■ある集落の訪問者■
蒼木裕 |
【7969】【常葉・わたる】【中学生・気脈読み】 |
「お前はどこから迷い込んだ馬鹿だ? こんな『異常』を持ち込みやがって」
甚兵衛を身に纏った彼――筵(むしろ)は相手を見ると共に辺りを漂う瘴気に顔を潜めた。
其処は東京の外れ、広がる森の霞の奥にひっそりと位置付く、大きな集落。
あやかしと人とが細々と身を寄せ生きる其の場所では、物の怪に憑かれた者達も決して少なくは無い。
あやかし、人、物の怪憑き――。
三種三様の様を見せる閉ざされた其の空間は、時に微睡み不安定な意識を齎す。
其処に在る者は何時、何処からか寄り添い、其々何かしらの強い想いを持つ者、周りから外れた異端の者――。
そして是と言った自我を持たぬ者は時に外界より紛れ込み、住み人を誘う天然のあやかしに因って生ずる、集落へ集まる異常な障気に抗えず、痛ましくも、大切な何かを忘れ逝き変貌を遂げて行く。
然う、其処は全てを放棄され、存在や形すらも忘れ去られた神の隠し場。
「この集落の外への案内が必要なら俺もしくは後ろのガキ共が、何か失われし情報が必要なら書庫の守り人か夢の情報屋の元へと案内してやる。だが忘れるな。此処ではあんたが一番の<問題児>だ」
筵はそう言うと悪い気を纏う相手を睨み付ける。
その後ろでは左右の瞳の色が違う双子らしき少年二人が面白げに笑っていた。
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+ ある集落の訪問者―訪問― +
「お前はどこから迷い込んだ馬鹿だ? こんな『異常』を持ち込みやがって」
甚兵衛を身に纏った彼――筵(むしろ)は相手を見ると共に辺りを漂う瘴気に顔を潜めた。
其処は東京の外れ、広がる森の霞の奥にひっそりと位置付く、大きな集落。
あやかしと人とが細々と身を寄せ生きる其の場所では、物の怪に憑かれた者達も決して少なくは無い。
あやかし、人、物の怪憑き――。
三種三様の様を見せる閉ざされた其の空間は、時に微睡み不安定な意識を齎す。
其処に在る者は何時、何処からか寄り添い、其々何かしらの強い想いを持つ者、周りから外れた異端の者――。
そして是と言った自我を持たぬ者は時に外界より紛れ込み、住み人を誘う天然のあやかしに因って生ずる、集落へ集まる異常な障気に抗えず、痛ましくも、大切な何かを忘れ逝き変貌を遂げて行く。
然う、其処は全てを放棄され、存在や形すらも忘れ去られた神の隠し場。
「この集落の外への案内が必要なら俺もしくは後ろのガキ共が、何か失われし情報が必要なら書庫の守り人か夢の情報屋の元へと案内してやる。だが忘れるな。此処ではあんたが一番の<問題児>だ」
筵はそう言うと悪い気を纏う相手を睨み付ける。
その後ろでは左右の瞳の色が違う双子らしき少年二人が面白げに笑っていた。
「あ、俺は常葉 わたる(とこは わたる)! 俺のじいちゃんが定期的にこの集落に訪れてると思うんだけど」
「んあ? ……ああ、常葉のじーさんとこのガキか。確かに孫がいるっつーのは聞いているが……ふーん。お前がそのガキねぇ」
「その目はもしかして信じて貰えてなかったりする?」
「まあな。お前のじーさんは色々この集落で役立ってくれていた人間だ。お前がそのじーさんの代わりに此処に来たというならそれなりの力を持って来ているという事だと俺は思うが――この状態はちょっといただけねぇよなぁ」
「な、なんだよ。一体俺が何をしたってーんだよ!」
「こっちに来い。様子を見せてやる」
今場所はまだ集落に入る手前の森。
濃密度の霧をやっとの思いで超えた先に出たばかりのわたるはその場所で彼らに見つかったのだ。莚は後ろを振り返る事をせずに先を行く。わたるは慌ててその背中を追った。だが不意に歩き始めた彼の隣を挟むように二人の少年が位置を変え、速度を合わせてやってきた。彼らは不思議な事に左右の瞳の色が違っており、光が当たるにつれてそれが良く分かる。
「あー、莚さんってば苛立ってますね」
「あーあ、莚超苛立ってんじゃん」
「確かにこの<迷い子(まよいご)>は集落に害悪を齎した存在」
「確かにこの<迷い子(まよいご)>は集落にとって危険な存在」
「「 だけど確かに彼は常葉筋の子供なのに 」」
両側からハモった声が聞こえ、わたるは一瞬ヘッドホンでもつけているかのような錯覚に陥り耳を無意識に触る。だがそこには当然何も無く、手はただいつもの耳の感触を確かめるだけに留まってしまった。だけど彼らは莚が信じなかった事柄をさらりと肯定する。祖父との関係を素直に認めてもらえれば、わたるは内心嬉しくなった。
「お前達は集落の人間? でもなんか……何か違うっぽい」
「僕の名前はスガタ。確かに人間ではなく貴方にとっては異形に当たる存在です」
「俺の名前はカガミ。人間ではなく、集落の人間でもなく、けれどこうして時々集落に遊びにやってきてる唯の夢の住人だよ」
「夢の住人――あ、でも気の流れが違うのは分かる。あの人――えっと、莚さんだっけ。あの人からはちゃんと人間の気が感じ取れるのに、二人からは人間に擬態した別の気を感じるんだ」
「「 お見事 」」
両手を叩き合われ、両側から二人に褒められる。
わたるはそれが少々恥ずかしくも嬉しくえへへっと表情を緩めた。先程莚に威圧されるような台詞を受けていたからこそ緊張もしていたが、二人との会話で若干それも解けたらしい。
だがそんな三人の会話を聞いていた莚は集落の入り口まで辿り着くと振り返り、片手を挙げ親指を一本立てて中を肩越しに差す。若干苛立った気配にわたるはまた気圧され、スガタとカガミは「わぁ」と小さな声をあげ、わたるを挟むようにして肩を竦めた。
「ようこそ、常葉のじーさんとこのガキ。此処がお前が求めてる集落だ。ただし、今お前が持ち込んだ『害悪』によって集落の人間は被害を被っているけどな」
「その『害悪』ってどんなだよ」
「良く見ろ。幾ら周囲が濃密度の霧に囲まれた場所だっていってもなぁ。此処は特別な場所なんだよ。瘴気もねえ、それから普段なら陽光だって差し込む普通の集落だ。それくらいの話くらいはお前のじーさんから聞いてるだろ」
「でも今天気が悪くないか? っていうか……むしろ気が澱んでいて濁ってる。それから何か変な臭いがして……」
「それもこれもお前に引っ付いてきたもんのせいだっつーの。ったく、迷惑過ぎる」
建物は昔ながらの日本家屋が立ち並んでおり、田舎の風景を思い出させる。
莚の甚兵衛姿がその光景によく似合っており、むしろ溶け込むかのような姿にわたるは彼がこの集落の人物である事を再認識した。集落に辿り着いた瞬間、気の流れが莚を求めるかのように変化する。そこから莚が集落にとって特別な位置に存在する人間であることをわたるは本能的に察した。
「だが来ちまったもんは仕方ねぇ。まずはお前が本当に常葉のじーさんの孫かどうか試させてもらおうか」
「え、まだ疑ってんのか!?」
「あのじーさんの仕事を引き継ぐにはガキ過ぎるだろ。だが、あのじーさんが本当にお前を此処に寄越したっつーならお前にはそれなりの能力が携わっているはずだ。それを俺の前で提示してみせろよ。そしたらお前が本当に行きたい場所に案内してやっから」
「能力の提示……」
「常葉筋の人間っていう証が口頭だけで証明出来ると思ったら大間違いって事だ。後ろのガキ共が認めても、集落の人間である俺が認めない限り中には入れさせねえ。むしろ強制送還させてもらう」
「それは嫌だ!!」
「嫌ならやれ。お前にはその選択しかねーよ」
腕を組み、莚は的確に言葉を放つ。
わたるはぐっと息を飲み、それから決意する。彼に認めてもらえない限り自分は中に入れない。それでは祖父の仕事を受け継ぐという事が出来ない。集落の人間は「手強い」と話には聞いていたが、此処までとは思っていなかった。
わたるはふっと息を吐き出す。
証拠を示せと言われても物的証拠が欲しい事ではない事くらいわたるには分かっていた。彼が今言っていた通り、能力的なものを示さなければいけない。そしてわたるにはその力を示す方法があった。
出来る。
彼はそう確信し、まだ十三と言う年齢ではあるが使命感に燃え、行動に移す事にした。
まず彼は背中に背負っていた荷物を下ろし、それから全身の力を抜くと集落の澱んだ風に身を纏う。次に周囲に生えていた木々に片手を触れさせ、彼は呼びかける。
――此処は一体何に侵されてんだ?
それに答えるように凪いだ風、揺れた木々の枝。意思のあるそれらは応えた。それは決して声ではないが、わたるが欲しい情報をそっと心の中に落とす。
――病魔を振り撒いている何かが忍び込んだ、だって?!
それは俺のせいか? それは何の目的でそんな事をしてやがるんだよ!
何のために、と問えば自然の気達は沈黙した。彼らに分かった事は『害悪の存在』が何を齎しているかという事、そしてその原因が自分であるという事のようだ。
しかしまだ情報が必要だ。
わたるは問う。
――病魔を退ける方法は?
それには病に侵された風が応えた。
……わたるが沈黙し始めてどれくらい経っただろうか。莚はその様子を興味のある目で眺めまるで品定めするかのように力量を測っている。スガタとカガミは時折彼に応えている『声』をわたるの知らない彼らの能力で聞いていた。苦痛の声だった。悲鳴を耐えている声だった。
やがてわたるは木の幹から手を離し、深呼吸をする。そして三人へと視線を向けると唇を開く。
「『害悪』の存在は風邪ウイルスのような病魔だって。周囲の気に聞いてみたけどやっぱり俺が持ち込んだみたいだ。……っしょ、でも俺さ。別にそんなつもりは無かったんだぜ!」
「だがおまけとしてくっついて来たとはいえ、お前が訪問しなきゃこんな状態にはならなかった」
「だから気脈を読んで俺は今自然に問いかけたんだ、何か方法はねーのかって!」
「分かったのか?」
「ああ、ここの集落のもっとも気が集まる場所にソイツは潜んでる! 今その気を探る事は病魔に冒されている風からは教えてもらえなかったけど、ソイツを撃退出来りゃ問題は解決だ!」
「ふぅん。そこまでは『読めた』のか」
莚はわたるの言葉を一つ一つ確かめるように頷く。
組んでいた腕、その右手を持ち上げ唇に当てて暫し考え込んだ。常葉筋としての証明になっただろうかと内心わたるは審議の結果をドキドキしながら待つ。ふとわたるの頭部が陰る。何かが上へと飛んだのだと気付き、空へと視線を向ければそこにはスガタとカガミが空中に浮き、それから額に手をあて集落の中の様子を覗いている様子が見えた。
宙に浮いている人間――彼らは異形だと自ら名乗っていた。夢の住人なのだとも。わたるは一瞬、目を大きく見開いた。
「莚さん、あまり彼を苛めると状況が悪化しますよ」
「現にまた一人倒れたからな。病魔がソイツの心に呼応してる可能性もあるぜ」
「――まあ、お前らも認めてるし、今実際教えていない情報をこいつは口に出したからな。……しゃーねぇ。行くか」
ガシガシと莚は己の赤毛をかき乱しながら歩き出す。
それは集落の中へ。
スガタとカガミはすとんっと足先を下ろし、今度は二人が先に追いかけた。それを見たわたるは荷物を拾い上げると慌てて駆け出す。
「あ、俺。具合が悪い人間がいるなら薬を煎じる事が出来るけど」
「それよりも原因が分かっているならそっちを何とかした方がいい。お前が常葉のじーさんの孫ってーのは認めてやる。肝心の場所を読めなかった事は能力足らずと言ったところだな」
「っ、じゃあ」
「案内してやるよ。お前が最初に目的としていた場所に連れて行ってやる。どうせ書庫だろ」
「やったー! あー、俺これで怒られずにすむー!」
莚に認めてもらえた事でやっと笑顔を見せたわたるは、思わず本心を叫び両手をあげた。
そんな彼を見て両手を叩き合わせ褒めたのはスガタとカガミ。莚は「まだ問題は解決してねー事を忘れんな!」と三人を叱咤した。
■■■■■
途中、咳き込み苦しむ人々の声があちらこちらから聞こえた。
これが『害悪』の影響。病魔に侵された人々は薬師やその筋の能力者に頼って必死に現状を回復させようと努力している。わたるはその様子に胸を痛めた。ちくりと針のような傷みが心臓付近に刺さったような気がしてならない。余所者が入ってきている事によって集落の人間の視線も痛かった。だがその度に莚が眼光を強めていた事を彼は知らない。莚は莚で己が認めた人間をさり気無く護っているのだ。
やがて場所は集落を通り抜け、ある山奥へと移動する事になる。
そこもまた集落の管理する場所なのだろう。莚は遠慮なく草木を踏み、あまり舗装されていない山道を歩んでいく。そしてその先にある一軒の家屋を見付けた。
「次郎。おい、次郎ー! 出て来い、お前に客だ!」
インターホンもない家屋では呼び声で住人を呼び出すしかない。
だがそれで充分。中からは人が出てくる気配がし、わたるは気構えた。この場所が『書庫』。失われた情報や歴史を扱っている場所。そして今までは祖父が、これからは自分がこの場所に訪れる事となる。一体この書庫を管理している人間とはどういう人物なのか。祖父は一切その情報を教えてくれなかった。「逢えば分かる」、その一言で終わらせられていたからだ。
閂らしき物が外される音がし、続いてカラッと板製の玄関戸が開かれる。
そしてその奥から出てきたのは――。
「こんにちは、莚さん。そろそろ来られると思っていたんです。どうぞ、中に入ってください」
「おう、いつも書庫の管理ごくろーさん。時間がねーからさっさと邪魔するぜ」
「後ろの方々もどうぞ」
柔らかそうな茶の短髪。優しそうな黒の瞳。
まだ十代半ばと思われる少年――現在の『書庫の守り人』がそこにはやんわりとした雰囲気を纏い穏やかな表情で立っていた。
―― to be continued...
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【7969 / 常葉・わたる (とこは・わたる) / 男 / 13歳 / 中学生・気脈読み】
【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / 莚(むしろ) / 男 / 18歳 / 逸れ者を導く事実上の案内人】
【共有化NPC / 床次・次郎 (とこなみ・じろう) / 男 / 16歳 / 書庫の守り人】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、初めまして。
今回はゲーノベへの参加有難うございました。本作では集落の人間、莚との出会いとわたる様の実力を試させてもらう事に重点を置きました。
集落への訪問を許されましたので、次回は原因追求などわたる様がどう動くか楽しみにお待ちしております。
では。
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