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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【始まりの音3】 +



 此処は病院。
 『あの人』が入院している精神病棟。俺は笑う。笑ってなきゃやってられない。だって俺はパンドラの箱の奥に隠されていた『希望』を探さなきゃいけない。その為に逢いに来たんだ。その為にここに居るんだ。
 今回の一件はカガミ達には関わらせない。
 俺自身の意思で動く。誰の手助けも受け取らず、俺は俺の敵を殺そう。


 もう、カガミ達にこれ以上甘えてはいけない……。


「こんばんは、お見舞いに来たよ」


 これ以上頼ったら弱くなってしまう……。
 俺は強くならなくてはならない……。
 だってそうしないと俺は生きられない。過去の自分を受け止めたつもりだったけれど、いざ過去を匂わされれば一気に弱くなってしまう――こんな自分は嫌だ。だから強く。強く。強く。


 ベッドの上に横たわるのは『あの人』――母さんみたいに、精神崩壊を起こしてしまった男。俺を亡き者にしようと攻撃してきた敵だ。
 結果、呪い返しを受けて呪具に心を喰われて自力で生きる事が困難になって……ああ、なんて惨めな結果。
 これは「誰」に対しての呪い返しだ。呪い返しを受けた男は『被害者』。でも俺だってこの男にもう少しで命を奪われるところだったんだ。いや、それともこの男のように死ぬ事も無くただベッドに横たわる生活が始まっていたのだろうか。


「アンタは俺、だな」


 くひっと喉が引き攣る。
 俺は今どんな表情をしている?
 どんな顔で笑っているんだ?
 鏡なんて此処にはない。そして個室部屋を与えられた男以外此処には存在していない。だから俺の顔を見るのは――だぁれも、いない。


「終わらせてやるよ」


 俺の目に生気は宿っているか?
 男の目の様に虚ろじゃないか?
 だけど俺は確かに意思を持って行動する。『研究所』が生きているのならば欠片残さず殺すと――その誓いが俺を突き動かす原動力。
 もしそれが出来なければ……俺が死ぬか。そうでなければ終わらない。


 ほら、花束を手に、最後のお見舞いを。


 ベッドに横たわる男は「ぁー、……ぁー……」等と言葉にならない声を出している。口端からは唾液が垂れ落ち、その様は醜い。心が喰われたら俺もこうなっていたんだろ。アンタは俺をこんな風にしたかったんだろう?
 残念だったな。
 呪い返しによってアンタが俺にすり替わったんだ。
 俺は<念の槍/サイコシャベリン>を作り出し、男に突きつける。終わらせなきゃ、終わらせなきゃ、終わらせなきゃ、終わらせなきゃ……――。


 早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く。
 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
 終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに終わりに。


 ―― でも、それは誰の為の心の慟哭だ?


「……出来ないっ」


 振り上げた槍。
 それた切っ先は男の顔の隣へと突き刺さる。枕に穴が開いて中に詰まっていたものが飛び出てくる。そんなものに興味はないけど、少しだけふわっと漏れ出た綿が視界を埋めた。男が俺を見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。見てる。
 男が俺を見てる。限界まで瞼を開いて、その瞳に夜叉と化しかけている俺を、――怯えた表情で見ていた。


「――ッ!! 見るなぁあ!!」


 ああ、そうだよ。
 俺は結局人を殺す事が出来ない。エサを振りまいた時だって人死には決して出さなかった。余計な殺生が出来るほど俺の心はまだ壊れていないんだ。だって俺は生きて――。
 そうだよ。どうせこいつも『研究所』による被害者……実験体、なんだろ……。
 俺と同じだ、俺と同じだ。
 同類だ。かわいそうな人間だ。かわいそうな『人間』だったんだ。だって俺を襲ってきた時、コイツは正気じゃなかった。駒だったんだと考えた方が早い。薬物投入でもされていたかもしれないし、他の能力者が関係しているなら意識を操られていたのかもしれない。


「そんな目で、見る、なぁぁあああ――ッ!!!」


 なんて予定調和の舞台。
 俺は暴発した感情のままに病室を破壊し、テレポートする。あの男がどうなったのかなど定かではない。
 目的地を決めていなかった俺はどこへ飛んだのか、虚ろな目で辺りを見渡す。そこは誰もいないスタジアム。その中心に俺は存在していた。ひひっ、と喉が笑っていた。嗤っていた。身体が震える。自分を抱きしめるように両手を二の腕に食い込ませながら俺はわらっていた。


 どれくらいの時間、そうしていたのか。
 十秒程度だったかもしれないし、数十分だったかもしれない。時間の感覚がなくなってしまったようで俺には時間に経過が分からなかった。
 だがそんな事は大した問題ではない。なぜならそれを凌駕する出来事が俺を襲ってきたからだ。


「やあ、また逢えたね」


 現れた複数の男女が『研究所』の人間だという事はすぐに分かった。
 感応する。無意識に俺の能力が相手の心の内を暴こうと動き始めていた。小さき頃の記憶といっても壮絶な人生を歩まされたあの頃の記憶を完全に抹消する事など俺には出来ない。
 かたかたかた。
 震えているのは何だ。そこら辺の小物が俺のサイコキネシスによって動き出す。だけどまだ暴れるほどじゃない。ただ準備運動でもしているかのように揺れているだけ。ああ、その音だ。その音なんだ。だから決して――決して俺が怯え、震えている音なんかじゃないから。


「な、んのために……、あの男を使った。何のためにあの呪具を俺に使ったんだ!」


 過去の記憶が俺を縛る。
 身体が上手く動かない。だけど目的だけは聞き出したくて強張る身体に鞭を打つかのように精神を奮い立たせた。そんな俺を見抜いたのだろう。元研究員だと思われる初老の男が両手を大きく広げ、そして優しい笑顔で答えた。


「我々は『オリジナル』である君を迎えに来たんだよ。――やはり人工物では君には敵わなかったな。強力な呪具を使ったのにまさか抵抗に成功するとはね。流石だ、工藤勇太君。その能力ますます欲しくなった。そしてその能力を手に入れ、我々は研究所を再建する」
「ッ――そんなこと出来ない」
「もう設備は整った。資金も問題ない。後、必要なのは君だけなんだよ」


 男は指を鳴らす。
 傍に控えていた二十歳くらいの男女二人がそれを合図に動き出す。ぴりっとした感覚が俺の身を襲う。彼らは敵意を抱きながら俺を睨んでいた。
 能力者だ。
 それも薬物投薬されて無理やり脳から引き出した能力を保持した者――人工能力者。俺がオリジナルと呼ばれるならば、彼らはイミテーションと呼ばれる。能力の力量は自分の方が勝っているだろう。だが、俺はそれを彼らに使えるのか? 俺と同じように人体実験の末の犠牲者を。
 もう俺は知っている。どれだけ抵抗しても、あの病院に寝ていた男にしたようにまた殺せないのがオチだ。


「……駄目じゃん。俺」


 あああああ。
 止まらない。
 何に対しての怒りだ。
 何に対しての悲しみだ。
 何に対しての苦しみだ。
 これら全て誰のための感情だ。
 止められない。
 溢れ出てくる俺の中身。


 此処は用意されてた『劇場』。
 踊らされるのは俺の『激情』。


 零れたのは――涙だった。


―― せっかくカガミに記憶を戻して貰ったのに結局無に戻るしかなかったのかな……。


 だって逆らえないんだ。
 能力者達が俺を捕獲しようと動き出しているというのに、過去がいまだに俺の足を掴んで離さない。頬を伝う涙は顎へと流れ、そして地面を濡らした。
 壊したい。
 『研究所』に関わる全てを壊さなきゃいけないんだ。じゃないと俺は救われない。俺はいつまでたっても過去に鎖を巻かれたまま動けないじゃないか。
 だけど出来ない。


「……それでも、お前達の思い通りにはならない」


 光の槍が俺の手の中に出現する。
 <念の槍/サイコシャベリン>を掴みながら、俺は力が入らない身体をふらっと揺らした。攻撃されると思ったのだろう。能力者達は自身の前に見えない念の壁を立てたり、空気を変化させたりと初老の男を守るかのように防御の体勢を取る。
 だが俺は嘲笑した。
 俺が殺すのはお前達じゃない。


「さよなら、俺」


 俺は槍を高らかに掲げるとそれを自身の胸元に向けて突き刺した。



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 人は自分を殺した時、どこに行くのだろう。
 天国だろうか。地獄だろうか。それとも無に還るだけなのだろうか。輪廻転生があるなら俺は今度こそ普通の人になりたい。能力なんてなくていい。ただ幸せな人生を歩みたい。


「そのために、俺を使え」


 許して。
 もう許して。
 弱くなりたくない。
 誰かに頼って弱みを見せて、『強がっている自分』が露見する事はとても恐ろしい。滲んだ視界の中、見えるのは人一人分の影。


―― もう終わらせてくれよ。


 <念の槍/サイコシャベリン>で貫いた身体。
 手にはぬるっとした感触が伝う。だけどもそれよりも強い感覚が俺の身を包む。


「拒絶されたら俺達はお前に何もしてやれない――俺を受け入れろ。俺だけはお前に何があっても絶対に丸ごと受け止めてやるから」


 貫いたのは――誰の身体?
 俺を包むこの優しい体温は――誰の腕?
 どうして俺には痛みがないんだ?


「<迷い子(まよいご)>、――いや、勇太」


 お前は――誰?


「俺はお前を写す<鏡>。さあ、この瞳を覗きお前の心の中で『俺』を確固たる存在として認めろ」


 黒と蒼のヘテロクロミア。
 その瞳の中に映る俺は――どうしてそんなにも寂しそうに泣いていたんだろう。












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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、三話目となります。
 タイトルを変えるか迷いましたが、引き続きこのままで。
 今回は黒幕登場ということで、誘拐っぽく。
 NPC達は拒絶されると能力も使えませんし、動く事が出来ません。それでも姿を現した意味をどこかで汲み取って頂ければ嬉しいです。
 ちなみにとうとうヤツが工藤様を名前で呼びました(笑)