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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【始まりの音】 +



 それは友人達と下校中の事。


「――え、まさか……カガミ?」
「よ。やっと出てきたか」


 学校の正門付近にて一人の青年が片手を挙げ、俺に声を掛けてくる。この物騒な世の中、正門には警備員が立っており学校は不審者が入らぬよう警備をしてくれている。その警備員に見覚えの有る青年――カガミが尋問を受けていた。俺の姿を見て「彼の知人」だとカガミは伝える。俺の反応に納得したのか、警備員は「正門では待ち伏せはしないようお願いします」とだけ注意をして去っていった。


「え、勇太この人誰?」
「お前こんな知り合い居たの?」
「あ、え、えっと、最近ちょっと縁があって知り合った人なんだ」


 下校を共にしていた友人達がカガミの登場に興味を抱き、質問をしてくる。俺も相手の登場に目を丸くしていたが、友人らの質問に慌てて返答した。間違ってはいない。ただ俺が驚いたのにはもう一つ理由がある。


 一、カガミは夢の世界の住人である事。
 二、カガミはその世界では通常は十二、三歳程度の姿である事。


 そんな彼が今現実世界に姿を現した挙句、外見年齢が二十歳ほどに引き上げられているものだから俺だって驚くしかない。確かに彼は人間ではない為、<基本的には何でも出来る>らしいのは知っている。だが、青年の姿で登場する理由が俺には思いつかず、疑問符が頭の上に沢山浮いた。
 しかし俺の困惑を知ってか知らずか、カガミは俺の手を掴むとそのままショッピング街に向かって歩き出した。


「悪いけどコイツ借りるぞ。今日は俺とコイツの二人だけで過ごしたいから邪魔しないように頼むぜ?」


 やけに意味深な言葉を友人らに向かって吐き出しながらカガミは俺を引き連れて歩く。残された友人達は一瞬あっけに取られて、「あ、はい……」などと間抜けな返答をするしかない。
 さて半強制的に連れ出された俺はといえば繋がれた手の意味が汲み取れず、けれどその手を離す事も出来ずにカガミの隣を歩いていた。ちらっと俺よりも身長の高いカガミの横顔を見やる。普段夢の中で見る少年のような面立ちではなく、やはりどこか『大人』を感じさせるその面立ちに俺は見入ってしまう、が。


「どうかしたのか。それにスガタは?」
「ん、ああ。今は俺一人」
「何かあったのか」
「まだ秘密」
「まだって事は後で教えてくれるのかよ」
「さあね」
「カガミ」
「お、この服お前に似合いそう」
「っ〜! 子供服じゃねーかッ!」


 ある子供服専門店の前を通りかかった時、さりげなくカガミがガラスの中のマネキンを指差す。その少年のマネキンが着ていた衣服は紛れも無く幼児用で、現実世界にいる俺はからかわれた事に対してカッとし、僅かに拗ねてしまった。だけどカガミはそんな俺の表情に目元を緩め、幸せそうに笑むとまた更に先へと進んだ。
 相変わらず手は繋いだまま。
 もしかして話題を逸らされたのかと内心思う。しかしカガミは基本的に片割れのスガタよりも感情派であり、行動派でも有る。今俺に対して何も言わないという事はそれなりの理由があるということなのだろう。そう信じるだけの信頼を彼には寄せているからこそ俺は思わず相手の手をぎゅっと握り返した。


「服が欲しいな」
「服? まさか買い物に来たのかよ」
「ああ、そう。青年用の服が欲しくて。あ、いや、実際に買わなくても良いんだけど、デザインを目にしておきたいんだよな。それで『復元』出来るから」
「お前達の能力ってホント便利」
「お前の能力も便利だよ」
「……っ、俺の能力とお前の能力は系統が違うだろ」
「そうか? 三日月邸にいる間だけはお前結構自由自在に変化するようになったじゃん。……ほら、あの夜の事を思い出せよ」
「待て待て待てッ! その発言待てッ!」
「――お、ここのショッピングモール良い感じ。ちょっと俺とスガタの為に見立てろよ」
「カガミ、お前ちょっとは俺の話聞けよ!」
「聞かないー」


 甘い声で誘惑に近い発言を仄めかしつつも彼は俺と繋がっていた手を解き、両手で己の耳をそっと塞ぐ。逃げた体温を追いかけようかと思ったが、余裕の表情で逃げるような動作で多くの専門店が立ち並ぶ建物へと入っていくカガミを見てしまうと思わず拳にして振り上げた手は行き場を失ってしまった。
 三日月邸で逢う時の彼はいつだって少年で、少年だからこそ俺は自分が幼児期に得られなかった『遊び心』や『童心』を思い出してチビ猫獣人となり彼と――否、三日月邸の住人達と遊ぶ。


 だけど今のカガミは違う。
 逢う時に感じる少年の笑顔ではなく、どこか見守られているかのような優しげな微笑。動作も何処か大人びていて、動揺する。子供なら素直に言えた言葉も高校生である今の俺では言えない。三日月邸ではカガミに無邪気に抱きつけるけど、この世界では人の目があまりにも多過ぎて手を繋ぐ事すら俺の思考を奪う。
 友人達は俺とカガミの行動をどう思っただろうか。彼らの目には俺達の姿は友人に映ってくれただろうか。特別な……相手に思われた、だろうか。


 でもきっとカガミは俺の存在を特別視していない。
 だって俺はカガミにとって<迷い子(まよいご)>の一人に過ぎない。彼が出会ってきた多くの迷いを抱えた人間の内の一人、きっとその程度。思わずぎゅっと鞄を掴んでいる手に力が入る。
 何故だろう――この『認識違い』という距離が少し寂しいのは。


「――い。おーい」
「ぅお!?」
「何ぼんやりしてんだ。中に入らないと他の客に迷惑だろうが」
「あ」


 入り口の扉でぼんやりと突っ立ってしまっていた俺に対し戻ってきたカガミが注意の言葉を掛けてくれる。それからカガミによって開かれた扉から相手の手が伸び、俺の腕を捕まえた。そして店の中へと俺を引き込むと、その後ろから入ってきた客に対し「すみません」と一言謝って中へと通していた。
 どうやら俺は通せんぼ状態で立っていたらしい。慌てて俺も頭を軽く下げて謝罪の言葉を吐く。対して気にしていなかった客は「いえいえ」とあっさりとした挨拶を返してくれた。


 掴まれている腕をそっと見やれば、その手は大きくて『大人』を思わせる。少年の手ではない事が違和感を感じさせてならない。
 『少年』なら良かった。
 『子供』なら良かった。
 手を繋ぎあって歩いたって周りの視線なんて気にしない年齢なら良かった。
 カガミは気付いているのだろうか。それとも気付いていて気にしないふりをしているのか。道中俺とお前が手を繋いでいる――たったそれだけの行為を不思議そうに眺め見ていた人間が何人かいた事を……。


「気付いてたけど?」
「――!? 何、を」
「視線。だけど別に気にすることじゃねーだろ。俺はお前と繋ぎたくて手を繋いでただけだし」
「また勝手に人の心を読んで」
「読むまでもねーよ。お前割と顔に出やすいからな。俺が手を離した瞬間から、表情が暗くなった」
「なっ!? そんな事ないっ」


 かっと顔に熱が集まってしまうのは実際のところ図星だったからだ。
 手が離れた時、カガミが先に店に入った時、距離を感じたのは揺ぎ無い事実。だがそれを認める事は『高校生』である俺のプライドが許さない。俺の腕を掴むカガミの手をむんずと掴み返すと、今度は自分が先を行く。


「どこに行くんだ?」
「紳士服コーナー! スガタもどうせ同じ服着るんだろ。精々マネキン代わりに試着を繰り返せ!」
「まあ、同じ顔だし同じ服着るけど」
「じゃあ別にお前のためだけじゃないからな」
「はいはい、知ってる」
「――っ、お前らは一体どんなのが趣味なんだよ!」
「今日のところはお前の趣味で」
「あのな、カガミ自身が少しは何か服の傾向や趣味を主張してくれたって――」


 良いんだぞ、と続けようとした言葉は止まってしまった。


 だって笑ってるんだ。
 俺に引っ張られながらカガミは楽しそうに、可笑しそうに笑っているんだ。こんなのテレパシー能力を使わなくたって分かる。青年の姿の中に見える少年のカガミの幻覚。いつだって彼は『彼』のまま。自分のしたいように動いて、喋って、ぶれる事がない。俺みたいに環境や外見が違うだけで動揺する事もなく、本質的なものだけで触れ合ってくれる。


「お前とこんな風に歩くのもたまには良いな」


 コイツの傍は居心地が良いんだ。
 俺の事全部知っていてくれて、俺の事全部受け止めてくれて、俺の事拒絶してくれない存在だから――だから俺は。


「ばっかじゃねーの」


 少年のような青年、青年のような少年。
 有りの侭で居続けるそんな彼のように中々素直になれそうにない。



■■■■■



 そして一時間後くらいだろうか。
 俺の見立ての服を幾つか試着し、それを繰り返した結果互いに納得のいく服装を見つけた。
 有難う、と素直にカガミは言って俺達は場を後にする。
 カガミは衣服を買う必要がない。ただ見て、感触を覚え、そして『再現』する事が出来るのだから。人気のないショッピングモールの隅で彼は今まで着ていた衣服から俺が見立てた服へとすぅっと衣装チェンジさせる。霧のように服が消えたかと同時に現れる新たな服は先ほど試着室で見たカガミの姿そのものだった。


 青紫のラインが入った長袖シャツに黒ネクタイ、それからベスト。
 すらっと足ラインにフィットする黒スキニーパンツにメンズ靴。何から何まで思いのままに衣服を変化させる様子に正直感心する。


「カガミ」


 そして着替えが終わった丁度その時、俺はもう一人の声を聞いた。


「スガタ。終わったか」
「うん、程ほどにね。そっちこそ、それなりに楽しい時間を過ごせたみたいでなにより。その服似合ってるよ。工藤さんに見立てて貰って良かったね」
「似合ってるって……同じ顔に言われてもなぁ」
「良いじゃない。工藤さんの傍に行くって言いだしたのはカガミでしょう。――ね、その服貰ってもいい?」
「色違いにするか?」
「今回はそうしよっか」


 空中からふわっと現れ、着地した青年――カガミの片割れのスガタは、相棒の服の様子を見てくすっと一笑い。カガミとは違っておとなしめに笑うその表情はとても柔らかい。
 それからスガタはカガミの方へと手を伸ばすと、彼が再現したばかりの衣服を写し取る。触れたその手先から徐々に変化していくスガタの服。それは確かに色違いのラインのシャツに色違いのベスト……と変わっていく。
 写し取った物が色違いだったからだろうか。
 それとも彼らが持つ本来の雰囲気からだろうか。
 「静」と「動」。
 なんとなく俺はその二つの言葉を思い出し、それからこくんっと無意識に唾を飲んだ。


「今回の一件、まだ工藤さんに話してないよね?」
「お前が来てから話そうと思って話していない」
「カガミは約束事とかちゃんと守るから信用してる」
「それで、お前の方はちゃんと確認出来たのか?」
「問わずとも分かるでしょう」
「分かるけどな。それでも口にしないとコイツには通じないから」


 コイツと言ってカガミは俺を見た。
 スガタとカガミは繋がっている、らしい。互いに思っている事、互いに起こった事、互いの全てを把握している存在。双子かと最初思ったけれど、彼らは違う。同じ姿だけれど、双子ではないのだと彼らは言っていた。
 俺は思い出す。
 カガミが此処にきた理由を「まだ秘密」と言っていた事を。
 でも今スガタが現れた事で、それはきっと消化される。そう感じていた。


「工藤さん、話があります」
「ああ、そうだろうな」
「先日の一件を覚えていますね。呪具を使って貴方を襲った男の事、そしてそのせいで僕達の世界に『侵入者』が送り込まれた事を」
「もちろん覚えてるさ」
「今回、僕達は貴方に伝えなければいけません。事件はまだ解決していないのだという事を」
「――え?」


 終わっていないってなんだ。
 俺が襲われて、カガミ達と暮らした日々や自分の能力の事を一切記憶から無くして、一年過ごしたあの事件。そしてカガミが俺をこの次元へと攫ってくれたあの日。終わったと思っていた。
 確かに犯人は捕まっていない。でも社が言うには「『呪い返し』をしておいたから大丈夫」と言っていた。それを信じて俺は毎日を過ごしていたけれど……。


「社ちゃんの呪い返しは確かに効いていました。男は――」
「死んでいたのか?」
「いいえ、生きています。ですが、……心を喰われていました」
「喰われ、……え?」
「呪具を使った上に、社ちゃんの呪い返し。男は例の鏡に心を喰われ、精神崩壊を起こし、今は病院に居ます」
「――なんだっ、て……」


 『精神崩壊』。
 俺はこの言葉の影に一人の女性の姿を思い出す。そして背筋がすぅっと凍るのを感じた。一瞬膝が震え崩れそうになった俺の肩を支えるように、カガミが背後から両手を掛けてくれる。


「今回カガミが貴方の傍に居たのは保護のため。そして僕が動いたのはその事実をきちんと現実世界で確認するためです」


 終わっていない。
 あの事件はまだ終わっていない。
 終わっていないならば続くのか。
 でも犯人は精神崩壊を起こして病院にいるとスガタは言っている。
 じゃあどうして終わらないのか。


 何が動いているのか分からない。
 ぶつぶつと呟いていたあの男。あの「研究所」を思い出させる単語を吐いたあの男。誰だ。アレは誰だ。俺は知らない。知らないはずだ。
 研究所は解散させられ、今は無い。
 それが在った事実すら世間では知られていないはずなのだ。だから俺は知らない。あんな男など――。


「お前はどうしたい?」


 背後から掛けられるカガミの言葉。
 俺は俺自身を抱きしめるため両腕に手を掛けた。抱きしめる。俺を抱きしめる。俺はどうしたいのか、カガミは問いかけた。


 俺は。
 俺は――。


「「<迷い子>、どうか、良い選択を」」


 そして前後で二人重なる声に、俺は始まりの音を聞いた。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、例の続きというか始まりの話となります。
 ですが今回は工藤様とカガミのデートメインでOKという話でしたので思い切りカガミが幸せモードでお付き合いさせて頂きました(笑)
 ちょっとツンデレ風味という工藤様のプレイングが初々しく、こんな感じのお手手繋ぎデートとなりましたがどうでしょうか?
 確かにやりたい放題な青年とお年頃の高校生ではこんな感じになるかもしれませんね。

 そして最後。
 シリアスとなりましたが、例の事件が終わっていないという事で選択を迫らせていただきました。今後の展開を楽しみにまたお待ちしております。
 ではでは!