■第8夜 祭りの一幕■
石田空 |
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】 |
午後11時30分。
「あっ……!!」
オディールが手を伸ばした時、それは光になって、どこかに飛んで行ってしまった。
オディールは伸ばした手を彷徨わせて、溜息をつく。
明日は聖祭。
1月以上もかけて皆が準備してきた、それ以上かけて練習してきた、大事な祭りである。
その中に、「秘宝」は消えてしまったのだ。
「探さないと……」
オディールの小さな呟きは、風にかき消された。
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第8夜 祭りの一幕
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午前7時10分。
聖祭の来客時間は9時30分から。
学園生徒達は当然それまでに用意を終えておかないといけない。
「おはようございまーす!!」
工藤勇太はそんな最終準備に取り掛かる生徒達をすり抜けて、何とか新聞部部室にやってきた。新聞部優先と言う事で、勇太は何とか普通科の展示係を免れたのだ。
「おはようございます。今日は忙しいですから頑張りましょう」
既に来ていた小山連太は、部長から渡された予定表を、勇太にも渡してくる。
勇太は、その分単位で細かく書かれた予定表にげんなりとする。
「ええっと……これ本当に……今日のスケジュールなの?」
「そりゃそうっすよ。聖祭は1番の修羅場なんですから」
「……小山君詳しいね」
「初等部からこれっすから」
「ははは……」
しかし困ったな、と勇太は思う。思っているよりびっしりと詰められたスケジュールだと、なかなか海棠君と連絡が取れないかもしれない。
仕方ない。メールでやり取りするしかないか。でも何とか時間取らないと、海棠君の演奏に間に合わないかもなあ……。……まあ、暗闇だったら、テレポートするのもありかな?
「とりあえず取材、頑張りましょう」
「エイエイオー!」
「はは」
こうして、慌ただしい新聞部員達の聖祭の幕が開いた。
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午前11時45分。
「白鳥の湖」はバレエの中でももっとも名の知れた演目と言う事で、席は開始前になったらすっかり埋まってしまっていた。
その舞台裏で、既に真っ白な衣装に身を包んで舞台袖からブルブル震えて見ている少女がいた。
「こんにちはー、楠木さーん」
「はっ、はいっ……! 小山君と……ええっと、確か前にお茶会で」
「こんにちはー、新聞部の工藤勇太でーす。確か、雪下さんの代役ですよね? どのような経緯で決まったんですか?」
「えっと……」
真っ白な衣装の楠木えりかは、もじもじしながら立っている。
華奢な身体つきはバレエ科女子の共通だが、本来だったら踊るはずだった雪下椿のような自己主張するタイプではなく、人に自然と合わせてしまうタイプのように勇太には見えた。
「……椿ちゃん……雪下さんが怪我しちゃった時に急遽代役立てようってなった時に、役決まっていなかった子が限られていたので……私とか、かすみちゃん……友達です、位しかいなかったんです。だから、成り行きとしか……」
「ふむふむ。だとしたら、初めての主役ですよね、楽しみにしていますよ」
「がっ、頑張ります……!」
「うん、頑張れ!」
「はひっ!」
勇太はあまりにガチガチになっているのに、思わず応援してしまうが、これ取材になってるのかなあ……と思ってしまう。
隣をちらりと見ると、連太は椿を通して彼女とは知り合いらしく、「まあリラックスしていきましょう。多分雪下がきつい事言ってると思うけど、あんまり気にせず」と返していた。
そうこうしている内に、舞台袖から漏れる光が弱くなり、やがて消えた。
もうホール内は真っ暗になり、音楽科による「白鳥の湖」の序曲が流れ始めている。これを聴いた瞬間、ガチガチに震えていたえりかの表情が消え、引き締まったように見えた。
「それでは……もうそろそろ始まりますから」
「頑張って下さいー」
「頑張れー」
「はい」
そのままとことこと持ち場へと走って行って……こけた。
そのままタイツに伝線していないか確認し、問題ないと分かったようにそのまま走って行った。
「……大丈夫なのかな、あの子」
「さあ……楠木さんいつもああなんで」
「いつもだったんだ」
「ええ……」
それを2人は怪訝な顔で見送りつつ、新聞部の取材席へと移動した。
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午後2時30分
勇太は連太を幕間の闇の中で見事置いてけぼりにしてしまい、そのまま音楽科の演奏風景を見ていた。
海棠秋也は目を一瞬閉じて精神統一した後、そっと鍵盤に手を掛ける。
彼の響かせるピアノの音色は、何かを思い出させる音をしていた。それは優しい音色であり、時に寂しい、時に嬉しい、そんな不思議な色を帯びていた。
勇太はそれを見守っていた。
海棠君……これが音楽科の最後の演奏なんだよなあ……。
勇太は、海棠から聞かされていた。
「全部終わったら、バレエ科に戻ろうと思う」
バレエから遠ざかっていたのは、過去のいざこざが原因であり、音楽は確かに好きではあるけれど、ライフワークにはなりえないと言う事を、泊まりに行った日に聞かされた。
最後の演奏はきちんと覚えておこう。
確かに趣味でこれからもピアノを弾く事はあるだろうけど、本気の演奏は恐らくこれが最後だろうから……。
彼の手が鍵盤から離れるまで、その音を勇太は一心に浴び続けていた。
演奏が終わった後、勇太は入口で海棠の出待ちをしている生徒達を「取材ですからごめんなさーい」とすり抜けた。
こんな時に新聞部でよかったと、勇太はつくづく思った。
新聞部の腕章を付けている間は、関係者以外立入禁止と言われている場所にも入れる。もっとも、流石に生徒会が立入禁止地区にしている場所に入るのはリスキーではあるので、あくまで関係者以外立入禁止の場所だけだが。
「こんにちはー、新聞部の取材でーす」
高等部の控え室に入ると、舞台用タキシードから制服に着替え終えた海棠が、不思議そうな顔で勇太を見上げた。
「取材か。お疲れ」
「うん。海棠君もお疲れ! すごくいい演奏だったよ」
「そうか……それならよかった」
「ところでさ……」
勇太はひそっと海棠に囁いた。
「バレエ科に転科するって話は、どうするの?」
「もう決めた事だから。聖祭が何事もなく終わったら、そのまま転科するつもり。もうその事は叔母上にも話した」
「そっかあ……スカウトの人達残念がったんじゃないの?」
「まあな……」
小さな声でひそひそと話す2人を、着替えていた生徒達は、少し驚いた顔で見ていた。
海棠は無愛想だが、別に話せば普通に返すし、本来は根が優しい人間だと言う事は、あまり知られていないようだった。
勇太は周りをちらちら見つつ、にこりと笑った。
「うん。じゃあ決めた事なら、俺も応援するよ」
「ありがとう」
海棠はふっと笑うと、それこそ周りはざわっとどよめいた。
海棠は周りがどうしてどよめいたのか分からず、ただ少しだけ首を捻るだけだった。それを見て、思わず勇太が笑い出したのに、眉間に皺を寄せ、「何で」とだけ呟いた。
「そう言えばさ、次高等部の演目だけど……」
「……正直、桜華のものを見に行くか、声楽に行くか迷ってる」
「え……?」
「……副会長、声楽専攻だから」
「ああ……」
海棠は音楽科でピアノ専攻。副会長の茜三波が声楽専攻な事も、同じ塔にいるために知っていたのだろう。
「……守宮さんに悪くないの?」
「見に行くって約束したし」
「んー……」
仕方なく、勇太は携帯をパチンと見せた。
「じゃあ、俺が見てくるよ! 何かあったら報告するから」
「……ごめん」
「いいって!」
本当なら、海棠君と見てみたかったけどなあ。さっきも「白鳥の湖」途中で抜けちゃったし。
勇太はそのまま人ごみに紛れて、声楽科の「椿姫」を見に出かけて行った。
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午後3時55分。
声楽科の演目は、バレエ科に比べるといささか地味と思われたのか、さっきまで見た人ごみよりも緩いように見えた。
「すーみません、失礼しまーす」
勇太がゆらゆらと空いている席を求めて歩いている時に、見覚えのある子が舞台を真剣に見ているのに気が付いた。
「あれ? 楠木さん?」
「あっ! 先程ぶりです!」
「うん、先程ぶり……でもバレエ科の舞台見に行かなくて大丈夫なの?」
「えっとその……謝りましたから、先輩達には」
「ふうん……?」
慌てて見に来たのか、白いバレエ衣装の上にカーディガンだけ羽織り、化粧すら落としていないのだけが、いささか気になった。
<第8夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1122/工藤勇太/男/17歳/超能力高校生】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】
【NPC/楠木えりか/女/13歳/聖学園中等部バレエ科1年】
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■ ライター通信 ■
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工藤勇太様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第8夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は楠木えりかとのコネクションができました。よろしければシチュエーションノベル、手紙などで絡んでみて下さい。
海棠の話は、先日のお泊まり回で書く予定だったのに、入りきらずに削ってしまい、このような形で伝える事となってしまいました。大変申し訳ありません。
第9夜も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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