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■あの日あの時あの場所で……■

蒼木裕
【1122】【工藤・勇太】【超能力高校生】
「ねえ、次の日記はカガミの番?」
「ああ、俺だな」


 此処は夢の世界。
 暗闇の包まれた世界に二人きりで漂っているのは少年二人。そんな彼らの最近の楽しみは『交換日記』。だが、交換日記と言っても、各々好き勝手に書き連ねて発表するというなんだか変な楽しみ方をしている。そのきっかけは「面白かったことは書き記した方が後で読み返した時に楽しいかもね」というスガタの無責任発言だ。
 ちなみに彼らの他に彼らの先輩にあたるフィギュアとミラーもこの交換日記に参加していたりする。その場合は彼らの住まいであるアンティーク調一軒屋で発表が行われるわけだが。


 さて、本日はカガミの番らしい。
 両手をそっと開き、空中からふわりとノートとペンを出現させる。
 開いたノートに書かれているのは彼の本質を現すかのように些か焦って綴られたような文字だ。カガミはスガタの背に己の背を寄りかからせ、それから大きな声で読み出した。


「○月○日、晴天、今日は――」
+ あの日あの時あの場所で……【始まりの音5(最終話)】 +



「新たな能力者だ! なんて素晴らしい!」


 研究員が感極まって叫ぶ。
 俺とは違う新たな能力者が見つかって嬉しいと全身で表現し、笑顔を浮かべていた。カガミすら標的に入れやがった初老の研究員を俺は睨み付ける。彼の前には能力者が二人立っていて、上司の命令を今か今かと待っていた。
 俺の傍にはカガミがいる。彼のその背中には俺が自殺しようとした時に止めに入った時に受けた大きな怪我が存在しており、今も尚彼の衣服を赤く染め上げていく。本来の彼ならばすぐに修復出来る傷だろう。だけどそうしないのは目の前の研究員をこれ以上喜ばせないためと容易に予想出来る。ただでさえ「飛んで」きてくれたカガミにはこれ以上負担は掛けられない。


―― カガミには絶対に危害を加えさせない!


 俺はすっとカガミを庇う様に身体を引いた。
 自己修復能力を使用出来ない以上、これ以上カガミが場にいる事は様々な意味で危険だ。自分が研究員達に捕まる事も、カガミの怪我を長引かせる事も得策じゃない。


「カガミ飛べるか? 先にここから離れろ」


 俺は暗に逃げろ、と彼に言う。
 後ろを振り返らずにそう伝えたので、カガミが今一体どんな表情をしているのかなんて分からない。分かっているのは自分が彼を護るという意志を強く抱いている事。その為に自分が一体何をしなければいけないのか――それだけだった。
 まだ若干心の震えが止まらない。
 研究所での日々がトラウマ過ぎて心身ともに怯えが生じているのは悔しい事だ。


―― でも……、自分の為じゃない。
    カガミの為……、大切な存在を守る為にならやれる!


「……アンタも自分の実験研究の成果をみたいだろ? 見せてやるよ!」


 そうして俺は心を奮い立たせる。
 次いですぅっと息を吸い、そして何度か吐き出し深呼吸を繰り返した。俺は願う。心の底から願う。今この場にいる大切なものを護れるのは俺だけだ。
 俺が選択したのは普段無意識に掛けている能力のリミットを外す事。「普通の人間」として過ごす為に調節しているそれを心の中で具現化し、強く願う。


―― 外れろ、外れろ、リミットよ、外れろッ!!


 薬物投与によって研究所時代はリミットの解除を余儀なくされていた事を意識の隅で思い出す。自分が自分では無くなってしまうあの感覚が次第に自身の精神を侵し始めるのを確かに感じていた。ピリピリと肌が痛む。周囲の地面が揺れ、転がっていた小石やらがカタカタ微動していた。


 目の前の能力者達が襲い掛かってくる。
 彼らは人工物。オリジナルは決してイミテーションになど屈しない。
 ゆらりと意識が混濁する。俺は口をくっと持ち上げて彼らに嗤った。カチリ、と何かが外れる音が心の奥で聞こえた――これが合図。


「さあ、戦闘開始だ」


 ドォォォオオンッ!! と激しい爆風が起こり、それと共に周囲が破壊される。
 風によってあっけなく弾き飛ばされた能力者達は身体を地面に擦るように転がり倒れていく。だがそれでも強風の中、俺を捕らえようと立ち上がってくる。それは本当に彼らの意思なのか。それとも研究員によって操られている意識なのか。人形、からくり、傀儡(かいらい)、もしかしたらそんな存在になってしまっているのかもしれない。


「可哀想になぁ。俺の相手をさせられてよう……だが、これも運の尽きだと思って諦めてくれよ。な?」


 俺は手の中に力の塊の剣――透明の刃<サイコクリアソード>を彼らにも見えるよう出現させ、それを強く握り締めながら地面を蹴った。テレポート能力を応用したスピード勝負。彼らは俺の速度に追い付く事が出来ず、ただ攻撃が当たる寸前をかわすので手一杯。一対二であるというのに所詮は薬物によって無理やり能力を引き出された存在に過ぎない。


「おらぁぁ!! お前達の能力はそんなもんかよッ!!」
「――ッく、速い!」
「駄目駄目じゃん。死ねよ。いっそ、死ね。あいつらに飼い殺しにされる人生よりマシだぜ!!」
「きゃぁああっ! 駄目ッ、力の差が大きすぎる!」


 純粋な能力者である俺に敵うものなら抗えば良い。
 同じ様に強く、強く俺は抗おう。この身を怒りに浸しても尚、俺は戦ってみせる。お前達、『研究所』の人間から――!


「流石だね。これでは分が悪すぎる――お前達。一旦引くぞ」
「「はっ!」」
「工藤 勇太(くどう ゆうた)君。君がその能力を保持し、揮えば揮うほど我々にとって君の価値は上がっていく。より貴重な存在として扱われるのだよ。確かに君を連れて行くことも今回の目的ではあったが、それが出来ない場合は能力の記録を優先としていてね……くくっ、君の価値はまた一つ上がった。それに新たな能力者も見付けた。――君はその事を決して忘れてはいけないよ」


 能力者達は上司の命令に従い、俺から身を引く。
 そして研究員を二人で囲むと彼らが保持しているテレポートで逃走を図ろうとした。しかしそれを逃す意志は今の俺の中にはない。『研究所』は排除しなければいけない。俺に害を成すものは、俺の大事な存在を傷付ける者は逃がしてはいけない。


「待て」


 だがテレポート能力を阻止しようとする俺を、更に肉体的に阻む存在が其処には居た。脇の下から腕を差し込まれ、綺麗に羽交い絞めにされた俺は動きを止めざるを得ない。


「もう充分だから落ち着け」
「……カガミ!? まだいたのか!? ……って、あ、あれ……?」


 逃げたと思っていた存在、カガミが俺を抱いている。
 背中から羽交い絞めにしていた腕は柔らかく胸元に回り、そして落ち着かせるように俺の耳元で言葉を綴っていた。小さな姿のカガミではない、青年のカガミは俺よりも大きくてそれだけで少し……いや、大分力が抜けていく。
 カガミは逃げてなどいなかった。ずっとこの場に居続け、俺を見守ってくれていたんだ。心がばくばくと早鐘を打つ。久しぶりに力を最大限まで発揮させた反動か、それともカガミが去らなかった事に対して驚き気が抜けたのか、はたまたその両方かは分からない。
 だが――。


「よか……った」


 理性を取り戻すと同時に俺の身体は崩れていく。
 気絶した俺をそっと横抱きにし、そして優しく胸元に抱き寄せてくれたのは――やっぱりカガミだった。



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「はにゃーん。そんな事があったんだねぃ〜。お疲れ様☆」
「わがしー、……たべるー?」
「カガミが工藤さんを抱きかかえて戻ってきた時は本当に何事かと思いましたよ。止めに入るだろうとは思っていたけど、まさかあそこまで無茶するとは思ってなかったよ。現実世界じゃ此処より繋がりが薄くなるんだから気をつけてよね!」
「仕方ねーだろ。社の呪い返しが効いてるか確認しなきゃなんなかったし、コイツだって保護しなきゃなんなかったし。ついでに言えばコイツってば自殺しようとしやがるし――幾らなんでも止めるには身体を滑る込ませるしかなかったんだよ」


 場所は三日月邸。
 気絶した俺はそのまま意識だけを引っ張りぬかれ、現在社達三人と一匹の前にて正座の格好を取っている。身体の方はカガミが俺のベッドに寝かせておいてくれたらしいからその点ではほっとした。


「コイツも反省してるようだし、もういいんじゃね?」
「もうっ! カガミってば自己修復出来るからってそれはないんじゃないの!?」
「そうだねぃ〜、一応スガタんってば心痛めてたもん〜☆ 社ちゃん的にはカガミんにも反省を求めるよ! びしっと!」
「あーん、……おけが、いたーい」
「へーへー。もうあんまり無理しねーようにはするってば。俺も反省したし、コイツもこの姿になって俺に奉仕してくれてるからもうこの話はおしまい!」
「奉仕っていうか」
「なんていうか」


 俺に視線が集まり、うっと息が詰まる。
 ぴるぴると俺の獣耳は震え、尻尾も怯えるように揺れてしまう。そう俺の今の姿はチビ猫獣人。カガミに「子供姿の方が怒られにくくていいんじゃね?」と進言され取らされた姿である。
 三日月邸にいる時はほぼこの姿だから問題ない。そうチビ猫獣人である事はなんにも問題ないのだ。
 ――問題なのは俺が座っている場所。そしてカガミの行動である。


「カガミってば工藤さんの事そんなにも好きなの?」
「膝に乗せて〜、猫可愛がりして〜、耳を時々噛んで〜♪ ――ホント、うざいね! にゃはは☆」
「スガター……、ぼくもおひざ〜……」
「いよかんさんなら大歓迎だよ、はい!」


 はむはむはむ。
 俺の猫耳を食むのは青年カガミ。怪我はほぼ修復されているが、まだ一応彼は怪我人である。下手に動けば背中から胸に至った傷が開く……かもしれない。
 でもカガミだからいい。反省は充分した。まだ足りないと言われたならもっとしよう。だがカガミは決着をつけたし、皆も今回の一件より現状の方が気になっているようで。


「カ、カガミ……そろそろ、離して欲しいにゃ……」
「夜はまだこれからなんだけど」
「にぎゃー!!」


 何はともあれ一旦は終幕。
 俺は笑顔を浮かべながらも耳元に吹き込まれる怪しげな言葉に尻尾を膨らませるしかなかった。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】


【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
【共有化NPC / いよかんさん / ? / ?? / いよかん(果物)】
【共有化NPC / 三日月・社(みかづき・やしろ) / 女 / ?? / 三日月邸管理人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、一応これで研究員達との対峙は一旦終了。
 ですが再度襲ってくる事は間違いないでしょう。

 カガミを護ってくれる工藤様に感謝しつつ、カガミもまた自分の好き勝手に絡ませて頂ける許可が出ていて嬉しい限りですv
 ではまたお逢い出来る事を楽しみにしつつ!