■古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい■
小倉 澄知 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
古書店店主、仁科・雪久は本を引き出しその隙間を見やり、小さく唸っていた。
さらに何事だろうと思わずに居られない勢いで吐かれたため息に、貴方もついつい隙間を覗き込む。
そんな貴方へと雪久が小さく問いかけてきた。
「……見えるかな?」
本棚と本棚の隙間には何やら黒く澱んだモノがある。その中に浮かんだ単眼が、こちらをじっと見つめていたのだ。
「なんだかよく解らないのだけれど、ここ数日ここにいてね。一般人のお客さんが怖がるといけないから、出来れば出て行って欲しいんだけれど……」
一度雪久が触れようとしてみたものの、指先に残ったのは空を切る感覚のみ。彼には触ることは出来なかったらしい。
因みに、本棚でもこの部分のみ。他の本を引き出した隙間には何もなく、ごくごく普通に奥の景色――更なる本棚が見えるのみだ。
更に言うならば、本棚の裏側に何かがいて、それがこちらを見ている……というわけでも無いらしい。そうであれば、本棚の裏へと回ればソイツの姿が見えるはずだが、特に何か居るわけでもない。向こう側から覗き込んでも、黒い澱みと単眼が見えるのみ。
「……というわけで、申し訳無いのだけれど、コイツを何とかしてもらえないかな」
何とか話をつけて退去してもらうのでも、退治するのでも良い。手段は問わないから本棚から出て行って欲しいと雪久は語る。
「それにしても……なんだろうね? これ」
不気味な単眼は何をするというわけでもなく、こちらをじっと見つめ続けていた――。
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古書肆淡雪どたばた記 〜本棚は謎でいっぱい
少々厄介な事になったなぁ、と工藤・勇太 (くどう・ゆうた)は頭をがしがしと掻いた。
……というのは今日出された宿題の話だ。
宿題として出されたのは本についてのレポートだった。
「ネット全盛の現代において本とはどのような意味を持つか?」と言ったような内容である。
普通ならば図書館で調べたりなどする所だが、部活に日々明け暮れる状況ではなかなか通うことも出来やしない。
そんなわけで彼は学校からの帰り道、どうしたものかと悩んでいたのだ。
既に暗くなった空の下、トコトコと彼は歩く。気分を変えようと普段とは違う道を選んでいたのだが……そんな彼を店のものらしき明かりが照らし出す。
「こんな所に店があったんだ……」
小さく呟いてよくよく看板を見上げると「古書肆淡雪」とある。
丁度おあつらえ向きに古本屋のようだ。
ここならある程度の資料は見つかるかもしれない。それに、もしかしたら古書店の店主から話を聞ければ、このレポートの答えを掴めるかも知れない。
「ちょっと入ってみようかな……」
勇太は店へと入り込む。様々な本を見ていくうちに、ふと奇妙なモノが目に入った。
メガネをかけた中年男性が何か困った顔で本棚の隙間を覗き込んでいたのだ。更には大きなため息までつく始末。
……そこで彼はようやく勇太の存在に気づいたらしい。
「あ、お客さんだね。いらっしゃいませ」
「それよりどうしたんですか?」
あまりに困った様子の店主――仁科・雪久に彼は訊ねる。すると。
「……見えるかな?」
店主は本棚の隙間を指した。そこにあったものは黒い澱みと、そこに浮かぶ単眼。
「何でしょうね?」
こんなものは見たことが無い、と勇太も首を傾げる。しかしながら雪久からこの単眼が現れてからのあらましをきいて持ち前の正義感故か何とかしたいという思いが湧いた。
「何とか出来るかな〜……」
おそるおそる勇太は書棚の隙間へと手を伸ばす。単眼はただじっとこちらを眺めるばかりだ。
距離感から言えば指が触れるはずの所だが、彼の指先は空を切るのみ。
しかし。
「アレ? なんだろ?」
何かが、勇太の脳裏でぱしん、とはじけた。誰かの感情のようだ、と思った直後、勇太の視界が大きく揺れる。伸ばした指の先からはずるりと黒い澱みが入り込もうとしている所だ。
単眼と精神が共鳴した……と思う間もなく、崩れ落ちた彼はその場に倒れこむ。
「……勇太さん! 勇太さんしっかり!!」
次第に暗くなっていく視界。そして意識が途切れる瞬間、遠くに古書店店主の声が聞えた。
(「……ここは?」)
周囲は何やら真っ白な空間だった。
真っ白な場所にも関わらず、真っ黒な何かが乱立している。
それは、全て人の形をしていた。
ヒトガタの影。それが、勇太の回りにかなりの量存在していた。
あまりの事態に一瞬あっけにとられたものの、勇太は一瞬前に起こった出来事を思い出す。
(「そうだ、俺は……」)
古書肆淡雪にて、あの謎の単眼に触れ倒れた事を。
つまり、ここは恐らく自分の意識の中。
ではこの影のような存在達は、と考えた直後、背格好から見るに、まだまだ小さな小さな男の子といった風合いの影がやってきた。
彼はトコトコと両手の本を掲げている。
この場所全体はおぼろげな雰囲気にも関わらず、妙に本だけが、タイトルさえも読み取れる程にはっきりとしている。古びては居るものの、勇太もよく知っている程の有名な童話の本だ。
「ねえねえ、お兄ちゃん、見て! これね! 誕生日に贈られた本なんだ」
素敵でしょ! と誇らしげに笑う。そして彼はくるりとターンをすると本を大事そうに抱えたまま走り去る。
「あ……」
勇太が呼び止める間もなく、影の少年は駆けていく。
そして勇太の傍に居た何処か女性的なラインを持つ影。ベンチと思しき影に腰掛け、彼女は手元の文庫本を撫でる。くたびれた様子はどれだけ読み込んだかもはっきりと解るというもの。
「この本を読みながら想い人を待っていたわ」
「それで、想い人は……?」
勇太が問いかけると女性の影は僅かに笑った。表情は全くわからないが、それでも笑った、という気配が確実にあった。
「フラられちゃった。だからこの本、思い切って手放す事にしたのよ。持っていると未練が残りそうで……」
女性は立ち上がるとどこかへと歩んでゆく。
――恐らく、古書店へと。
そして他の影が動き出す。背丈の高さからみるに青年だと思われる人物。
「この本、俺が生まれた時に書かれたモノなんだな……なんだか情が湧いたよ」
胸元に彼は本を抱く。
「父さんも母さんも知らない俺だけれど、この本は俺と同い年なんだな……」
影の青年は本をぎゅっと抱えたまま俯く。僅かに零れた嗚咽に勇太は心配そうに声をかけた。
「……辛いのか?」
その言葉に青年は目元と思しき部分を拭い、勇太の方へと向き直る。
「辛くないと言ったら嘘になるけれど、なんだかこの本の事を知ったら、兄弟が出来たみたいで少し落ち着いたかな」
それじゃあ、と青年は本を大事そうにかかえて何処かへと消えていく。
(「そっか、これって……」)
彼らと話すうちに、勇太も気づいた事があった。
(「本を持っていた人の、思い出だ」)
本を持っていた人の、本に関わるエピソード。
古書肆淡雪には、様々な古書が集う。それこそ膨大な量なのは勇太も古書店に入った瞬間に実感した。
何せ隅々にまで本棚があり、どこまでも本が積みあげられている状況。圧迫感が無いのが不思議なくらいの圧倒的な量だった。
それだけの量の本に詰まった、様々な想い。
それらが凝縮し、あの単眼となったのだろう。
(「きっと、誰かに聞いて欲しかったんだろうな……」)
勇太は一人一人、影達の言葉を耳にしていく。
それは楽しいものばかりではなかった。悲しいもの、辛いもの、怒りすら覚えるようなものまであった。
一方、とても幸せな記憶を持った者達も居た。楽しい思い出。何らかの記念日を持つモノ。
しかしそれは勇太にとってそれは疑問となり小さな棘のように引っかかる。
(「大事な本なのに、なんで手放したんだろう……?」)
大事な思い出の本や、手放したくないと思う程気に入っていた本。それらを彼らはどうして手放したのだろう?
そうこうしているうちにも、最後の一人の影が本を抱えてトコトコとやってくる。
「おじいちゃんが大切にしてた本だったけど、またきっと良い人の手に渡りますように」
表紙を大切そうに撫でて、その人物は勇太の後ろに何時の間にか現れていた明るい扉へと向かう。
恐らく、そこが古書店への扉であり、この精神領域からの出口。
「……ああ、そっか」
勇太は小さく笑んで扉へと向かう。
何故気に入った本でも手放したのか。それは――。
「……さん、勇太さん!」
雪久の声に勇太はゆっくりと目を開ける。古書店の明かりが眩しい。どうやら倒れてから時間は対して経っていないらしい。
勇太はゆっくりと身を起こす。そして本棚の隙間を指した。
「もう大丈夫ですよ。ほら」
黒い澱みは欠片も残さず消えていた。
「……一体何が?」
「ただ、話を聞いただけです」
事のあらましを勇太は語る。
「想い、か……」
雪久は小さく呟き書店内を埋め尽くす本の群れを見やる。
誰かの手を経由した以上、本には想いが込められているのだ。
「仁科さん、俺思ったんですけれど、古本屋って、本を捨てる場所ではないんですよね」
勇太の言葉に雪久は少し驚いたような顔をした。
その合間にも勇太は続ける。
「例えば……本が要らなくなったら、捨てるっていう選択肢もあるわけじゃないですか。でもそれをしないで、ここに持ってくるって事は……」
勇太の脳裏に最後に聞いた言葉が過ぎる。
『おじいちゃんが大切にしてた本だったけど、またきっと良い人の手に渡りますように』
望む人が読んでくれるなら、捨てたり死蔵するよりよっぽど良い。そんな思いの込められた言葉。
「……本に新たな生を送らせようとしてるのかな、って思ったんです」
「それはまた綺麗な言い方だね」
雪久はにっこりと笑って見せた。
「確かにここの本は新たな主を待っている所だよ。ただ、それは半分だけの理由だね。残りの理由は……」
「理由は……?」
勇太が鸚鵡返しに問う。
「……まあ、身も蓋も無い言い方になるけれど、商売でもあるからね」
「そう……ですか」
少し残念そうに勇太は肩を落としたが……。
「でも、ひとつだけ言える事があるよ。どんな本であれ『価値を見いだした』人しか買う事は無いんだ。有料である以上はね。心無い人に手に取られ、そして捨てられるより、誰かに価値を見いだして欲しい、そんな思いも持っている。だから、私は……こんな形ではあるけれど、本達が新たな主を見つけるまでは、ここで一緒に暮らしていくのさ」
雪久はそういうと両腕を広げてみせる。その動作はこの古書店の主として相応しい堂々としたものだった。
事件の解決を喜び勇太は古書店を後にする。
雪久に見送られ、店の戸口にさしかかった所で……彼はふとある事実を思いだした。
事件の解決に夢中になりすっかり忘れていたのだが、厄介事があったではないか!
そう、なんとか片付けないととても大変な事になりかねないヤツが!
「あ、宿題の資料!」
ぴた、と足を止めた勇太はゆっくりと後ろを振り向く。正直揚々と引き上げようとしていた所だっただけにちょっと気まずいモノはあったが、宿題を忘れた時の事を思うと背筋が冷える。
「……探すの手伝ってくれます?」
振り向き告げた勇太はちょっぴり涙目だったものの。
「ああ、構わないよ。さて、何から探したものか……」
雪久に再び招かれ勇太は古書店の中に。
何度見ても圧倒される本の量。
この本1冊1冊に、それぞれの本を愛した誰かの思いが詰まっている。
ただの情報媒体というだけではなく、誰かの『新たな持ち主に愛されて欲しい』という願い。
そして勇太は思う。
もしかしたら、この中に自分を待っている本もあるのかも知れないな、と。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生
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■ ライター通信 ■
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初めまして、小倉澄知と申します。
ちょっぴり優しい話になったような気がします。本に込められた想い。きっと色々ありますよね。
書物として手元にある事で装丁や触り心地なんかで想起出来る思い出も沢山あるんじゃないかな……なんて思いました。
この度は発注ありがとうございました。またご縁がございましたら宜しくお願いいたします。
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