■とある日常風景■
三咲 都李 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
「おう、どうした?」
いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。
さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
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とある日常風景
− 早春賦 −
1.
「…はい。お見事です!」
草間零(くさま・れい)はそう言うと、パチパチと小さく手を叩いた。
「ほ、ホントですか?」
工藤勇太が恐る恐る聞くと、零はにっこりと笑った。
「はい。卵も上手に巻けていますし、お野菜の飾り切りもお肉の焼き加減もお上手です」
作り終えたばかりの弁当を褒められて、勇太ははにかんだ。
草間興信所の台所を借りて、勇太のための零の弁当講座は既に数回開かれていた。
少しずつではあるが、勇太の手際もよくなってきて弁当男子は完成間近と思われた。
「…見た目はいいけど、味はどうなんだろうなぁ?」
「!? い、いつからそこに!」
勇太の背後にいつの間にか所長の草間武彦(くさま・たけひこ)がいた。
勇太の作った弁当のおかずをひょいっと摘みあげ、草間はそれをパクッと食べた。
「零に言われたまま作ってるんじゃ、まだまだ1人前とはいえないよなぁ」
「なっ! そんなことねーよ! ちゃんと1人で作れるって!」
思わず反論した勇太に、草間がしてやったりと言わんばかりにニヤリと笑った。
「よし。なら俺にその成果見せてみろ。異論は無いな?」
「…い、いいよ。受けてたつ!」
何故2人の男は弁当をかけて燃え上がるのか?
そんな2人を優しく微笑みながら見守る零なのであった…。
2.
「よし。…これなら草間さんも納得だろ」
日曜日の朝早くから起きて、勇太は台所で1人満足げに頷いた。
弁当が完成した。2時間くらいかかったけど、勇太の最高傑作が出来上がった。
今日は勇太の弁当の腕前を披露を兼ねた草間興信所の花見である。
3人で行くのも寂しいということで、この間依頼で知り合った日高鶫(ひだか・つぐみ)と日高晴嵐(ひだか・せいらん)を誘って5人で行くことになった。
「ふっふっふ…待ってろよ、草間さん。ぎゃふんと言わせてやる!」
燃え上がる勇太に、勝機はあるのか!?
「…って、もうこんな時間か! 早く行かないと先輩たち待たせちゃうな…」
待ち合わせは草間興信所前に10:00。約束の時間に勇太はそこに着いた。
「あ、勇太! おはよ!」
「あれ? 俺最後!?」
「おはよう、勇太くん」
既に来ていた日高姉妹はにこやかに挨拶してくれた。
「遅いぞ、勇太」
「おはようございます。勇太さん」
相変わらずの悪態をつく草間と笑顔の零。
4人は勇太が着くと「じゃあ行こうか」と歩き出した。
「この近くにいいお花見スポットがあるんだよ」
「へぇ、この近くにそんなところがあるんですか」
鶫が意外そうな顔をして草間を見た。草間は得意気にふふんと鼻を鳴らした。
「まぁな。地元のヤツもそうそう知らない穴場だからな。期待していいぞ」
「…どっかの家の庭とか言わないよな」
ボソッと呟いた勇太の言葉を草間は聞き逃さなかった。
「お、お前! 何で知ってるんだ!?」
どうやら図星だったらしい。草間はオロオロしている。
「まぁまぁ、お兄さん。そんな勿体つけたいい方したら誰だって気付いてしまいます」
零が冷静に草間に止めを刺した。草間は完全に肩を落とした。その後姿は哀愁漂うおっさんにしか見えない。
「どうしたんですか? お兄さん」
純真無垢なくりくりとした瞳を草間に遠慮なくぶつける零。
「零さん、コワイ…」
「草間さんの自信を打ち崩すなんて…零ちゃん、恐ろしい子…」
「…姉さんも零と似たところあるから、気をつけてね?」
高校生3人がそんなヒソヒソ話をしていると、草間はある1軒の家を指差した。
「ここだ、ここ」
草間の示した家は特に変哲も無い古い家だった。
3.
「いらっしゃい草間さん。さぁ皆さん、奥へどうぞ。よく来てくださったわ」
出てきた老婦人は愛想よく、裏庭へと5人を招き入れた。
外からはパッと見わからないほど、庭は奥へ細長く続いていた。
「不思議だ…別世界みたい」
鶫が辺りを見回してそう言った。
勇太も庭に入った瞬間から、まるで別世界に迷い込んだような気分だった。
咲き誇る梅の根元を彩る水仙の花。菜の花のつぼみも黄色くはちきれそうだった。
街中の音もここでは不思議と聞こえない。
「東京にこんな場所が残ってたなんて…」
「綺麗ですね、晴嵐さん」
鳥の戯れを見つめる晴嵐に零も微笑んだ。
「いいとこだろう。な? 期待していいって言っただろ」
少しだけ自信を取り戻したらしい草間は「驚くのはこれからだぞ」と付け加えた。
さらに奥へと入っていくと突然前が開けた。
「わぁ…!!」
眼前に現れたのは、樹齢何百年とありそうな立派な枝垂桜だった。
「すげー…こんなの初めて見た」
圧倒的な存在感を前に、勇太はただ驚くばかりだった。
「だろだろだろ!! その反応が見たかった!」
完全に自信を取り戻した草間は「よし、花見開始だ!」と宣言した。
広げられたブルーシートの上に、各自持ち寄った弁当やらお菓子やらを広げていく。
「お菓子ならよく作るんだけど、普通のお料理は母の手伝いや家庭科でくらいしかしたことないの。だからあまり自信ないんだけど…」
そう言って晴嵐は大きめのお弁当箱2つとバスケットを取り出した。
1つ目に入っていたのはおかず。唐揚げ、卵焼き、里芋とイカの煮物が綺麗に並んでおり家庭的な印象だった。
2つ目はおにぎり。何故か突出して大きく不恰好なおにぎりが混ざっている。
バスケットの中からはサンドウィッチとクッキー、マドレーヌなどの焼き菓子が出てきた。
「つぐちゃんと2人で作ったの」
「…これだろ、これ。あと、このクッキーも」
草間が不恰好なおにぎりとクッキーを指差した。鶫は「正解」と頷いた。
「じゃ、それ草間さんの物ってことで」
「え!? 俺? 何でそうなる!?」
「いやいや、胃袋に入っちゃえば一緒でしょ? 基本は姉さんが作ってるから保証するよ。要は味が良ければいいんだって」
鶫先輩すげーワイルド…なんて思いながら、勇太は自分の持ってきた弁当を開けた。
「どれどれ。勇太の弁当は…おぉ!?」
勇太の弁当を覗き込んだ草間の目の色が変わった。
4.
アスパラとそら豆のごまマヨあえ、人参の飾り切り、ピーマンの肉詰め、かぼちゃの天ぷら。
そして何より頑張ったのは稲荷ずしだった。
ちゃんと揚げを煮るところから作った自信作だ。
「勇太…お前…これ本当に1人で作ったのか?」
「なっ!? 俺以外に誰かが作ったとでも言いたいわけ!?」
バチバチと火花を散らす草間と勇太。そんな2人を見て鶫と晴嵐は首を傾げた。
零はそれに気がつく、訳を説明した。
「勇太くん、零さんにお弁当の作り方を習ってたんですか?」
「はい。とっても上手に作れるようになりました」
「へえ、零に教えて貰ったんだ。凄いなー上手くできてんじゃん。私なんかよりもよっぽどいいお嫁さんになれそうだ」
鶫のその言葉に、勇太は即座に振り向いた。
「ちょ、鶫先輩! 誰が嫁に行くんですか、誰が!」
ほんのちょっと余所見をした隙に、勇太の弁当を草間がつまみ食いする。
「…うん。ま、及第点だな」
「か、勝手に食っといてその言い草はなんだよ! ていうか、俺まだ食っていいとか言ってないし! 素直に美味いって言えよ!」
草間のほうを向いた勇太の手元から、今度は鶫がおかずを奪っていく。
「早速味見ー…ん〜、もうちょっとスパイス効いてる方が私は好きだなぁ」
「鶫先輩まで!?」
零が持ってきた飲み物を注ぎながら、晴嵐は勇太ににっこりと微笑んだ。
「落ち着いて勇太くん。…ところで、勇太くんはどうして零ちゃんに教わろうと思ったの? もしかして…」
そう言った後、晴嵐は飲み物を勇太の前に置くとヒソヒソと鶫と内緒話を始めた。
「もしかして!? 何!? なんでそこで声潜めるんですか!?」
しかし、晴嵐と鶫は勇太のほうへ視線を向けたまま内緒話をやめない。
「勇太さん、この飾り切りとっても綺麗にできてますね。ピーマンの肉詰めもちゃんと火が通っていて美味しいです」
ハッと振り向くと零が、勇太の弁当を食べていた。
「零さん…ありがとうございます」
心底嬉しさが滲み出る。今日頑張ってきた甲斐があった。勇太はそう感じた。
「ねぇ草間さん。勇太くんのお弁当、本当のところはどうでした?」
唐突にそう質問した晴嵐に、鶫の作ったおにぎりに手を伸ばしかけていた草間は顔を上げた。
「ん? 美味かったぞ」
「…ですって。勇太くん。よかったね」
突然話を振られた勇太は、思わず本音が出てしまった。
「え…あ…そっか。よかった」
今日の目的が達せられた安堵感から思わず笑みがこぼれた。しかし…
「見た!? つぐちゃん!」
「見た!? 姉さん!」
日高姉妹の反応に、勇太は何かマズイ対応をした気がしたが、後の祭りだった…。
5.
「道ならぬ恋…私応援するから!」
「いや、誤解だって! 俺は別に草間さんのことなんて…」
「誰も草間さんのことなんて言ってないよ? 勇太…やっぱり…」
「ちがっ…草間さんもなんか言ってよ!」
お互いのお弁当を食べながら、話に花が咲く。
…あんまり咲いて欲しくない話題だけども。
「…勇太、すまない。お前の気持ちに俺は…こたえられない」
「俺が欲しいのそういうんじゃないし! 否定してくれよ!」
零が桜を見上げてお茶を飲む。
「こういうのを平和っていうんでしょうね」
まだまだ宴は終わらない。綺麗な桜の下で幸せな時が過ぎていく。
「ずっとこの時間が続けばいいですね」
「終わっても、またやればいいだけですよ」
零の小さな呟きに勇太もまた小さく呟いた。
その呟きは枝垂桜をさわりと揺らした。
春は、もうそこに…。
■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1122 / 工藤・勇太(くどう・ゆうた) / 男性 / 17歳 / 超能力高校生
5560 / 日高・晴嵐(ひだか・せいらん) / 女性 / 18歳 / 高校生
5562 / 日高・鶫(ひだか・つぐみ) / 女性 / 18歳 / 高校生。
NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い
■□ ライター通信 □■
工藤・勇太様
こんにちは、三咲都李です。
この度はPCゲームノベルへのご参加ありがとうございました。
今回はお花見ということで、大変楽しく書かせていただきました。
少し時期が早いのですが、枝垂桜を見に行っていただきました。
ツンデレ…ていうか、すでにツッコミになってる気が…大丈夫だったでしょうか?
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
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