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■ある一夜の夢■

蒼木裕
【8519】【レイチェル・ナイト】【ヴァンパイアハンター】
 夢を見ている。
 夢でなければ説明が付かない。
 そうだ、これは夢だとも。


 でなければこんな変化――どうしたらいい!?
+ ある一夜の夢 +



 夢を見ていると、最初から分かっていた。
 だって何にもないんだもの。
 あたし以外の誰も存在せず、建物も、自然も、何も無いただの暗闇。
 この世界が夢だなんて最初から知っていたわ。


「「 確かに此処は<夢> 」」


 ふと重なった声が聞こえ、あたしはそちらの方向へと顔を振り返らせる。
 そこには対称的な黒い髪型を持った少年が二人立っていた。前髪の隙間から見える瞳が僅かに闇と言う世界の中、それでも色を見せる。
 一人は左が蒼、右が黒。
 もう一人は左が黒、右が蒼というこれまた対称的なヘテロクロミア。
 顔がそっくりという事は双子なのだろうか。
 見覚えがある二人の少年にあたしはぱぁっと顔を輝かせる。宙に浮いていた彼らはあたしの元へとふわりと降り立ち、そして見上げてきた。


「それで貴方はどうしてここに迷い込んだんです?」
「それでお前はどうしてここに迷い込んだんだ?」
「もしかしてその異常を治しに?」
「もしかしなくてもその異常を治しに?」
「へ? 異常って?」


 あたしは自分の身体を見渡す。
 そして自分の両手を使いぺたぺたと身体を触って確認してみた。うん、やっぱり異常なんて起きてない。いつものあたしそのもの。来ている服は寝間着だけど、夢なんだから問題ないし、彼ら以外に人目も無いから気にする事もない。


「異常なんて何も起きてないわよ」
「本当にそう思っているので?」
「本当にそう思ってんのか?」
「だーって二人とこの間逢った時と何も変わっていないでしょ。――そ、れ、よ、り! ね、ね、ね! またあの時みたいに二人ともあたし好みのイケメンになってよ!!」


 ふふっとあたしは両手を組み合わせ、少年達――スガタクンとカガミクンにお願いのポーズを取る。
 二人は顔を見合わせ、それからスガタクンはくすくすと笑い出し、カガミクンの方は呆れたように苦笑い。だけど彼らはそれを叶えてくれるのだ。ぽんっと軽い音がして肉体成長を遂げ、少年から成人の姿へと彼らは変わる。
 その姿はやっぱりあたし好みで、一気にテンションが上がった。


「きゃー! イケメンよー! やっぱり二人とも可愛――きゃぁっ!」
「大丈夫ですか!?」


 だがあまりにもはしゃぎすぎて飛び跳ねた瞬間バランスを崩し、そのまま転んでしまう。その際掌に軽い擦り傷を負ってしまい、慌ててスガタクンがあたしに手を差し出してくれた。
 うう、情けない。イケメンにテンションをあげてこんな風に怪我しちゃうなんて間抜けにも程がある。しかもイケメンの前で。そう、イケメンの「前」で!
 ちらっと二人を見やる。
 スガタクンは本当に心配そうにしてくれるけど、カガミクンはそうではない。自業自得と言う顔をしているのが見て取れた。――顔が同じでもやっぱり二人は別人なんだと感じざるを得ない。っていうかやっぱり好みなのはスガタクンよね! イケメンで凄く優しくて……。


「レイチェルさん、怪我してますよ」
「――は! イケメンに見惚れてた!」
「レイチェルさん……」
「だ、大丈夫! すぐ治るからへーきよ」


 だってあたしはヴァンパイアハンターなんだもの。
 姿形は十七歳の超、超、超乙女だと言えども、実際は三百年は余裕で生きている。不老不死で、怪我もすぐに治っちゃうあたしの体質をきっと二人は知らない。だから「大丈夫」という理由をあたしは口にしたけれど。


「本当に治りますか?」
「本当に治ると思ってんのか?」
「え、それってどういう意味」


 あたしは怪我をした場所――掌を見やる。
 あれ、あれれれ?
 おかしいわ。いつもならすぐに治っていく怪我が一向に治癒されずに其処に在る。痛みが持続している事にあたしは驚き、目を見開いた。


「「 心の底から治して欲しいって言うならその方法を導こう。<迷い子(まよいご)>がこれが夢だっていう事を忘れてなければだけれど 」」


 ――二人の声が揃って聞こえる。
 そうか、これが『異常』か。彼らが言っていた『異常』なのか。確かに常日頃の自分の肉体から考えれば今のあたしの肉体は可笑しいのかもしれない。
 だけど、だけどね。


「きゃー、やったわ! あたしただの乙女に戻ったのね!」


 あたしは望んでいたの。
 ただの女の子に戻る事に。
 あたしはずっと望んでいたのよ。
 ただの人間に戻れる日を。
 多くの人は不老不死を羨ましがるけれど、それは人によるのよ。あたしは違う。あたしはずっとあの時から――。


 ああ、この気持ちをなんと呼ぶべきだろう。
 喜びというたった一つの単語でなんか収まらない。歓喜の気持ちで胸がいっぱいになる。掌の傷はじくじくと痛むけど、それすらも幸せに変わってしまう。両手を組み、満面の笑みを浮かべながら降って湧いた幸福に浸った。この多幸感は自分を酔わせるまるで麻薬。例えひと時の夢でもいい。
 あたしはそれでも望んでいた。
 ふふっと笑みながらあたしはスガタクンとカガミクンの腕に腕を絡める。そしてびしっと指先を前に突き出し。


「さあ、イケメンを両手にデートに繰り出すわよ!!」
「「 どこに? 」」


 気合は充分。
 イケメン二人も居て心の準備もOK。
 だけど、ここは暗闇。夢の世界。今はなぁんにもない……場所。これにはあたしの中の何かがぷちっと切れてしまう。


「ちょっとー! 何にもない所じゃないのよー!」


 よー、ぉーぉーぉー……。
 不満が木霊するその声は遠くの方まで響き、余計虚しくなってしまった。



■■■■■



「また逢えたね」
「ええ、また逢えて嬉しいです」


 あたしはそうスガタクンに告げる。
 スガタクンは柔和な笑みであたしを真っ直ぐ見てくれていた。


 結局、二人が気を使って暗闇だった空間をあたしが知っている公園へと変えてくれた。
 今あたしとスガタクンはその公園の一角にあるベンチへと座っている。カガミクンは空間が変わった後、「やってられるか」と言ってそのまま消えてしまった。ちえ、イケメンが一人減ってしまったわ。でも心底残念じゃないのは――スガタクンが居るから。
 多分カガミクンは察してしまったんじゃないかな。あたしが本当はイケメン目的だったわけじゃないことを。
 そしてカガミクンが察しているならもしかしたらスガタクンも察してくれてるかな。
 隣に座っている青年をじっと見つめる。色違いの優しげな瞳は心の中をざわつかせるけれど、同時に安心感も齎してくれた。
 とくん、と胸が高鳴る。


「ねえ、聞いて」
「はい」
「あたし、すごく大事な人がいたの」


 夢だからかな。
 あたしがこんなにも素直になれるのは。それともスガタクン相手だからかな。異形だと分かっててもあたしの事を真っ直ぐ見てくれる男性――それも好みのイケメンがあたしを視線で射抜く。彼はきちんと話を聞いてくれて……どうしよう。嬉しい。


「あたしね、その人と一緒に生きていけるのだと思ってた。一緒に死ねるのだと思ってた」


 空を見上げれば晴天。
 雲が薄っすらと掛かっているけれど、太陽が眩しい天気だ。
 ふとあたしの手に何かが被さる。スガタクンがあたしの手に手を重ねてくれたので、びっくりして目を丸めてしまう。「嫌ですか?」なんて聞いてくるから、あたしは慌てて首を左右に振って否定した。むしろあたしの方から掌を表に返し、彼の手とより深く繋がりたくて指を這わせる。
 男と女。
 スガタクンとあたし。
 二人絡み合った指先はとても安心出来て、あたしは話の続きを始めた。


「でも彼は先に逝ってしまった……」
「大切な人だったんですね。レイチェルさんの気持ちが手から伝わってきます」
「本当に、本当に大事な人だったの。だからあたしはまた『彼』に逢えることを願って三百年生きてる。――……でも時々寂しくなるの」


 手に力を込める。
 傍に居るのは『彼』じゃない。あの人じゃない。でも握り返してくれる手が嬉しいのは何故かしら。


「レイチェルさん。貴方が望むなら僕はその人の『姿』に変化する事が出来ます」
「――え」
「貴方が望むなら、僕は一夜の夢を見せて差し上げる事が出来るでしょう。代理でも構わないのでしたら、どうぞ使ってください」
「止めてっ! 違う、違うの……」


 スガタクンの突然の発言にあたしは不安になる。
 一気に負の感情が湧きそうになって繋いでいた手を振り払い、そして彼の両肩に手を掛けた。違うの。本当に違うのよ。あたしは貴方を代わりにしたいわけじゃないの。
 あの人の代わりは誰にも出来ない。もし魂が生まれ変わってきても、あたしとの記憶がなければその人も『彼』じゃないんだもの。
 だから、一夜の夢とはいえ言わないで。
 違うのよ。
 あたしはね、そんな慰めは求めていない。
 きゅっとスガタクンの服を握り込んであたしは真剣に伝えるため唇を開いた。


「あたしは――やっぱり心は17歳のままで……誰かに傍にいて貰いたくて……」
「はい」
「だからね、スガタクン。貴方がまた『逢える』と言ってくれて本当に逢えた事にあたしは嬉しいの」


 代理なんて求めてない。
 あたしは『貴方』に逢えた事が何よりも幸せだったのよ。
 だから伝わって頂戴、この乙女心。


「レイチェルさん、貴方が望む限り僕は貴方の前に……傍にいる事が出来ます」
「――本当?」
「はい。貴方が寂しくないように傍に」
「一夜の夢じゃ嫌って言っても?」
「それが貴方の、……レイチェルさんの望みならば」


 ――叶えてみせましょう。
 彼はそう言って微笑んだ。あたしの両手を肩から外し、そしてあたしの頬に唇をやんわりと押し付けながら……。
 ああ、彼はきっと叶えるだろう。
 あたしの我が侭を、あたしが望む限り。
 その為の力をスガタクンは持っていて、あたしの傍に居てくれる。それなら――。


「三百年後も傍に居てって言っても?」
「貴女が望むなら」


 頬の熱は幸せの証。
 スガタクンはまるで忠誠を誓う騎士のようにあたしの手の甲に一つキスをする。


 今のあたしは普通の乙女。
 これが一夜の夢で終わるというのなら、――あたしはただの少女らしく『永遠』を願いそうだわ。



……Fin.










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【8519 / レイチェル・ナイト / 女 / 17歳 / ヴァンパイアハンター】

【NPC / スガタ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / カガミ / 男 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、遊びに来てくださって有難うございますv
 スガタとの絡みをご希望という事でシリアスだけど、どこか甘い……そんな雰囲気を目指してみました。過去を語るレイチェル様に対してのスガタの反応は献身的です。
 レイチェル様が望むなら何度でもいつまでも傍にいるでしょう。
 どうかまたお逢い出来る事を望みます。
 では!