コミュニティトップへ



■とある日常風景■

三咲 都李
【2778】【黒・冥月】【元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
「おう、どうした?」
 いつものように草間興信所のドアを叩いて入ると、所長の草間武彦(くさま・たけひこ)は所長の机にどっかりと座っていた。
 新聞片手にタバコをくわえて、いつものように横柄な態度だ。
「いらっしゃいませ。今日は何かご用でしたか?」
 奥のキッチンからひょいと顔を出した妹の草間零(くさま・れい)はにっこりと笑う。

 さて、今日という日はいったいどういう日になるのか?
とある日常風景
− 温泉へ行こう!3 −

1.
 2日目の朝。
 人肌の温かさと朝の空気の冷たさを身に感じ、黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は目を覚ました。
 隣には草間武彦(くさま・たけひこ)がいつ起きたのか、じっと冥月の顔を見つめていた。
「おはよう。眠れたか?」
「…おはよ…」
 そう呟いて冥月は自分の姿に気がついて、さっと布団にもぐりこんだ。
 昨日の状況と寝乱れた今の自分と…それ以上は言わなくてもいいほど恥ずかしさがこみ上げる。
「なんだ? まだ寝たりないのか? …それとも」
 そう言って布団をめくろうとした草間に、冥月は「バカ!」と軽く一発拳を食らわせた。

 昨夜の私は私じゃない…昨夜の私は私じゃない…。
 朝食の膳を前に、冥月は何度も繰り返して自分に言い聞かせた。
 静かに手早く並べられた膳は、和食でとても美味しそうだ。
 …昨日のことは昨日の事として心にしまうのよ、冥月。
「冥月、ちゃんと食べろよ? それとも…今日は宿で2人でゆっくりするか?」
 なかなか箸をつけない冥月に、最後は囁くように意地悪く草間はそう言った。
 頬を染めてキッと睨みつけた冥月に、草間は満足そうな顔でニヤニヤしていた。
「ちゃんといただくわ。それに、予定通りに行く。武彦が考えてくれたんだもの…」
 冥月はきちんと一品一品を味わって、朝食を完食した。
 それから、朝の露天風呂に1人で入った。
 今度は女性専用風呂だった。
 朝の光の中で1人で入る露天風呂は、とても贅沢で気持ちのよいものだった。

 2日目の服は、草間が選んだ少しレトロな感じだった。
 チェック柄のタートルネックにVラインのチュニックワンピース。
 すらりとした足が強調されて、草間のじろじろと遠慮のない視線に冥月は困ることになるのだった…。


2.
 海に向けて少し車を走らせると、真正面に海が見えた。
 海を少しだけ横に見てさらに車を走らせると、やや大きめの平屋の建物とビニールハウスが見えてきた。
「あそこがイチゴ狩りやってる農園だ」
 草間はそういうと、静かに駐車場に車を止めた。
 確かにイチゴ狩りと堂々と書いた看板がある。
 料金を払うとビニール袋と小さなカップに入った練乳を渡された。
「練乳? 何に使うの?」
「何って…つけて食べるんだよ」
 まじまじと練乳を見て冥月は納得した。
「あぁ、そういえば日本のイチゴ売り場には確かに練乳が一緒に売っているところが多いわね」
「…本気でいってたのか」
 草間が半ば呆れたように言ったので、冥月は少し頬を膨らませた。
「だって…山でイチゴを採ったときはそんなものなかったもの…」
「山でって…何だよそれ?」
 イチゴを取って練乳につけながら、草間は冥月に聞いた。
「暗殺者としての訓練。どれだけ生き残る力があるか。生きようという力があるか。ある日何も知らされずに突然山に放り出される。自力で山で木の実や山菜、熊や猪は狩ってただ生き延びるの。生きるためだったら何でもしたわ…」
 小さく赤いイチゴをもぎ取りながら、冥月はヘタを取ってイチゴを頬張った。
 甘酸っぱくてとても美味しい。野生のイチゴとは大違いの味だ。
「生きる為じゃなくて、楽しむ為のこういうのは初めて。練乳なんてつけなくてもとっても美味しい」
 そういって笑った冥月に赤く熟れたイチゴを草間は渋い顔して1つ摘んだ。
「あのな…今はそん時とは違うんだよ。今のお前は美味いもん食っていいんだよ。食えないって言うなら、俺が食わせてやる」
 草間は摘んだイチゴを練乳に浸すと冥月の前に突き出した。
「ほれ、あーん」
「!?」
 思わぬ草間の行動に、冥月はたじろいだ。
 貸切ではないので他に客はいる。数名こちらを見ている気もする。
 でも…
「あーん」
 差し出された練乳のかかったイチゴを冥月は口にした。
 甘酸っぱくて、ほんのり幸せな気がした。
「じゃ、私からも」
「え!? お、俺はいいよ」
 冥月の差し出したイチゴを、草間は全力で遠慮した。
「何で私のイチゴは食べないのよ?」
「男がやったらカッコ悪いだろ!」
 2人のやり取りを遠巻きに見ながら、数名の客が笑いをこらえていた…。


3.
 イチゴ狩りのお土産に、生のイチゴとイチゴの手作りジャムを手にした。
 興信所で待つ草間零(くさま・れい)への土産だ。
「零、喜ぶかな?」
「あいつだったら何やったって喜ぶさ」
 そんなことを考えつつ、2人は車に乗った。
 次の行き先は修善寺だ。今頃は梅が見ごろのはずだ。
 今年は例年にない遅咲きで、着いた先では梅と一緒に桜が咲き始めていた。
 この桜は修善寺寒桜というここにしかない桜だ。
「珍しい風景だな」
 日本人である草間がそう言ってしまうほど、珍しい風景。
 手入れされた庭園は梅の香りが程よく香る。早春の香りだ。
「なんだか、中国とは少し違うわよね。日本って」
 同じ梅の花をひとつ見ても、やはりどことなく異国だ。
「…日本を感じるならもっといい場所があるぞ?」
 ニヤリと、草間が笑った。なんだか嫌な予感がした。

 草間が用意していたのは、日本の精進料理だった。
 肉や魚を使わない、しかし、見た目はとても綺麗で美味しい。
 それらを正座して食べる。窮屈だが、これはこれで面白い体験だと思った。
 だが、それだけではなかった。
「の・だ・て?」
 山荘の和室の一室で、静かにお湯の沸く音を聴く。
 シャカシャカとお茶を点てる音が響き渡る中、隣の草間はなにやらもぞもぞとしている。
 どうやら足が痺れたようだ。必死に何とかしようとしているその姿がなんとも微笑ましい。
 干菓子を頂き、濃茶を堪能した冥月はにっこりと笑った。
「すごく日本だった。武彦、ありが…」
 そう言いかけた冥月に、唐突に草間がもたれかかってきた。
「え…!? ちょ!!」
「あ…足が…しび…痺れて動けない…」
 他のお客の手前どうしようか悩んだが、とりあえず草間の足をつついてみることにする。
「うわあああああああ…」
 情けない声を出して草間は悶絶した。
「正座になれないお客様にはよくあることですから」
 係の人が手伝ってくれて、草間は数分そこで足を伸ばして…とても後悔していた。
 まさか自分がそんな醜態を晒すとは思っていなかったのであろう。
「武彦、あんまり気にしないのよ?」
 そう言った冥月の言葉すら、草間にとっては情けなく感じるのであった…。


4.
 河津桜は伊豆の伊豆のこの河津町にしかない早咲きの桜だ。
 毎年早くから花見が催されることで有名だ。
「わぁ…」
 昼の桜と夜の桜は、また違う色合いを見せる。
 昼間見た修善寺の桜とは一味違う、儚くて夜空に消えて消えてしまいそうな美しさがある。
 川を吹く風は冷たいが、草間と触れ合う腕が温かくてそれだけで幸せだった。
「日本人の自然を楽しむ気持ち、素敵よね。私にはそんな生き方はできなかったし、余裕もなかった…」
「またそういう…」
 くしゃりと冥月の頭を優しく撫でて、草間は囁く。
「お前は感じていいんだよ。綺麗なものを綺麗といっていい。誰かを羨む事なんてない。素直な冥月でいろ」
 夜桜の元で飲み語り合う人々。それはきっと幸せなときなのだと思う。
 だけど…
「うん。私、武彦と居られて幸せだわ」
 素直に、心からそう言えた。

 …とはいえ、宿に帰ってからまた混浴の露天風呂に一緒に行こうと誘われて、そうそう素直になれるわけはなく…。
「もう、慣れたわよ」
「その割には顔が赤いな?」
 湯船の中で赤くなってそっぽを向いた冥月に、草間はニヤニヤと笑いながら冥月のその反応を楽しむ。
 洗い場で草間は体を洗いながら上機嫌だ。
 と、そこに団体客が現れた。
 どうやら男性のようだ。
「あ、先客じゃん」
 若い男の声で無粋にそう言うと、声は冥月を見つけたらしく小さく口笛を吹いた。
「あ、かわうぃー子はっけーん☆ ねぇねぇ、キミもしかして1人?」
 ざぶざぶと湯船に入ってくると、冥月の近くに陣取った。
「あっちの男、もしかして彼氏かなぁ? あ、でもボクらと居たほうが楽しいと思うよぉ?」
「どぉ? あとで俺らの部屋来ない?」
 ぷいっと顔を背けて、無視を決め込み冥月は岩場に身を寄せたが相手は引き下がらない。
「いいじゃんいいじゃん! 旅の恥はかき捨てって言うじゃん? 助けに来ないような彼氏とかほっとこーよぉ」
 …いい加減しつこい。どうにかしてやろうか…。
 そう思った時。
「おい、お前ら」
 草間の声が、ざっとお湯を流す音と共に聞こえた。
「…何? 今更彼女返してとか言っちゃう感じ?」
 振り向いた男達に草間はにっこりと、しかしドスの聞いた低い声ではっきりと言った。

「俺の女持って行くんなら、指の1本や2本は置いていけよ?」

「相手は子供よ、放っておけば良かったのに」
 夕飯の膳に箸をつけながら、ふふっと思い出して冥月はまた笑った。
「…どーせ俺は大人気ないよ」
 あの後の男達の逃げっぷりは見事なものだった。
 それこそ、髪の毛1本も残さないような勢いで去っていった。
 それを思い出して、またくすくすと笑うと草間は黙々と夕飯を平らげた。
「………」
 冥月は夕飯を食べ終えると、草間に寄り添った。
「子供だ…って思ってるわけじゃないのよ。ただ…嬉しかったの。守ってくれて」
 そう言って冥月はそっと草間の頬に手を添えた。
「今夜は無しって思ってたけど…素敵な騎士様に御褒美は必要よね」

 温かな唇が触れ合うと、たまらなく愛おしくなる。
 私は…あなたといられて幸せ。

 私は、あなたが好き…。


■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


 NPC / 草間・武彦(くさま・たけひこ)/ 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
 
 NPC / 草間・零(くさま・れい)/ 女性 / 不明 / 草間興信所の探偵見習い

■□         ライター通信          □■
 黒・冥月様

 こんにちは、三咲都李です。
 この度はご依頼くださいましてありがとうございます。
 旅行第2日目!遅くなりました!桜終わりました!(涙)
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。