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■とある日常風景■

三咲 都李
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景
− そうだ、温泉へ行こう! −

1.
 絡ませた腕の温もりを感じながら、夕暮れに染まる商店街を2人で歩く。
 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は幸せを感じながら隣に歩く草間武彦(くさま・たけひこ)に訊ねた。
「ねぇ、夕食は何が食べたい?」
 すると草間は少し考えた後で「何でもいい」とそっけなく答えた。
「それが一番困るんだけど…」
 ぷぅっとむくれた冥月に、草間はまた少し考えた。
「…なら言いかえよう。冥月の手料理なら何でもいい」
 そう言われたらもう言い返すことは出来ない。
 武彦はどうしてこう私が弱い言葉を知っているのか。
「あれ? 草間さん、今日はデート?」
 道沿いの商店の軒先からそんな声がかかると、草間は軽く手を上げて「まぁな」と笑った。
「可愛い子だね〜、ウチからの餞別だよ! 持ってきな」
 店主はそう言ってクルクルッと大きな白菜を新聞に包むと草間に渡した。
「いつもすなまないな」
「いいってことよ」
 ニカッと笑った店主に冥月も軽く頭を下げて、再び歩き始める。
「白菜もらった」
「白菜…やっぱお鍋かなぁ…魚屋さん寄っていこうか。魚介鍋にしよう!」
 冥月がそう言って腕を引っ張ると、草間は素直についてきた。

「いらっしゃい! …あら、草間さんの奥さん?」
 魚屋のおかみは目をパチパチとさせると、草間をジーっと見た。
「…まぁ、そういうことにしといてくれ」
 好奇の目で見られた草間は否定するのもめんどくさいと感じたのか、うやむやな発言をした。
 おもわず冥月は赤くなって視線を逸らした。
「あら〜そうなの! あたしがあと30年若かったらライバルになれたんだけどねぇ…羨ましいわ!」
 あっはっはっと豪快に笑うおかみは「で、今日はなに探しに来たの?」と聞いた。
「魚介鍋の材料を探しに…」
 と、途中まで冥月がいった途端、おかみは「オッケーオッケー」とごそごそと大きな箱を取り出した。
「今日の一押しはこれだね。旬の知内産牡蠣! 新鮮だからそのまま食べても美味しいけど、鍋にしたらもっと美味しいよ」
 そして顔を寄せ耳打ちした。
「…牡蠣にはね、滋養強壮成分があるから。今夜はこれでお楽しみ決定だよ?」
 その言葉の意味を、冥月は少し考えた。
 滋養強壮成分…? 今夜のお楽しみ…??
 ハッとして冥月の顔は見る見るうちに真っ赤になった。


2.
「おばさん、なに言ったんだ? こいつ真っ赤じゃないか!」
「あらやだ。おばさん、なんにも言ってないよ〜? ちょっと値段引いてあげるって言っただけよ?」
 パタパタと手を振って草間をなだめる魚屋のおかみは、冥月と目が合うとパチンとウィンクした。
 バレンタインのリベンジが出来るかもしれない…なんてすっかり手の内を読まれている気がする。
 これが年の功というヤツか…。
「た、武彦。牡蠣、牡蠣買っていこう。あと…魚もお勧めがあれば…」
「大丈夫か? 顔真っ赤なんだぞ?」
「大丈夫だから!」
 まさか夜の話をされたなんていえなくて、冥月は頬を押さえた。冷たい自分の手が気持ちよかった。
「おばさん、若いもんの味方だからね。今日は奮発しちゃう!」
 そう言ってカワハギ、ホタテ、エビ、タラ、キンメダイなどなどをポイポイと袋に詰め込んだ。
 冥月がお金を渡すと、おかみは「あ、忘れてた」とポケットの中をごそごそと探り始めた。
「?」
 不思議そうに見つめていると、9枚ほどの抽選券と書かれた紙が出てきた。
「今ね、商店街で福引やってるのよ。…ん〜9枚じゃキリが悪いね。1枚おまけしてあげるから2人で引いといで」
「福引って…季節はずれじゃないか?」
 苦笑しながら受け取った草間に、おかみは「年度末だからね。予算は使い切らないと」と苦笑いした。
「じゃ、行ってみるか。おばさん、ありがとな」
 おばさんから福引と魚を受け取った草間と冥月は、福引会場へと足を向けることにした。

「じゃー、気合入れて回してみるか! 5回ずつでいいか?」
 福引会場に着いた草間が気合満々で冥月を振り返った。
「ううん、私はいいから武彦がやって」
「? なんで?」
「こういう籤って私の能力なら幾らでもズルできるから、やらない事にしてるの」
 抽選機の中で回る玉の数や色、それらは冥月の影によって手に取るようにわかってしまう。
「…そうか」
 草間はあっさりと引き下がると、ガラガラと抽選機を回し始めた。
 福引の景品には豪華なものが揃っている。

 金賞:温泉2泊3日ペア旅行券 赤玉:掃除機 青玉:自転車 黄玉:コーヒーメーカー 白玉:ポケットティッシュ

 草間はどれが欲しいのだろう? けれど…。
「はい、またハズレ〜!」
 福引の受付がまたひとつポケットティッシュの山を高くした。
「ちっくしょー! もう1回!」
 冷静沈着・ハードボイルド探偵はどこへ行った?
 草間は憤怒の顔を隠さずに思いっきり抽選機を回す。
「はい、9回連続ハズレ〜!」
「あーーーー!」
 ガックリとうなだれた草間の背中は、哀愁が漂っている。
「武彦、あと1回あるんだし…」
 慰めのつもりでそう声をかけると、草間は思いもよらない言葉を返した。

「冥月、最後はお前が引いてくれ」


3.
「だから、さっき私はやらないって…」
 そう言った冥月だったが、草間の真摯な瞳に射すくめられる。
「…お前にも普通の楽しさを知ってほしいんだよ。力を使わない楽しさを」
 草間にポンと肩を押されて、冥月は抽選機の前に立った。
 私は…そうね、力を使わなければいいんだ。武彦のいうとおり。
 大きく深呼吸をして、心を空にする。
 そっと抽選機に触れて、静かに回転させた。
 何が出てくるのかは…わからない。これでいいんだ。
 カツン…とひとつ玉が転がり落ちた。

「…金賞、金賞の大当たり〜!!」

 ガランガランと大きな鐘の音が響き渡り、思わず冥月は体をビクッとさせた。
「お…おぉ!! やったな! 冥月」
 喜びのあまり冥月に抱きついた草間は、冥月の背中をバンバンと叩く。
「わ、私…ズルしてないわよ」
「わかってるよ。冥月はそんなことしないさ」
 小さな声で呟いた冥月に、草間も囁くように返した。
「さ、お2人さん。おめでとう! 金賞の温泉2泊3日ペア旅行券だ」
 抱き合ったままの2人に、抽選所の受付が目録を持ってきた。
 冥月と草間は慌てて離れると、その目録を受け取った。
「でね、悪いんだけどこの旅行券、使えるの今月中なんだ。あそこの角に見える旅行代理店あるだろ? あそこで相談してきて」
「今月中か…またとんでもなく急がせるな」
「悪いね。年度末だからさぁ」
 魚屋のおかみがいったことは、どうやら本当らしかった。
 
 旅行代理店で旅行の手続きを済ませ、2人は帰路に着くことにした。
 なんだか話がとんとん拍子に進んでいて、思考が追いついてこなかった。
「伊豆って…どんなところ?」
「あー…俺も行ったことないんだよな。温泉地で有名だよな」
 旅行代理店で一応パンフも貰ってきたので、帰ってからゆっくり考えればいいだろう。
 …しかし、2人は大事なことを忘れていた…。


4.
「お帰りなさい。お兄さん、冥月さん」
 草間興信所に帰ると、にこやかに草間零(くさま・れい)が出迎えてくれた。
 冥月と草間は、そこでようやく重大なことに気がついた。

 温泉に零を連れて行くか、否か。

 ペア券である以上、もし連れて行くのならば零の分は自腹を切らなければならない。
 それは別にいいのだ。大事な妹だし、家族なのだから苦にはならない。
 しかし…と、頭の中の天秤は傾く。
 2人きりの旅行のチャンスなんてそうそう無いのだ。
 カップルとしての時間…恋人同士の甘い旅行…。
「ど、どうしよう…」
 冥月が草間を見ると、草間は澄ました顔で零に言い放った。

「零、今度俺たちはある重要な依頼で3日ほど興信所を空けることになった。…留守番を頼めるか?」

 完全においていくつもりだー!
 すらすらと嘘をつく草間の横で冷や汗をかきながら、冥月はハラハラと零を見た。
 零はきょとんとして、数回頷くと「はい!」としっかりした返事をした。
「重要な依頼なんですね。わかりました! しっかり留守番します」
「よし、さすが俺の妹だ。零探偵! 頼んだぞ! …あ、それから今日のメシは魚介鍋だ。冥月と調理を頼む」
「はい、わかりました」
 草間から魚の入った袋と白菜を受け取り、零はよたよたとキッチンへと向かう。
「た、武彦…?」
「ん?」
「いいの? あれで」
 零に聞こえないように小さな声で、冥月が聞くと草間はふっと笑った。
「…俺は妹を連れてデートする趣味は無い」
「そ、それはそうだけど…零が可哀想じゃない?」
 冥月が目を伏せると、草間はポンと冥月の頭を優しく撫でた。
「お前が気に病む必要はない。俺が決めたんだから、お前は素直に楽しむことを考えろ」
 そう言った草間の顔は優しく、冥月は「わかった」と素直に頷くことができた。

 かくて、冥月のほんの少しのわだかまりと零を残して、2人の温泉旅行が始まるのだった…。



■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵

 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
 

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご参加いただきありがとうございます。
 温泉旅行! カップルで! なんて羨ましい!!
 そんなわけで、伊豆を目的地に設定させていただきました。
 楽しい旅になるといいですね♪
 旅行前哨戦、少しでもお楽しみいただければ幸いです。