唇が離れた瞬間を狙い、俺は否定した。
 『俺』は顔を離し、自分達はやっと互いの顔を見れる距離まで間を設ける。『俺』が俺を見下げている光景。鏡越しでもなんでもない。立体化したそれは本当に俺の内面だ。だけど、この存在が俺を殺したがる理由は自殺願望なんかじゃない。


「好きにしろと、確かに俺は言った。でもそれは殺されてやるって言う意味じゃねえ。それじゃ俺の欲しいものは手に入らない。俺の欲しいものは人の愛情だろ?」


 家族。
 友人。
 俺を取り巻く様々な人達によって俺は生かされ、俺もまた彼らの人生の歯車の一つになるために生きている。
 笑って。
 泣いて。
 怒って。
 喜んで。
 俺の中でとても大事な人を不幸にしてしまった事も確かにあったけれど、それでも俺は――。


 頬を包んでいる『俺』の手に俺は手を重ねる。相手はびくっと何故か怯え、表情が苦痛に歪んだ。払い除けるなら払い除ければいい。だけど俺はもう決断している。この先言うべき言葉を。


「あぁ、素直になるさ。俺は生まれて来てありがとうって……そう言われたくて生きてる」
「やめろ」
「俺の力は人を不幸にする為じゃない。誰かの為だって……せめてそう思いたいじゃないか」
「違う違う違うっ!! 俺は、俺は――!!」


 バシッと良い音を立てながら『俺』は手を振り払い、俺に乗っていた身体を立ち上がらせた。僅かに浮き上がりながら今まで頬に触れていた手を今度は己の顔に押し当て、表情を押し隠す。否、感情を押し隠す。
 痛い。
 俺と『俺』の感情が通じ合っているためか、自分にも息を圧迫させる痛みが押し寄せてきて、俺は口をぱくぱくと開いては閉じ酸素を求めた。
 だが視界の端に影が見える。揺らいだ空間。そして形成されていく、輪郭。


「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねーだろ。自分とキスだぜ」
「カガミ、僕はそういう事を言っているんじゃないの」
「俺は同じ顔したお前とキスしたくねーもん」
「馬鹿なの?」
「素直な感想だっつーの」


 すっと姿を現す二人の少年達。
 倒れたままの俺の傍にしゃがみ込み、脱力しきっている俺を起きあがらせてくれるために手を貸してくれた。それに甘え、俺は上半身を起こし片足を立てその上に右手を乗せ嘆息を一つ吐き出す。それを確認してから黒と蒼のヘテロクロミアも今混乱しきっている『俺』を見て、そして外見年齢相応の小さな手が後ろから俺の視界を塞ぐ様に片方ずつ被さってくる。


「迷い子(まよいご)、どうか良い選択を」
「迷い子(まよいご)、お前の選択次第で『アレ』は変わる」
「彼は貴方の心の迷いの欠片」
「彼はお前の心の隙間を埋めていた小さな欠片」
「記憶の隅で一瞬だけ湧いた感情の欠片が寄り添いあって出来た『貴方』」
「<工藤 勇太>の今を形成するために無数の人格の中、切り捨ててきた幼き日の『お前』の集合体――時に人は『アレ』をイドやエゴ、超自我と呼び例える。だけど今回は、」


「「無意識の本能的正体――<id>、それがアレの正体」」


 暗闇のフィールド。
 此処はスガタとカガミと初めて出逢った夢の世界。彼らが傍にいてくれる……それが今の心の支えになり、俺は冷静に事態を受け止めた。
 大丈夫。
 二人は言っていたじゃないか。此処は何も話さなくても全て通じてしまう世界なのだと。それに『アレ』が俺であるならより一層俺の思いを感じ取っているはずだ。


「おい、分かるか?」
「やめろ」
「俺の言いたい事、分かるな?」
「嫌だ、嫌だ。『俺』を殺さなきゃ駄目だろ。こんなの嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっ」
「それでも俺はお前に言うぜ。もうお前には伝わっているだろうけど」
「嫌だぁああああ――――!!」


 絶叫と共に風が吹き荒れる。
 サイコキネシスによって起こされた真空の刃が俺達を襲う。だがそれが届く前にスガタとカガミの力によって消滅させられてしまった。此処は現実じゃない。ならば優勢なのはこの夢の住人である彼らに決まっている。
 『俺』がどれだけ暴れようと、泣き喚こうと、この空間だけは――全て吸い取ってしまうのだから。


「俺は、」
「ひっ、く、やだ、やだぁ……殺したい。殺す、殺さなきゃ、殺される、だから、だから」
「お前を――」
「言うなぁぁあっ――!!」


―― ねえ、殺してもいいだろ?


「「過去に苦しんだ『迷い子達』よ。どうか、良い<選択>を」」


 暗闇の中、耳を塞いでも頭の中を犯すのは『 誰 』の声だ。









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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回は「xeno−転−」に参加有難うございました。
 とうとう第三話。テンポ良く発注して頂けましたので此処まであっという間に過ぎてしまい、びっくりです。
 そう言うわけで正体が明らかになりました。若干精神分野となりますが、いわゆる人間の無意識の本能。不快を避け、快へと走るものの具現――それがイドであり『何か』でありました。

 このシリーズで出した能力の応用に名をつけるなら精神的防御壁(サイコシールド)とか透明の刃(サイコクリアソード)とかでしょうか。(ちょっと長い?)

 さて、シリーズ終了まであと一話。
 最後までお付き合い頂けましたら嬉しく思います。